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まさか 1
しおりを挟む「どうやって帰ってきたんだっけ……」
目覚めるといつもの起きる時間だった。独身者の部屋は寝室と居間の二部屋だ。食事は食堂を使うのでキッチンはついていない。身支度をしながら記憶を掘り起こした。
「痛っ!」
シャツを着ようとして首の後ろに傷があることに気づいた。何か塗られている。
「……怪我なんかしたっけ?」
お尻ペンペンされたあたりから記憶がない。身体は綺麗だけど、自分で歩いて帰って来たんだろうか。
昨日のことは自分も意地を張ってしまって悪かったと思うが、あんな場所でしていいことじゃない。
「負けたくなかった……んだよな。クロードへの気持ちの大きさ」
レオナに。
それともクロードに見せつけたかったんだろうか。俺は自分を犠牲にしても、お前のためにこんなことまでやれるんだって――。
「馬鹿だよな。俺って健気だったんだ――。好きな男の恋の為に、好きな男にあんな冷たい目を向けられながら醜態をさらしてさ。でも、仕方ないよな。初めてこんなに好きになったんだ。道化だって演じてやるよ!」
ハハッとから笑いしてから、気合いも新たに扉をバン! と開けた。
「おはよう、ダーリン」
クロードがいた。最高級ホテルのスィートがお似合いの男が汚い寮の居間で、爽やかな笑顔を浮かべている。あれ? でも僅かに怒りの気配もある。短い期間で随分クロードを読み解けるようになったなと思いながら慌てて扉を閉めた。いや、閉めようとしたが正しい。
クロードが一瞬で扉を押さえなければ、寝室に籠もって出てこないのに。
「どうして閉めるの!」
「どうしてって……閉めるに決まってるだろ!」
この部屋は防音なんてものないんだ。隣の男のくしゃみどころか寝言の一言まで聞こえるんだ。今は隣は無人だけど、春の移動まで泣くほどうるさかったんだ。つまり、俺のさっきの独り言は全部聞かれたってことだぞ。逃げるに決まってる。
「聞いてたよ」
そうだろうな、聞こえただろうよ。
「なんでこんなところにいるんだよ!」
「それはアンリが……一緒に寝ちゃ駄目だって言ってたから……。私の部屋はどこも寝台が広いからつい一緒に眠りたくなるだろう? 私はここで仮眠してたんだ」
言うことを聞いたから褒めて! と犬のクロが尻尾を振るもはや通常モードの幻が見えた。
「一緒に寝るって……」
やりたくないってことだろ。昨日やったじゃないか。
はぁとため息を吐いた。
「アンリの部屋は珈琲も紅茶もないんだね」
「共同の台所にあるやつ飲んでいいんだよ」
「そう……、共同のやつ」
大貴族様が飲むもんじゃないけど、俺はありがたく飲んでる。
「そっか、お前共同のやつとか駄目なんだっけ? 何か盛られる?」
「いや、媚薬は耐性があるからね。皆が珈琲を夜に飲んで眠れなくなる程度にしか効かないよ」
「耐性って!」
「そういう家系というか家に生まれたからね。父は下半身で失敗したから、色関係は英才教育を受けたよ」
「英才教育っていうのかよ?」
そんな教育されたくないけど、色で人生を破滅させられることもある世界を垣間見た(シン公使に見せられた)身としてはわからなくもない。
「ほら、襟が立ってるよ」
わざと立ててるんだけど……と思いながら「ん?」と首を傾げた。
「珈琲ってそういう効果もあるのか?」
さっきサラッと、珈琲とか言ってたけど大丈夫なんだろうな。
「ちょっと興奮するくらいじゃないかな?」
「お前、それをわかってて飲ませてたんだな」
やたらと珈琲を淹れてくると思っていたら……、油断も隙もありゃしない。
「うそうそ、冗談だよ。アンリの興奮した顔をみるのは私だけでいいからね」
どこまでも嘘くさい。
「あ、そ……。じゃあ食事行くんで、また」
「待って! さっきの独り言」
流せたと思ったけれど、甘くなかったか。
「聞いたって困るだけだろ。セフレの告白なんか――」
俺だってこんな惨めなこと口に出したくなんかない。
出ようと思って扉を開けたら、後ろから手が伸びてきてバタン! と閉められた。
「危ないだろ!」
振り向いたら、バン! と扉を両手で叩くようにして囲まれた。腕だというのに、堅牢な檻のような様相だ。
「セフレ……?」
冷たいのに熱い視線を感じたら、腹の奥がギュッと萎縮するように痛んだ。この視線は昨日の夜の……と、身体が思い出したように震えた。
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