お兄様、奥様を裏切ったツケを私に押し付けましたね。只で済むとお思いかしら?

百谷シカ

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8 守りたい人のために

 御遣いに出るメイドにアルセニオ宛の手紙を託した。
 父の代から仕えてくれている彼女たちなら、兄の数万倍、信頼できるというものよ。

 私にはほとんど両親と過ごした記憶がない。

 兄とは年が離れすぎている。
 母は、産後の肥立ちは奇跡的によかったものの、私が物心つく前に肺を患って天に召されたという。

 ほんの少しだけ、父の事は覚えている。
 冷たさの向こうに、善良さと愛を持った人だったと思う。
 幼い私が恐いと感じなかったのだから。

 高齢の父は母の死後からゆっくりと弱り、亡くなり、兄が爵位を継承した。
 こうして大人になると、兄のような者が領主でいいのかと甚だ疑問。

 それにスージーが来て〝やっぱり〟と確信した。
 父は、兄の性格を見抜いて若いメイドを雇わなかったのだ。今のメイド長や執事もそれを徹底している。中年以下の女性を入れない。

 フロリアン伯爵家の使用人たちには、兄も強く出られない空気がある。
 それは彼ら彼女らが兄より優秀だからだと思ってきた。
 もしかすると、父が生前、なにか効力のある取決めをしているのかもしれない。

 ……という旨と、兄の非嫡出児を押し付けられた旨、リヴィエラの父親フラカストロ伯爵が酷いという旨も手紙に書いた。

 それに対する返事ではない。
 私の手紙と交換する形で、私宛のアルセニオの手紙を携えて、信頼と実績の中年メイドが帰って来た。

 ざっくりとまとめると……


『君を愛している』
『驚くべき事実が判明したが、直接会って伝える』
『君の兄上を架空の集会に呼び出す』
『当主不在の隙に君たちを助けに行く』
『義姉上に気を付けてあげて』


「……リヴィエラ……?」


 私にはそれが意外だった。
 兄の所業を突き止めたので、リヴィエラを気遣ってくれた。
 それだけとは思えない何かがあった。

 アルセニオの文字を見つめる。


「〝驚くべき事実〟……」


 それに〝助けに行く〟ってなによ。
 

「いつなの……!?」


 割とすぐに、その時は来た。

 2日後。
 玄関広間が騒がしくなって、カルミネを抱いて様子を見に行くと、兄が出て行くところだった。

 ああ、今日なのね。
 

「……!」


 緊張と同時に、嬉しさで胸が弾んだ。
 

「うっ、ぶばっ」

「ええ、おじちゃんよ。あなたのおじちゃんが来るの」

「ぎゅはっ!」


 カルミネが笑いながら私の鼻を叩いた。
 いいのよ、穴に突っ込まなければね。


「見て? あなたの父親。こうして階段の影から見送ってあげようってあなたの事、父親のくせに一度だって見ないんだから」

「ぶば」

「薄情な奴よね。めっ!」

「だあっ」


 兄は冷ややかに送り出された。
 素晴らしい解放感。


「ソニア様!? ソニア様!」

「?」


 ブランケットを握りしめたスージーが駆けてくる。
 私がカルミネを抱いているのを見ると、ほっとしたように目を丸くして足を止めた。

 私はスージーのほうへ足を向けた。


「すっきりした?」

「え、あ、はい……申し訳ありません。居眠りを……」


 建前は乳母だけれど、スージーはカルミネの産みの親だ。
 うちのメイドたちに扱かれ、夜泣きもきっちり面倒を見ている。彼女はどうしたって好きになれないけれど、彼女の中に母性があるのはわかった。

 
「いいわよ。それは?」

「え?」


 私がブランケットを目線で示すと、スージーはまた驚いたようだった。
 目が覚めたらカルミネがいなくて、驚いて飛び起きた勢いで、掴んだまま私を探したのだ。


「見た事ないわ。誰かがくれた?」

「……ソニア様が、かけてくださったのでは……?」

「いいえ?」


 あなたに優しくしたい人間なんて、ここにはいないわよ。
 そんな意地悪を言ってやりたかったけれど、思い当ってしまったので、口を噤んだ。

 たぶん、リヴィエラだ。
 リヴィエラが、カルミネの顔を見る気になったのだろう。ブランケットを持って。そうしたらカルミネも私もいなくて、憎々しいスージーだけが、疲れてソファーで眠りこけていた。

 首を絞めてもいいのに。
 風邪をひかないように、ブランケットをかけてあげるなんて……。

 
「……」


 このまま、兄の乗った馬車が、谷底に落ちても……私は悲しくないわね。

 ダメ。
 馬が可哀相。

 兄が出かけて3時間も経った頃、アルセニオが到着した。
 

「バーヴァ伯爵!」

「バーヴァ伯爵、ようこそ!」

「バーヴァ伯爵、お待ちしておりました!」


 大歓迎されてる。
 その気持ちは、私もわかる。

 眠るカルミネをメイドに任せていた私は、大階段を駆け下りながら彼を呼んだ。


「アルセニオ!」

「ソニア!」


 彼は手を広げながらこちらへ来てくれて、大階段の下で私を抱きとめた。

 あたたかく力強い、でも優しい抱擁。
 これが愛……!


「ああ、ソニア……! 待たせてごめん」

「いいのよ」

「思ったより調査に時間がかかってしまった」

「私こそ、お兄様が迷惑をかけてごめんなさい」

「いや。守りたい人がいると燃えるものだよ」

「わかるわ」

「え?」


 少し体を離し見つめ合う。


「リヴィエラの事よ」

「ああ」

「彼女を守らなきゃと思うと、すごく燃える」

「君のために、彼女も守るよ。義姉上は無事?」

「無事よ? いったい何がわかったの?」


 どやどやどや……

 使用人たちに囲まれて、私とアルセニオは応接室へと向かった。
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