呼吸

ゆずる

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 昼前まで、特別展を見て回った。海外から持ち込まれた多数のミイラに、優希はポーカーフェイスを気取りながらも若干テンションを上げ、一方の康太郎は終始神妙な顔をしていた。
 エジプトの遺物は、彼にとってあまり興味のない分野だったのかもしれない。

 博物館内のレストランで昼食をとり、午後から常設展を見て回る。
 1日かけても足りないと若い頃の優希が思っていた大量の展示物に、さしもの康太郎も表情を明るくした。
 彼のお気に入りは鉱石のコーナーだったようで、石ばかり集められた小部屋に30分ほど居座った。

(渋い趣味だな……)

 週末ともなればこのあたりもそれなりに混雑するのだが、やや展示物が地味なせいか、平日の昼間はあまり人の往来がない。
 おかげで優希は展示室の近くのベンチで、10分ほどうとうとすることができた。

 康太郎に引っ張りまわされて、すべての展示を見終わったときには、すでに日が暮れ始めていた。

「それ、買うの?」
「あ、いや、見てただけ」

 ミュージアムショップで、康太郎が渋い顔をして何かを見比べていた。
 優希が横から覗き込んでみると、彼の手には2つの鉱物標本がある。
 ひとつあたり2000円から3000円程度だが、彼の懐事情を考えれば、なかなかシビアな金額なのだろう。

「その2つが気に入った?」
「……うん、綺麗だよね」

 優希には宝石や鉱物の類のよさがまったくわからないが、どういうわけか、この少年にはハマったらしい。
 彼の手から2つの標本を取り上げると、特別展の図録とともにさっさとレジに出してしまう。

「優希さん……!」
「あ、それとこれ、袋は別で」

 後ろから慌てた様子で康太郎が肩をつかんでくるが、優希は頓着せずにカードを出して会計を済ませた。

「ほら、きみの」

 袋を手渡された少年が、礼を述べながらも複雑な表情を浮かべていることに、さすがの優希も気がつく。

 ――子供には、物を与えることばかりがいいとは限らないよ。

 先日、大輔に言われた言葉を思い出した。

「プレゼントだ、康太郎」

 薄暗くなってきた公園を歩きながら、優希は少年に言葉をかけた。
 このあたりは地域住民の犬の散歩コースにでもなっているらしく、彼らのすぐそばをリードのついた犬が飼い主を引きずるようにして通り過ぎていった。
 観光地の中に混じりこむ住民の生活のにおいに、博物館の中で熱された頭が徐々に冷えていく。

「気にせずもらってよ。いつもきみに家事をしてもらってるお礼にね」
「……でも、俺、いつももらってばかりで。家賃だって食費だって、払ってないのに」
「それとこれとは別だ。感謝の気持ちってのは、こういうときに示すものなんだそうだよ」

 多分、という単語は口の中に置き去りにした。
 優希自身、他者との交わりを極力避けて生きてきたせいで、こういったことには慣れていない。

 話を変えよう、と優希は視線をめぐらし、うっかり喫煙所を見つけてしまう。
 ついつい以前の習慣でこちらに来てしまったが、今日はもう近寄ることはできない。
 そしらぬ顔で喫煙所前を通過する。

「康太郎は、鉱物に興味があるんだね」
「興味があるっていうか、初めてああいうの見たけど、綺麗だった」

 康太郎もなんとかノってきてくれた。ぎこちない笑顔を浮かべて、ミュージアムショップの袋から鉱物標本をひとつ取り出してみせる。

「これ、すごくない? 自然にできたものって気がしない。こういうの、大学で勉強するなら、地学部ってのに行けばいいのかな」

 優希は標本に視線を走らせ、思わず吹き出しそうになってから、強いて真顔を作った。

「その標本の石を調べたかったら、多分工学部だと思うよ」
「工学部でも鉱石ってやるの?」
「いや、それは――」

 標本の下に貼られた『ビスマス』と書かれたシールと、康太郎のきょとんとした顔を見て、こらえきれずに笑いを漏らした。

「残念ながら、それは人工鉱石だな」
「じんこ……人工? え、うそ」

 康太郎が露骨にショックを受けたという顔をしている。
 笑ったら申し訳ないと思いながらも、優希は顔がにやけるのを抑えきれない。

「気に入ったなら、家でも作ってみるといいよ。そういうキットも売ってたと思う……そんな顔をするな。そういう色にするのは、なかなか難しいらしいから、やってみたら案外ハマるかもよ……」

 街灯に照らされて、ビスマスの結晶がきらりと光った。

「さて、今日の晩飯はどうしようね。まさかもう腹が減ってる?」
「あ、うん、少しは」

 思わず康太郎が気恥ずかしげな顔をする。時計を見るとまだ17時半にもなっていない。
 優希は当然空腹などではないが、食べ盛りの少年はすでに腹を空かせていると見える。

「じゃあ――そうだな、きみはカニクリームコロッケは好き?」
「めっちゃ好き」

 食い気味の回答。本当に好きなのだろう。

「じゃあこの近くにうまい洋食屋があるから行こう。若い頃、給料が入ると必ず行っていた店がある。ああ、予約、取れるかな」

 食に興味を持たない優希が唯一「あれはうまい」と言える洋食屋だ。

 食べ物の話を聞いて急に機嫌を直した康太郎を横目に、優希はスマートフォンで店の予約を取る。
 最近どうも食べ過ぎている気がするが、今日はよく歩いたことだし、たまにはこんな日があってもいいだろう。

「予約取れたよ。18時半からしか取れなかったから、そのへんで珈琲でも飲むか」
「……予約しなきゃいけないような店なの? 俺、この服だけど大丈夫かな」

 康太郎がそわそわと自分の格好を見下ろす。普通の若者らしい服装だ。

「ああ、そんなに敷居の高いところじゃないから安心しなさい。人気店ってだけだよ」

 優希はさらっと流すが、その1時間後、店のメニューを見た康太郎が「コロッケのついたコースに5000円……」と顔をこわばらせることになるのは、また別の話である。
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