71 / 127
070 Дмитрий
しおりを挟む
それまで真摯に向き合ってくれていたまりえの表情が、歪んだ。もちろん、責める気も、逃げるつもりもない。僕はまりえに救われた。彼女に懺悔して、裁かれ、できたら葬ってもらいたいとさえ思い始めていた。
「どういうこと?」
用心深く、まりえは目を細め、僕を見あげた。とても一言で説明できないが、言葉を選びながら白状する。僕の罪でまりえを汚してしまいそうで怖いのに、おかしな心地よさも感じ、止まらなかった。
これで、楽になれる。
「クズネツォフ家の子どもは、暗殺者から逃げながら育った。僕らは6人兄弟で、母親は4人だ。僕を産んだ女性は僕が赤ん坊のときに被弾していて、僕にとっての母さんは、オーリャのお母さんだった。オーリャは、さっき帰った妹だよ」
まりえは一言も聞きもらすまいというように、真剣に僕の話を聞いている。どうして手を離さないのか、不思議だった。まりえはさっきからちょっとおかしい。
「その日も逃げていた。オーリャの母さんは、赤ん坊だったオーリャを人に預けて、僕らと一緒にいたんだ。船で逃げていたんだよ。雪が降ってた。ふたりの姉と、僕と、弟。いちばん上の姉は、まだ小さかった弟を抱いていて、母さんは僕と手をつないでくれていた。すぐ上の姉は、僕と同じ女性から産まれていて、あのとき、たしか8歳だ。リュボフィーって言って、ヴィヤーニカって呼んでた。前の晩、約束したんだ。ヴィヤーニカは本当のマーマに会いに行く。僕は、マーマを捕まえている。でも僕は約束を破った。ヴィヤーニカが海に落ちて、僕が手を離して、マーマも海に落ちた。ふたりとも溺れて死んだ」
罪の告白は、あっけなかった。
まりえが少し首を傾げて、疑わしそうに眉を寄せる。それから、断言した。
「おかしいわ」
最初、何を言われたのかわからなかった。ただ予想にかすりもしない反応だったせいで、僕の思考は完全に止まった。ぼんやりしているうちに、まりえが怒った顔で言った。
「そんなのおかしい。あなたはいくつだったの?」
「……5歳」
なんとかそれだけ答える。歳を訊かれる予定はなかった。まりえは更に苦みばしった顔をして、僕の手の関節を小さな親指でちろちろ撫でた。
「本当につらい出来事だったのだと思う。私なんかには何も言えない。だけど、あなたさっき、ヴィヤーニカのこと“たしか8歳”って言ったのよ。ショックが大きすぎて、とても5歳の子には受け止められない。だからおぼろげなの」
急にまりえが恐ろしくなる。せりあがってきたのが吐き気なのか寒気なのかわからないが、僕はぶるりとふるえた。慌てて手をひっこめようとしても、まりえにがっちりつかまえられていて諦めるしかなかった。小さな手なのに、すごい力だ。ゆらめく瞳が、黄金色に光る。
「あなたに言ったのはだれ? お兄さん?」
僕は一瞬言葉を失って、慌てて首をふった。
「ラーチカは、乗っていなかったよ。僕たちは、兄と父が待つ基地へ向かっていたんだ」
「その基地はどこなの?」
頭が真っ白になった。
「シベリア」
口が勝手に、言葉を放った。
「どういうこと?」
用心深く、まりえは目を細め、僕を見あげた。とても一言で説明できないが、言葉を選びながら白状する。僕の罪でまりえを汚してしまいそうで怖いのに、おかしな心地よさも感じ、止まらなかった。
これで、楽になれる。
「クズネツォフ家の子どもは、暗殺者から逃げながら育った。僕らは6人兄弟で、母親は4人だ。僕を産んだ女性は僕が赤ん坊のときに被弾していて、僕にとっての母さんは、オーリャのお母さんだった。オーリャは、さっき帰った妹だよ」
まりえは一言も聞きもらすまいというように、真剣に僕の話を聞いている。どうして手を離さないのか、不思議だった。まりえはさっきからちょっとおかしい。
「その日も逃げていた。オーリャの母さんは、赤ん坊だったオーリャを人に預けて、僕らと一緒にいたんだ。船で逃げていたんだよ。雪が降ってた。ふたりの姉と、僕と、弟。いちばん上の姉は、まだ小さかった弟を抱いていて、母さんは僕と手をつないでくれていた。すぐ上の姉は、僕と同じ女性から産まれていて、あのとき、たしか8歳だ。リュボフィーって言って、ヴィヤーニカって呼んでた。前の晩、約束したんだ。ヴィヤーニカは本当のマーマに会いに行く。僕は、マーマを捕まえている。でも僕は約束を破った。ヴィヤーニカが海に落ちて、僕が手を離して、マーマも海に落ちた。ふたりとも溺れて死んだ」
罪の告白は、あっけなかった。
まりえが少し首を傾げて、疑わしそうに眉を寄せる。それから、断言した。
「おかしいわ」
最初、何を言われたのかわからなかった。ただ予想にかすりもしない反応だったせいで、僕の思考は完全に止まった。ぼんやりしているうちに、まりえが怒った顔で言った。
「そんなのおかしい。あなたはいくつだったの?」
「……5歳」
なんとかそれだけ答える。歳を訊かれる予定はなかった。まりえは更に苦みばしった顔をして、僕の手の関節を小さな親指でちろちろ撫でた。
「本当につらい出来事だったのだと思う。私なんかには何も言えない。だけど、あなたさっき、ヴィヤーニカのこと“たしか8歳”って言ったのよ。ショックが大きすぎて、とても5歳の子には受け止められない。だからおぼろげなの」
急にまりえが恐ろしくなる。せりあがってきたのが吐き気なのか寒気なのかわからないが、僕はぶるりとふるえた。慌てて手をひっこめようとしても、まりえにがっちりつかまえられていて諦めるしかなかった。小さな手なのに、すごい力だ。ゆらめく瞳が、黄金色に光る。
「あなたに言ったのはだれ? お兄さん?」
僕は一瞬言葉を失って、慌てて首をふった。
「ラーチカは、乗っていなかったよ。僕たちは、兄と父が待つ基地へ向かっていたんだ」
「その基地はどこなの?」
頭が真っ白になった。
「シベリア」
口が勝手に、言葉を放った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
55
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる