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8 お人好し姉妹の恋煩い
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グリーナウェイの熱い眼差しに、鼓動が速くなる。
「約束、したよね……?」
不安そうな彼に、私は想いをぶちまけた。
「感動したわ!」
「えっ?」
驚かせたみたいだ。
でも、いろいろお互い様じゃないかしら?
「そんなふうに想ってくれている男性が、王子様みたいにピンチを助けに来てくれたんですもの!」
「確認させて。それって、嫌いじゃないって事?」
「当たり前よ!」
私は感情の赴くまま彼に抱きついていた。
「アーシュラ……!」
「あなたはバッセル家の恩人よ」
少し躊躇っていたのか、グリーナウェイはゆっくりと私を抱きしめた。
ああ……
親族以外で、こんなに安心する抱擁があるなんて……
婚約破棄が生んだ運命の恋だわ……!
「まあっ!」
「えっ!?」
高い声に驚いて振り向くと、口に手をあてて目を見開いている姉がいた。
「アップルビー侯爵夫人とあなたがお友達だなんて、世間は狭いわね」
「……!」
そこなのか。
姉は人のいい笑顔を浮かべて、なんなら少し浮かれた足取りで部屋に入って来た。グリーナウェイは硬直していた。
「でも私たち、3人とも同じ男性に棄てられたなんて、なんだか面白いわね」
「お姉様……」
これが喧嘩しがいのない姉の正体である。
姉はアップルビー侯爵夫人だと思って疑わないグリーナウェイと握手をすると、広間で起きた事を教えてくれた。とても楽しそうに。
クライトン侯爵が広間に戻った時には、すでにギャロウェイ伯爵が癇癪を起していたそうだ。なんでもバッセル家が家族総出で恥をかかせたという理由で。これをクライトン侯爵が諫めて火に油を注ぎ、恋人のクレア同様、グラスを床に叩きつけて走り去ったという。
「結婚なんかするか! この婚約は破談だッ!!」
という捨て台詞を残して。
「賑やかな人だったわね」
姉はニコニコ。
こうして私たち姉妹は自由になった。めでたしめでたしだ。
◇
時は流れて、今日はクライトン侯爵家の晩餐会に招かれている。伯爵令嬢である私と、レイモンド・ジム・グリーナウェイ男爵の婚約披露のための宴だ。
クライトン卿は若く健康なため、息子に領地の一角を治めさせ男爵にしていた。
同じ伯爵に姉妹揃って婚約破棄されたというゴシップが一旦落ち着くのを待って、この日を迎えた。今日までにグリーナウェイはたくさんの恋文とプレゼントを送ってくれた。私は彼に会いたくて会いたくて仕方なかった。
でも、とにかく人前では感情に任せて抱きつかないようにと、クライトン卿から釘を刺されている。
クライトン卿に伴われ正装で現れた彼の姿を見た瞬間、惚れ直した。
あれが私の王子様。
「まあ、素敵だわぁ~」
姉が黄色い声を出した。
「お姉様、やめて。私の恋人よ」
「わかってるわよ。そうじゃないの」
姉は今日もご機嫌だ。
「新聞を見たどこかの紳士が、私に恋心を抱いてひっそりこの広間のどこかに隠れていないかしらって、そればっかり考えてしまって……彼を見て胸が躍ったの。きっと、運命の人がいるって」
「いたらいいわね」
「テーブルの下だったわね? 私もちょっと潜ってこようかしら」
「お姉様。やめて」
「アーシュラ!」
彼が私を見つけ、大声で呼んだ。
招待客は驚いた顔で辺りを見回し、一瞬で見物人の表情になる。
「呼んでるわ、アーシュラ」
姉がうっとり呟く声を聞きながら、クライトン卿のしかめっ面を一瞥する。
「会いたかったよ、アーシュラ。どんなに待ち焦がれていたか!」
人の間を縫って突き進んでくる彼を見て、私は──
「レイモンド!」
姉にグラスを押し付け、両手を伸ばし、駆けだした。
(終)
「約束、したよね……?」
不安そうな彼に、私は想いをぶちまけた。
「感動したわ!」
「えっ?」
驚かせたみたいだ。
でも、いろいろお互い様じゃないかしら?
「そんなふうに想ってくれている男性が、王子様みたいにピンチを助けに来てくれたんですもの!」
「確認させて。それって、嫌いじゃないって事?」
「当たり前よ!」
私は感情の赴くまま彼に抱きついていた。
「アーシュラ……!」
「あなたはバッセル家の恩人よ」
少し躊躇っていたのか、グリーナウェイはゆっくりと私を抱きしめた。
ああ……
親族以外で、こんなに安心する抱擁があるなんて……
婚約破棄が生んだ運命の恋だわ……!
「まあっ!」
「えっ!?」
高い声に驚いて振り向くと、口に手をあてて目を見開いている姉がいた。
「アップルビー侯爵夫人とあなたがお友達だなんて、世間は狭いわね」
「……!」
そこなのか。
姉は人のいい笑顔を浮かべて、なんなら少し浮かれた足取りで部屋に入って来た。グリーナウェイは硬直していた。
「でも私たち、3人とも同じ男性に棄てられたなんて、なんだか面白いわね」
「お姉様……」
これが喧嘩しがいのない姉の正体である。
姉はアップルビー侯爵夫人だと思って疑わないグリーナウェイと握手をすると、広間で起きた事を教えてくれた。とても楽しそうに。
クライトン侯爵が広間に戻った時には、すでにギャロウェイ伯爵が癇癪を起していたそうだ。なんでもバッセル家が家族総出で恥をかかせたという理由で。これをクライトン侯爵が諫めて火に油を注ぎ、恋人のクレア同様、グラスを床に叩きつけて走り去ったという。
「結婚なんかするか! この婚約は破談だッ!!」
という捨て台詞を残して。
「賑やかな人だったわね」
姉はニコニコ。
こうして私たち姉妹は自由になった。めでたしめでたしだ。
◇
時は流れて、今日はクライトン侯爵家の晩餐会に招かれている。伯爵令嬢である私と、レイモンド・ジム・グリーナウェイ男爵の婚約披露のための宴だ。
クライトン卿は若く健康なため、息子に領地の一角を治めさせ男爵にしていた。
同じ伯爵に姉妹揃って婚約破棄されたというゴシップが一旦落ち着くのを待って、この日を迎えた。今日までにグリーナウェイはたくさんの恋文とプレゼントを送ってくれた。私は彼に会いたくて会いたくて仕方なかった。
でも、とにかく人前では感情に任せて抱きつかないようにと、クライトン卿から釘を刺されている。
クライトン卿に伴われ正装で現れた彼の姿を見た瞬間、惚れ直した。
あれが私の王子様。
「まあ、素敵だわぁ~」
姉が黄色い声を出した。
「お姉様、やめて。私の恋人よ」
「わかってるわよ。そうじゃないの」
姉は今日もご機嫌だ。
「新聞を見たどこかの紳士が、私に恋心を抱いてひっそりこの広間のどこかに隠れていないかしらって、そればっかり考えてしまって……彼を見て胸が躍ったの。きっと、運命の人がいるって」
「いたらいいわね」
「テーブルの下だったわね? 私もちょっと潜ってこようかしら」
「お姉様。やめて」
「アーシュラ!」
彼が私を見つけ、大声で呼んだ。
招待客は驚いた顔で辺りを見回し、一瞬で見物人の表情になる。
「呼んでるわ、アーシュラ」
姉がうっとり呟く声を聞きながら、クライトン卿のしかめっ面を一瞥する。
「会いたかったよ、アーシュラ。どんなに待ち焦がれていたか!」
人の間を縫って突き進んでくる彼を見て、私は──
「レイモンド!」
姉にグラスを押し付け、両手を伸ばし、駆けだした。
(終)
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