美丈夫から地味な俺に生まれ変わったけど、前世の恋人王子とまた恋に落ちる話

こぶじ

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クラスメイト

「では、中間考査の結果表をお渡しします。出席番号順に前へ取り来てください」

 腹から声を出す気のない講師助手の声は、教室内の生徒が少しざわめくだけでもほぼ聞き取れなくなる。平素誰よりも厳しい担任講師が急遽不在となったこの講義枠内で、浮わついた生徒たちの私語を止める抑止力はどこにもない。


 第一学年である俺たちにとっては、前週の水の日から天の日にかけての3日間で行われた定期考査が入学後初の実力評価の場だった。その結果に一喜一憂する声で教室内は溢れかえっている。

 講師助手は結果表を配り終えると、黒板に自動書記の魔法術で今回の考査の平均点と最高点、赤点となるライン点を書き付ける。

「座学最高点は満点である450点。実技最高点は220点です。今回赤点を取ったものは来週の冥の日の放課後に補講と追試があるので忘れずに残るように」

 赤点取得者たちの悲鳴を聞き流しながら、俺は自分の手元を見る。
座学総計450/450実技評価220/225学年順位1/352
 まじまじ見る必要はないのでさっさと各レジュメを整理している厚手のケースファイルにしまい込む。

「学年首席はこのクラスの生徒ですが、座学の赤点が一番多かったのもこのクラスです。一度の定期考査で実力を出し切れるものは少ないのも事実。平均点を下回った者たちは次回の期末考査で全てを出し切れるよう、今から研鑽するよう心掛けてください」

 講師助手は、所々から上がる「首席って誰」というあけすけな問いを完全に無視して「では以降は自習時間とします」と、自動書記で自習と大きく書き足すとさっさと教室を出て行ってしまった。課題くらい出していけばいいのに。課題すらない自習時間なんてものは、もはや自由時間と変わらない。いっそ抜け出して昼飯を食ってしまおうかと考えるが、昼休みにならないとカフェテリアは開かないと聞いた気がする。残念ながらもうしばしの辛抱だ。腹減った。
 空腹を紛らす為に、不精不精午後一の国史講義の教科書を取り出して予習を始める。




「フローレスさまは考査結果いかがでしたか?」

 俺の右隣の席に座した公爵令嬢に、色男だと時々囁かれている伯爵子息が話しかけた。前回の講義は西南大陸戦争の終戦までだったか、教科書と合わせて魔導式のノートを繰りながら、聞くともなしに真横の会話が耳を通過する。

「ええ…と、恥ずかしながら準備不足で…」

「考査前体調不良で長く伏せっていらっしゃいましたね。実力を発揮できずにさぞ悔しかったでしょう」

「そう、ですね」

「令嬢は魔法術の資質が高くていらっしゃるから、実技考査は問題ないでしょうが、座学は休まれると進捗がわからなくて困りますよね」

「あ…はい」

「宜しければ考査内容の確認と合わせて講義の復習を僕と一緒に致しませんか。本日放課後サロンで。いかがですか?」

「いえ、その、お気持ちのみで十分ですので…」

「ああ。最初から勉強では味気ないですね。まずはお茶でもご一緒しませんか。商業区に新しくできたケーキショップが人気だそうですよ。フローレスさまは甘いものはお好きですか?」

 さすが齢15にして色男の浮名を流すだけはある。しつこい。このしつこさが400年前の大陸南部の小国にあったなら、ワンチャン西部の大国との政治交渉の決裂は避けられて西南大陸戦争は早期集結できたかもしれないーーーいや、なんだその荒唐無稽な妄想は。色男のせいで教科書の内容が入ってこないじゃないか。第一、そんな内気を絵に描いたような令嬢を押しの強さだけでどうにかしようとするな。そんなもの真の色男ではない。


「フローレス公爵令嬢」

「え、はい!」

 急に俺に名を呼ばれてフローレス公爵令嬢の肩がびくりと跳ねた。怯えなくていい。俺にはあなたへの下心など微塵もない。できるだけその意を込めてなるべく静かな所作で、自前のノートを彼女の机の上に差し出す。

「“お貸しするとお約束していた”ノートです。ひとまず一冊お貸し致しますので、必要であればまた声をかけてください」

 一瞬きょとんとした令嬢ではあるが、俺がちらりと通称色男を見たことで俺の意図を察してくれたらしい。慌てた風に「ありがとうございます」と頭を下げた。公爵家の人間にも関わらず何とも腰の低い人だ。

「あの、ベルナルドさま。勉強会へのお誘いはありがたいことではございますが、座学の進捗はデーンさまよりご教示頂きますのでお気遣いは不要でございます」

 無表情で突き放せばいいものを、絵物語の儚げなお姫さまのような気弱き令嬢は行儀良く微笑む。自身に好意を抱く相手に、そんな優しげに笑みかけてしまったら煽っているのと同義だろうに。

「ノートでしたら僕のものをお貸ししますよ。それに一人でお勉強されるにも限界があるのではないでしょうか」

 そら見たことか、と内心ほぞを噛む。煽った自覚のない呑気な令嬢は、おどおどと小作りな口を開閉させているが何もまともな反応はできていない。
 そりゃあ粘るよなあ。少しばかりベルナルド伯爵子息に同情の余地を見出してしまったが、やり方を間違えてしまっている以上、ここは引いて頂こうと俺はやや声を張った。

「心配しなくてもフローレス公爵家が俺ら学生なんて目じゃない家庭教師を雇うでしょう。例えどんなに優秀だったと仮定しても一生徒であるベルナルド伯爵子息が、二人っきりの個人指導をする必要なんてないんじゃないですか?」

 俺が「ですよね?」とフローレス公爵令嬢に同意を求めると、一瞬きょとんとされてしまったがすぐに焦ったようにこくこく頷いた。あんたの為にやってるんだからちゃんと話についてきてくれ。

「それに」

 わざと一息置く。

「俺より成績の低い人間のノートなんて参考にならないんじゃないですか?」

 無神経に見えるようあえて顔も見ずに言い放てば「貴様!」と怒気の孕んだ声が上がる。それでいい。そんな声色は女性を口説けるような温度ではないし、そんな単純なことは伯爵子息本人が一番よくわかっているだろう。すぐに自分の失態を恥じて「失礼した」と紳士的に謝罪した。


「ベルナルド伯爵子息」

「…なんだ」

 本当に恥じているらしくかなりバツの悪そうな顔をした伯爵子息だったが、俺の呼びかけを無視するでもなく律儀にこちらに向き直った。

「商業区の新しいケーキショップより、市場に昔からあるシルディばあちゃんのパン屋のバターケーキの方がおいしいんです。バタークリームがお嫌いでなければ今度ベルナルド伯爵子息とフローレス公爵令嬢の分も買ってきますね」

 うま過ぎて思い出すだけでニヤけてしまう。
 急に敵意を取り下げた俺に伯爵子息は驚いた後、とフッと気の抜けたように破顔した。

「君は強敵だな」

 毒気のない笑顔は確かに色男だな、と思った。
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