8 / 31
8 守りたい人のために
しおりを挟む
御遣いに出るメイドにアルセニオ宛の手紙を託した。
父の代から仕えてくれている彼女たちなら、兄の数万倍、信頼できるというものよ。
私にはほとんど両親と過ごした記憶がない。
兄とは年が離れすぎている。
母は、産後の肥立ちは奇跡的によかったものの、私が物心つく前に肺を患って天に召されたという。
ほんの少しだけ、父の事は覚えている。
冷たさの向こうに、善良さと愛を持った人だったと思う。
幼い私が恐いと感じなかったのだから。
高齢の父は母の死後からゆっくりと弱り、亡くなり、兄が爵位を継承した。
こうして大人になると、兄のような者が領主でいいのかと甚だ疑問。
それにスージーが来て〝やっぱり〟と確信した。
父は、兄の性格を見抜いて若いメイドを雇わなかったのだ。今のメイド長や執事もそれを徹底している。中年以下の女性を入れない。
フロリアン伯爵家の使用人たちには、兄も強く出られない空気がある。
それは彼ら彼女らが兄より優秀だからだと思ってきた。
もしかすると、父が生前、なにか効力のある取決めをしているのかもしれない。
……という旨と、兄の非嫡出児を押し付けられた旨、リヴィエラの父親フラカストロ伯爵が酷いという旨も手紙に書いた。
それに対する返事ではない。
私の手紙と交換する形で、私宛のアルセニオの手紙を携えて、信頼と実績の中年メイドが帰って来た。
ざっくりとまとめると……
『君を愛している』
『驚くべき事実が判明したが、直接会って伝える』
『君の兄上を架空の集会に呼び出す』
『当主不在の隙に君たちを助けに行く』
『義姉上に気を付けてあげて』
「……リヴィエラ……?」
私にはそれが意外だった。
兄の所業を突き止めたので、リヴィエラを気遣ってくれた。
それだけとは思えない何かがあった。
アルセニオの文字を見つめる。
「〝驚くべき事実〟……」
それに〝助けに行く〟ってなによ。
「いつなの……!?」
割とすぐに、その時は来た。
2日後。
玄関広間が騒がしくなって、カルミネを抱いて様子を見に行くと、兄が出て行くところだった。
ああ、今日なのね。
「……!」
緊張と同時に、嬉しさで胸が弾んだ。
「うっ、ぶばっ」
「ええ、おじちゃんよ。あなたのおじちゃんが来るの」
「ぎゅはっ!」
カルミネが笑いながら私の鼻を叩いた。
いいのよ、穴に突っ込まなければね。
「見て? あなたの父親。こうして階段の影から見送ってあげようってあなたの事、父親のくせに一度だって見ないんだから」
「ぶば」
「薄情な奴よね。めっ!」
「だあっ」
兄は冷ややかに送り出された。
素晴らしい解放感。
「ソニア様!? ソニア様!」
「?」
ブランケットを握りしめたスージーが駆けてくる。
私がカルミネを抱いているのを見ると、ほっとしたように目を丸くして足を止めた。
私はスージーのほうへ足を向けた。
「すっきりした?」
「え、あ、はい……申し訳ありません。居眠りを……」
建前は乳母だけれど、スージーはカルミネの産みの親だ。
うちのメイドたちに扱かれ、夜泣きもきっちり面倒を見ている。彼女はどうしたって好きになれないけれど、彼女の中に母性があるのはわかった。
「いいわよ。それは?」
「え?」
私がブランケットを目線で示すと、スージーはまた驚いたようだった。
目が覚めたらカルミネがいなくて、驚いて飛び起きた勢いで、掴んだまま私を探したのだ。
「見た事ないわ。誰かがくれた?」
「……ソニア様が、かけてくださったのでは……?」
「いいえ?」
あなたに優しくしたい人間なんて、ここにはいないわよ。
そんな意地悪を言ってやりたかったけれど、思い当ってしまったので、口を噤んだ。
たぶん、リヴィエラだ。
リヴィエラが、カルミネの顔を見る気になったのだろう。ブランケットを持って。そうしたらカルミネも私もいなくて、憎々しいスージーだけが、疲れてソファーで眠りこけていた。
首を絞めてもいいのに。
風邪をひかないように、ブランケットをかけてあげるなんて……。
「……」
このまま、兄の乗った馬車が、谷底に落ちても……私は悲しくないわね。
ダメ。
馬が可哀相。
兄が出かけて3時間も経った頃、アルセニオが到着した。
「バーヴァ伯爵!」
「バーヴァ伯爵、ようこそ!」
「バーヴァ伯爵、お待ちしておりました!」
大歓迎されてる。
その気持ちは、私もわかる。
眠るカルミネをメイドに任せていた私は、大階段を駆け下りながら彼を呼んだ。
「アルセニオ!」
「ソニア!」
彼は手を広げながらこちらへ来てくれて、大階段の下で私を抱きとめた。
あたたかく力強い、でも優しい抱擁。
これが愛……!
「ああ、ソニア……! 待たせてごめん」
「いいのよ」
「思ったより調査に時間がかかってしまった」
「私こそ、お兄様が迷惑をかけてごめんなさい」
「いや。守りたい人がいると燃えるものだよ」
「わかるわ」
「え?」
少し体を離し見つめ合う。
「リヴィエラの事よ」
「ああ」
「彼女を守らなきゃと思うと、すごく燃える」
「君のために、彼女も守るよ。義姉上は無事?」
「無事よ? いったい何がわかったの?」
どやどやどや……
使用人たちに囲まれて、私とアルセニオは応接室へと向かった。
父の代から仕えてくれている彼女たちなら、兄の数万倍、信頼できるというものよ。
私にはほとんど両親と過ごした記憶がない。
兄とは年が離れすぎている。
母は、産後の肥立ちは奇跡的によかったものの、私が物心つく前に肺を患って天に召されたという。
ほんの少しだけ、父の事は覚えている。
冷たさの向こうに、善良さと愛を持った人だったと思う。
幼い私が恐いと感じなかったのだから。
高齢の父は母の死後からゆっくりと弱り、亡くなり、兄が爵位を継承した。
こうして大人になると、兄のような者が領主でいいのかと甚だ疑問。
それにスージーが来て〝やっぱり〟と確信した。
父は、兄の性格を見抜いて若いメイドを雇わなかったのだ。今のメイド長や執事もそれを徹底している。中年以下の女性を入れない。
フロリアン伯爵家の使用人たちには、兄も強く出られない空気がある。
それは彼ら彼女らが兄より優秀だからだと思ってきた。
もしかすると、父が生前、なにか効力のある取決めをしているのかもしれない。
……という旨と、兄の非嫡出児を押し付けられた旨、リヴィエラの父親フラカストロ伯爵が酷いという旨も手紙に書いた。
それに対する返事ではない。
私の手紙と交換する形で、私宛のアルセニオの手紙を携えて、信頼と実績の中年メイドが帰って来た。
ざっくりとまとめると……
『君を愛している』
『驚くべき事実が判明したが、直接会って伝える』
『君の兄上を架空の集会に呼び出す』
『当主不在の隙に君たちを助けに行く』
『義姉上に気を付けてあげて』
「……リヴィエラ……?」
私にはそれが意外だった。
兄の所業を突き止めたので、リヴィエラを気遣ってくれた。
それだけとは思えない何かがあった。
アルセニオの文字を見つめる。
「〝驚くべき事実〟……」
それに〝助けに行く〟ってなによ。
「いつなの……!?」
割とすぐに、その時は来た。
2日後。
玄関広間が騒がしくなって、カルミネを抱いて様子を見に行くと、兄が出て行くところだった。
ああ、今日なのね。
「……!」
緊張と同時に、嬉しさで胸が弾んだ。
「うっ、ぶばっ」
「ええ、おじちゃんよ。あなたのおじちゃんが来るの」
「ぎゅはっ!」
カルミネが笑いながら私の鼻を叩いた。
いいのよ、穴に突っ込まなければね。
「見て? あなたの父親。こうして階段の影から見送ってあげようってあなたの事、父親のくせに一度だって見ないんだから」
「ぶば」
「薄情な奴よね。めっ!」
「だあっ」
兄は冷ややかに送り出された。
素晴らしい解放感。
「ソニア様!? ソニア様!」
「?」
ブランケットを握りしめたスージーが駆けてくる。
私がカルミネを抱いているのを見ると、ほっとしたように目を丸くして足を止めた。
私はスージーのほうへ足を向けた。
「すっきりした?」
「え、あ、はい……申し訳ありません。居眠りを……」
建前は乳母だけれど、スージーはカルミネの産みの親だ。
うちのメイドたちに扱かれ、夜泣きもきっちり面倒を見ている。彼女はどうしたって好きになれないけれど、彼女の中に母性があるのはわかった。
「いいわよ。それは?」
「え?」
私がブランケットを目線で示すと、スージーはまた驚いたようだった。
目が覚めたらカルミネがいなくて、驚いて飛び起きた勢いで、掴んだまま私を探したのだ。
「見た事ないわ。誰かがくれた?」
「……ソニア様が、かけてくださったのでは……?」
「いいえ?」
あなたに優しくしたい人間なんて、ここにはいないわよ。
そんな意地悪を言ってやりたかったけれど、思い当ってしまったので、口を噤んだ。
たぶん、リヴィエラだ。
リヴィエラが、カルミネの顔を見る気になったのだろう。ブランケットを持って。そうしたらカルミネも私もいなくて、憎々しいスージーだけが、疲れてソファーで眠りこけていた。
首を絞めてもいいのに。
風邪をひかないように、ブランケットをかけてあげるなんて……。
「……」
このまま、兄の乗った馬車が、谷底に落ちても……私は悲しくないわね。
ダメ。
馬が可哀相。
兄が出かけて3時間も経った頃、アルセニオが到着した。
「バーヴァ伯爵!」
「バーヴァ伯爵、ようこそ!」
「バーヴァ伯爵、お待ちしておりました!」
大歓迎されてる。
その気持ちは、私もわかる。
眠るカルミネをメイドに任せていた私は、大階段を駆け下りながら彼を呼んだ。
「アルセニオ!」
「ソニア!」
彼は手を広げながらこちらへ来てくれて、大階段の下で私を抱きとめた。
あたたかく力強い、でも優しい抱擁。
これが愛……!
「ああ、ソニア……! 待たせてごめん」
「いいのよ」
「思ったより調査に時間がかかってしまった」
「私こそ、お兄様が迷惑をかけてごめんなさい」
「いや。守りたい人がいると燃えるものだよ」
「わかるわ」
「え?」
少し体を離し見つめ合う。
「リヴィエラの事よ」
「ああ」
「彼女を守らなきゃと思うと、すごく燃える」
「君のために、彼女も守るよ。義姉上は無事?」
「無事よ? いったい何がわかったの?」
どやどやどや……
使用人たちに囲まれて、私とアルセニオは応接室へと向かった。
176
あなたにおすすめの小説
夫の告白に衝撃「家を出て行け!」幼馴染と再婚するから子供も置いて出ていけと言われた。
佐藤 美奈
恋愛
伯爵家の長男レオナルド・フォックスと公爵令嬢の長女イリス・ミシュランは結婚した。
三人の子供に恵まれて平穏な生活を送っていた。
だがその日、夫のレオナルドの言葉で幸せな家庭は崩れてしまった。
レオナルドは幼馴染のエレナと再婚すると言い妻のイリスに家を出て行くように言う。
イリスは驚くべき告白に動揺したような表情になる。
「子供の親権も放棄しろ!」と言われてイリスは戸惑うことばかりで、どうすればいいのか分からなくて混乱した。
実家に帰ったら平民の子供に家を乗っ取られていた!両親も言いなりで欲しい物を何でも買い与える。
佐藤 美奈
恋愛
リディア・ウィナードは上品で気高い公爵令嬢。現在16歳で学園で寮生活している。
そんな中、学園が夏休みに入り、久しぶりに生まれ育った故郷に帰ることに。リディアは尊敬する大好きな両親に会うのを楽しみにしていた。
しかし実家に帰ると家の様子がおかしい……?いつものように使用人達の出迎えがない。家に入ると正面に飾ってあったはずの大切な家族の肖像画がなくなっている。
不安な顔でリビングに入って行くと、知らない少女が高級なお菓子を行儀悪くガツガツ食べていた。
「私が好んで食べているスイーツをあんなに下品に……」
リディアの大好物でよく召し上がっているケーキにシュークリームにチョコレート。
幼く見えるので、おそらく年齢はリディアよりも少し年下だろう。驚いて思わず目を丸くしているとメイドに名前を呼ばれる。
平民に好き放題に家を引っかき回されて、遂にはリディアが変わり果てた姿で花と散る。
幼馴染と夫の衝撃告白に号泣「僕たちは愛し合っている」王子兄弟の関係に私の入る隙間がない!
佐藤 美奈
恋愛
「僕たちは愛し合っているんだ!」
突然、夫に言われた。アメリアは第一子を出産したばかりなのに……。
アメリア公爵令嬢はレオナルド王太子と結婚して、アメリアは王太子妃になった。
アメリアの幼馴染のウィリアム。アメリアの夫はレオナルド。二人は兄弟王子。
二人は、仲が良い兄弟だと思っていたけど予想以上だった。二人の親密さに、私は入る隙間がなさそうだと思っていたら本当になかったなんて……。
姉の婚約者に愛人になれと言われたので、母に助けてと相談したら衝撃を受ける。
佐藤 美奈
恋愛
男爵令嬢のイリスは貧乏な家庭。学園に通いながら働いて学費を稼ぐ決意をするほど。
そんな時に姉のミシェルと婚約している伯爵令息のキースが来訪する。
キースは母に頼まれて学費の資金を援助すると申し出てくれました。
でもそれには条件があると言いイリスに愛人になれと迫るのです。
最近母の様子もおかしい?父以外の男性の影を匂わせる。何かと理由をつけて出かける母。
誰かと会う約束があったかもしれない……しかし現実は残酷で母がある男性から溺愛されている事実を知る。
「お母様!そんな最低な男に騙されないで!正気に戻ってください!」娘の悲痛な叫びも母の耳に入らない。
男性に恋をして心を奪われ、穏やかでいつも優しい性格の母が変わってしまった。
今まで大切に積み上げてきた家族の絆が崩れる。母は可愛い二人の娘から嫌われてでも父と離婚して彼と結婚すると言う。
「本当に僕の子供なのか検査して調べたい」子供と顔が似てないと責められ離婚と多額の慰謝料を請求された。
佐藤 美奈
恋愛
ソフィア伯爵令嬢は、公爵位を継いだ恋人で幼馴染のジャックと結婚して公爵夫人になった。何一つ不自由のない環境で誰もが羨むような生活をして、二人の子供に恵まれて幸福の絶頂期でもあった。
「長男は僕に似てるけど、次男の顔は全く似てないから病院で検査したい」
ある日、ジャックからそう言われてソフィアは、時間が止まったような気持ちで精神的な打撃を受けた。すぐに返す言葉が出てこなかった。この出来事がきっかけで仲睦まじい夫婦にひびが入り崩れ出していく。
もうあなた達を愛する心はありません
佐藤 美奈
恋愛
セラフィーナ・リヒテンベルクは、公爵家の長女として王立学園の寮で生活している。ある午後、届いた手紙が彼女の世界を揺るがす。
差出人は兄ジョージで、内容は母イリスが兄の妻エレーヌをいびっているというものだった。最初は信じられなかったが、手紙の中で兄は母の嫉妬に苦しむエレーヌを心配し、セラフィーナに助けを求めていた。
理知的で優しい公爵夫人の母が信じられなかったが、兄の必死な頼みに胸が痛む。
セラフィーナは、一年ぶりに実家に帰ると、母が物置に閉じ込められていた。幸せだった家族の日常が壊れていく。魔法やファンタジー異世界系は、途中からあるかもしれません。
「私も新婚旅行に一緒に行きたい」彼を溺愛する幼馴染がお願いしてきた。彼は喜ぶが二人は喧嘩になり別れを選択する。
佐藤 美奈
恋愛
イリス公爵令嬢とハリー王子は、お互いに惹かれ合い相思相愛になる。
「私と結婚していただけますか?」とハリーはプロポーズし、イリスはそれを受け入れた。
関係者を招待した結婚披露パーティーが開かれて、会場でエレナというハリーの幼馴染の子爵令嬢と出会う。
「新婚旅行に私も一緒に行きたい」エレナは結婚した二人の間に図々しく踏み込んでくる。エレナの厚かましいお願いに、イリスは怒るより驚き呆れていた。
「僕は構わないよ。エレナも一緒に行こう」ハリーは信じられないことを言い出す。エレナが同行することに乗り気になり、花嫁のイリスの面目をつぶし感情を傷つける。
とんでもない男と結婚したことが分かったイリスは、言葉を失うほかなく立ち尽くしていた。
結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。
佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。
結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。
アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。
アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる