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異端の翼
祓魔師とは-1
しおりを挟む薄暗い講堂の中、合格者たちは整然と並び、正面の壇上を見つめていた。
祓魔師協会の大講堂は天井の高い石造りの建物で、壁には歴代の偉大な祓魔師たちの肖像画が並んでいる。中央の巨大なステンドグラスには祓魔師の象徴である《双翼の剣》が描かれ、朝日を受けて荘厳な光を放っていた。
朔夜は周囲の空気を感じ取りながら、静かに息を整えた。昨夜の合格発表の余韻はすでに消え去り、ここにいる誰もが新たな試練に向けて気を引き締めている。
「緊張してる?」
隣に立つ夕璃が、微笑みながら小声で囁く。
「……まぁな。こういう空気は初めてだからな」
朔夜はぼそりと答え、視線は壇上へと向ける。誰が研修を担当するのだろうかなど考えていた。
そんな中、周囲がざわつき始める。
「まさか……?」
「本当に来るのか?」
「いや、ありえないだろ……?」
合格者たちの間に緊張が走る。その視線の先——壇上の重厚な扉が、静かに開かれた。
ギィ……
扉の軋む音とともに、一人の男が姿を現した。
長い黒髪を無造作に束ね、口元にはいつもの煙管をくわえている。祓魔師協会の制服は着ておらず、黒地に金の刺繍が施された和装を纏っていた。
「……東雲雷蔵だ……!」
「六芒星の雷蔵が……研修を……?」
「こんなの聞いたことねぇ……」
まるで伝説の英雄を目の前にしたような反応だった。
——六芒星。
それは、人類最強と呼ばれる特級祓魔師の称号。悪魔に対抗できる6人の最高戦力として君臨する存在。その一角を担う東雲雷蔵が、今、彼らの目の前にいた。
だが、当の本人はそのざわめきなど気にする素振りも見せず、壇上に上がると同時に煙管を軽くふかし、愉快そうに笑った。
「お前ら、そんなに驚くことか? 六芒星が講義をしちゃいけねぇって決まりはないだろ?」
ざわめきが静まり、雷蔵は目を細めて続ける。
「ま、ともかく——今日からお前らは正式な祓魔師だ。だがな、その肩書きがあるからって偉くなったつもりになるなよ」
その瞬間、講堂の空気が変わった。
東雲雷蔵の瞳が、合格者たち一人一人を見据える。
「俺は今日、お前らに一つだけ教えてやる」
雷蔵は煙管をくるりと回し、低く響く声で続けた。
「——祓魔師ってのは、ただの人間だ」
合格者たちは目を見開く。
「俺たちは悪魔を狩る。けどな、悪魔どもから見りゃ、俺たちはただの餌だ。お前らは、そいつらを狩る覚悟はあるのか?」
雷蔵の言葉が、合格者たちの心に重くのしかかる。
「これからお前らが向き合うのは、世界の理そのものだ。人間が悪魔に勝てない理由なんざ山ほどある。だけどな、俺たちは戦い続けてきた」
彼の言葉には、ただの講義ではない、戦場を生き抜いてきた者だけが持つ真実が込められていた。
「祓魔師になったからって、特別な人間になったわけじゃねぇ。お前らは今でも、ただの人間だ」
「けどな、人間ってのは、時に悪魔すら凌駕する力を持つもんだ」
雷蔵が薄く笑う。その表情には、言葉だけではない確かな実績が滲んでいた。
彼がどれほどの修羅場を潜り抜けてきたのか、語らずとも伝わってくる。
合格者たちは誰も息を飲み、雷蔵の言葉に耳を傾ける。
——この人間は、本物の化け物だ。
雷蔵はゆっくりと講壇に腰掛け、再び煙管をくわえながらニヤリと笑う。
「さて、楽しい楽しい研修の始まりだ」
合格者たちは依然として緊張したままだったが、その中には明らかに興奮を抑えきれない者たちもいた。
「す、すげぇ……! 本物の六芒星の研修を受けられるなんて……!」
「やべぇ、これ……一生の誇りになるぞ……!」
そんな声が漏れる一方で、朔夜は呆れ顔で雷蔵を見つめていた。
……何やってんだよ。楽しみにしてろってこれか。
雷蔵が祓魔師協会試験の研修を担当するなど、本来ならばありえないことだった。
東雲雷蔵クラスの祓魔師が、新人の育成をするなどまずない。
だが、彼はこうして自分の前に立ち語り始めている。
「よし、それじゃあ最初は悪魔と祓魔師の階級についてだ」
こうして、祓魔師たちの研修が本格的に始まるのだった。
講堂の空気が一変した。
雷蔵が壇上に立ち、鋭い眼光を下ろすと、それまでざわめいていた合格者たちが次々に口をつぐみ息を殺す。
その圧倒的な存在感は、まさに戦場を生き抜いてきた者だけが持つものだった。
「──さて、お前らがこれから戦う相手、悪魔の階級について教えてやる」
雷蔵が指を弾くと、魔導スクリーンが光を帯び、そこに悪魔の分類が映し出される。
▉ 悪魔の階級
原初の悪魔《デーモンロード》──確認されている最古の悪魔たち。
1級悪魔(最上級)──人類にとって災厄クラス。
2級悪魔(上位個体)──1級祓魔師なら単独討伐可能、それ以下なら数十名規模が必要。
3級悪魔(上位悪魔)──2級祓魔師なら単独討伐可能。
4級悪魔(強化種)──3級祓魔師なら単独討伐可能。
5級悪魔(下級)──4級祓魔師以上で単独討伐可能。
雷蔵は片手で煙管を回しながら、合格者たちを見渡す。
「……いいか、悪魔ってのは単なる怪物じゃねぇ。ヤツらは法則を支配する存在だ」
一人の受験者が恐る恐る手を挙げる。
「ほ、法則……ですか?」
雷蔵はニヤリと笑い、煙をふっと吐いた。
「例えば、お前らが試験の時に戦った模擬悪魔──あれは現世に顕現した悪魔の力を再現したものだ」
「顕現した悪魔は、魔界に本体を持ちつつ、現世に影のような存在として干渉する。力は本来の6割程度に制限されるが、それでも5級クラスの悪魔でも十分に脅威だ」
雷蔵は講堂をゆっくりと歩きながら続ける。
「だが──3級以上の悪魔は違う」
スクリーンが切り替わり、堕落楽園という文字が映し出される。
▉ 堕落楽園
3級以上の悪魔が使用可能な特殊な権能。
▶︎魔界の領域を人工的に作り出し、現世の法則を改変する。
▶︎悪魔は本来の100%の力を発揮可能となる。
▶︎祓魔術の威力が低下し、祓魔師の身体能力にも悪影響が及ぶ。
現世の物理法則を変え、悪魔に有利な環境を生み出す。
五感が鈍る、時間の流れが悪魔にとって有利になるなど、状況によって異なる影響を与える。
「──つまり、3級以上の悪魔が堕落楽園を展開すれば、俺たち祓魔師は一気に劣勢に追い込まれるってわけだ」
静寂。
まるで、悪魔の領域に踏み込んだかのような息苦しさが合格者たちを襲った。
「じゃ、じゃあ……そんなの、どうやって勝てば……?」
誰かが呟く。雷蔵は肩をすくめ苦笑する。
「簡単さ。使わせる前に殺る……それが祓魔師の仕事だ」
会場が凍りつく。
だが、その緊張を打ち破るように、雷蔵は静かに口を開いた。
「……俺の師匠はな、1級悪魔に挑んで帰ってこなかった」
一瞬、場の空気が変わる。
「師匠は誰よりも優秀だった。天才と呼ばれた男でな……だが、それでも足りなかった。悪魔が持つ圧倒的な力に、飲み込まれたんだ」
雷蔵の瞳が、一瞬だけ遠くを見た。
そして再び視線を戻し、煙管をくわえる。
「六芒星だからって、無敵じゃねぇ。俺たちでも負ける時はある」
誰もが言葉を失っていた。
六芒星──人類最強と呼ばれる存在ですら敗れる。
祓魔師という道が、決して栄光に満ちたものではなく、生き残ることすら難しい戦場であることを、雷蔵は静かに突きつけた。
「お前らがこれからやるのは、そいつらと戦うってことだ。覚悟はできてるか?」
誰も返事をしない。
だが、その沈黙こそが、答えだった。
朔夜は静かに拳を握りしめた。
(……夕璃を助けるには、これを超えなければならない)
恐怖はある。
だが、それ以上に、自分がなすべきことがある。
彼はゆっくりと目を閉じ、一度息を整えると、雷蔵を真っ直ぐに見据えた。
その視線に、雷蔵はニヤリと笑う。
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