壺割騒動と宅急便

まちゃかり

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「宅急便でーーす!」

 俺の名前は今井麻雄。一昨年から三毛猫宅急便で働いている一端の仕事人だ! 今はとある高級住宅地に後輩の2人で来ていて、主人が注文した壺を運んでいる所だ。

「ご注文された壺をお持ちしました。こちらにサインをお願いします」

「分かりました。ちょっと待っててくださいね」

 この金持ちそうな家の主人である女の人が、ハンコを探しに奥に入っていった。

「ふー、結構重たい壺だったな。ここまで持ってくるのが大変だったわ」

 しかもこの壺があと2つあるときた、俺には美的センスというものが無いけど、多分高級な壺なんだろうな。俺は外で待っている後輩の靖に、慎重に壺を持ってくるように言うことにした。

「おーーい靖、壺あと2つ運ぶぞ」
「ごめん割っちゃった」
「ホゲェええええええ!?」

 ちょっと待て!? いやいやいや......ファッ!?

「おいお前どうなってんだよ!? まだ玄関入ったばっかりだろ!?」

 俺の問いに靖はこう答えた。

「だってこの玄関入りにくいんだもん。この壺やけに重いしさ」

 なんて事だ。大事な壺が無情にも木っ端微塵になっている。とりあえず靖を叱って、ご主人に謝らなければ......

「だってじゃあ無いんだよ!? 1つでも割っちまったら全部台無しなんだよ! そこんとこわかってるのか!?」

「どうせ台無しならこっちも割ってやらぁ!」

 靖が俺の静止を振り切り、無事だったもう一つの壺もどこから持ってきたのか分からないハンマーで叩き割ってしまった。

「オオィーー!? なんでそっちも割ったの! 台無しっていうかもう粉々になって形すら無いよ!?」

「あの、玄関に飛び散っているそれ、何ですか?」

 はっ!? マズい、ご主人がハンコを持ってこっちを見ている......どうする麻雄。とりあえずこのピンチを何とかしないと......

「ああああこれは! あっちの公園で遊んでるガキが突然植木鉢を投げてきたんです! あ、危ないなぁアッハハハ!」

 ご主人の様子を見て、何とか今の状況からは逃れられそうだが、これからどうしようか......

「嘘つくなや」
「誰のせいだと思ってんだ!」

「それよりお二人さん。朝から働いて疲れてるでしょう? お茶でも飲んでいきませんか?」

 ご主人の疲れた人達を気遣った良心ある配慮は、ある意味逆に俺の心を傷つけた。ほんとうちのバカがすみません......壺の後始末を責任者である俺がしなくちゃいけないから、今回は遠慮しておこう。

「あ、で、でも、悪いですよそんな......」
「麦茶でお願いします」
「お前は少し黙ってろ!」


     ◇◇◇◇◇


 結局お邪魔することになってしまった......ま、マズいぞーーこれはぁ......よりにもよって何でこういう時にお茶出されちゃうんだよ。とりあえず割れた壺はダンボールに入れてしまってある。割れてないのは目の前にあるこれだけ。

「あーー喉乾いたなぁ早く持ってこいよーー」

 靖は行儀悪く座って、茶が出るのを待っている......ある意味すごいメンタルの持ち主やなこいつ。

 ていうかもしかして……ま、まさか、もうバレてるんじゃないのか? 

 なんかよく見たらサインのところにぶち殺すって書いてあるし。そしてあっちでじっと見つめてるのは誰だよ。なんなんだよその視線は、完璧になんかやらかした人を見る目だよあれは。

「お待たせ。紅茶しかなかったんだけどいいかな?」
「ふーーん、まあいいだろう」

 でも、ばれてるとしたら何で俺たちを家に招き入れるんだ? ん? なんだ、あれは......!? 粉......? 砂糖か? ま、まさか、毒薬か何かか!? あれで俺達を殺そうってのか!

「フンフーーン! それ!」

 もう一個は袋ごと入れやがった! 確実に俺達を殺す気まんまんだよこの人!

「どうぞ、お召し上がりください」
「どうもーーさっそくいただきますか!」

 俺は靖の後頭部をご主人に気づかれないよう静かに叩いた。

「何してんすか!」
「バーーカ、こういうのはすぐ飲んじゃいけねーんだよ」
「何で?」
「俺達は休ませていただいてる身だ。こういうのは遠慮しながら少しずつ飲むんだよ」

 よし、こうやって遅延してって最終的には飲まずに帰っちゃおう。あとはなんとか壺の話題に入らないようにしないと。

「あ、えっと、最近ちょっと寒いですよね。秋がもうすぐ終わるのってなんとなく寂しいっていうかなんというか......」

「この壺いくらくらいすると思います?」

 速攻で遮られたぁぁぁ!

「え、えと......5万円くらいですかね?」

 やべーーご主人の背後からダークオーラがありえないほどに出ているわ。つまりめちゃくちゃ怒ってる! どうしよう、値段が低かったのかな?

「じゅ、10万ですか?」

 ご主人のダークオーラが迫力を増した。

「ご、50万ですか?」

 ご主人の顔がさらに険しくなった。俺はもう泣きそうになりながらヤケクソになって値段を釣り上げて答えた。

「100万ですかぁぁぁぁ!?」
「やぁねぇそんなにするわけないじゃない、たったの20万よ20万w」

 こいつ値段自慢したいだけのクソ野郎じゃねぇか! 俺も壺割ってやりゃ良かったわ。

「まぁ私の美貌は億単位だけどね」
「知らねーーよ。なんで初対面相手に自分の美貌を売りつけてんの!? 別に要らないよ、興味ないよ」
「じゃあこの壺割ったらヤバそうですね」

 ホゲェェェ!? 諸悪の根源をすっかり忘れていたーー! そっちの方向に話を持ってくなぁぁぁ!

「ふふふ、そりゃそうでしょうね。さぞかし心地よいに違いないで......」
「隙ありーー!」
「ええええええ!?」

 さっき俺達のことをやらかした人を見る目で見ていた少女が、いきなり壺を叩き割っていった。なんだこの急展開!?

「このタイミングを待ってました。今日はこの時のために生きてたようなものです」

 とりあえず分かったことは、めっちゃ敵っぽそうだったのに味方に近かったことだ!

「アンタ、いくら高級品を破壊することに快楽を覚える私達一族でも、そのタイミングはないと思うわ」

 どんなプレイだよ!? どんな生き方したらそんな歪んだ趣味ができるんだよ! 頭おかしい一族じゃねぇか!

「でも大丈夫、私の分はまだこのダンボールの中に二つあるから」
「はーーい! ご主人様の分1つ消えましたーー!」

 とてつもなくうざいけど、めちゃくちゃ助かるーー!

「ん? でも叩いた感触がありませんね......あなた達、これ最初から割れてんじゃないの?」

 寝返ったぁぁぁぁぁ!?

「ふざけんじゃねーーよ!」

 靖! お前今度は何話すつもりだ......? ていうかもうお願いだから喋るな!

「こっちは荷物運んできた挙句、お茶も飲ませてもらえねーんだぞ! 全部こっちに責任押し付けてくんなや!」

 強気で言ってるけど全然説明になってないから。あとこの件は全面的に俺達が悪い!

「お茶出してんだから飲めばええやろが!」
「ああいいよ飲んでやるよ。てか飲みたかったよ」

 靖が倒れたーー! やっぱりお茶の中に毒が入ってたんだぁぁぁぁ!

「ああ私砂糖と毒を間違えて入れちゃったーーやっちゃったね私アハハ!」

 明らかに砂糖の袋じゃなかったでしょさっきの! その間違いは致命傷だよーー!?

 ていうか間違い以前に確信犯だろアンタ。俺達をマジで殺す気だ!

 クソ! もうここに居られるか! 幸い、コイツらは靖やら壺やらであたふただ。靖には悪いけど、今ならトンズラできる! 後で助けに入るからな待っててくれ!

 ついでに警察に通報しておこう。


      ◇◇◇◇◇


「よかった警察が来た! お巡りさんお待ちしてましたよ!」

 この大惨事を止めてくれる人はもう警察しか居ないと思ったから通報した。その間俺は家の外で警察が来るのを待っていた。

「ここが殺人現場と聞いてやってきました」

「どんな極道でもかかって来いや。ハンマーで撲殺しちゃるからのう」

「この私、天才探偵が解決した事件は数知れず。目標達成率は120%」

「我らが未解決量産ブラザーズ!」

 未解決量産ブラザーズって……ようは未解決事件を量産しているチームじゃん!?

「「「我らが来たからには安心しなさい! 未解決事件も迷宮入り事件にすることが出来る」」」

「あーお前らかもうこの事件は迷宮入りだなお疲れー」

 もう事件解決は絶望的だと悟った俺は颯爽と現場から離れようとする。まあ、そんなこと許されるわけもなく俺も一当事者として事件現場に戻ることになった。


◇程なくして◇


「これはぁ、毒殺ですね。この顔の色合いの変化間違いないわ。某ナ〇ッ〇星人みたいな色になっている」

 こんな見極め方で達成率120%もいったのかよ。

「そんな! 毒殺ってどういうことですか。まさか私が入れたお茶に毒が入っていたとでも!?」

 アンタさっき思いきり間違えた発言言うてたやろ!

「天才探偵さん! 見てください。この粉々になったもの!」

「んん? なんだねこれは!」

 これは靖がハンマーでぶっ壊した壺だ。

「ああ、それは……」

「さてはアンタ。この壺で毒薬を作り、証拠隠滅のために割ったのだな!」

 やべーよご主人側が一方的に犯人扱いされてるよ。まあ確かに加害者はご主人だけど、最初にやったのは靖だからなぁ。

「そんな壺使うわけないでしょう! 私は袋のやつを!」

「「「袋(薬物)ぉぉぉ!」」」

 えっ? このご主人はバカなの? 

「ヤッベ」

「あなた今、壺じゃなくて袋って言いました!?」

 ご主人は必死に弁明しているがもう遅い。天才探偵(笑)さん御一行は完全に犯人をご主人と決めつけている様子。あと薬物持ってるかもしれないと決めつけている。

「ご主人様はね。壺じゃなくて袋の方がスッとするって言ってたんですよ!」

 ここで無意識に追い討ちをかけるご主人側の少女。多分フォローしようとしたんだろうがむしろ悪くなってるだろこれ!

「あなた! 毒殺した上に薬までやってるんですか!」

「コイツはフダ箱直行ですぁ!」

「ま、まままま待ってよ!」

「何か言い残すことはあるか?」

「やだぁ!? ブタ箱なんて嫌だぁ!?」

「うわぁ……なんか罪重くされて連れてかれちゃったよ」

 すると今までの流れを同じく静観していたご主人側の少女はこう言っている。

「これがご主人様の人生ですから」

「少しは救いたいって気持ちは無いのか!」

「オラ自分の足で歩け! 抵抗すんなよクソヤク売人に殺人犯が! こっちは連行するので精一杯なんだ!」

「ゥゥゥ……ヤダァァァ!」

 するとなんか耳に残るようなけたたましい音が館の中を占拠した。なんだろう、ついさっきまでたくさん聞いていたような音だなと思い玄関前まで来てみると……

「ぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 あの音に遅れてくるようにご主人の言葉にならない声がこだました。

「あれは……最初に靖が壊してしまった壺が入っている段ボール! まだ比較的に割れてなかったやつだけど、あの音といいもしかして本格的に割れてしまったのか?」

「貴方! 私の壺を割りましたね! 最後の一つだったのに!」

「え? は? 壺?」

「もうこの際私が捕まるのはいいけど、貴方も器物損壊で訴えてやります! 覚悟しなさい!」

「ぁぁぁぁぁぁぁ!」

「なんだ……この惨状」

 俺はもはやそう呟くことしか出来なかった。


         ◇


 その後、俺は人生最大の危機を間一髪で避け切り、いつもの日常を満喫することができている。靖はというと救急車に運ばれはしたけど、やはり助けが間に合わなかったようで、若くして逝ってしまった。

 今俺はその後なんだかんだあって恋仲になったあのご主人のところの少女と共に靖の墓参りに行っている。靖の墓には生前大好きだったハンマーを備えておこう。

 ちなみにあのご主人は殺人の容疑で刑務所暮らしである。この一連の出来事は後に『壺と宅急便事件』として後世に伝えられる出来事になったのであった。
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