上 下
3 / 22
第1章

第2話 我は公爵令嬢。名は……

しおりを挟む
 名前が決まったらしい。らしいと言うのは名前が決まったときに私は熟睡していたからである。だって赤子だもん。眠気には抗えないし……。
 そんなわけで、私の名前はエリス・エヴァ・フルールに決まった。名前を聞いたときにびっくりしてしばらく放心していたら、エミリーさんに心配されたけど………。泣きたい。うわぁぁん!なぁんでエリスに転生してるんですか!!確かに死ぬ間際までみてたのはエリスですよ?でも違くない?ねぇちょっと聞いてます?


 ふぅ。スッキリした。だってエリスは私が作っていた百合ゲームの攻略対象で、隠しキャラ含め7人いる攻略キャラのうち、難攻不落とも呼ばれるくらいにダントツで攻略が難しかったのだ。
 太陽の女神の祝福を受けたフルール公爵家の次女として生まれるも、エリスは太陽神からは祝福を得ておらず、濃い茶色の髪と薄い灰色の瞳を持って生まれる。太陽の女神の祝福を得ている者は、必ず黄金の髪と空色の瞳を持って生まれるのだ。それがないエリスは生まれたときから他の兄姉たちとは差別されて育つ。その上、唯一家族の中でエリスを気にかけていた双子の姉が幼い頃に誘拐されるのだ。それからエリスは家族から虐待されて育つ。家族から双子の姉ではなく自分が誘拐されてしまえば良かったと言われ続けて育ったため、自己肯定感が異様に低く、また、その育ちのせいで表情筋など存在しないという人形のような少女になる。そして、エリスが15歳になる年に、双子の姉が見つかり、公爵家に戻って来るのだ。そこで家族から無条件に愛される姉を見て、エリスは幼い頃は慕っていたはずの彼女からも心を閉ざす……。
 ここからプレイヤーがエリスの双子の姉となり、ゲームは進んでいく。エリスルートは少しでも選択を間違うと速攻でバッドエンドヘ突入するため、『難しすぎる』とユーザーからの苦情が殺到したくらいだ。そこで運営側は2周年大型アップロードにて少し難易度を下げたバージョンを作成した。
 新たに作成されたエリスルート『月兎耳げっとじの姫君』。月兎耳の姫君ルートはエリス以外のキャラクターのルートですべてのスチルを回収することで解放される。スタートは14歳の春。何かの罰ゲームで貴族が住んでいたという古い屋敷に忍び込んだプレイヤーは自分と同じ顔をした少女と出会う。彼女はエリスと名乗り、プレイヤーを見て『自分の姉と似ている』と話し、少しづつプレイヤーとエリスは絆を深めていく。
 ある冬の日、いつものようにエリスに会いに行ったプレイヤーは、エリスと共に誘拐さそうになった時、エリスが月の女神の祝福を覚醒させる。覚醒するとエリスは淡く金色がかった銀髪と夜空のような深い藍色の瞳に変化し、プレイヤーとエリスを守る守護魔法を発動させる。
 月の女神の祝福を得ていたエリスに対し、公爵家の人々は今まで虐げていたことを謝罪し、少しずつ歩み寄っていく。そして、エリスと共に公爵家に迎え入れられた彼女の双子の姉であるプレイヤーとエリスが互いを想いながら成長していくというストーリーだった。そして、私が死ぬ間際まで描いていたのは、月の女神の祝福を覚醒させたエリスのスチルである。

※※※※※※※※※※
月兎耳(げっとじ、つきとじ)
 マダガスカル原産の多肉植物。
大きくなると黄緑色の花が咲きます。
しおりを挟む

処理中です...