君と交わした約束を僕は忘れない

日野 祐希

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第五章 宝探し

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          * * *

「先輩、お疲れ様です。約束通り、遊びに来ました」

「悠里君のバカ! 嘘つき! 変態! いじめっこ!」

 軽く手を上げて教室に入ってきた僕を、奈津美先輩は廊下まで響くような大声で歓迎してくれた。
 真っ赤な顔で涙目になった奈津美先輩は、手に持っていた丸いお盆で胸元を隠している。

 いや、隠さなくても僕は別にあなたの胸に興味ありませんから。それくらいの扁平なものなら、毎日自分のを見ていますし。

 ともあれ、メイド姿の奈津美先輩は、とてもかわいらしかった。黒に近い紺色のロングスカートに白のエプロン。いつも下ろしている髪を結い上げてまとめていて、綺麗な黒髪に白のヘッドドレスが映えている。これは見に来た甲斐があった。

 大声を上げて周囲の視線を集めてしまった奈津美先輩は、更に顔を赤くして俯いている。
 この人は、大抵この手の失敗をするな。まあ、そういうところも奈津美先輩らしさということなのだろうけど。
 僕が思わず笑ってしまうと、奈津美先輩は涙目のまま僕のことを睨みつけてきた。

「先輩、いつまでもここにいると、余計に目立ちますよ」

「~~~~っ!」

 一応指摘してあげたら、奈津美先輩はさらに文句を言いたげな様子で口をもにょもにょと動かした。けれど羞恥心が勝ったのだろう。「……こちらにどうぞ」と地の底から響くような声を出しながら、僕を席に案内してくれた。
 僕が席に着くと、奈津美先輩は一端どこか消え、すぐにメニューと水を持って戻ってきた。まるで叩きつけるような勢いで、メニューと水を僕の前に置く。明らかに怒りが籠っていた。

「先輩、客商売でその態度はまずいと思いますよ」

「ご注文は何にいたしますか、ご、ご、ご……ご主……人様?」

 僕の言葉は完全スルーして、引きつった笑顔を浮かべた奈津美先輩が、小さく首を傾げる。何度もどもっているところに、後輩である僕を「ご主人様」と呼ぶことへの葛藤を感じた。割とおもしろい。
 ただ、このまま奈津美先輩をいじめ続けるのはさすがに可哀想なので、さっさとメニューを見て、定番メニューのオムライスを注文した。

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ、ご……ご主人様」

 注文を取り終えた奈津美先輩は、肩を怒らせ、大股で歩いて僕の席から離れていく。その後ろ姿を、僕は苦笑しながら見つめていた。
 こんな風に奈津美先輩と過ごせるのも、あと数日かもしれないのだ。

 しばらくすると、奈津美先輩はできたてのオムライスとケチャップのボトルを持って僕のところへやってきた。机にオムライスを置くと、自分はケチャップのボトルを手に取って、にこやかに僕を見つめる。

「当店のサービスです。オムライスがよりおいしくなるように、ケチャップで文字を書かせてもらいますね」

 そう言うと、奈津美先輩はケチャップのボトルを握り潰すようにして、文字を書き始めた。
 黄色いキャンバスの上に赤く書かれた文字は【ぜったいにゆるさない!】。うん、愛情が満点を飛び越えて憎しみに変わっている。愛情は最高の隠し味だって言うけど、ここまでくると隠す気0の劇物だ。

「先輩、もしかしてキレてますか?」

「滅相もございませんわ。明日の勝負で仕返ししてやろうなどと、これっぽっちも思っていませんことよ」

 僕が愛想笑いで問い掛けると、奈津美先輩は「オホホホホ!」と似合わない笑い方で応答してきた。これはマジ怒りしている時の顔だ。ちょっとからかい過ぎたかもしれない。

「さあ、冷めないうちに召しあがってください、ご、ご主人様」

 後ろから『ゴゴゴッ……』と効果音が聞こえてきそうな笑顔で、奈津美先輩が勧めてくる。僕が食べるのを見ているつもりなのか、給仕が終わったのに帰る素振りを見せない。
 仕方なく僕は、奈津美先輩の見ている前でオムライスを口に運び……返す刀で水を手に取って飲み干した。

「辛っ! ちょっと先輩、何ですか、これ!」

「私からの親愛の証に、特別なスパイスを入れさせていただきました」

「スパイスって、唐辛子を刻んで入れただけじゃないですか! てか、これ入れ過ぎですよ。一体何個唐辛子を入れたんですか!」

 よく見たらオムライスの中に、輪切りになった唐辛子が大量に入っていた。
 何が「明日の勝負で仕返し」だ。思いっきりこの場で仕返ししているじゃないか。給仕が終わっても帰らないと思ったら、仕返しの成功を見届けるつもりだったのか。
 奈津美先輩は腰に手を当てて、得意満面な顔で薄い胸を逸らしている。「イタズラ大成功!」とでも言いたげな様子だ。

「うふふ。これで少しは反省しましたか、ご主人様? ――もがっ!」

「ええ、反省しました。お詫びに、先輩も一口どうぞ。先輩の愛情が籠っていて、とてもおいしいですよ」

「――ッッッッ~!!」

 ハハハ。本当にこの人は、おもしろいことをしてくれるな。というわけで、愉快のおすそわけだ。僕は上品に微笑んだ奈津美先輩の口に、特製オムライスを載せたスプーンを突っ込んで差し上げた。
 口元を押さえた奈津美先輩は見る間に目に涙を浮かべ、ついに堪えきれなくなって悲鳴を上げた。

「かっら~い!!」

 奈津美先輩はちょうど通りかかった別のメイドさんの盆に載っていた水を奪って一気飲みし、それでも辛さが治まらないのか、涙を流しながら机をバンバンと叩く。
 ハッハッハ! 愉快、愉快。これで僕の溜飲も少しは下がるというものだ。

「どうですか、先輩? 御自分の愛情を御自分で味わった気分は」

「悠里君、さいて~。女の子は、もっと大切にするものよ」

「それを言うなら、先輩だって後輩をもっと大事にしてください。というか、僕だって曲がりなりにも客なのに、なんてもの食わせるんですか!」

 ここが奈津美先輩のクラスだということも忘れて、僕たちは本気の言い合いを始める。

「元はと言えば、悠里君が私の命令を聞かずにここに来たのが悪いんじゃない!」

「先輩がメイド服着ているって聞いたら、来るに決まっているじゃないですか! これでも僕、先輩のことが好きなんですから!」

 叫んだ瞬間、奈津美先輩が辛さとは別の意味で顔を真っ赤に染めた。そして、周囲のメイドさんとお客さんが、「お~!」と称えるような声を上げながら拍手を始めた。周囲の反応に、僕も自分がとんでもないことを大声で口走ってしまったと悟る。

 すると、真っ赤な顔でプルプル震えていた奈津美先輩が、ビシッと人差し指を僕に突きつけた。

「この期に及んで、さらに精神攻撃を加えてくるなんて……。これは私への宣戦布告と受け取ったわ。明日の勝負で目にもの見せてあげるから、覚悟しておきなさい!」

「上等です! 唐辛子オムライスの借り、明日まとめて返させてもらいます!」

 こうなったら、もう自棄だ。奈津美先輩の宣戦布告に、僕も正面から受けて立つ。
 この瞬間、僕は後のことなんて考えるのをやめ、とりあえず勝負に勝って奈津美先輩を悔しがらせてやろうと心に決めたのだった。
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