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最終章
37:最悪な巡り合わせ1
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ヒマリさんはわかってくれてるのか微妙だけど、以前マヌエルさんに言われた通り本来聖女および聖女候補の方は、教会外への外出が制限されている。要人だから仕方ないとは思いつつ、この国のことをよく知らないまま、この国に残って聖女になるかどうか本人に決めさせるのも酷だなと思う。
先日の化粧品に始まって、ここ数日のヒマリさんは衣服とか髪飾りとか香水とか髪油とか、おしゃれのための道具や小物に夢中だ。それ自体は女の子らしくて微笑ましいけど、自分で用品店に行って買い物をしたいとすねるヒマリさんを見るのは心苦しい。やっぱり、聖女になる前に一度は首都の町を歩かせてあげるべきだ。
『ヒマリさん!やりました!お買い物に行く許可もらえました!』
急に変なテンションで部屋に飛び込んで来た俺に、最初こそきょとんとしてたヒマリさんだったけど、俺が『買い物に行けますよ!』と繰り返すと途端に満面の笑みになって俺に抱きついた。
『ユセやっぱ最高!まじ女神!』
男の俺に女神って変だけど、ヒマリさん本人に言ってもわかってもらえないので諦めた。本人的に褒め言葉って認識しかないみたいで悪気はないようだ。
『急がせて申し訳ないんですけど、側用人一名、護衛官が二名以上いる時間帯のみって言われてるので、今すぐに支度してください』
『おっけ。ちょっと待ってて』
いそいそとクローゼットから外套を引っ張り出し始めたヒマリさんの様子を、女性護衛官の二人が怪訝そうに伺っている。護衛官の方は側用人のようなランダムなシフトではなくきっちり固定の三交代制で、今日はフィービーさんがお休みだ。
護衛官二人それぞれに、外出許可証代わりの国手司祭の印章の押された一筆書面を見せながら説明すると、二人とも快く頷いて許可をもらってきた俺を労い褒めてくれた。
ヒマリさんや護衛官の二人にはわざわざ言わないけど、今回外出許可が出たのは直近数日の間は俺の外出規制が一時緩和されてることも重なったことによる、特別措置だったりする。
なんで俺の外出規制が緩和されてるのかと言うと、単純にうちのママの怒りの矛先さんが首都にいないからだ。矛先さんは今回腰の悪いルウェリン室長と一緒だから、そう長時間馬車に乗れないし、早くてあと二日は帰らない、っていうのがイヴェット室長の見立てだ。さすがのあいつも仕事には真面目だから手は抜かないだろう、だそうだ。
行きの馬車の中からすでに楽しくて仕方ないって顔をしたヒマリさんを見てほくほく気分の俺は、懐の中の首下げ財布を服の上から撫でた。急ぎ、経理職の神官にお願いして、聖女候補のための予算から雑費として一部預けてもらってこの中に入れてきたのだ。
『今日は時間もないですけど、お小遣いもあんまり多くないですから無駄遣いできませんよ。よく考えてから買いましょうね』
『えー。聖女ってけっこう貧乏なんだね。もっとバリバリ優雅な感じかと思った。夢がないなー』
『主教会は寄付と病院業務の利益しか財源がありませんからね。でも魔力が豊富な聖女はとても貴重で、有益で高給な仕事に就けますから、お金に困ることはないと思います』
聖女は所属こそ教会だけど、有事でもなければ基本的には個人事業主のような働き方をすることも許されている。当然護衛官はつくけど。
『それって、聖女じゃなくても、楽でいい仕事就けるってこと?なら聖女にならなくてもいいじゃん。どっか高く雇ってくれるとこでゆるく働いた方がよくない?』
やっぱりそう思うよな。ヒマリさんが幸福に暮らす選択肢として、俺もそれは最初に思ったんだ。だからマヌエルさんに聞いた。
俺は威圧的にならないように笑顔を残したまま、『それはできないんですよ』とできるだけ穏やかに聞こえるように声を抑えた。
『魔力が多すぎる人は、精神面、体調面にいろんなリスクが多いので、病院との連携もとれる主教会で預かって健康面も管理するように王命で決まっているそうです』
『へえ。そうなんだ。私別に体調おかしくないし、魔力?がいっぱいある実感も全然ないけど』
『扱い慣れないうちはそんなものなのかもしれないです。どこで弊害が出るかわからない以上、主教会から離れるのは危険です』
『そっか』
聖女にならないっていう選択肢は、ヒマリさんの中でそう大きいものじゃなかったみたいで、たったそれだけの問答ですんなり頷いて、この話題に興味をなくした。手遊びに自身の髪の毛を指先でくるくるといじりながら機嫌よく窓の外の街並みを見ている。
誰が聞いているわけでもないのに、俺はこわごわと安堵のため息を吐いた。ヒマリさんが聖女でなく一般人としてこの国に暮らすことに関心がないようで一安心した。
俺もそう詳しいわけじゃないけど、どうやら聖女候補が自ら辞退して市井で暮らすことはこの国だととても不名誉なことらしい。だからこの国に留まるのなら、ヒマリさんは聖女になってその役職の尊さ通りに国民から愛されなければいけない。それが、ヒマリさんがこの世界で幸せに暮らすための最善の方法だと俺は思う。
俺はただ、ヒマリさんに孤独で迷子のような暮らしをさせたくなかった。
先日の化粧品に始まって、ここ数日のヒマリさんは衣服とか髪飾りとか香水とか髪油とか、おしゃれのための道具や小物に夢中だ。それ自体は女の子らしくて微笑ましいけど、自分で用品店に行って買い物をしたいとすねるヒマリさんを見るのは心苦しい。やっぱり、聖女になる前に一度は首都の町を歩かせてあげるべきだ。
『ヒマリさん!やりました!お買い物に行く許可もらえました!』
急に変なテンションで部屋に飛び込んで来た俺に、最初こそきょとんとしてたヒマリさんだったけど、俺が『買い物に行けますよ!』と繰り返すと途端に満面の笑みになって俺に抱きついた。
『ユセやっぱ最高!まじ女神!』
男の俺に女神って変だけど、ヒマリさん本人に言ってもわかってもらえないので諦めた。本人的に褒め言葉って認識しかないみたいで悪気はないようだ。
『急がせて申し訳ないんですけど、側用人一名、護衛官が二名以上いる時間帯のみって言われてるので、今すぐに支度してください』
『おっけ。ちょっと待ってて』
いそいそとクローゼットから外套を引っ張り出し始めたヒマリさんの様子を、女性護衛官の二人が怪訝そうに伺っている。護衛官の方は側用人のようなランダムなシフトではなくきっちり固定の三交代制で、今日はフィービーさんがお休みだ。
護衛官二人それぞれに、外出許可証代わりの国手司祭の印章の押された一筆書面を見せながら説明すると、二人とも快く頷いて許可をもらってきた俺を労い褒めてくれた。
ヒマリさんや護衛官の二人にはわざわざ言わないけど、今回外出許可が出たのは直近数日の間は俺の外出規制が一時緩和されてることも重なったことによる、特別措置だったりする。
なんで俺の外出規制が緩和されてるのかと言うと、単純にうちのママの怒りの矛先さんが首都にいないからだ。矛先さんは今回腰の悪いルウェリン室長と一緒だから、そう長時間馬車に乗れないし、早くてあと二日は帰らない、っていうのがイヴェット室長の見立てだ。さすがのあいつも仕事には真面目だから手は抜かないだろう、だそうだ。
行きの馬車の中からすでに楽しくて仕方ないって顔をしたヒマリさんを見てほくほく気分の俺は、懐の中の首下げ財布を服の上から撫でた。急ぎ、経理職の神官にお願いして、聖女候補のための予算から雑費として一部預けてもらってこの中に入れてきたのだ。
『今日は時間もないですけど、お小遣いもあんまり多くないですから無駄遣いできませんよ。よく考えてから買いましょうね』
『えー。聖女ってけっこう貧乏なんだね。もっとバリバリ優雅な感じかと思った。夢がないなー』
『主教会は寄付と病院業務の利益しか財源がありませんからね。でも魔力が豊富な聖女はとても貴重で、有益で高給な仕事に就けますから、お金に困ることはないと思います』
聖女は所属こそ教会だけど、有事でもなければ基本的には個人事業主のような働き方をすることも許されている。当然護衛官はつくけど。
『それって、聖女じゃなくても、楽でいい仕事就けるってこと?なら聖女にならなくてもいいじゃん。どっか高く雇ってくれるとこでゆるく働いた方がよくない?』
やっぱりそう思うよな。ヒマリさんが幸福に暮らす選択肢として、俺もそれは最初に思ったんだ。だからマヌエルさんに聞いた。
俺は威圧的にならないように笑顔を残したまま、『それはできないんですよ』とできるだけ穏やかに聞こえるように声を抑えた。
『魔力が多すぎる人は、精神面、体調面にいろんなリスクが多いので、病院との連携もとれる主教会で預かって健康面も管理するように王命で決まっているそうです』
『へえ。そうなんだ。私別に体調おかしくないし、魔力?がいっぱいある実感も全然ないけど』
『扱い慣れないうちはそんなものなのかもしれないです。どこで弊害が出るかわからない以上、主教会から離れるのは危険です』
『そっか』
聖女にならないっていう選択肢は、ヒマリさんの中でそう大きいものじゃなかったみたいで、たったそれだけの問答ですんなり頷いて、この話題に興味をなくした。手遊びに自身の髪の毛を指先でくるくるといじりながら機嫌よく窓の外の街並みを見ている。
誰が聞いているわけでもないのに、俺はこわごわと安堵のため息を吐いた。ヒマリさんが聖女でなく一般人としてこの国に暮らすことに関心がないようで一安心した。
俺もそう詳しいわけじゃないけど、どうやら聖女候補が自ら辞退して市井で暮らすことはこの国だととても不名誉なことらしい。だからこの国に留まるのなら、ヒマリさんは聖女になってその役職の尊さ通りに国民から愛されなければいけない。それが、ヒマリさんがこの世界で幸せに暮らすための最善の方法だと俺は思う。
俺はただ、ヒマリさんに孤独で迷子のような暮らしをさせたくなかった。
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