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第六章 王子と指輪と誕生日
003 二度目の始まり
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目を開けると暗くて寒い場所だった。
さっきまで火の中にいた筈なのに。
魔女と罵られ、処刑された筈なのに。
上を見上げると、ぽっかりと開いた丸い穴の向こうに空が見えた。
ここは井戸の中だ。足が痛い。
あれは全部夢で、クリスと別れた後、井戸に落ちたのだろうか。指に嵌めて貰った指輪は無かった。でも、胸のロザリオと一緒にアクアマリンの指輪もぶら下がっていた。
何で? 誰かがネックレスに付けたのか。
指輪を見ると、クリスの瞳を思い出す。
セシルを憎むあの瞳。
クリスを助けたかっただけなのに。
クリスが好き。またあの優しい瞳で見つめられたい。
誤解されたままなんて嫌だ。
でも、この井戸から出たら、セシルはまた処刑されるのだろうか。
大好きなクリスに憎まれ罵られ、また……。
「い……や。怖い。私は何も悪くない。私は助けたかっただけ。私は…………何で生きているの?」
セシルはポロポロと大粒の涙を流した。
恐くて、悲しくて、悔しくて。
クリスの笑顔が見たくて。
たくさん涙を流すと、自分の今の状況に疑問を持ち始めた。
最後に神様が救ってくれたのだろうか。
ああ。寒い。まずはここから出よう。
ここで死ぬのは嫌だ。
セシルは足の傷を治し、井戸から這い出た。
いつもの教会裏の庭。二人だけの秘密の場所。
でもそこにクリスはいなかった。
その代わり、一人の青年がいた。
アッシュブロンドの髪の青年が息を切らして立っていた。
何をそんなに急いでいたのだろう。
この青年は誰だっけ?
「……お前、名前は?」
「わ、私は……セシルよ」
◇◇
その後だ。
私はアルベリクによって聖女にさせられたのは。
私はあの時思ったんだ。きっと神様が私の時間を巻き戻してくれて、もう一度チャンスをくれたんだって。
神様は私をちゃんと見ていてくれてる。
クリスの命を助けた善行を認めて力を貸してくれたんだって。
私は今度こそクリスと結ばれるんだ。
聖女として地位を手に入れて、たくさんの人を癒して、もっと善行を積んで、今度こそクリスに相応しい女性になって、愛されたいって思ったんだ。
それなのに──駄目だった。
神様なんてやっぱり何もしてくれないんだ。
ただ見ているだけ……。
でも、じゃあどうして?
私はまた、戻ってしまったのだろう。
夢の中はいつの間にか青い薔薇が咲き乱れる教会の庭だった。クロエが青い薔薇を育てたがっていたな。
これは、いつの記憶だっけ。
綺麗だな……。
「青い……薔薇」
◇◇
「セシル? 青い薔薇……そろそろ薔薇の季節か」
アルベリクはセシルの寝言にそう返した。
もちろん返事はないのだが、顔色は大分落ち着いてきている。メアリもその様子にホッとしていた。
「アル様。後は私が見ていますよ」
「いや。いい。婆やは早く休め」
「はい。失礼いたします」
メアリが部屋を出ていくと、アルベリクはもう一度タオルを絞り、セシルの額に乗せてやった。
こうして誰かの看病をするのは七年ぶりくらいだ。
病に伏した母にもよく付き添っていた。
ただの風邪だと分かっていても、どうしても母と重なって見えて、離れることなんてできなかった。
「早く……目を覚ませ。セシル……」
◇◇
翌朝。セシルはいつも通り目を覚ました。
身体が少しだるい。何だか嫌な夢を見ていた気がする。
きっと昨日、クリスの名前を聞いてしまったからだ。
ベッドの上であれこれ考えていると、扉がノックされた。
「セシル~。起きてるか~」
「はーい」
「大丈夫か? 風邪って聞いたけど?」
「うん。ありがとう。もう元気だよ! レクト、何か話すの久しぶりだね。いいなぁ。レクトはシュナイト領へ行けて……」
「まあ、今は北に行くのは止めた方がいいな。ゴロツキが増えてて、馬車で行くのは危なすぎるから」
「そっか。そうだよね……」
「そんな事より。今日はちゃんと休めよ」
レクトがセシルの額に手を乗せ首をかしげる。
そして自分の額をセシルのそれにくっつけた。
「まだ少し熱いんじゃないか?」
「そ、そうかな?」
「おう。アル様に心配かけるなよ」
「心配なんかしないよ。どうせ馬鹿は風邪引かないだろ。とか言うでしょ」
「……それ昨日言ってた。セシルも大分アル様の人となりが分かってきたな!」
「分かりたくもないよ。折角だから、もう少し寝るね」
「おう。休んどけ。じゃあな」
レクトはパン粥をテーブルに置いて部屋を出ていった。
レクトは相変わらず優しいな。
セシルはパン粥を平らげるともう一度ベッドに潜り込んだ。
二度寝っていいな。なんて思いながら。
さっきまで火の中にいた筈なのに。
魔女と罵られ、処刑された筈なのに。
上を見上げると、ぽっかりと開いた丸い穴の向こうに空が見えた。
ここは井戸の中だ。足が痛い。
あれは全部夢で、クリスと別れた後、井戸に落ちたのだろうか。指に嵌めて貰った指輪は無かった。でも、胸のロザリオと一緒にアクアマリンの指輪もぶら下がっていた。
何で? 誰かがネックレスに付けたのか。
指輪を見ると、クリスの瞳を思い出す。
セシルを憎むあの瞳。
クリスを助けたかっただけなのに。
クリスが好き。またあの優しい瞳で見つめられたい。
誤解されたままなんて嫌だ。
でも、この井戸から出たら、セシルはまた処刑されるのだろうか。
大好きなクリスに憎まれ罵られ、また……。
「い……や。怖い。私は何も悪くない。私は助けたかっただけ。私は…………何で生きているの?」
セシルはポロポロと大粒の涙を流した。
恐くて、悲しくて、悔しくて。
クリスの笑顔が見たくて。
たくさん涙を流すと、自分の今の状況に疑問を持ち始めた。
最後に神様が救ってくれたのだろうか。
ああ。寒い。まずはここから出よう。
ここで死ぬのは嫌だ。
セシルは足の傷を治し、井戸から這い出た。
いつもの教会裏の庭。二人だけの秘密の場所。
でもそこにクリスはいなかった。
その代わり、一人の青年がいた。
アッシュブロンドの髪の青年が息を切らして立っていた。
何をそんなに急いでいたのだろう。
この青年は誰だっけ?
「……お前、名前は?」
「わ、私は……セシルよ」
◇◇
その後だ。
私はアルベリクによって聖女にさせられたのは。
私はあの時思ったんだ。きっと神様が私の時間を巻き戻してくれて、もう一度チャンスをくれたんだって。
神様は私をちゃんと見ていてくれてる。
クリスの命を助けた善行を認めて力を貸してくれたんだって。
私は今度こそクリスと結ばれるんだ。
聖女として地位を手に入れて、たくさんの人を癒して、もっと善行を積んで、今度こそクリスに相応しい女性になって、愛されたいって思ったんだ。
それなのに──駄目だった。
神様なんてやっぱり何もしてくれないんだ。
ただ見ているだけ……。
でも、じゃあどうして?
私はまた、戻ってしまったのだろう。
夢の中はいつの間にか青い薔薇が咲き乱れる教会の庭だった。クロエが青い薔薇を育てたがっていたな。
これは、いつの記憶だっけ。
綺麗だな……。
「青い……薔薇」
◇◇
「セシル? 青い薔薇……そろそろ薔薇の季節か」
アルベリクはセシルの寝言にそう返した。
もちろん返事はないのだが、顔色は大分落ち着いてきている。メアリもその様子にホッとしていた。
「アル様。後は私が見ていますよ」
「いや。いい。婆やは早く休め」
「はい。失礼いたします」
メアリが部屋を出ていくと、アルベリクはもう一度タオルを絞り、セシルの額に乗せてやった。
こうして誰かの看病をするのは七年ぶりくらいだ。
病に伏した母にもよく付き添っていた。
ただの風邪だと分かっていても、どうしても母と重なって見えて、離れることなんてできなかった。
「早く……目を覚ませ。セシル……」
◇◇
翌朝。セシルはいつも通り目を覚ました。
身体が少しだるい。何だか嫌な夢を見ていた気がする。
きっと昨日、クリスの名前を聞いてしまったからだ。
ベッドの上であれこれ考えていると、扉がノックされた。
「セシル~。起きてるか~」
「はーい」
「大丈夫か? 風邪って聞いたけど?」
「うん。ありがとう。もう元気だよ! レクト、何か話すの久しぶりだね。いいなぁ。レクトはシュナイト領へ行けて……」
「まあ、今は北に行くのは止めた方がいいな。ゴロツキが増えてて、馬車で行くのは危なすぎるから」
「そっか。そうだよね……」
「そんな事より。今日はちゃんと休めよ」
レクトがセシルの額に手を乗せ首をかしげる。
そして自分の額をセシルのそれにくっつけた。
「まだ少し熱いんじゃないか?」
「そ、そうかな?」
「おう。アル様に心配かけるなよ」
「心配なんかしないよ。どうせ馬鹿は風邪引かないだろ。とか言うでしょ」
「……それ昨日言ってた。セシルも大分アル様の人となりが分かってきたな!」
「分かりたくもないよ。折角だから、もう少し寝るね」
「おう。休んどけ。じゃあな」
レクトはパン粥をテーブルに置いて部屋を出ていった。
レクトは相変わらず優しいな。
セシルはパン粥を平らげるともう一度ベッドに潜り込んだ。
二度寝っていいな。なんて思いながら。
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