15 / 19
15 永遠の愛を誓う二人
「いったい火元はなんなんだ」
「運搬中の荷物の傍で学生が煙草を投げ捨てたそうよ」
「愚か者め。絶対に許さん」
彼は書架の下敷きになっていたとは思えないほど、足取りは確かだ。
そして迷わず一点に向かっていた。
「上になにがあるの?」
「もしもの際の逃走経路を確保しておくのは城も要塞も一緒だよ」
「よかった。急ぎましょう」
私たちは屋根に出た。
ほぼ平らに設計された屋根には、雨を流すための排水路といくつかの小さな煙突らしき穴があった。
「いろいろな実験をしていたのね」
「軍事目的ではないものも多くあるよ。成功すれば移動も生活もずっと楽になるはずだ。ラモーナ。あの倉庫に地上へ降りるための秘密道具が隠してある」
「飛び降りるの? 覚悟を決めなきゃ。でもこの高さなら死にはしないわね」
「頼もしいよ」
私の背丈にも満たない小さな倉庫には、灰色の大きな布が円状に畳まれていた。
「どうやって使う物なの?」
「防炎性の特殊な布で作ってある筒だ。上部の突起を向こうの縁に繋いで垂らし、下からピンとなるべく水平に近い角度で張るんだよ。そしてこの中に座り、滑る」
「……え?」
一瞬、想像が追いつかなかった。
けれど彼は自信満々に微笑み、足を引きずりながら、その布も引きずって行く。
怪我をして片目の見えていない彼を、屋根の縁に行かせるわけにはいかない。落ちなければ奇跡だ。私は走って彼に追いつき、一緒に布を掴んだ。
「ほら、あそこに繋ぐよ」
「ええ」
言われた通りにするしかない。
けれど、彼の説明によると、地上で布の反対側を引っ張る人員が必要なはずだ。
それを口に出さないように自らを律しながら金具を繋ぐ。
すると、下に人が集まっているのが見えた。
ヘールズ所長をはじめとして凡そ10人ほど。事情を理解している彼の同僚たちだ。
「博士!」
「博士!! こっちです!」
「準備はできています!!」
次々に声がかかる。
彼は手を振ってから布の筒を下に落とした。
土煙が舞う。
それを下で準備していた人々が、彼の言った通りなるべく水平に張るようそれぞれの持ち場についた。
「お、落ちないのね……?」
「私の計算に間違いはない」
目の前には、急下降する巨大な布の筒がある。
彼は足を引きずりながら筒の入り口に座った。そして私を振り仰ぎ、膝に座るよう促した。
「おや。さっきの威勢はどこへ行ったかな?」
「まだここにあるわ」
私は彼の胸に背中を預け、彼の足に乗った。
「足にドレスを巻き込んで」
「ええ。こう?」
「いい感じだ」
彼の腕が私の腹部に回る。
しっかりと抱きかかえられ、彼の熱と鼓動が感じられた。
「行くよ」
「ええ」
「ダッシュウッド号、発進!」
私たちは筒の中を滑り降りた。
布を高速で滑る轟音。
それはたった、3秒ほどの事だった。
「!」
ぽん、と。
外へ投げ出され、花壇に転がる。
可憐な草花の絨毯は私たちを優しく受け止めた。
私は跳ねるように起き上がり、後ろにいるはずの彼を振り仰いだ。
彼ものそりと身を起こし、私に手を伸ばした。
私は彼と抱きあい、熱い口づけを交わした。
涙の味がした。
「博士!」
「レディ・ラモーナ!」
「ああ、無事でよかった!!」
持ち場を離れ、ヘールズ所長たちが集まってくる。
私は彼にしがみついて、彼を見あげた。
「結婚してシオドリック」
「ああ、するとも」
「違う。すぐしたいの。待てないわ」
「ラモーナ」
「待つ時間なんてないの」
今になって、私はガタガタと震え始めた。
涙が止まらない。
彼を喪うかと思った。
そんな事を認めるわけにはいかなかったけれど、恐かった。
彼が優しい目で笑いながら涙を拭いてくれる。
「興奮しているね」
「あなたの妻になるのよ……!」
「もうなってるさ。手続きが追いついていないだけだ」
「すみませんが、ダッシュウッド博士」
ヘールズ所長が片手を立てて割って入った。
「一応、建物から避難したほうがよろしいかと。レディ・ラモーナ! レディ・ラモーナ、安全のためです。もちろん心から祝福していますとも」
「……」
一瞬だけ理解が遅れた。
私は瞬きで涙を散らし、ヘールズ所長に何度も頷いて答えた。
彼に肩を抱かれ、彼に腕を回して、また支え合って急いで歩く。
そんな私たちを左右から挟んで支えてくれる人たちがいた。
私たちは燃え盛る図書館を避け、安全のためにできるだけ道のほうへ向かった。
ついに研究所が爆発した。
すべて吹き飛んだわけではなく、一階の一室が塵となっていた。それでも研究所は崩落しなかった。私たちは皆、呆然と見つめていた。
父と会えたのは夜も更けた頃で、私は彼の屋敷の、彼のベッドの脇に座っていた。
医師から足とあばらと鎖骨の骨折を言い渡された彼は、重症ではあったものの奇跡的にほとんど火傷を負っていなかった。
血相を変えて飛び込んで来た父は、無傷だった。
「ああ、ラモーナ……!」
「お父様」
父に抱きしめられ、互いに見つめあい無事を確認する。
「ラモーナに命を救われました」
ベッドから彼が言った。
「お父様。お話があるの」
「……なんだい?」
彼の手前、父も涙をこらえている。
父は母を亡くし、私を深く深く愛して生きてきた人だ。
父の気持ちはわかっていた。
「明日、朝いちばんに裁判所へ行って結婚します」
「……ああ、行っておいで」
父はまた、私を抱きしめた。
そして私たちは、翌朝、判事と証人の前で永遠の愛を誓った。
彼が杖をつき腕を吊っていたので、私が背伸びをしてキスをした。
教会で結婚式をあげたのは、それから3ヶ月後の事。
順番が前後してしまったけれど、神様は祝福してくれると誰もが言ってくれたし、私もそう信じる事ができた。
一生に一度。
ただひとり。
運命の恋だったから。
(本編・終)
(次回・番外編パンジー視点)
「運搬中の荷物の傍で学生が煙草を投げ捨てたそうよ」
「愚か者め。絶対に許さん」
彼は書架の下敷きになっていたとは思えないほど、足取りは確かだ。
そして迷わず一点に向かっていた。
「上になにがあるの?」
「もしもの際の逃走経路を確保しておくのは城も要塞も一緒だよ」
「よかった。急ぎましょう」
私たちは屋根に出た。
ほぼ平らに設計された屋根には、雨を流すための排水路といくつかの小さな煙突らしき穴があった。
「いろいろな実験をしていたのね」
「軍事目的ではないものも多くあるよ。成功すれば移動も生活もずっと楽になるはずだ。ラモーナ。あの倉庫に地上へ降りるための秘密道具が隠してある」
「飛び降りるの? 覚悟を決めなきゃ。でもこの高さなら死にはしないわね」
「頼もしいよ」
私の背丈にも満たない小さな倉庫には、灰色の大きな布が円状に畳まれていた。
「どうやって使う物なの?」
「防炎性の特殊な布で作ってある筒だ。上部の突起を向こうの縁に繋いで垂らし、下からピンとなるべく水平に近い角度で張るんだよ。そしてこの中に座り、滑る」
「……え?」
一瞬、想像が追いつかなかった。
けれど彼は自信満々に微笑み、足を引きずりながら、その布も引きずって行く。
怪我をして片目の見えていない彼を、屋根の縁に行かせるわけにはいかない。落ちなければ奇跡だ。私は走って彼に追いつき、一緒に布を掴んだ。
「ほら、あそこに繋ぐよ」
「ええ」
言われた通りにするしかない。
けれど、彼の説明によると、地上で布の反対側を引っ張る人員が必要なはずだ。
それを口に出さないように自らを律しながら金具を繋ぐ。
すると、下に人が集まっているのが見えた。
ヘールズ所長をはじめとして凡そ10人ほど。事情を理解している彼の同僚たちだ。
「博士!」
「博士!! こっちです!」
「準備はできています!!」
次々に声がかかる。
彼は手を振ってから布の筒を下に落とした。
土煙が舞う。
それを下で準備していた人々が、彼の言った通りなるべく水平に張るようそれぞれの持ち場についた。
「お、落ちないのね……?」
「私の計算に間違いはない」
目の前には、急下降する巨大な布の筒がある。
彼は足を引きずりながら筒の入り口に座った。そして私を振り仰ぎ、膝に座るよう促した。
「おや。さっきの威勢はどこへ行ったかな?」
「まだここにあるわ」
私は彼の胸に背中を預け、彼の足に乗った。
「足にドレスを巻き込んで」
「ええ。こう?」
「いい感じだ」
彼の腕が私の腹部に回る。
しっかりと抱きかかえられ、彼の熱と鼓動が感じられた。
「行くよ」
「ええ」
「ダッシュウッド号、発進!」
私たちは筒の中を滑り降りた。
布を高速で滑る轟音。
それはたった、3秒ほどの事だった。
「!」
ぽん、と。
外へ投げ出され、花壇に転がる。
可憐な草花の絨毯は私たちを優しく受け止めた。
私は跳ねるように起き上がり、後ろにいるはずの彼を振り仰いだ。
彼ものそりと身を起こし、私に手を伸ばした。
私は彼と抱きあい、熱い口づけを交わした。
涙の味がした。
「博士!」
「レディ・ラモーナ!」
「ああ、無事でよかった!!」
持ち場を離れ、ヘールズ所長たちが集まってくる。
私は彼にしがみついて、彼を見あげた。
「結婚してシオドリック」
「ああ、するとも」
「違う。すぐしたいの。待てないわ」
「ラモーナ」
「待つ時間なんてないの」
今になって、私はガタガタと震え始めた。
涙が止まらない。
彼を喪うかと思った。
そんな事を認めるわけにはいかなかったけれど、恐かった。
彼が優しい目で笑いながら涙を拭いてくれる。
「興奮しているね」
「あなたの妻になるのよ……!」
「もうなってるさ。手続きが追いついていないだけだ」
「すみませんが、ダッシュウッド博士」
ヘールズ所長が片手を立てて割って入った。
「一応、建物から避難したほうがよろしいかと。レディ・ラモーナ! レディ・ラモーナ、安全のためです。もちろん心から祝福していますとも」
「……」
一瞬だけ理解が遅れた。
私は瞬きで涙を散らし、ヘールズ所長に何度も頷いて答えた。
彼に肩を抱かれ、彼に腕を回して、また支え合って急いで歩く。
そんな私たちを左右から挟んで支えてくれる人たちがいた。
私たちは燃え盛る図書館を避け、安全のためにできるだけ道のほうへ向かった。
ついに研究所が爆発した。
すべて吹き飛んだわけではなく、一階の一室が塵となっていた。それでも研究所は崩落しなかった。私たちは皆、呆然と見つめていた。
父と会えたのは夜も更けた頃で、私は彼の屋敷の、彼のベッドの脇に座っていた。
医師から足とあばらと鎖骨の骨折を言い渡された彼は、重症ではあったものの奇跡的にほとんど火傷を負っていなかった。
血相を変えて飛び込んで来た父は、無傷だった。
「ああ、ラモーナ……!」
「お父様」
父に抱きしめられ、互いに見つめあい無事を確認する。
「ラモーナに命を救われました」
ベッドから彼が言った。
「お父様。お話があるの」
「……なんだい?」
彼の手前、父も涙をこらえている。
父は母を亡くし、私を深く深く愛して生きてきた人だ。
父の気持ちはわかっていた。
「明日、朝いちばんに裁判所へ行って結婚します」
「……ああ、行っておいで」
父はまた、私を抱きしめた。
そして私たちは、翌朝、判事と証人の前で永遠の愛を誓った。
彼が杖をつき腕を吊っていたので、私が背伸びをしてキスをした。
教会で結婚式をあげたのは、それから3ヶ月後の事。
順番が前後してしまったけれど、神様は祝福してくれると誰もが言ってくれたし、私もそう信じる事ができた。
一生に一度。
ただひとり。
運命の恋だったから。
(本編・終)
(次回・番外編パンジー視点)
あなたにおすすめの小説
【完結】離縁ですか…では、私が出掛けている間に出ていって下さいね♪
山葵
恋愛
突然、カイルから離縁して欲しいと言われ、戸惑いながらも理由を聞いた。
「俺は真実の愛に目覚めたのだ。マリアこそ俺の運命の相手!」
そうですか…。
私は離婚届にサインをする。
私は、直ぐに役所に届ける様に使用人に渡した。
使用人が出掛けるのを確認してから
「私とアスベスが旅行に行っている間に荷物を纏めて出ていって下さいね♪」
完璧な妹に全てを奪われた私に微笑んでくれたのは
今川幸乃
恋愛
ファーレン王国の大貴族、エルガルド公爵家には二人の姉妹がいた。
長女セシルは真面目だったが、何をやっても人並ぐらいの出来にしかならなかった。
次女リリーは逆に学問も手習いも容姿も図抜けていた。
リリー、両親、学問の先生などセシルに関わる人たちは皆彼女を「出来損ない」と蔑み、いじめを行う。
そんな時、王太子のクリストフと公爵家の縁談が持ち上がる。
父はリリーを推薦するが、クリストフは「二人に会って判断したい」と言った。
「どうせ会ってもリリーが選ばれる」と思ったセシルだったが、思わぬ方法でクリストフはリリーの本性を見抜くのだった。
幼馴染の婚約者を馬鹿にした勘違い女の末路
今川幸乃
恋愛
ローラ・ケレットは幼馴染のクレアとパーティーに参加していた。
すると突然、厄介令嬢として名高いジュリーに絡まれ、ひたすら金持ち自慢をされる。
ローラは黙って堪えていたが、純粋なクレアはついぽろっとジュリーのドレスにケチをつけてしまう。
それを聞いたローラは顔を真っ赤にし、今度はクレアの婚約者を馬鹿にし始める。
そしてジュリー自身は貴公子と名高いアイザックという男と結ばれていると自慢を始めるが、騒ぎを聞きつけたアイザック本人が現れ……
※短い……はず
【完結】婚約破棄?勘当?私を嘲笑う人達は私が不幸になる事を望んでいましたが、残念ながら不幸になるのは貴方達ですよ♪
山葵
恋愛
「シンシア、君との婚約は破棄させてもらう。君の代わりにマリアーナと婚約する。これはジラルダ侯爵も了承している。姉妹での婚約者の交代、慰謝料は無しだ。」
「マリアーナとランバルド殿下が婚約するのだ。お前は不要、勘当とする。」
「国王陛下は承諾されているのですか?本当に良いのですか?」
「別に姉から妹に婚約者が変わっただけでジラルダ侯爵家との縁が切れたわけではない。父上も承諾するさっ。」
「お前がジラルダ侯爵家に居る事が、婿入りされるランバルド殿下を不快にするのだ。」
そう言うとお父様、いえジラルダ侯爵は、除籍届けと婚約解消届け、そしてマリアーナとランバルド殿下の婚約届けにサインした。
私を嘲笑って喜んでいる4人の声が可笑しくて笑いを堪えた。
さぁて貴方達はいつまで笑っていられるのかしらね♪
双子の妹は私に面倒事だけを押し付けて婚約者と会っていた
今川幸乃
恋愛
レーナとシェリーは瓜二つの双子。
二人は入れ替わっても周囲に気づかれないぐらいにそっくりだった。
それを利用してシェリーは学問の手習いなど面倒事があると「外せない用事がある」とレーナに入れ替わっては面倒事を押し付けていた。
しぶしぶそれを受け入れていたレーナだが、ある時婚約者のテッドと話していると会話がかみ合わないことに気づく。
調べてみるとどうもシェリーがレーナに成りすましてテッドと会っているようで、テッドもそれに気づいていないようだった。
ワガママを繰り返してきた次女は
柚木ゆず
恋愛
姉のヌイグルミの方が可愛いから欲しい、姉の誕生日プレゼントの方がいいから交換して、姉の婚約者を好きになったから代わりに婚約させて欲しい。ロートスアール子爵家の次女アネッサは、幼い頃からワガママを口にしてきました。
そんなアネッサを両親は毎回注意してきましたが聞く耳を持つことはなく、ついにアネッサは自分勝手に我慢の限界を迎えてしまいます。
『わたくしは酷く傷つきました! しばらく何もしたくないから療養をさせてもらいますわ! 認められないならこのお屋敷を出ていきますわよ!!』
その結果そんなことを言い出してしまい、この発言によってアネッサの日常は大きく変化してゆくこととなるのでした。
※現在体調不良による影響で(すべてにしっかりとお返事をさせていただく余裕がないため)、最新のお話以外の感想欄を閉じさせていただいております。
※11月23日、本編完結。後日、本編では描き切れなかったエピソードを番外編として投稿させていただく予定でございます。
元婚約者からの嫌がらせでわたくしと結婚させられた彼が、ざまぁしたら優しくなりました。ですが新婚時代に受けた扱いを忘れてはおりませんよ?
3333(トリささみ)
恋愛
貴族令嬢だが自他ともに認める醜女のマルフィナは、あるとき王命により結婚することになった。
相手は王女エンジェに婚約破棄をされたことで有名な、若き公爵テオバルト。
あまりにも不釣り合いなその結婚は、エンジェによるテオバルトへの嫌がらせだった。
それを知ったマルフィナはテオバルトに同情し、少しでも彼が報われるよう努力する。
だがテオバルトはそんなマルフィナを、徹底的に冷たくあしらった。
その後あるキッカケで美しくなったマルフィナによりエンジェは自滅。
その日からテオバルトは手のひらを返したように優しくなる。
だがマルフィナが新婚時代に受けた仕打ちを、忘れることはなかった。
天然と言えば何でも許されると思っていませんか
今川幸乃
恋愛
ソフィアの婚約者、アルバートはクラスの天然女子セラフィナのことばかり気にしている。
アルバートはいつも転んだセラフィナを助けたり宿題を忘れたら見せてあげたりとセラフィナのために行動していた。
ソフィアがそれとなくやめて欲しいと言っても、「困っているクラスメイトを助けるのは当然だ」と言って聞かず、挙句「そんなことを言うなんてがっかりだ」などと言い出す。
あまり言い過ぎると自分が悪女のようになってしまうと思ったソフィアはずっともやもやを抱えていたが、同じくクラスメイトのマクシミリアンという男子が相談に乗ってくれる。
そんな時、ソフィアはたまたまセラフィナの天然が擬態であることを発見してしまい、マクシミリアンとともにそれを指摘するが……