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第二章
26:聖女候補の側用人3
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「ヒマリ殿、貴女の、側用人を、紹介します」
使者の方が子供に言い聞かせるようにゆっくり話すけど、ヒマリさんは眉間にしわを寄せて使者の方を睨んで「はあ?」と怒気をあらわにした。
『まじ何言ってるかわかんねえよ。ウゼエしもうほんとダルいわ』
久しぶりに聞く日本語だった。つぶやきに近い小さな声だったけど、それでも内容ははっきりと聞き取れた。
日本人らしき、俺と同じ顔の女の子。
あまりに未知の存在過ぎて怖い。でも無関心を突き通すのも怖い。腹の前で組んでいた指が、無意識に胸まで上がってきていて、俺は暴れる心臓を両手で押さえた。
「側用人の方、ヒマリ殿の前に来てください」
逃げるわけにもいかず、サイモンさんたちの後についてヒマリさんの前に出る。何が起きてるのかわからない怖さから、無意識に俯いてしまう。頭の中の理性的な部分が、高貴な人の前でこんな態度は失礼だって俺の中の怯える気持ちを叱るけど、体は心に正直でどうにもならない。
指先が震え出してそれをごまかすように握りしめたところで、『なになになに!』と早口でヒマリさんがまた独り言をしゃべり始めた。
『イケメンしかいないじゃん!すっご!やっぱこの世界って私をヒロインにしようとしてる?』
さっきの悪態と比べるとだいぶ無邪気で悪ふざけがうかがえる口振りに驚きつつも、俺はほんの少し安堵する。ヒマリさん自身は、言葉が不自由なことに苛立っているだけで、ここにいる人に特別悪意や敵意があるわけではなさそうだ。
ヒマリさんの顔が俺と同じであることって、もしかしたらこっちの世界に来て俺の顔が変わったことと同じような、事故的な理由があるんじゃないか。そこまで冷静に思考が回り始めてやっと、俺はゆっくりと顔を上げた。その途端、ヒマリさんと視線がばっちりぶつかった。
『うっわ。ありえん美形。もう女神じゃん』
真顔のまま早口で言われて、また心臓がすくみ上がる。
『あの、褒めてくださり、ありがとうございます』
『えっ!女神って日本語しゃべれんの!?』
『そうですね。一通りは……』
不躾にびくつく俺を気にした様子もなく、ヒマリさんは『じゃあさっきあたしが言ってたこと全部聞かれてたってこと?』とバツが悪そうに顔をゆがめた。とりあえず、聞こえなかった振りで首を傾げておいた。都合よく受け取ってもらえたらいい。
「ユセ君、彼女の言葉がわかるのか?」
振り返ると、すごく驚いた顔のイヴェット室長と目が合った。少し迷ったが、あまり人を騙すようなことはしたくなくて「俺の故郷の言葉です」と伝えると、「そうか。ではその故郷の些細は後で聞こう」と言われてドギマギする。イヴェット室長のどこか嬉しそうな笑顔が胸に痛い。
場の雰囲気を制するみたいに、使者の方が「大変素晴らしい」と声高に感嘆した。
「マヌエル司祭の慧眼に感服しました。よく“ヒマリ殿の関心を引ける相手を用意”してくれました。主教会での受け入れは順調であると陛下に報告しておきましょう。引き続き、ヒマリ殿の“管理”を頼みます」
使者の方は最初と同じように目礼をすると、こちらの反応を待たずに颯爽と踵を返して、女性護衛の一人が慌てて扉を開けると、一刻も早くここを立ち去りたいと言わんばかりに応接室を出ていってしまった。ヒマリさんを振り返ることもしない。
俺だけじゃなくこの場の全員が驚きで無言になった。まるで置き去りにされた体のヒマリさんだけど、本人は扉の方を見もせずに鼻を鳴らした。
『あのジジイ、あたしのこと目の敵にしてんの』
『……そうですか。人には相性がありますからね』
『そうだよね!ジジイと相性よくてもしかたないしね!』
ヒマリさんはおおらかな人らしい。楽しそうににんまり笑って、俺達の方に一歩二歩と近づく。酔った女性を介抱する時のように、伸ばされたヒマリさんの両手を思わず軽く握ってしまう。
『わー!女神様ファンサすごい!ちょー推すから名前教えて!』
セクハラだと怒られなくてよかった。酒場の女の子たちにノリに近いのその仕草に助けられて、そう狼狽えずにすんだ。
『ユセです。これからしばらく、俺とこちらの先輩方の計四名が交代でヒマリさんの御用聞きをします。何かあれば申し付けてください』
言い終わる前にものすごい力で両手を握り返された。『やった!イケメンにまた会える!ユセ最っ高!』と、声の大きさにこそびっくりはしたけど、今にも飛び跳ねてしまいそうな天真爛漫な振る舞いは微笑ましい。
「マヌエルさん、あんたやりやがったな」
サイモンさんが仕事用の実直さを引っ込めて、なぜかマヌエルさんを睨んでる。エルドレッドさんとダライアスさんも口々に、「ユセを引っ張り込んだのはエグいな」「俺らはまあ部下だから仕方ねえけど、さすがにユセが可哀想じゃねえか」と文句を言ってる。マヌエルさんもマヌエルさんで、「早速バレちゃったかあ」と気まずそうに頭を掻いた。
「俺、可哀想なんですか?」
すぐ真横にいるダライアスさんの端正な顔を見あげると、「えー??まじー??」って裏っ返った声でドン引きされた。
「あのなー、ユセ。言語がなんだ記憶がなんだってそれっぽい事あのオッサンぐちゃぐちゃ言ってたけど、そんなもんは二の次でさ、結局僕達がここに呼ばれた一番の理由は男好きの聖女への生贄ってことだよ」
生贄なんて物騒な言い方をしてるけど、つまりはヒマリさんが気分よく過ごせるようにするための人員ってことなんだろう。
「でも、偶然とはいえヒマリさんの言葉の問題が解決できて本当によかったですね。マヌエルさん名采配じゃないですか?」
聖女候補者と会話できる人間がいた方が絶対便利だし、俺がここにいることが結果的に功を奏したみたいで何より嬉しい。
役に立てたことが嬉しくて頬をゆるめたら、なぜか舌打ちしたサイモンさんに頭を小突かれ、マヌエルさんにはやけくそっぽく「王家に泣きつかれて俺がやりました!可愛いユセを巻き込んだことは申し訳ないと思っている!」って勢いのいい謝罪をされ、何かにツボったイヴェット室長が笑いそこねてむせた。
使者の方が子供に言い聞かせるようにゆっくり話すけど、ヒマリさんは眉間にしわを寄せて使者の方を睨んで「はあ?」と怒気をあらわにした。
『まじ何言ってるかわかんねえよ。ウゼエしもうほんとダルいわ』
久しぶりに聞く日本語だった。つぶやきに近い小さな声だったけど、それでも内容ははっきりと聞き取れた。
日本人らしき、俺と同じ顔の女の子。
あまりに未知の存在過ぎて怖い。でも無関心を突き通すのも怖い。腹の前で組んでいた指が、無意識に胸まで上がってきていて、俺は暴れる心臓を両手で押さえた。
「側用人の方、ヒマリ殿の前に来てください」
逃げるわけにもいかず、サイモンさんたちの後についてヒマリさんの前に出る。何が起きてるのかわからない怖さから、無意識に俯いてしまう。頭の中の理性的な部分が、高貴な人の前でこんな態度は失礼だって俺の中の怯える気持ちを叱るけど、体は心に正直でどうにもならない。
指先が震え出してそれをごまかすように握りしめたところで、『なになになに!』と早口でヒマリさんがまた独り言をしゃべり始めた。
『イケメンしかいないじゃん!すっご!やっぱこの世界って私をヒロインにしようとしてる?』
さっきの悪態と比べるとだいぶ無邪気で悪ふざけがうかがえる口振りに驚きつつも、俺はほんの少し安堵する。ヒマリさん自身は、言葉が不自由なことに苛立っているだけで、ここにいる人に特別悪意や敵意があるわけではなさそうだ。
ヒマリさんの顔が俺と同じであることって、もしかしたらこっちの世界に来て俺の顔が変わったことと同じような、事故的な理由があるんじゃないか。そこまで冷静に思考が回り始めてやっと、俺はゆっくりと顔を上げた。その途端、ヒマリさんと視線がばっちりぶつかった。
『うっわ。ありえん美形。もう女神じゃん』
真顔のまま早口で言われて、また心臓がすくみ上がる。
『あの、褒めてくださり、ありがとうございます』
『えっ!女神って日本語しゃべれんの!?』
『そうですね。一通りは……』
不躾にびくつく俺を気にした様子もなく、ヒマリさんは『じゃあさっきあたしが言ってたこと全部聞かれてたってこと?』とバツが悪そうに顔をゆがめた。とりあえず、聞こえなかった振りで首を傾げておいた。都合よく受け取ってもらえたらいい。
「ユセ君、彼女の言葉がわかるのか?」
振り返ると、すごく驚いた顔のイヴェット室長と目が合った。少し迷ったが、あまり人を騙すようなことはしたくなくて「俺の故郷の言葉です」と伝えると、「そうか。ではその故郷の些細は後で聞こう」と言われてドギマギする。イヴェット室長のどこか嬉しそうな笑顔が胸に痛い。
場の雰囲気を制するみたいに、使者の方が「大変素晴らしい」と声高に感嘆した。
「マヌエル司祭の慧眼に感服しました。よく“ヒマリ殿の関心を引ける相手を用意”してくれました。主教会での受け入れは順調であると陛下に報告しておきましょう。引き続き、ヒマリ殿の“管理”を頼みます」
使者の方は最初と同じように目礼をすると、こちらの反応を待たずに颯爽と踵を返して、女性護衛の一人が慌てて扉を開けると、一刻も早くここを立ち去りたいと言わんばかりに応接室を出ていってしまった。ヒマリさんを振り返ることもしない。
俺だけじゃなくこの場の全員が驚きで無言になった。まるで置き去りにされた体のヒマリさんだけど、本人は扉の方を見もせずに鼻を鳴らした。
『あのジジイ、あたしのこと目の敵にしてんの』
『……そうですか。人には相性がありますからね』
『そうだよね!ジジイと相性よくてもしかたないしね!』
ヒマリさんはおおらかな人らしい。楽しそうににんまり笑って、俺達の方に一歩二歩と近づく。酔った女性を介抱する時のように、伸ばされたヒマリさんの両手を思わず軽く握ってしまう。
『わー!女神様ファンサすごい!ちょー推すから名前教えて!』
セクハラだと怒られなくてよかった。酒場の女の子たちにノリに近いのその仕草に助けられて、そう狼狽えずにすんだ。
『ユセです。これからしばらく、俺とこちらの先輩方の計四名が交代でヒマリさんの御用聞きをします。何かあれば申し付けてください』
言い終わる前にものすごい力で両手を握り返された。『やった!イケメンにまた会える!ユセ最っ高!』と、声の大きさにこそびっくりはしたけど、今にも飛び跳ねてしまいそうな天真爛漫な振る舞いは微笑ましい。
「マヌエルさん、あんたやりやがったな」
サイモンさんが仕事用の実直さを引っ込めて、なぜかマヌエルさんを睨んでる。エルドレッドさんとダライアスさんも口々に、「ユセを引っ張り込んだのはエグいな」「俺らはまあ部下だから仕方ねえけど、さすがにユセが可哀想じゃねえか」と文句を言ってる。マヌエルさんもマヌエルさんで、「早速バレちゃったかあ」と気まずそうに頭を掻いた。
「俺、可哀想なんですか?」
すぐ真横にいるダライアスさんの端正な顔を見あげると、「えー??まじー??」って裏っ返った声でドン引きされた。
「あのなー、ユセ。言語がなんだ記憶がなんだってそれっぽい事あのオッサンぐちゃぐちゃ言ってたけど、そんなもんは二の次でさ、結局僕達がここに呼ばれた一番の理由は男好きの聖女への生贄ってことだよ」
生贄なんて物騒な言い方をしてるけど、つまりはヒマリさんが気分よく過ごせるようにするための人員ってことなんだろう。
「でも、偶然とはいえヒマリさんの言葉の問題が解決できて本当によかったですね。マヌエルさん名采配じゃないですか?」
聖女候補者と会話できる人間がいた方が絶対便利だし、俺がここにいることが結果的に功を奏したみたいで何より嬉しい。
役に立てたことが嬉しくて頬をゆるめたら、なぜか舌打ちしたサイモンさんに頭を小突かれ、マヌエルさんにはやけくそっぽく「王家に泣きつかれて俺がやりました!可愛いユセを巻き込んだことは申し訳ないと思っている!」って勢いのいい謝罪をされ、何かにツボったイヴェット室長が笑いそこねてむせた。
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