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最終章
36:職権乱用包囲網2
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「……ロードリックさんとはもう会うべきじゃないってダライアスさんも思いますか?」
警護神官のみんな、普段はマヌエルさんを過保護だって笑うくせに、ロードリックさんから俺を遠ざけることにはやたらとマヌエルさんに同調してる気がする。
俺の送迎は単純にマヌエルさんの職権乱用だけど、休日の市場への私物の買い出しもいつの間にか誰かが代わりに行ってくれてて、俺は滅多に外に出なくなった。みんなそう暇なわけじゃないのに、俺相手にそこまでする意味あるんだろうか。
「そりゃあね。あのオッサン程トチ狂ってねえけど、僕らだってユセの事可愛いしな。お前に妙なちょっかい出す糞は排除一択だろ。ぶん殴って解決できんなら楽なんだけどなあ」
「ぶん殴っちゃダメです」
「僕ら警護神官だぜえ?ぶん殴るのが仕事みたいなもんだからなー」
確かに。護衛官のように対魔法効果のある軽鎧こそ着てないけど、短衣の下、背中と腰に短刀と警棒をそれぞれ装備してる。そりゃ荒事には慣れてるだろう。
「それはそうかもですけど、ロードリックさんは殴られるほどのことはしてないですよ」
間違ったこと言ってないのに、なんでか「わかってねえなあ」ってゆるく笑われた。
「あの糞野郎、お前を泣かしたくせに恥ずかしげもなくまたお前に執着してんだろ。そんなんぶん殴られても文句は言えねえよ」
「……泣いてはないですし、執着もされてません」
「強がんなよ。まあさあ、まじなところあっちは別には恋人がいんだろ?そっちと別れもせずにお前に粉かけたんだから糞に変わりねえだろ」
「……俺に粉をかけるとかは誤解です。ロードリックさんにそういう意図はないです」
恋人がいることも知った上で好きになった俺が、まるで騙された被害者みたいに振る舞うのはとことんお門違いだ。「ただの友人です」と、マヌエルさん相手にも再三繰り返した言葉を絞り出すと、たばこのケースを手のひらでもて遊びながらダライアスさんが訳知り顔で眉を持ち上げた。
「ただの友人の居所に飽きもせず日参するかよ。そんなん情か欲がなきゃ無理だ」
「日参はさすがに大げさですよ」
ぼんやり顎をかいてたら、小馬鹿にするように鼻で笑ったダライアスさんの手の甲で肩を小突かれた。
「バーカ。ペイトン家の嫡男がうろついてたのは酒場だけじゃねえからな。あの野郎、日を置かずに宿舎と教会にもずっと来てんだぞ。文字通り日参だ。まあ僕らがいる限りユセには会わせねえけどなー」
「ええ?そんなわけないじゃないですか」
質の悪い冗談だな、と苦笑いでダライアスさんを見たら笑ってないダライアスさんに今度は額を指先で思いっきり弾かれて「ぐうっ」とまじの嗚咽が漏れる。細身に見えても鍛えてる職業の人なのでかなり痛い。見た目通りひょろい俺相手に本気を出さないでほしい。
「お前がとぼけたって意味ねえよ。たぶんあいつ今日も来るぜ」
痛みで何も言い返せず、その場で前のめりになって額を抑えていたら、「心配無用だ、ユセ君」と明らかにダライアスさんじゃない、朗らかな女性の声が聞こえた。しきりに額をさすって痛みを誤魔化しながらゆっくり顔を上げると、涙越しににっこり微笑むイヴェット室長が見えた。
「ロードリックは助手としてルウェリンの出張について行かせたから、しばらく、そうだなあ、だいたい十日程はユセ君を追いかけまわしに来れないよ。今なら安心して出歩けるぞ。まあその代わり、こちらでのルウェリンの用件全て、代打がわたしだ」
イヴェット室長に「御配慮痛み入ります」と簡易礼をとったダライアスさんにならって、俺も頭を下げる。イヴェット室長は鷹揚に頷いた。
「うちの部下が本当に悪いね、マヌエル司祭の逆鱗に触れちゃったみたいで。こんな粘着のされ方して、ユセ君も大変だよな。ロードリックは君の事となると加減を知らないみたいでな。君へのつきまといは止めるように言ってるんだけど聞きゃしない」
「……それは」
なにかの冗談ですか?って今聞いたらマッチョデコピンだけで済まなそう。てっきりマヌエルさんの大袈裟包囲網だと思ってたんだけど、実はそうでもなかったらしい。ロードリックさんに会うのは怖いけど、そんなに何度も無駄足を踏ませていたことに申し訳なさも感じる。
でも、今ロードリックさんが俺に会って話したいことなんて、マサチカとヒマリさんの関係性の確認くらいだろうから、ロードリックさんが会いたいのは本当は俺じゃなくヒマリさんだ。通訳の魔導具が完成すれば、ロードリックさんは俺のところにはもう来ないかもしれない。俺の不毛な恋を終わらせるには、ちょうどいい機会だ。
しばらく考え込んでしまっていたら、イヴェット室長の耳当たりのいい声で名前を呼ばれた。慌てて顔を上げると、また軽くダライアスさんに小突かれてよろけた。何事もなかったみたいにダライアスさんはイヴェット室長に向き直って、「ペイトン卿の不在については内部共有させて頂きます」と丁寧に腰を折ってから、喫煙できる野外ではなく上階につながる階段へ歩いていった。ちゃんと仕事をするつもりらしい。
「さあ、ユセ君。さっさと作業を進めてしまおう。うっとうしい執着男も、小うるさい宗教家のママもいないうちにな」
あんまりな言様だけど、そう間違ってもいないのが困る。否定のしようもなくて俺は曖昧に笑ってごまかして、イヴェット室長のあとに続いて応接室に入った。
警護神官のみんな、普段はマヌエルさんを過保護だって笑うくせに、ロードリックさんから俺を遠ざけることにはやたらとマヌエルさんに同調してる気がする。
俺の送迎は単純にマヌエルさんの職権乱用だけど、休日の市場への私物の買い出しもいつの間にか誰かが代わりに行ってくれてて、俺は滅多に外に出なくなった。みんなそう暇なわけじゃないのに、俺相手にそこまでする意味あるんだろうか。
「そりゃあね。あのオッサン程トチ狂ってねえけど、僕らだってユセの事可愛いしな。お前に妙なちょっかい出す糞は排除一択だろ。ぶん殴って解決できんなら楽なんだけどなあ」
「ぶん殴っちゃダメです」
「僕ら警護神官だぜえ?ぶん殴るのが仕事みたいなもんだからなー」
確かに。護衛官のように対魔法効果のある軽鎧こそ着てないけど、短衣の下、背中と腰に短刀と警棒をそれぞれ装備してる。そりゃ荒事には慣れてるだろう。
「それはそうかもですけど、ロードリックさんは殴られるほどのことはしてないですよ」
間違ったこと言ってないのに、なんでか「わかってねえなあ」ってゆるく笑われた。
「あの糞野郎、お前を泣かしたくせに恥ずかしげもなくまたお前に執着してんだろ。そんなんぶん殴られても文句は言えねえよ」
「……泣いてはないですし、執着もされてません」
「強がんなよ。まあさあ、まじなところあっちは別には恋人がいんだろ?そっちと別れもせずにお前に粉かけたんだから糞に変わりねえだろ」
「……俺に粉をかけるとかは誤解です。ロードリックさんにそういう意図はないです」
恋人がいることも知った上で好きになった俺が、まるで騙された被害者みたいに振る舞うのはとことんお門違いだ。「ただの友人です」と、マヌエルさん相手にも再三繰り返した言葉を絞り出すと、たばこのケースを手のひらでもて遊びながらダライアスさんが訳知り顔で眉を持ち上げた。
「ただの友人の居所に飽きもせず日参するかよ。そんなん情か欲がなきゃ無理だ」
「日参はさすがに大げさですよ」
ぼんやり顎をかいてたら、小馬鹿にするように鼻で笑ったダライアスさんの手の甲で肩を小突かれた。
「バーカ。ペイトン家の嫡男がうろついてたのは酒場だけじゃねえからな。あの野郎、日を置かずに宿舎と教会にもずっと来てんだぞ。文字通り日参だ。まあ僕らがいる限りユセには会わせねえけどなー」
「ええ?そんなわけないじゃないですか」
質の悪い冗談だな、と苦笑いでダライアスさんを見たら笑ってないダライアスさんに今度は額を指先で思いっきり弾かれて「ぐうっ」とまじの嗚咽が漏れる。細身に見えても鍛えてる職業の人なのでかなり痛い。見た目通りひょろい俺相手に本気を出さないでほしい。
「お前がとぼけたって意味ねえよ。たぶんあいつ今日も来るぜ」
痛みで何も言い返せず、その場で前のめりになって額を抑えていたら、「心配無用だ、ユセ君」と明らかにダライアスさんじゃない、朗らかな女性の声が聞こえた。しきりに額をさすって痛みを誤魔化しながらゆっくり顔を上げると、涙越しににっこり微笑むイヴェット室長が見えた。
「ロードリックは助手としてルウェリンの出張について行かせたから、しばらく、そうだなあ、だいたい十日程はユセ君を追いかけまわしに来れないよ。今なら安心して出歩けるぞ。まあその代わり、こちらでのルウェリンの用件全て、代打がわたしだ」
イヴェット室長に「御配慮痛み入ります」と簡易礼をとったダライアスさんにならって、俺も頭を下げる。イヴェット室長は鷹揚に頷いた。
「うちの部下が本当に悪いね、マヌエル司祭の逆鱗に触れちゃったみたいで。こんな粘着のされ方して、ユセ君も大変だよな。ロードリックは君の事となると加減を知らないみたいでな。君へのつきまといは止めるように言ってるんだけど聞きゃしない」
「……それは」
なにかの冗談ですか?って今聞いたらマッチョデコピンだけで済まなそう。てっきりマヌエルさんの大袈裟包囲網だと思ってたんだけど、実はそうでもなかったらしい。ロードリックさんに会うのは怖いけど、そんなに何度も無駄足を踏ませていたことに申し訳なさも感じる。
でも、今ロードリックさんが俺に会って話したいことなんて、マサチカとヒマリさんの関係性の確認くらいだろうから、ロードリックさんが会いたいのは本当は俺じゃなくヒマリさんだ。通訳の魔導具が完成すれば、ロードリックさんは俺のところにはもう来ないかもしれない。俺の不毛な恋を終わらせるには、ちょうどいい機会だ。
しばらく考え込んでしまっていたら、イヴェット室長の耳当たりのいい声で名前を呼ばれた。慌てて顔を上げると、また軽くダライアスさんに小突かれてよろけた。何事もなかったみたいにダライアスさんはイヴェット室長に向き直って、「ペイトン卿の不在については内部共有させて頂きます」と丁寧に腰を折ってから、喫煙できる野外ではなく上階につながる階段へ歩いていった。ちゃんと仕事をするつもりらしい。
「さあ、ユセ君。さっさと作業を進めてしまおう。うっとうしい執着男も、小うるさい宗教家のママもいないうちにな」
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