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-孤島編-

1 海上で暴露

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「君の純潔を守ってきたのは、邪悪な存在を滅ぼすためだ。尊い使命だ。君にしかできない。リーゼル、人類のために死んでくれ」

「え……?」


 カモメが鳴いた。
 冗談かと思った。

 でも、夫は真剣な面持ちで漕ぎながら続けた。


「結婚してから半年、君には極力触れないようにしてきた。せいぜい物の受け渡しで指が触れるとか、足場の悪い所で体を支えるくらいの事だったろう?」

「は、はい」

「君は私の妻だ。だから、私とともに悪と闘ってほしい」

「……悪」


 私はセントリーゼル。
 枢機卿クラウス・エグモント・ヴァルトフォーゲル猊下に伴われ、白司祭である夫デニス・アイネムと共にヘスラー伯領海に浮かぶ孤島カウカシュ島へと、小舟を進めている。
 
 ヘスラー伯領は港町と農地を抱える豊かな土地。
 けれど皮肉な事に、領主のオスカー・アイレンベルク卿は体が弱く、長く患っている。その慰問だと聞いていたのに……悪。

 そして、死?


「伯爵の、病魔の事ですか?」

「いや。奴は吸血鬼だ」

「……はい?」


 吸血鬼?


「ええと……」


 また、カモメが鳴いた。
 快晴の空。
 
 小舟を出してくれた港町は賑やかで、みんなヘスラー伯爵を慕っていた。

 慰問に赴く私たちを、快く送り出してくれた。
 感謝までしてくれた。

 それなのに、少し、冗談が過ぎる。


「デニス。それは、面白くないです」

「聖リーゼル」


 私を挟み反対側の舳先に腰掛けているエグモント猊下に、優しく呼ばれた。
 おしりをずらしてふり返ると、老いて尚、立派な体格で少し恐い感じの威厳を漂わせているエグモント猊下が、これ見よがしに微笑んでいた。


「これまで黙っていてすまなかった。でも、これは大切な使命なのだよ」

「……」


 ふたりがかりで?
 私を……揶揄っている?


「吸血鬼は処女を好む。聖なる処女となれば格別だろう。聖リーゼルには、奴を油断させ、取り入り、可能であれば誘惑し、この銀の弾で殺してほしい」


 ゴトン。

 小型拳銃が、エグモント猊下と私の間に置かれる。
 私は、じっとそれを見つめた。


「もちろん、うまく引き付けてくれさえすれば私とデニスで仕留めよう。我々3人ともが命懸けなのだ。生きて帰るためにも、命を賭して臨むように」

「……猊下」

「できないなら──」


 微笑みがスッと消える。


「……」


 私は、息を止めた。

 裁きを下す冷酷な眼差しに、貫かれて。


「海の底へ沈むがいい。選べ、聖リーゼル」

「──」


 これは、まいった。
 まいりました。

 あー……
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