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異端の翼
転校生-1
しおりを挟む無機質なコンクリートの壁に囲まれた、冷たい部屋。
灰色の天井からぶら下がる蛍光灯は、静かに瞬きながら鈍い光を放っていた。
外界から完全に遮断された研究施設。
ここには、とある実験のために集められた子供たちがいた。
悪魔を宿すための実験体。
その中で、一人だけ、どこか異質な少年が部屋の隅で小さく膝を抱えていた。
── 天影 朔夜。
彼の周囲だけ、まるで見えない壁があるかのように、他の子供たちは距離を取っている。
彼を恐れていた。
「……あいつ、悪魔が入ってるんだろ?」
「……近づいたら、呪われるかもしれない……」
── ヒソヒソヒソ……
小さな囁きが、棘のように耳を突き刺す。
けれど、それはもう聞き慣れた言葉だった。
「……俺なんか、いなければよかったのに……」
そう呟くことすら、もう何度目か分からない。
自分が異質であることは理解していた。
彼の中には、何かがいる。
それは時折、耳元で 甘く囁く。
『力を解き放て……』
── 恐怖だった。
幼い朔夜には、その何かが何を意味するのか分からなかった。
ただ、それが 人間ではないことだけは確信していた。
そして他の子供たちも、それを感じ取っていた。
彼らにとって、朔夜は 悪魔の子であり、異端だった。
誰も近寄らない。
誰も話しかけない。
誰も彼を仲間として見ていない。
──そう、彼は最初から独りだった。
だが、そんな彼の前に光のような存在が現れた。
「ねえ、君!」
突如、 透き通った明るい声が朔夜の世界に差し込んだ。
驚いて顔を上げると、そこには一人の少女が立っていた。
純白の囚人服に身を包んだ少女だった。
彼女の瞳には、恐怖も怯えもなかった。
「……だれ?」
「私は四宮 夕璃!」
ズィッと顔を近づけ名前を名乗る。
朔夜は戸惑い、思わず後ずさった。
彼の反応を気にすることなく、夕璃はニコッと無邪気に笑う。
「君、なんで一人でいるの?」
その問いかけに、朔夜は言葉を詰まらせた。
── 今まで誰も、そんな風に話しかけてきたことはなかった。
視線を逸らしながら、彼はボソリと呟く。
「……俺なんかと話しても、呪われるぞ……」
それでも夕璃は一瞬も迷わなかった。
「ふーん?じゃあ呪ってみてよ!」
── 衝撃だった。
他の子供たちは怯え逃げるのに、この少女だけは近づくどころか、挑発までしてくる。
「……お前、怖くないのか?俺の中には……悪魔がいるんだぞ……」
それでも、夕璃は屈託のない笑顔を崩さない。
「悪魔?だから何?」
彼女の言葉に、朔夜は息を呑んだ。
誰もが恐れ、避けてきた自分の存在を、こんな風にあっさりと受け流されるなんて。
彼は、何も言えなくなった。
そんな彼の手を、夕璃はそっと握った。
その手は驚くほど温かかった。
「それでも私は、君のことが怖くないよ」
朔夜の胸の奥で、何かがじんわりと滲んでいく。
「……お前、バカじゃないのか?」
そう言った彼に、夕璃は 嬉しそうに笑う。
そこから俺の生活は一変した。
それからというもの、夕璃はしつこいほど朔夜に話しかけてきた。
「ねえねえ、何してるの?」
「それ、ちょっと貸して?」
「一緒にご飯食べようよ!」
最初は戸惑い、彼女のことを 不思議な生き物のように眺めていた朔夜だったが、次第に彼女の明るさに少しずつ心を開いていった。
いつも一人だった 食事の時間。
夕璃は当たり前のように隣に座ってきて、二人で食べることが 普通になった。
運動の時間には、一緒に走ったり、鬼ごっこをしたり。
朔夜にとって楽しいという感覚を、初めて知った時間だった。
「ねえ、朔夜!」
ある日のこと。
夕璃が 満面の笑み で言った。
「私たち、絶対に最強の祓魔師になろうね!」
「……最強の、祓魔師?」
朔夜は思わず問い返した。
「そもそも、何で祓魔師なんだよ?」
夕璃は 満面の笑みで答えた。
「だって、祓魔師は尊敬される存在だよ。みんなから感謝されて頼りにされる存在。私はもっとみんなに朔夜を知ってもらって好きになってもらいたいの!」
「最強の祓魔師は、その切っ掛けの1つ。そこから 朔夜自身の良い所を知ったら、きっとみんな朔夜のこと好きになるよ!」
朔夜は複雑な表情で俯く。
「……別に、誰かに好かれる必要なんか……」
──でも。
心の奥底では、その言葉に 微かに希望を感じていた。
「でも、その……俺でも普通になれるかな?」
「うん!きっとなれるよ!」
夕璃は力強く頷いた。
「私が手伝うからさ!」
彼女の言葉に、胸がじんわりと温かくなる。
── 夕璃がいるなら、きっと自分も……。
そう思えた瞬間だった。
「……約束だぞ、夕璃」
朔夜は 小指を差し出した。
「うん、約束!」
二人の小指が絡み合う。
それが、二人の最初の約束だった。
──俺たちで、最強の祓魔師になる。
絶対に。
──────────
楽しい日々が続くと思っていた。
二人で、最強の祓魔師になる──そう誓った。
だが、その約束は 最悪の形で崩れ去った。
──その日、すべてが終わった。
轟音。
耳をつんざくような爆発音が鳴り響いた。
研究施設の壁が粉々に砕け、赤黒い空の下に広がるのは地獄だった。
研究員たちの叫び声、響き渡る爆発音、血飛沫。
それは突如として現れた。
悪魔の大群──強欲厄災戦の幕開けだった。
「朔夜、逃げて……!」
夕璃の声が、悪夢の始まりだった。
朔夜は咄嗟に夕璃の手を掴もうとした。
だが、その瞬間── 巨大な爪が彼女の体を貫いた。
「……え?」
信じられない光景だった。
紅い花のように、夕璃の鮮血が舞う。
「……さくや……」
夕璃の瞳が揺らぐ。
苦しげに唇を震わせながら、朔夜を見つめていた。
「いや……やめろ……夕璃!」
必死に彼女へと手を伸ばす。
けれど、夕璃の体は── ズルリと、崩れ落ちた。
「夕璃イイイイイ!!!!!」
絶叫が、悪魔たちの狂笑にかき消される。
「ククク……面白い反応だな、人間」
翠目の悪魔が、嗤っていた。
そいつは、まるで玩具を壊したかのように満足げな表情を浮かべながら、夕璃の血を指で掬う。
「惜しいな。せっかくの器だったのに……」
翠目の悪魔──俺が殺すべき仇敵。
憎悪が、理性を飲み込む。
──殺してやる。
そう思った瞬間
「お前の覚醒に期待しているぞ?」
その言葉を最後に、翠目の悪魔は消え去った。
血の匂いだけを残して。
── そこで目が覚めた。
荒い呼吸。
冷たい汗が背を伝い、胸を押さえながら朔夜は身を起こす。
夜明け前の薄暗い部屋。
カーテンの隙間から差し込む月明かりが、無機質な天井を照らしていた。
「……クソッ……また、あの夢か……」
歯を食いしばり、拳を強く握る。
もう7年も経つのに、あの日の光景はまるで昨日のことのように蘇る。
「夕璃……俺たちは……最強の祓魔師になるって、約束したのにな……」
思わず小指を見つめる。
あの日、夕璃と交わした約束はもう果たせない。
彼女はもう、この世にはいない。
──だったら、せめて。
「あの翠目の悪魔を、この手で殺す」
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