上 下
5 / 15

5 結ばれた夫婦の幸せな話

しおりを挟む
「35才だった。クィンシーの眠る顔は、苦しみのひとつもない、優しいものだったよ。最期に苦しみから解放されて、よかったと……思っているんだ」

「……そうね」


 私は涙を拭いた。
 感傷的になっているという事もあるけれど、メイスフィールド伯爵もクィンシーも、深く愛しあい、そして人々に愛されていたのに、引き裂かれてしまったのだ。きっと、もっと長い年月を共に過ごしたかったに違いない。愛しあったからこそ、その哀しみはひときわ深いはずだ。

 神様は、時に痛みを負わせる。
 それには意味があると、信じたいけれど……


「奥様は、あなたと過ごせて、本当に幸せだったと思います」

「ああ。自分で言うのもおかしな話だが、そう思うよ」

「おかしくなんかありません」

「ありがとう。本当に、私たちは幸せだった」


 メイスフィールド伯爵は涙を零さずに、微笑んだ。
 私は、彼の隣で、静かに祈りを捧げた。

 クィンシーとメイスフィールド伯爵のために。

 それからしばらく、互いに黙って座っていた。
 やがてメイスフィールド伯爵は呟いた。


「君は、優しいんだな」


 そうだろうか。
 私みたいに甘ったれた末っ子令嬢だとしても、美しく悲しい愛の前には、心が洗われてしまう。当然の話だ。

 私は静かに首をふった。


「そうだ」


 ふいに、メイスフィールド伯爵は明るい声をあげた。
 驚いてその顔を見ると、彼はやはり、希望に満ちた笑みで私を見つめていた。


「私が君の後見人になろう」

「え?」

「10人の貴族に太刀打ちできない御父上にも、私の名前を出してもらえたら、それなりに力になれるはずだよ」

「……え?」

「父はローダム侯爵、伯母はゾーン公爵夫人、もうひとりの伯母は隣のラトランド国王妃で、私も遡ると曽祖父が先国王だ」

「ええっ!?」


 野太い声が出ちゃった。
 
 でも、そんな事を気にする余裕もなく、私は再び椅子から飛び跳ねた。
 そして微妙な距離をとる。


「えっ、えっ? あっ、おっ、王族!?」

「血筋をひけらかすのは好きではないが、それで君の役に立つなら」


 待って。
 嘘かも。

 でもその時。


「メイスフィールド伯爵ッ!?」


 父がすっ飛んできた。
 そして、メイスフィールド伯爵の前で片膝をついて挨拶……


「お、お父様」

「メイスフィールド伯爵、娘がなにか御無礼を……!?」

「いやいや」


 父は、ここオリファントの領主、オリファント伯爵。
 それが同じ爵位の伯爵相手に這い蹲る理由があるとすれば、それは……さっきのあれが嘘ではなく、真実だから。それしかない。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

仲良しな天然双子は、王族に転生しても仲良しで最強です♪

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:302

【完結】この胸が痛むのは

恋愛 / 完結 24h.ポイント:589pt お気に入り:1,746

婚約破棄させてください!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:3,011

俺を裏切り大切な人を奪った勇者達に復讐するため、俺は魔王の力を取り戻す

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:5,248pt お気に入り:91

幸せのありか

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:182

片思いの相手に偽装彼女を頼まれまして

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:12

規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:668pt お気に入り:139

処理中です...