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5 天使降臨
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「……………………………………………………………へっ!?」
嘘ぉーーーっ!
自由の身になれたと思ったのにぃーーーっ!!
「ムスタファ様……そ、それはいったい、どういう……?」
父の声がふるえている。
「ん? 言葉通りだが? そんな事もわからないか? クソが」
「……」
この人は頭がどうかしている!!
私はブルブルと震えて父と手を固く握りあい、うちの応接室のソファーで寛ぐ悪魔を見つめた。それはもう、凝然と。次はなにを言い出すかと、怯えながら。
「まったく、伯爵家が聞いて呆れるな。没落寸前で頭が沸いてるんじゃないか?」
思ったより穏やかだった。
「よし。わかった。所詮、頭の沸いた下等生物の理解なんてそんなもんだろう」
立ち上がった。
「また来る。それまでに頭を冷やすんだな。僕に許してもらえなければ、ロクスバーグ伯爵家に未来はない」
「……」
歩いていく。
扉に向かって、歩いてく。
……帰る?
た、たすか──
「そうだ」
振り向いた。
まだ、帰らないみたい。
「本当に婚約破棄で構わないなら、相応の慰謝料を支払ってもらう。まさか忘れていたわけじゃあないよな? そこまで馬鹿なのか? 本当に救いようがないなお前ら。僕に許しを請うか、金を払うかだ。今日、答えを教えてやった。次来るまでに決断しておけ。逃げられると思うなよ。屑ども」
そう言い残し、ムスタファ様はロクスバーグ伯爵家を後にした。
「……」
凄かった。
我ながら、とんでもない人と、婚約していたものだ。
「アニカ」
母の声がした。
互いの手にしがみついていた私と父は、同時に廊下へ飛び出した。
「お母様! 起きて来ちゃダメよ。御病気なんだから」
階段の傍で、寝間着にガウンを羽織った母が私に手を伸ばしていた。
「お前、起きてきて大丈夫なのか?」
父と私で同時に母を支える。
「窓から、あの方の姿が見えたから……心配で」
母は生まれつき体が弱く、季節の変わり目で度々体調を悪化させて寝込んだ。こどもも私ひとり。だから私は、本当は、みんなを愛してくれる優しい人と結婚しなければいけなかったのに。
「ごめんなさい、お母様……っ」
「お前のせいじゃない、アニカ。私が悪いんだ。見抜けなかった……」
父も後悔している。
だけど、父のせいだとは思っていない。
「どこか遠くへ、みんなで逃げる?」
母が優しい声で語り掛けた。
そんな事をしたら、母は旅の途中で死んでしまうかもしれないのに。
「私……っ」
私が、我慢すれば。
そんな考えが頭をかすめた時だった。執事が来客を告げた。
恐る恐る迎え入れたその人は、瞳に決意を秘めたとても美しい紳士だった。高潔で、力強い、まるで輝かしい天使のような。
「遅くなりました。あなたがアニカ・クラインですね」
「は、はい……」
「ある男を探しています。あなたと婚約したという男です」
そしてその人は、信じられない事を言ったのだ。
「あの男は詐欺師だ。私がリリエンクローン侯爵令息、ミハエル・シュテーガー」
嘘ぉーーーっ!
自由の身になれたと思ったのにぃーーーっ!!
「ムスタファ様……そ、それはいったい、どういう……?」
父の声がふるえている。
「ん? 言葉通りだが? そんな事もわからないか? クソが」
「……」
この人は頭がどうかしている!!
私はブルブルと震えて父と手を固く握りあい、うちの応接室のソファーで寛ぐ悪魔を見つめた。それはもう、凝然と。次はなにを言い出すかと、怯えながら。
「まったく、伯爵家が聞いて呆れるな。没落寸前で頭が沸いてるんじゃないか?」
思ったより穏やかだった。
「よし。わかった。所詮、頭の沸いた下等生物の理解なんてそんなもんだろう」
立ち上がった。
「また来る。それまでに頭を冷やすんだな。僕に許してもらえなければ、ロクスバーグ伯爵家に未来はない」
「……」
歩いていく。
扉に向かって、歩いてく。
……帰る?
た、たすか──
「そうだ」
振り向いた。
まだ、帰らないみたい。
「本当に婚約破棄で構わないなら、相応の慰謝料を支払ってもらう。まさか忘れていたわけじゃあないよな? そこまで馬鹿なのか? 本当に救いようがないなお前ら。僕に許しを請うか、金を払うかだ。今日、答えを教えてやった。次来るまでに決断しておけ。逃げられると思うなよ。屑ども」
そう言い残し、ムスタファ様はロクスバーグ伯爵家を後にした。
「……」
凄かった。
我ながら、とんでもない人と、婚約していたものだ。
「アニカ」
母の声がした。
互いの手にしがみついていた私と父は、同時に廊下へ飛び出した。
「お母様! 起きて来ちゃダメよ。御病気なんだから」
階段の傍で、寝間着にガウンを羽織った母が私に手を伸ばしていた。
「お前、起きてきて大丈夫なのか?」
父と私で同時に母を支える。
「窓から、あの方の姿が見えたから……心配で」
母は生まれつき体が弱く、季節の変わり目で度々体調を悪化させて寝込んだ。こどもも私ひとり。だから私は、本当は、みんなを愛してくれる優しい人と結婚しなければいけなかったのに。
「ごめんなさい、お母様……っ」
「お前のせいじゃない、アニカ。私が悪いんだ。見抜けなかった……」
父も後悔している。
だけど、父のせいだとは思っていない。
「どこか遠くへ、みんなで逃げる?」
母が優しい声で語り掛けた。
そんな事をしたら、母は旅の途中で死んでしまうかもしれないのに。
「私……っ」
私が、我慢すれば。
そんな考えが頭をかすめた時だった。執事が来客を告げた。
恐る恐る迎え入れたその人は、瞳に決意を秘めたとても美しい紳士だった。高潔で、力強い、まるで輝かしい天使のような。
「遅くなりました。あなたがアニカ・クラインですね」
「は、はい……」
「ある男を探しています。あなたと婚約したという男です」
そしてその人は、信じられない事を言ったのだ。
「あの男は詐欺師だ。私がリリエンクローン侯爵令息、ミハエル・シュテーガー」
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