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魔国北伐戦争
魔国北伐戦争②
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§航海記録、海中リヴァイア種海戦
多くの人に見送られながら都市ホエールは出港し潜航する。私は主人を残しての乗都だった。
ホエール様も久しぶりの外洋に不安を持っていた。
「同じリヴァイア種との戦闘はしたくない」と言い。ホエール様の背中の都市にも被害は出るし、動きもホエール様は都市を背負う分トロく、ホエール様自体にそこまでの強者ではない事が理由だった。
一般のリヴァイア種と変わらないのだ。
多くの不安とともに私たちは遠征する。しかし、不安とともに私たちは新しい力を持っていた。あとは自信がつくだけである。
ずっとホエール様に護られて来た。「今度は私たちが護れればいい」と思うのである。
*
航海から1週間。大変な事が起きた。外洋に出てから潜航途中でリヴァイア種が遠く前方にいるらしい。ホエール様が声を拾ったのだ。
接敵は1日から2日後。ホエール様は浮上し海面に都市を晒した。リヴァイア種の上を通って行く予定だ。
空は曇っており嵐を予見されたが我々には問題ない。
迂回も考えられたが……一刻でも現地に赴きたいとの事で却下される。
願わくば何もなければいいが。
*
魚影確認。上を取っているため。都市に直接攻撃は出来ないようにした状態でリヴァイアサンを確認できた。
運が良ければ……戦わずに済むと思われたが。現れたリヴァイア種は牙を持つ食肉種だと判明し都市中に警戒網が敷かれた。
緊急会議の結果は……交戦だった。
*
会議から1時間後、私たちは交戦準備にかかる前に集められた。弱々しく族長として不安視されていたスキャラ族長が英魔国旗と私らの族長旗を重ねて整列している所に現れる。勇ましく成長なされたスキャラ族長が話を始める。大広間に集められたスライムや魚人等々はカチコチに固まった。
スキャラ族長は威厳を手に入れた。まるで……あの女王陛下のように。
「今回、周知しているだろうが再度確認する。スラリン大隊長……説明を」
「はい、スキャラ族長」
スラリン大隊長様が現れ、スキャラ族長が後ろへ下がる。
「休ませろ。長い話になる」
「一同休め!!」
バッ!!
私たちは楽な姿勢に移った。最近、ダークエルフ式の統制方法が格好いいからと流行る。大隊長役職も同じ理由だ。
「では、お話をします。現在、肉食のリヴァイア種が確認されました。数時間後に接敵予定である。逃げられはしない」
皆がざわつく。昔から我々はおやつのように食べられ続けて来た恐怖が胸に上がってきた。
ドンッ!!
スラリン大隊長が大きくホエール様の背中を踏む。大きな音が広間に響いた。
「静かに!! 腰抜けども!! 殺る前からビビってどうする!! そこのお前!!」
「はい!!」
「お前は後方で女王陛下と接敵しただろう……覚えているか?」
「はい!! 恐ろしい程の剣筋であり、何も出来ず敗北しました!!」
「悔しくはないか!!」
「悔しいです!! 女王陛下にこんな惨めな姿を晒したことを!!」
「では!! 今の姿を見せれるか!!」
「否!!」
大きく海人が叫んだ。それにニヤリとしたスラリン大隊長は叫ぶ。
「お前ら全員腰抜けか!!」
「「「否!!」」」
「では!! リヴァイア種なぞ!! 我々の敵ではない!! 今から作戦を言う!! 耳をかっぽじって聞けクソども!!」
「「「了!!」」」
皆が叫ぶ。叫ぶと内から熱い物が込み上げていく。そう、私たちは闘志を燃やす。
「作戦を概要は殲滅!! スライム隊は水中用パンジャンドラムで相手に特攻をしかけよ!! 作戦は単純明快。敵を海底まで沈めてやれ!!」
「「「サー!!」」」
「全員解散!! とりかかれ!!」
一斉に私たちはバラバラになり、持ち場に向かった。一目散に何も考えずに私も動く。
私はお夫のように深く考えるのは苦手だ。だから簡単な方がいい。
敵を倒せとな。
*
接近まで数分と迫った中、持ち場についたまま指示を待つ。水中専用特攻パンジャンドラムに乗り込んだ私たちは両脇の魚人たちがいつでも押し出せる準備をしていた。目の前は赤い旗をおろした魚人が今か今かと命令を待っている。
「準備いい隊の点呼を行う。01から報告せよ」
スラリン大隊長の声がピットに響く。私はなんと栄光の01隊だ。
「00。こちら01、準備よし。続け」
「02、準備よし」
「03、準備よし」
「04、準備よし」
「05、準備よし」
「06、準備よし」
「07、準備よし」
「08、準備よし」
「09、準備よし」
「10、準備よし」
「ほう、全部行けるか……30機……よし。今からホエール様が潜航する。その瞬間発都!!」
「「「了!!」」」
スラリン大隊長が手をあげる。あれが降りた瞬間に目の前の赤旗は退けられるのだろう。私たちは前だけを見る。
「骨だけは拾うぜ」
「頼んだ。あとは任せろ。あとスライムに骨はない」
「そうか………なら、死ぬんじゃねぇよ」
「旦那がいる。彼の子を成すまでは死ねんよ」
今か今かと私たちは静かに待つ。その時が来るまで。
「ホエール様潜航開始」
目の前が慣れ親しんだ海中の青い空の景色に少しづつ染まっていく。綺麗なブルーの世界に私らはパンジャンドラムに魔力を注いだ。
「海中入りました!!」
バッ!!
「射出!! 我が海!!」
スラリン大隊長の手が下ろされ、目の前の赤い旗が上がった。その瞬間に勢いよく歯車を回し、両脇の取っ手をつかんでいる魚人が勢いよく押して外へと投げる。魔法の膜を突き破り、我らの海へと飛び出したのだった。
*
ゴオオオオオオオオ!!
都市ホエールはゆっくりと潮を吹き、大きく呼吸をしたあとにゆっくりと潜水する。潜水した瞬間だった。
都市から小魚のようなのが30匹、勢いよく左舷から泡を出し射出される。
30匹の小魚はそのまま右折して進む。大きな渦の音を巻きながら急速に速度が上がっていく。
「01を先頭に続け!!」
大きくスライムが叫び先頭のパンジャンドラムに1隊3機編成で三角形のまま十の隊が進んだ。
グォオオオオオン。
大きい大きい姿の鮫のような魔物が口を開ける。小魚を吸い込むように口を開けた途端だった。
グイッ!!
「全隊、下降せよ!!」
小魚のようなパンジャンがななめ45°下に向き、大きな巨体を避ける。そして猛攻が始まった。
「全隊逆宙返り!!」
ななめ45°から真下に向きを変えて、巻き込みように世界が逆さまになりながら反転させる。その勢いのままでリヴァイア種が泳ぐ時に生み出す乱流を掻き分け接近した。
「06から10まで!! 尾に食らい付け!!」
声が響くと同時に鮫リヴァイア種の尻尾にパンジャンドラムが突き刺さる。そして連続した爆発が起き、尾がズタズタに裂かれ、青い空が血に染まる。
リヴァイア種は苦痛に叫び、泳ぎが緩やかになった。隙が生まれる。
「腹の下へ!! 02から05まで突貫!! 01に続けぇぇぇ!!」
そのままお腹のしたで角度を変えて突き刺し、爆発した。
ズタズタに引き裂かれ、内部にもパンジャンドラムの破片が撒き散らされる。
「ふむ。ようやった……あとは喰らうてやる」
そのズタズタになった側面からホエールが大きな口を開け、噛みつきリヴァイア種を千切った。鮫のリヴァイア種はピクピクと暴れずにとうとう動かなくなりゆっくりと沈んで行く。一瞬で絶命し……魚人たちが回収のために都市から飛び出た。
「生存者回収に来た!! 01応答せよ!!」
「01から……生存者確認。01よし」
「02……死ぬほど痛い」
「03……同じく」
「04……死ぬはやく……」
各々が愚痴りながら順番に報告して、全員が生存していることが確認された。動けないスライムたちは魚人たちの網で捕らえ、ゆっくりと都市まで引っ張って貰う。
パンジャンドラム特攻作戦は成功に終わったのだった。
*
スラリン大隊長は都市の端で様子を見ていた。そのスラリンに魚人の隊員が近付く。
「スラリン大隊長。報告です!! リヴァイア種沈黙。ホエール殿が再度噛みついたままです。特攻隊員も全員が生存し、帰還しました」
「そう、療養させてあげて。死ぬほど痛いから。あとはリヴァイア種の解体し食料にします」
「はい!!」
隊員の魚人が去り。スラリン大隊長はスキャラ族長に報告しに向かう。
「……私たちは英魔となり。捕食者になった。新しい時代ね」
スラリン大隊長は勝てる喜びを知り、ヌチョヌチョと歩を進めるのだった。
§都市カタン、急報
私は一月もかけてリザード族長の都市カタンの砦門をドレイクに股がったままくぐった。勢いよく走り抜け、そのまま衛兵に止められる。場所は都市スパルタから北東に位置し、全く旅人なども寄らない小さな都市だ。
「止まれ!!」
二人の蜥蜴男が槍を向けた先でドレイクが止まり、荒い呼吸のまま首を垂らす。「今までよく走った」と言えよう。
「何者!!」
旅用に着ていたマントのフードを取る。旅でくすんだであろう金色の髪を見せつけた。プラチナの被り物が輝くだろうと思いつつ太陽を見上げる。
「じょ!? 女王陛下!?」
カランカラン
衛兵が槍を落とし跪く。私の威光はこんな遠い土地にも届いているようだ。全く誰のせいでこんなになったのか。
「不問。お主らは怪しい者を問いただしただけだ。気にすることはない。リザードは何処か!!」
「中央の族長中城でご御座います。ご案内します」
「いらん。場所は中央だな……このドレイクに水と休養を頼む。荷物はどこか宿屋でも置いといてくれ」
「は、はい」
私は降り、頑張ってくれたドレイクの頭を撫でてそのまま走り出す。人垣が出来ている中を、昔のように避け跳躍し屋根に上がる。一番高く大きい石の積まれた建物を見つけそこへ向けて走り出した。背中の両翼を見せつけながら。
「……あれ……!?」
「あれみろ!! あの羽根!!」
多くの人目につくように走り。跳躍し、真っ直ぐ前へと進み。最後の屋根から大きく大きくジャンプし、族長が居るだろう建物の前に降り立つ。
目に前には大きな扉に両脇の牛の亜人。厳つい門番が立っており大きな矛で仁王立ちしていた。私は羽根を閉じ、髪を靡かせる。旅でくすんでいると思ったが……なびく、色も悪くないと思う。
身嗜みとしては……臭いだけかもしれない。早く用件を済ませ風呂に入りたいところだ。
「通してもらおう」
「……例外で女王陛下をお通しすることは……」
ドンッ!!
「女王陛下!?」
「!? リザード族長!?」
「やぁリザード族長」
扉を蹴破り、現れたのは赤い蜥蜴の族長。リザードが現れる。その隣には猫耳のマスクをした女性がスッと現れては高速で私も後ろについた。軽装な血の臭いの染み付いた物。まるでトキヤのような人だと感じる。
「本物……ね。私の動きが見えてる」
「……」
方目だけだが何とか見れただけである。首筋にナイフを突きつけられた。恨みでも勝ったか。
「リンス。やめろ」
「……娘のこと……ありがとう」
「綺麗なドレスでしたでしょ?」
「……はい」
「すまん。女王陛下……影の物だった故に……」
「いい部下で強い女性です。素晴らしいと思いますしこうやって嫉妬する事もかわいいと思います」
「………」
「リンス。お前には殺れない。ナイフを下ろせ!!」
「でも……」
「下ろせ」
「……つ。この売女」
嫉妬深い女性は強い。私はよく知っている。だからか翼で押し出し、ナイフを退かせ、後ろを向いてニコッと笑い。
ガッ!!
ガンッ!!
素早く顔面を掴み地面に叩きつけた。遠慮なく、牛の亜人が驚き飛び上がる程に。
「ぐふっ!?」
「売女って言われるの嫌いなの。安くないわ」
「リンス!?」
勢いよく気絶したリンスと言う女性をリザードが持ち上げる。そしてぶん殴って起こした。
「ん!? 痛い……」
「敵うわけないだろ。バカ……すいません。こいつ……ちょっと……」
「いいわよ。でも……安心しなさい。あなたの旦那は取らないから」
「……信用できない」
「リンス!!」
「……ぷい」
可愛い人ではある。まぁ……影の者と言う境遇から思うに彼しか彼女にはいないのだろう。親身になる人なら尚更。私は恋ばなを聞きたいところを我慢する。
「……リザード、ずっと姫様スゴいしか言わない」
「リザード、女の子の前で他の女の子の話は厳禁よ。反省せよ」
「精進します……でっ用件は? 撤退準備はまだですが」
ここは緩衝地スパルタ国から北東な位置。帝国は必ずここを落とし、ここを拠点に商業都市ネフィアを落とす本腰を入れる筈。私は「何故ここへ来たか」と言うと……感じたのだ。
「勘が囁く……帝国はもうすぐ都市を出る」
「……予定では半年後では?」
「予定は未定よ……残念ね……もう終わり。陛下はもう長くない。半年まで持たない気がする」
「陛下とは……帝国の」
「そう。急報としても草を放った……それの手紙も来るだろうが早く撤収した方がいい」
「………少し時間をください」
「ああ、宿で待ってる。長旅で一人になりたいからな……」
私はそれだけを伝えその場を後にした。何処の宿にドレイクを置いているかを探さないといけないと思いつつ溜め息を吐いた。
リンスと言う女性がリザードに怒鳴られてるのを聞きながら……自分も怒鳴られてばっかりだった事を思いだし、時間の流れにすこし……さびしい気持ちになったのだった。
*
夜中、眠った瞬間に何処かわからないガゼボに呼び出される。光に満ちた花が散る。誰が呼んだかなんて決まっている。
「ネフィア」
俺は名前を呼ぶ。
「力を使うなと言っただろう?」
「言ってない聞いてない」
ガゼボに近付くと大人しく座る。翼を休めた姿のネフィアが居た。その隣に俺は座る。ネフィアはスッと近付き……肩に頭を乗せる。
「………」
「………エルミアに会った」
「そう……」
「エルミアはエルミアで戦うそうだ」
「………そうなんだ」
「………」
気の抜けた返事。いつものネフィアはそこにいる。
「ふぅ……仕事の話はよそうか」
「してていいよ……勝手に甘えるから」
「今日、何があった?」
「………なにも」
「何かなければここまでハッキリした夢にならない」
「……何があったと思う?」
「寂しくなったぐらいか?」
「半分」
「あと半分は?」
「……他の家族が羨ましくて」
「そうか……俺は~うーん。寂しいことはないな。別に満たされてる気もする」
「トキヤは私がいればいいもんね」
俺はもちろん頷く。
「今はそうでもないけどな」
「……そうでもない?」
「皆と一緒にいて……笑顔のお前……凛々しいお前が見れる今が好きだな」
「結局、私じゃん」
「ネフィア……お前もだろ?」
「………違うし」
「よし、夢から醒めよう」
「ごめん!! 見栄張った!! まだ居て!!」
「わかったわかった!! しがみつくな!! 引っ掻くな!! 猫か!!」
「にゃああああああん!!」
「渾身な鳴き声だな!?」
ネフィアが爪を立てて離すまいとする。あまりの力強さに驚きつつ。頭を撫でた。
「にゃああん」
「………」
英魔国全域に覇を手に入れた女王はまったく威厳もなく俺に甘えていく。まぁ一部族長はご存知だし。ー、これが本来の彼女だ。
「にゃー」
「そろそろ人語話そうな?」
「なになに?」
本当に昔のままのネフィアだ。なので世間話のふりした仕事の話をする。
「エルミアがさー王国再建したいんだって」
「王国再建? 出来んの?」
「お前、死都浄化出来ない?」
「浄化……あっ?」
ネフィアが離れたあと手を叩いた。
「なるほど!! 強制的に成仏させれば害はないね!! よく気が付いたねエルミア姉さん」
「俺が気が付いたから提案した」
「……もしかして懐柔した?」
「もちろん。快く掌をクルクルしたぞ」
全く快くとは行かなかったが結果は最良と言える。ネフィアの胃痛を和らげれればそれでいい。
「胃痛なんか感じないよ」
「……心読むなよ」
「いや……なんか。まぁ負担減らしてくれてるなーぐらいだった」
「……あーあー。顔に出てた?」
「もろ、ちょっち嬉しい」
「仕方ない。顔に出るんだ」
隠し事出来ないのは健在ですか、そうですか。
「エルミアが……マクシミリアンが味方ですか……思った以上にヤバイ展開ですね。大陸中でも大戦争まっしぐらじゃないですか~」
「帝国側が元気なうちにはいいんだろうなぁ~」
「まぁ~やるまでです。そろそろ元気出ました。ありがとう……あなた。いつまた逢える?」
「さぁ……今、帝国。出兵はまだだぞ」
「予想より遅い」
「編成が変わったからな」
「変わった?」
俺は笑顔で頷く。故に報告する。
「スキャラ族長の上陸作戦が先方に伝わった」
すでに戦争は始まっている。
*
私は起きたら薔薇の園、白の世界の中で横になっていた。赤い薔薇の園の中心に小屋のような白い支柱の大きいガゼボがあり、その真ん中にテーブルに座る人影に驚きを示した。
「こちらへ……スキャラ族長」
「女王陛下!?」
私はビクビクと体を震わせながら恐る恐るガゼボの中へと入った。何を言われるか、畏れながら。
§とある夢記憶
「女王陛下その……申し訳ありません!!」
「ん?」
私は夢の中で女王陛下にお呼ばれした。何か不敬を働いたに違いない。跪き頭を下げる。床に額をつけて許しを乞う。
「申し訳ありませんでした!!」
「………ごめん。不敬とかそんな事で呼んだわけじゃないわ。それに早く座って。この夢を維持するの大変なの。それもジリジリ脳ミソが溶けるぐらいに」
「は、はい!!」
慌てて席に座る。美しい金色の髪を靡かせる女王は私を見つめて笑み向けてくださった。
「かわいいお嬢さんと思っていたのですが。あなたは流石族長。素晴らしい成果でした」
「い、いえ……」
兵器案は女王様の案だった。それを実行したに過ぎないと述べようとした。しかし、手で制されて口を閉ざす。「そんなことよりも聞きたいことがある」と言う。
「今の現状は?」
「は、はい……都市ホエールは南下中です。まだ付くには時間を要します。大型なリヴァイア種との交戦もありますが問題なく進めております」
「それはよかった……海は大変ですものね」
「はい。しかし!! 私たちは捕食者となれました!! これも女王陛下の!!」
「ストップ!! ストップ!! 讚美はどうでもいいから!!」
「………す、すいません」
「自慢したのはわかるから。全て終わったら聞いてあげるから」
「はい……」
私は顔を伏せる。恥ずかしい。なんて失態を。
「ふぅ。実は帝国に上陸作戦が漏れたらしい」
「!?」
私は顔を上げた。
「もしかして……裏切り者が!!」
「いいえ、『予想通り』と言う」
「予想通り?」
「ええ、だって『流すように』と私が言ったから」
「な、なぜ!? それでは上陸作戦の失敗するかもしれませんよ!!」
「失敗? あなたは失敗すると思うの? 私は成功出来ると確信してるわよ」
「あっ……うぅ……ひぐ……」
言葉に窮する。女王陛下の絶大な信頼は胃が痛い。重たすぎる。からだが緊張し泣いてしまう。
「泣かないでよ」
「ずび、ずびまぜん」
「……まぁ作戦変更。上陸作戦の成否は問わない。目的は徹底的に兵士を殺せ」
「ばい?」
「ハンカチかみなさい」
「んんんんん!!」
私はハンカチで鼻をかんだ。
「それで……徹底的に兵士を殺せとは?」
「上陸作戦は一回で終わらせないの。攻めを何回に分けて行い。敵の戦力を削いで行く。何度も何度も……それで失敗してもいいわ。上陸出来なくても多くの敵を消せばね」
「………」
「どうしたの不服?」
私は顔に出ていたのかもしれない。少しだけ……泣いて吹っ切れたのだ。女王陛下の考えは読み取れなかったが「最低限これだけはしてね」と基準を言っている。
信用されているようでされていないようにも取れた。
「私の信頼する兵士に失敗はないです」
「あら……では。何処まで行けるの?」
「帝国の砦前まで!! 行ってやりますよ!!」
「出来るの?」
「やるんです!! 最低限の仕事はそれですね。じゃぁ………」
私は胸を張る。代表で宣言する。
「我々で帝国を落としても問題ないですね」
「………ふふふふふ!! はははははははははは!!」
女王陛下は頭を押さえながら大きく笑う。「愚かね」と道化を笑うように。女王は帝国を見ているのだろうからの笑いだった。しかし……私は引く気はない。
「いいわ、最低限以外は好きにして!! いい情報をあげるから!!」
「なんですか?」
「マクシミリアン騎士団は味方となった。同じ帝国を敵として剣を握る。動きはわからないけど……協力できるならしなさい」
女王陛下は地図を生み出し、場所を示すした。ここからがマクシミリアンの領地らしいのだ。
「マクシミリアン騎士団は族長のように強い。知り合いもいる。エルミアと言う名を尋ねなさい。彼女は私よりも上位者。不敬は許されない」
「…………わかりました」
そんな人が居るとは思えなかったが私は頷いた。泣き虫の私は何処かへと消え今は燃える闘志を押さえながら夢から醒めたのだった。
*
早朝、私、ネフィア・ネロリリスは頭が痛い。
「能力使いすぎた………」
トキヤを呼び、その後にリリスを呼んだ。夢を操る能力を持っているからこそ出来る芸当だが。それ相応に魔力も体力も失う。
「夢は繋がってる。過去未来現在と……でも……」
それを泳ぐのは並大抵の事ではなかった。自我を保ち、座標を決め、描き生み出すのは一苦労である。
「スキャラ族長は大丈夫かしら……リヴァイア種に勝ったから気が強くなってる気がするけども大丈夫よね………きっと」
私は立ち上がり、椅子に座る。想い描く盤面の通りになるかはわからないがどうにかそこまで持っていきたいと願う。
「時間を稼ぐ……とにかく」
時間が惜しいと思いつつ、鎧に着替えて宿を出た。向かうは昨日と同じ場所。リザード族長の居城に。
*
執務室に私は案内してもらう。護衛など居ないのを皆が不振がっていたが弱い護衛なんか要らない事が噂され、瞬く間に納得した表情でその説が広まった。
「女王陛下……昨日はすいません。あと、この者の出席を許していただきありがとうございます」
「…………ふん」
昨日の今日で嫌われているのは知っているが、その「愛してます」と言う行為が微笑ましくあり同席を私は許した。
「いいのいいの。愛の女神も許したでしょう。それよりも本題ね」
「はい」
「時間は少しあるけれどもここを捨て……北へ目指すのは進んでいる?」
「……少しイザコザはありましたがこの屈辱をいつか晴らさんという士気の元で纏まりました。また約束事を決めて味方を増やしました」
「では……移動を開始はいつから?」
「一応、民はゆっくりと旅をしております。老いた者も多く………中々進みが遅いですが」
「そうですか。そうでしょうね」
「間に合いますでしょうか?」
「間に合わない。だから商業都市で抑える事が必要よ」
「………そうですか」
リザード族長が溜め息を吐く。
「……『死ぬ覚悟を持て』と言うことですね」
「苦しいでしょうが……そう言うことです」
「…………無駄死に」
「無駄ではないわ。いいえ、無駄にはしない。死者を愚者か英雄にするのは生きてる私たちが決めるの。生きていればね」
「……」
「……」
二人が私を見ながら目を見開く。
「なぜ驚くの?」
「いえ……そういう考えがあるのですね」
「まぁ、私の考えだけだけどね。あなたにも居るでしょう。忘れられない人が」
私にはいる。彼にもいる。
「わかりました。商業都市に迅速に向かわせます。以上ですか女王陛下?」
「以上です」
「では……今度はこれを」
リザードが奥さんから手紙を貰い私に渡す。
「スパルタ国からの親書です女王陛下」
「……親書?」
「届いたのは昨日、届けに行こうとした時にですね。申し訳ないのは……封を切りました」
私はそれを受け取り中身を確認する。封を切っているために内容偽装などもされていても不思議ではないが。そんな臣下はいない事も知っているので内容を疑わず見た。
「スパルタ国は絶対帝国側かと思った」
「それを確認されてもよろしいのではないでしょうか?」
「………しょうがない。会いたくないけど……近いし会いに行ってあげましょう」
手紙を懐に入れた。内容は「話をしたい」との旨をかかれている私が送った宣戦手紙の返書だ。
「女王陛下……実はですね」
「なに?」
「すでに客人で迎えております」
私は嫌な予感しかせず。頭を抑えるのだった。
§思惑の交差
私はスパルタ国の王が来ているということで待つこと数分。何故か待合室の窓が割れた。
パリーン!!スタッ!!
「ガハハハハハ!! 久しいな王よ!!」
「……………普通に入ってきなさいよぉ。怒られるの私なんですよ?」
「どうしてだ?」
「……私が『指示した』て事になるんですねきっと……おかしいなぁおかしいなぁ~」
窓の外が騒がしい。まぁこんな入り方はバカしかしない。なので目の前の男はバカである。
そんなバカの名はメオニダス・スパルタと言う屈強な男で一度は戦った事がある。人間を辞め、超越した一人だ。
「聞いたぞ。『戦争する』てな」
「………まぁ」
戦争するしかないでしょうと心で愚痴る。
「それで? 用件は?」
「参加を表明!! だがな!! 『どっちにもついてやろうか』と悩んでいるんだ‼」
「どっちとも?」
「亜人の奴隷を解放してやろう。それを使い戦え。我らは帝国につく」
「帝国に? それをわざわざ教えるなんて優しいですね」
「優しくはない。負けた故に本来はそっちにつくべきだが………強いもんに与してもつまらん」
私はこの人が武人なのを理解する。あまりにも合理的ではない選択だが、それが「男でもある」と言う事も知っている。
「壁が高い方がいいと? 帝国の方が強いですよ?」
「俺は自分の勘と目を見て考える。お前と戦う方が面白いだけだ。だが、それも不義になる。故に亜人解放し、金品を持たせて送ってやる」
「………まぁ願ったり叶ったりでしょうね。屈強な兵士が増えるのは。だけどあなたとはなるべく戦いたくないわ」
「無茶苦茶強そうだもん」と弱音を飲み込む。
「ククク。いい表情だ。おれは強者と認めてくれている顔だ。なに、最初から手紙では『戦場で会おう』と書いていたくせに」
まぁ予定通りではある。人間は人間に与するのが普通なのだ。
「そうね。予定通り。人間は人間側につくもんよ」
「そうだろうな。まぁ~それだけだ」
「では、解放は感謝します。そして行き先は首都としてください」
「よかろう……では戦場でまた会おう」
ガッ!!
窓枠を飛び越え、またどこかへ行ってしまう。嵐のような男であり、魔物のように恐ろしい男だった。
「女王陛下……窓を壊されてますが暴れましたね? あーあとスパルタ王が走り去って見失いましたので少しお待ちください。暴れないでお待ちください」
王を見失い慌てて帰ってきたのだろうリザード族長は窓枠を私のせいにする。
「スパルタ王に会った。窓枠壊して入ってきたの」
「女王陛下ではないのですか? 王配からは『問題起きたら陛下が関わってる』と聞いてます」
「………わ、私に会いに来ただけだから」
「今度から呼ぶときは陛下はカゼボ、もしくは窓を開けなくてはいけませんね」
スパルタ王に私は悪態をつく。「くそやろう」と。
*
南騎士団、会議室。メンバーは1から6番隊長に騎士団長、黒騎士団長が座る。
会議はもちろん。編成変更だ。南方騎士団長の父上が話を始める。私は腕を組んで話を見守った。
「昨日……情報により南方での魔族の攻撃が予想される。滅んだ都市を拠点に帝国を海側から攻めるようだ。相手が先に動き出した」
「情報として魔王直筆の親書。魔族の動き、噂を考えるにこれは主攻と見る。兵は少ないが激しい戦闘が起こるだろう。上陸を阻止しなくてはならない」
会議は父上の命令でほぼ決まる。会議とは名ばかりで意見の出し合いなのだ。
「ワシは残ることを陛下から指示された」
もちろん陛下はいない。陛下の代理人の貴族からの指示だ。「自分たちの身を護れ」と言っている。
「3、4、5番隊を残し。その指揮をワシがとって守りに徹する。西騎士団も4、5番隊を残す。他残存する兵で迎え撃つ。ここまではいいな?」
「「「「はい」」」」
「ひとつ。なぜ3、4、5だけなんですか? トラスト……6は?」
3番隊長が異議を申し上げる。6番隊長は私だ。しかし、特別優遇されているように見えるのだろう。
「6番は遊撃兵としての補助部隊。型にはまらない運用が唯一出来る部隊であり、攻めの機転になるだろう」
「しかし……いや。1番隊長どう思う?」
「……6番は俺より強い。本来は1番隊長になる奴だ。だが……新部隊を作った手前だからな。6番を捨てられない」
「そんな事は知っている。防衛戦に回すべきだ」
「いや!! 攻撃だ!! おまえ、後輩が便利だからって回させようとするなよ!!」
「攻めも先にそう言って取ったんだろ‼」
とうとう、会議が6番隊を取り合う結果になる。私は頭を抱える。防衛戦なら妻と会えるが攻撃なら遠征だ。命を落とすかも知れず妻を悲しませるのは嫌だった。しかし、6番隊は私の私兵である。黒騎士もどきの。攻撃が得意な部隊だ。
「静かに!!」
父上が怒った。机を叩き黙らせる。
「ワシが残るから我慢しろ」
「……くっ……はい。お前とは同じ戦場に立ちたかった」
「自分もですよ。5番隊長」
同じ歳でよくして貰っている先輩だった。まぁ悲しい事に妻には遠征側に変わったことを伝えないといけないようだ。伝えないといけない事に心情は暗くなる。
「では、部隊編成は決まった。遠征組は1番隊長が指揮を取れ」
父上が何か色々と話をするが……全く耳に入らずに。愛する姫にどのように説明するかをずっと悩むのだった。
*
気が重い。遠征をするのはいつもそうだった。食事を取りながら私は味がわからず緊張していた。切り出し方をどうしようかと悩む。
「トラストさん? どうかされましたか?」
「……いや。なんでもない」
「なんでもないはずはないです。その顔は……いつも見ている顔ではないですね」
「い、いや。そんなことは………」
妻のアメリアが微笑む。
「何年一緒と思いですか? トラストさんのその私に隠し事している顔は見飽きましたよ?」
「……すまん……言い出しにくい事なんだ……」
「……………お義父上に『覚悟を決めろ』と怒られました。知ってますよ。遠征に行くことになったんですよね?」
「………………」
肯定の沈黙で目線を剃らす。父上が先に話をしてくれていたのは良かったが。それ以上に心苦しいことがあった。
「息子と剣を違える。そんな気がする」
「………」
ガタッ
アメリアは立ち上がった。そして、あの泣き続けた彼女は座っている私の後ろに来る。そして……後ろから抱き締められる。首筋に仄かな暖かさと花の匂いに。その一瞬だけ出会い、婚約した初々しい時代を思い起こさせた。
彼女は首に手を回している。それを上から優しく触れた。
「息子を斬るのを躊躇っているのはわかります。だから……放逐した」
「………君が悲しむ」
「はい……悲しいです。でも、それも先伸ばしだったのかもしれません」
「………」
「どんな結果になろうと……私は享受します。だって……トラストさんを愛してますから」
「アメリア……すまない。王子にはもうなれそうにない」
「いいえ。ずっと私の王子様でしたよ……トラストさん」
私の姫は悲しみを押さえて待つことしか出来ない事を知っている。故に「運命に委ねる」と言う。
「覚悟は出来たのか。出来てないのは私の方だったか……わかった。どんな結果でも……アメリア。愛しているよ。それは変わらない」
力強く、自分は立ち上がり。振り向いて妻を抱き締めた。どんな悲運でも……二人で乗り越えようと心に誓うのだった。
§帝国遠征開始、魔国防衛準備
帝国歴496年夏期北伐開始
予定年数は1、2年の大遠征予定とし、補給路を確保して進軍の大攻勢が実施される。
部隊は四方騎士団による。遠征が実施され、多くの帝国民に応援されての出発だった。
悪を滅ぼす聖戦と讃えるために多くの妄想の書がしたためられる。
その軍団は歴代で最大に膨れ、通る道は何重にも踏み固められ石になるほどの膨大な兵士が動く。
誰もその数を把握する前にすでに勝利をしたかのように話を始める。帝国の未来は明るいと上級貴族は笑顔で語った。
*
「ネフィア、帝国が今日、出発だろう」
パシッ!! シュッ!!
「そうだね。トキヤのもって帰ってきた情報なら!! ん!!」
パシッ!! シュッ!!
「到着予定まで時間があるな」
パシッ!!
「……多くの兵を用意しすぎですね。帝国は」
私は自分の名前の商業都市ネフィアに馬を走らせながら来る。リザード族長以下獣人の民も大移動を始め、思っていた以上に帝国が時間を要してくれたため。なんとかここまで移動する事が出来た。あとはここで1日でも多く耐えて時間を稼ぎ……ゆっくりゆっくりと都市イヴァリースに戦力を集める予定だ。
シュッ!! パシッ!!
「そこそこいい球だ。まぁ本当にそこそこだが」
トキヤがお手製のボールを握りながら構える。それを私に向けて投げて……私は手にはめたこれもお手製のグローブで球を捕球する。そう、私たちは都市郊外で作ったボールとグローブでキャッチボールをして、時間を潰していた。思った以上に時間が余っている。
「民の歩は遅い。老人も子供もいる。時間があればあるほどいいのだけれど!!」
シュヴァ!! バシン!!
「ああ、今のところお前の狙い通り。戦力は少し分散出来た。あとは……ここをどれだけ耐え、都市インバスでどれだけ将を殺し。都市イヴァリースで決戦迎えるかだな」
シュッ!! バシ!!
私は球を捕りながら頷く。今のところはいいと言える。まぁまだ戦ってはないが。
「今のところはいいね!!」
大きく振りかぶって投げる。力込めて。
シュバアアアアアアン!! バシン!!
トキヤは力を込めた球をそつなく素手で掴む。
「……まぁ本当に。どうなるかな~。それよりなんか楽しいなこれ」
シュッ!! バシ!!
「楽しいね。キャッチボオオオオオオルウウウウウウウ!!」
渾身の力を入れて投げ放った。
シュルルルルルルルルルルルルルルシュバアアアアアアアアン!! バシンッ!!
トキヤは難なく捕球する。
「……なんで楽しんだろうな……なんか。心の奥で懐かしさを感じるよ」
「ゼハァゼハァ………そう……」
「全く、余裕ですよ」といった顔で捕球され続け。私はムッとした。彼が投げ返した球を捕球して、力を溜める。その涼しい顔を歪ませるために。
「んんがしゃああああああああああ!!」
全力で投げつけ………勢い余ってトキヤのはるか上を飛んでいく。
「あああああ!! ネフィア力みすぎ!! 一個球が無くなったぞ!!」
「ゼハァ……ゼハァ……ごめん……ゼハァ……畜生。なんでトキヤは涼しい顔してるのよ」
「お前の球は回転が緩く面白味のない球だ」
「………じゃぁ、トキヤは面白味球を投げれるの?」
「まぁそこそこ。行くぞ」
「はーい」
私は頷きトキヤを見続ける。真面目な顔で地面を踏みしめて投げつけた。何も冗談言わず。キリッとした表情に私は惚れ直す。
「あぁ……トキヤ格好い………あっ!? 速い!?」
格好いい姿から放たれた球が途中から加速するような錯覚に陥り捕球をミス。腹部の下部に当たる。
「が!?」
鎧も着ず、一般の私服だった私はお腹に球を受けてしまい。しゃがんで痛みに耐える。地味な痛みに驚きながら顔をあげると。心配そうなトキヤの顔がすぐちかくにある。
「球が……の、ノビた……ちょっと痛い」
「何ボーっとしてたんだ? 大丈夫そうだな」
「ははは……格好いいと見とれてたら。思った以上だった」
「以外だろ? まぁこの球だからだろう。石ころはなーんも考えずに投げつけるし」
私は立ち上がりキャッチボールを続ける。壁の上から様子を伺っている人たちを尻目に遊びを続ける。
「トキヤって野球好きだよね」
「なんでだ?」
「だって、めっちゃ楽しそう」
「ああ~楽しいなぁ。思った以上に楽しい。懐かしい」
トキヤの懐かしいと言う発言に少し……私は悩んだ。そして考える。
「野球広める? トキヤがこんなに好きなら頑張って広報するよ」
「いや。別に……いいよ」
球を捕球し。首をかしげる。
「なんで? 『もし戦争に勝ったら広めるんだ』って言おうとしたのに」
「なんと言うか。まぁ~あれだ。どうせ流行らんし今で十分楽しいからな。それにキャッチボールぐらいが何処でもやってる」
「………トキヤ」
私は彼の魂に声をかけようと思っている。もしも、魂に刻まれているなら反応を示すだろう。
「黄色白色シマシマ。弱いよね」
「いきなりなんだ?」
捕球しながら首をかしげるトキヤ。
「青いチーム雑魚」
「?」
全く反応がない。トキヤが投げる構えをする。
「赤いチーム万年最下位争い~!!」
「あん?」
ビュルルル!! クイッ!! ゲシ!!
「ぐふっ!!」
「ネフィア!? すまん!! つい!!」
トキヤの球が落ち、腹部に直撃する。女の子で良かったほどに良くないところに当たる。男の人は悶絶する場所だ。昔ならオチンチン痛かっただろう。
「だ、大丈夫。お、女の子だから」
「ネフィア……なんか。すまん」
「いいよ……万年最下位は言いすぎた」
「……」
しゃがんでピクピクしながら……立ち上がる。スカートが少し汚れているのをはたきながら城壁をみる。観衆が集まっており私たちを見ていた。手を振ると振り返してくれる。
「……ネフィア。いいのか遊んでいて」
「遊んでいるほどに余裕を見せる方が皆の気が休まるんです。例えここで負けようとね……」
「南方騎士団長以外が全て来る」
「そう……全てね。ふぅ。あと100球ぐらいでやめましょう」
「おう。大丈夫か?」
「私は女よ。痛みに強いの」
私は顔を暗くする事が出来ない。皆に不安を生み出すために。だからこそ……トキヤと遊び、気をまぎらわせる。彼らを犠牲にする罪悪感を押し殺して。
*
午後、昼を取った後に過去の族長たちがおいていた監視館に身を寄せる。兵たちは市民が残した空室となった家々を勝手に借りて住み。残した物で飲み食いしている。
結局、腐らせるか捨てるかするので勿体ないためだ。最後は毒を入れる。金品も置いてあるが、くれてやるつもりだった。
執務室に座りながら。ああ、私自身がこんな所にと感慨深くなる。
男の仕事部屋に私は居ると。
トントンガチャ
「勝手に入るぞ」
「あら……どちら様……えっ?」
「おう……なんでここにいる?」
執務室に知り合いの人が現れた。ソファーに座っていたトキヤが立ち上がる。大きい体の片腕の大豚の亜人。オーク族長が挨拶に来る。トキヤが亜人の前にたちはだかる。
「ここにいて悪いか? ワシは戦が好きじゃから戦いたくての」
「だからと言って族長が来るべきではない。首都の増強が任務だろう」
「首都には帰ってきた我が倅がいる。老兵のみが来ているだけだ。なーにお前らも女王とその王配だろうが!!」
「……そうだが。一人でも多く首都に居てもらわんと」
「時間稼ぎは多い方がいい。ワシらの若いのが成長するのに時間が足らん。ワシはその時間を稼ぎに来たのだ。ぶつくさ文句を言うな」
オークがトキヤの頭を強く撫でる。トキヤはそれに抵抗せず受け入れた。
「わけぇの。老人の言うことは聞け」
「………」
「おめぇぐらいの息子が居るから安心せい」
「……わかった」
トキヤが退いた後、移動していた私はオーク族長を見上げる。そして、手を伸ばした。
「意志が固いのは確認できました。ようこそネフィアに。一緒に戦いましょう」
オーク族長はその手を掴みニヤっとする。
「ええ女だ。寝取りたいほどにな」
「ええ女だろう。俺の物だ」
「ククク。ああ、王配。お前は立派な男だな。しっかりと護る。取られんように」
私はトキヤが褒められて嬉しいので微笑んで頷く。
「ネフィア……お前が喜んでどうする」
「ガハハハハハハ。熱々やな!!」
オーク族長は片腕で私の頭も撫でるのだった。鬼気迫る人だったが柔らかいおじさんになった気がしたのだった。
§魔国防衛準備集まる同志
都市郊外でのトキヤとのキャッチボールの練習中。オーク族長も片手だけで参加し、大きい片手だけで捕球も投げることもするのを関心しながらの午前中だった。
「トキヤ。投げるの待って」
私は制止し、近付いてくる人に声をかけられた。
「……ナニシテル?」
トロール族長が顔を見せたのだ。何故彼がここに居るのはわからない訳ではない。きっとオーク族長と同じことを考えているに違いなかった。
「キャッチボールです。こうやってボール投げ合うんです。トキヤ!!」
「おう」
シュッパシ!!
投げた球を受け取り。トロール族長に渡す。
「オデモコドモノコロヤッタ」
「投げ合ったりするんですよね」
「ソウソウ。ソシテ木デウチカエシタリスル」
ピクッ!!
トキヤと私は耳を立てた。
「ほう、打ち返すか。トロールの旦那」
「ソウ。オークノオヤカタ」
「………よし。オーク親方。トロール旦那。そこいらの木を加工しようか。ネフィアは?」
「私も行く!!」
唐突にバットを作りが始まり。個人用を数本作ったのだった。
*
バット作りから次の日。打席に立つのはオーク族長。投げるはトキヤ。取るのはトロール族長。球の良し悪しは私になった。
唐突に野球が始まり驚く私たちを尻目にブンブンと振り回して元気よくフゴフゴ言うオーク族長。めっちゃ打ちそう。
「えーと………プレイボール」
「おっしゃ!! 来い!!」
「おう」
帝国が攻めて来ているのに私たちは何をしているのだろうと思うかも知れないなぁーと思いつつ。壁の上から見守る兵士の中で野球が始まった。
「じゃぁ~真ん中投げるから。打てよー」
「来い!!」
シュッ!! ガッキーン!!
真ん中にしっかりと投げたトキヤの球をオーク族長が大振りで打ち返し。壁の兵士に突き刺さった。兵士が倒れてあわててボールを拾う。私たちは頭を下げた。
「ファールボールにご注意くださいね」
「まず一人」
「いや、オーク族長。違うわよ競技」
そう言いながらも何回も同じ場所に打ち返す。あっこれめっちゃバッティングセンスあるわ………
「すご……」
「すごいな……オーク族長」
「ヤルナ」
「グヘヘ」
20球目で今度はトロール族長が打席に立つ。同じようにトキヤの真っ直ぐを打ち返し。壁を超える。オーク族長よりも飛んでいるようで大きい体は伊達じゃない事を証明した。
20球目で今度は私の番が来る。思えば球審はいらなかった。
「よーし!! 私もうつぞー」
バットを揺らしまくり。思った以上に軽いバットを強く握る。そして………
「あっ」
シュッゴボ!!
「げふ!?」
トキヤの球が頭に直撃する。暴投だ。
「ガハハハハハハ!!」
「クククク………」
「ね、ネフィアす……す……クククク」
「いったーい!! トキヤァアアアアアア!! 笑うなあああああ!!」
「ごめん……クククク!!」
私は頭を押さえながら怒りを露にする。コンチクショウ。
「悪かったって~」
「………今度はお願いね」
「おう」
トキヤが振りかぶって真っ直ぐを投げる。それを私は一本体の中心に杭があるようなイメージで軸足を回転。内に力を込め、バットの真芯にしっかりと捉える。そのまま勢いよくその瞬間に力を込めて、力の限り振り抜く。
カッキーン!! ボゴッ!!
「グヘッ!?」
球がトキヤの頭を捉える。
「お、おお………女王すげぇな」
「オソロシイ」
「………ハハハハハハハ!!」
「っつう」
私は腰に手をやり大きく笑う。ドヤァとした顔をトキヤに見せた。
「………ネフィア。やる気だな」
「かかってこい!!」
競技は違うが。私とトキヤは初めてだろう。徹底的に争う事になった。
*
カッキーン!!
「んん………残念。私の方が飛んでる」
「なんで。男の俺が女のお前に負けるんだよ。投げるの下手だけど。打撃はうめぇなぁ………」
「瞬発力よ」
野球するには人数が足りないので長打距離を競うことになった。やはりトロール族長が一番で次に私。オーク族長。トキヤとなる。遠投はトキヤが一番だった。
「オデ、オドロク。サスガオス」
「だな。女王、女の皮被ったトロール族じゃないか?」
「うちのネフィアがちと結構飛ばすのに引いてる」
「…………」
三者三様酷い言いぐさではある。夕暮れになり、私たちはバットと球を持って城の門を潜る。兵士が「おかえりなさいませ」と言い。門を閉めた。
「オデアセカイタ」
「いやぁーいい汗かいた」
「ネフィア……俺、やっぱ野球すきだわ」
「トキヤ……知ってた」
なお私も自信がついたのでそこそこ今は楽しい。
「明日もしよっか?」
「「「おう」」」
そこそこじゃない。楽しいわ。
そんなことを思いながら。酒場に行き、野球で今日あった事を族長たちと話すのだった。
*
スキャラ族長は困っていた。暇なのである。
「暇なのです。スラリン姉さま」
「暇ね」
航路は安全であり。リヴァイア種をも簡単に捻るようになった結果、都市ホエール内ではメリハリはなく、スキャラも特になにもすることもなく暇をもて余す。到着してもすぐに攻める訳でもないため。穏やかだ。
「……何か身に入るもの」
「……スキャラ。トランプあるわ」
「飽きました」
「なんとも……つまらない」と思うスキャラ。
「おい、外で野球やろうぜ」
「おっやる?」
「あっ俺も俺も」
部屋の外から兵士たちが何やら騒がしい。
「……まーたやってますね。スラリン姉さん」
「……まーたやってるね。スキャラ」
魚族の男たちが最近、野球なるものに夢中になっていた。夢で女王陛下が伝えた暇潰しだが都市ホエールで大流行になる。とにかく、四六時中暇はあれば遊んでいる。
「……スラリン姉さんは行かないのですか?」
「あんな野蛮な遊びお断りします」
「野蛮ですよね。球投げ合ったり。なんか棒を振ったり。女王陛下の意図が読めません」
「……女王陛下を知るのは英魔では王配だけでしょう」
「………そうですね。私たちの知では遠く及ばないのでしょう」
スキャラ族長はこのとき。予想だに出来ない。いつか自分が………野球に呑まれる事を知るよしもなかったのだった。
*
「グレデンデ様。今日。数週間の日報が届きました」
「ほう。貸せ………」
首都イヴァリースの訓練所を指導している中で伝令が書を持ってくる。グレデンデが秘密裏にネフィアにつけている監視者からの書だ。グレデンデは個人で楽しむためにつけており。それを歴史として残したいと思いで数人をつけていた。
「野球………」
「ボールを投げたり打ったりする遊びです」
「蛮族の遊びですね……オーク族とトロール族が好んでする遊びです。知ってますよ」
「それが……結構流行ってるらしいです」
「…………そんなに面白いのか?」
「我が姫様がのめり込むほど……兵士の中には姫様と戦い誇りにしている者もいます」
「…………」
グレデンデは考える。「蛮族の遊びとバカにしていた自分は間違いだったのでは?」と。
「……ルールは?」
「日報に細かくかかれたのがありました」
「………………日報ですよね?」
「日報です」
なんとも「仕事を放棄している」と怒るべきかも知れないがと思いつつ、グレデンデはその日報を読んだ。
「…………………………やってみましょうか?」
「姫様よろこびますね」
「全力でやりましょう」
そして、グレデンデはダークエルフの義弟を巻き込んで即落ちした。
§日誌
日誌・遠征1月目
スパルタ国に到着した。我々帝国はスパルタ国で再度、物資を馬車に積む。多くの金を使い補充した。
先発偵察騎兵によると亜人の都市は藻抜けの空だったと報告があり、先の商業都市に兵が集まっている様子。
激戦は商業都市についてからと判断する。
願わくば帝国の栄光があらんことを。
*
愛する。我が妻、アメリアへ。
今は都市スパルタだ。この手紙が届く頃には出発しているだろう。
都市スパルタは思った以上に勇敢な男が多い。コロシアムもある。
だが……少し私には少々むさ苦しい場所と言える。気温は砂漠であり暑く。鎧の上で肉が焼けるほどに熱される。
君を連れてここへは来れないほどに過酷だ。
しかし、魔法使いを雇えば涼しくすごす事ができるだろう。いつか……君が体調の許す限り、二人で訪れたい物だ。
今日は体調は優れるかい? 立ち上がれるかい?
不安ではあるが……元気でいてほしいと願うよ。
愛してる我が姫よ。トラストより。
*
女王観察日記~研究記録30日~
エルフ族長からの使命で監視を始めて1月。姫様の周りに多くの亜人が集まっている。
姫様は野球という遊びに色んな種族が声をかけて誘い。それに応えていた。
偏見を持たず。どんな種族ともわかり会える女王の姿に驚く。容赦ない死球にも驚く。誰も姫様にぶつけられても文句は言えないだろうからの戦法だ。容赦ない。
目の前に迫っている帝国の遠征部隊に……怖じけない姿に勇気づけられる。
勝てない戦でも。きっと……
*
「トキヤ……皆で何してるんだ?」
「ああ、ランスロット」
俺は壁の上で眼下を見ていた。同じように衛兵も眺めている。その中でランスロットに声をかられたのだ。
「野球っていう遊びだよ」
「……投げ合う遊びですね」
「そそ。ルールもあるけど。ああやってネフィアがしっかり教えたら。まーじめに覚えてるんだよ奴等は」
笑顔で初心者の衛兵にルールを教えていく。覚えている衛兵はすでに18人、何個も小隊で集まって遊んでいた。
「……面白そうですね」
「面白いよ。でっ……蜘蛛姫は?」
「馬のお嬢さんと一緒に首都へ。一応まとめないといけませんからね族長として」
「嫁が族長は大変だな」
「奥さまが女王な方が苦労するでしょう?」
「元から王の才能持っている奴ほど。楽でいいよ。勝手に……やるんだからさ」
「ですね……」
壁の石に座り俺は一言聞く。
「お前の父親。出てくるだろうな」
「南騎士団6番隊長ですから」
「……人はわからないけど。旧き黒騎士の一人だから。強いだろうな」
俺は親友の心情を聞き出そうとする。自分には家族はネフィアしかいない。だからこそ……「悩まないのか」と。
「父上は……優しい人で、そしてやはり黒騎士でした。あとは母上を愛しすぎて引いてましたが………今は気持ちがわかるので。複雑です」
「……」
ランスロットは笑みを向ける。苦笑いのようだが。
「確かに父上と剣を交えるかもしれません。僕はそれでもいいと思っています」
「家族でもか?」
「もちろん。父上は母上を姫と呼んで怒られてましたが。僕もリデァアを姫と呼んでます。そういうことです。トキヤと同じです」
「女のために捨てる事なんてないぞ」
「残念ですが。昔から教育で……騎士たるもの『姫を護ってこそ』と教えられて育ちましたから。だから。交える事は気にしませんよ」
「………昔のお前とは違うな」
「昔の事は言わないでください。恥ずかしいので」
ランスロットは顔を背ける。黒歴史と言いたいのだろう。
「………わかった。嫌なんだな」
「はい。憎たらしい顔をしてますね」
「もちろん。嫌ならやるまでよ」
ランスロットと壁の上で昔話をしだす。昔話をするほどに我々は長い時間を過ごした気がした。昔は帝国のために剣を握った仲がいつの間にか完全に裏切り者になっているなんて……面白いじゃないか。
*
帝国遠征から1月と1日
スパルタ国を出発。目指すは商業都市。
魔物の被害は無い。
懸案事項は無い。
そして……士気も高い。勝って貴族の仲間入りや上に階級になれるチャンス。
誰が多くの兵士の首を狩れるか。競争である。
多くの者が功を求める。
私も前線で戦えればよかったのだが………
§初戦
城門四方を岩で塞ぎネフィアは城壁の上で陛下にいただいた旗を丸めて持っている。
「……そろそろか」
森を抜け平地の奥から蠢く物を視認する。それがゆっくりと迫り、大地は黒く染まっているほどに多くの兵士の影が埋めつくした。人間の多さにネフィアは感服する。森から現れる瞬間はまるで虫のようだった。
ネフィアの周りには将と成れる実力者が肩を並べる。ランスロットが口を開き隣の親友に声をかけた。
「やはり帝国ですね。今回は本気でしょう」
「ああ……歴代屈指の兵数だな。なんぼいるんだろうな?」
「ざっと20万でしょうか? 5~6万程度の時が懐かしいですね」
「だな……敵にするとその規模は段違いだ」
亜人の衛兵たちの顔が強ばる。帝国の兵の装備の質は違えども軽装の帝国兵を含めて20万以上の大軍勢に皆が唾を飲み込む。
トロール族長やあのオーク族長さえ。笑みは浮かべない。
ネフィアはそれらを見渡す。そして……声をあげた。
「国旗を掲げよう」
響く声に混成の亜人兵士は旗を掲げる。
太陽を象った旗が風になびく。
「旗を見よ、我らの祖国は見ているぞ。義務を果たさんとする行為をな」
静かにネフィアが兵士に諭す。余裕のある声に兵士は皆、「何か考えがあるのでは?」と信じた。そしてネフィアはそれを知り心で謝り、死後はきっと「地獄に落ちるだろう」と思うのだった。
*
北騎士団長と東騎士団長は城壁から離れた位置に陣を敷く。馬上から双眼鏡で城を見た。
偵察隊からは城門は固く閉ざし、出入りがないと聞く。籠城をしているのを確認でき、二人の兵士に攻城命令を出し、魔法使いには対魔法陣の形成を命令した。
「金髪のあの女性が魔王ですね」
「なかなか別嬪じゃないか……人間と変わらんな」
「変わらないでしょうが噂では多くの男を落としたと聞いてます」
「婬魔だったか。女であり、それを使ってからのあの地位だろう。恐れることはないな」
「そうですね。しかし、聖剣に選ばれた人であることを覚えておいては損はないかと?」
「剣が人を選ぶなぞ馬鹿馬鹿しい。ソードマニアめ、そんな事はない」
「そうですか? 私は素晴らしいと思いますよ」
ザッザッ!!
一人の兵士が駆け足で騎士団長の元へやって来る。
「北騎士団長殿!! 伝令です!!」
「なんでしょうか?」
北騎士団長は優しく微笑む。
「向こうの見えます。魔王から話があると……陣に赴くと使者がお見栄です」
「使者が?」
「はい」
北騎士団長と東騎士団長は壁に目を向けた。金髪の魔王と目が合い……笑顔になる。
「わかりました。会いましょう……世界に一つの聖剣の持ち主と聞いてますから。持ち手が気になるんですよ」
「わかりました。ではお呼びします」
兵士が下がる。すると目の前の魔王は後ろへと下がり見えなくなる。
「さぁ……どんな奴か見てやろう」
*
合う場所は……陣と城の狭間だろうと二人は思い。先についておく、何人の従者を連れて待っていると奥からドレイクに乗った魔王が一人で見えた。
白い鎧に白い飾りの兜。金髪の姿は美しく、これが婬魔と言われれば疑う姿でもあり、納得できる姿でもあった。
美しい魔王だと東騎士団長は「殺すには勿体ない」と思い。北騎士団長は笑顔で「女が剣を持つのに相応しくない」と思う。西騎士団長はただただ美しいだけしか思わなかった。
「余の名はネフィア・ネロリリス。英魔王である。会談に顔を出していただきありがとうございます」
馬上から頭を下げるネフィアに皆が威厳なく下の者のようなヘコヘコした仕草に何処と無く弱さを感じた。にやっとした東騎士団長が笑顔になる。
「……全面降伏でも打診か?」
「いいえ……その……撤退していただければと言うご相談です。兵数でも……我々のが劣り……その………金品を渡します」
「降伏ではないが………『お金渡すから帰ってくれ』と言うのか?」
「はい……民が震えております」
騎士団長たちは顔を見合わせる。
「……そうか。しかし!! 我らも多くの犠牲をはらって来ている。陛下の命令だ。降伏するなら許そう」
「こ、降伏だけは!! 降伏だけは出来ません!! 奴隷に落ちたくはないです!!」
「…………ふん。下らん。期待外れだ。俺は行くぞ」
「私も……ちょっと幻滅しました」
「あっ!? お待ちを!!」
東騎士団長は振り向いて笑いを堪えた。北騎士団長はこんなのが選ばれた剣の持ち主なのかと憤る。ネフィアは声をかけ続けるが……話は聞いて貰えなかったのだった。
*
使者としてトキヤとランスロットは相手の陣を我が物顔で歩く。兵士たちは同じ人間として全く気にせずに過ごしていた。炊事をし、談笑をし、テントを張っているのを見て「いつもと変わらないな」と二人で言い合った。
「使者として来てみたが………案外杜撰なもんだな」
「そうですね。こうやって練り歩けますから」
今ごろはネフィアが会談に赴むいているだろうと思う。その内に帰った振りをしての潜入だった。
「……父上にあったらどうする?」
「……そのときはそのときです」
ランスロットとトキヤは相手の状況を目に焼き付ける。どういった編成か武器かを見る。
そして、二人は気が付く。恐ろしい事を思い付き……策を練ることにした。その瞬間だった。
運命とは皮肉でこんな広い陣地に出会ってしまう。
「ランスロット!?」
ランスロットは慌てて振り返る。同僚の騎士たちに手を振り、先に見回りをしていてくれと頼んでいる父親の姿が目に写った。「なんでもない」と言い……庇う姿も。
「………ランス。荒事は無しだぞ」
「わかってる」
「……ランスロットか」
「どうしてここに」とは言わない。シワの少ない若作りの父上にランスロットは距離を取る。
「……その仕草に緊張感。やはりお前はあちら側か」
「妻がいるので」
「……今回は見逃してやる。今、荒事を起こす気はない。戦場で会えるだろう」
「父上……すいません」
「謝るな」
「!?」
「お前は誰の子かよく知っている。私の子だ」
「………」
それだけを言い、父上は去る。突っ立ているランスロットの肩をトキヤが叩いた。
「行くぞ……運よく見逃してくれた。お前の父は強いから助かった」
「……ええ。行きましょう。何も話すことはないですね」
父上の背中にランスロットは覚悟を決める。自分の信じる道を進めと父上に言われたために。
*
トボトボと落ち込んで帰るような振りをしながら、都市に戻ってきた。門の中へ入り、族長などが顔を見せる。
「ドウダッタ?」
「女王さんよ……相手はどんなだ?」
「愚か者だった」
ネフィアは笑顔でそう返事をする。
「私が弱々しい姿を演じればすぐ弱い者を見る目をしたよ。傲りが見え……漬け込める隙を見た。後は1日1日……停戦依頼の書状を送り続けるだけでいいな」
「………オデ、ヨクワカラナイ」
「ワシも弱々しい姿なぞ見せて何故意味があるか知らん。しかし、傲りを生ませるのは良いことなのはわかるが……」
「フフフ、知らなくていいんです。今はまだです。今はね」
ネフィアは黒い笑みを浮かべる。それを見た二人は背筋が冷え、女王から魔物の臭いがして首を振る。一瞬見えた姿はなく首を傾げた。
「……ジョウオウ」
「女王さんよ……ちと黒く見えたぞ」
「そう? なら、いいんじゃないかしら? 私は悪魔になってみせる。あなたの方、民のためにね」
ネフィアの心は決まった。やるしかないと空を見上げ、明日は雨が降りそうだと思うのだった。
*
東騎士団長は包囲した都市を見た次の日。北騎士団長は旗を掲げた。
「攻撃をしろ」と言う旗が一斉に広がり。都市を囲んでいる兵士が叫ぶ。四方の一番兵が多い場所から順に攻めていく。まずは正面からだ。
騎士の仕事はない。歩兵の仕事の攻城戦に騎士は何もしない。ただただ眺め、門が空くのを眺めるだけである。
「愚かな魔王。弱い姿を敵に見せる娼婦よ……今宵の遠征は楽と見える」
空は快晴、雨は降っていない。いい日だった。
§開戦
オオオオオオオオオオオオオオオ!!
大地が揺れるような響き。重圧の下。四方を囲まれ、陣を組まれた中で歩兵が盾を構えて攻めてくる。青天の中での攻撃に私は声を出す。大きな都市であるこの商業都市でも……四方八方に私の命が下った。そして主攻は正面のみというのが分かり、正面に兵士を多く集めた。
四方を囲んでいるように見せての正面だけの攻撃はきっと都市が広いため。分散するよりも固めた方がいいとの判断だろう。私もそう考える。そして、薄くした所に攻め入ればいい。
「槍を投げよ!! 魔法はいらん!! 対魔により防がれるから‼ 無くなるまで投げ捨てよ!!」
衛兵、戦士、騎士達が助走をつけて槍を投げ放つ。何本も何本も投げ、青天に槍が降り注ぐ。中には柱のような太さの物も空に放たれる。知らぬ間に野球で鍛えた強肩を持つ亜人がドンドン投げ放った。
眼下の帝国兵士達がまだ遠い場所で大地に串刺しになっているのをネフィアは見る。
「耐久は低いのね」
「軽装の兵士だからな。ネフィア、後ろに下がれ……弓が飛んでくるぞ」
トキヤとランスロットが剣を担いでネフィアの前へ出る。大地に槍の雨が降り、相手も応戦とばかりに弓を構え放った。
「今日は雨が降るね」
矢の雨が都市に降り注ぐが狙いは甘く。壁の上の盾を持った兵士たちに防がれたり。亜人の皮膚には刺さらずに落ちたりとする。ネフィアそれを目に焼き付ける。亜人の兵士の強さを吟味する。
「一応、目に刺さるとダメだが……固いな俺ら……ランスも弾いてるし……」
「矢では死なないよね………どちらかと言うと都市の民に攻撃して、反乱とか、恐怖を植えるのが目的で……何もない都市に攻撃してもねぇ」
人払いを済ませているので思った以上に効果を生んでいないようだ。帝国の兵たちは数を減らしながらも……梯子を持って壁に真下までやって来る。もちろん、オーク族長やトロール族長以下の屈強な大男たちは壁下に槍を放ち、登って来ようとする者の顔や体を当てて落とす。
「ワラワラと多いな……」
「オデ、マニアワン」
ヒュー!! ドンッ!!
壁の一部に大きい石がぶつかる。遠くを見ると投石機が構えられ、何やら鉄塔のような車が3つも迫ってきた。石については当たれば流石に痛いのか亜人たちは避けていく。
「ネフィア……攻城塔だ。あれを近づけさせたら……危険だぞ。兵が雪崩れてくる」
「そっか~梯子では辛いよね」
正面からの理由はわかった。あの塔は3つしか用意できていないらしい。ひとつでもつけば……勝てると思われている。面白い。
「あの塔を壊せる兵器はない。それより、ドンドン槍を投げさせて兵士を怪我させてください」
指示を飛ばしながら、兵士に激を飛ばす。激しい攻防戦に私は……高鳴る胸を押さえる。熱い、熱い。
「ネフィア!! バリスタだ!!」
ビュウン!! ヒョイ!!
大きな大きな鎖つきの矢が私を狙った。ジャラジャラと鎖が目の前を過ぎる。相手は私が目立つために狙ったのだろう。鎖が壁に絡まり、それを登ってくるのも現れる。
「冴えてきた」
「あっぶないな。あれでも喰らえば壁から落ちてめちゃ痛いぞ」
「だからと言って壁から降りる気はない」
私は皆に聞こえる声で叫んだ。それを呼応するように壁で歓声があがる。
おおおおおおおお!!
何人かはバリスタに当たり落ちても、壁を上がってきた。死なない時点で私たちはやっぱり人とは違うんだなと思う。
「英魔族!! 胸を張れ!! 我々は人より強い!!」
士気をあげるために叫び続ける。どうにかして耐え続けなくてはいけないために。
*
「正面からだと、やはり堅い。城門も鉄の塊なのか全く攻撃が無く、攻城鎚が無視されている」
「しかし、鉄塔がつく………亜人の頭では投石機なぞ作れんかった故に防ぐ事は出来んだろう。そこから攻めれば落ちるぞ。裏から開けばそれでいい」
北騎士団長と東騎士団長は遠くから双眼鏡で眺めていた。兵士の隊長が前線を支えて頑張っているのを後ろで見学する。
ゆっくりと壁に向かって押される鉄塔が壁についた。二人は笑みを浮かべる。
「1日も持たぬか」
「連合国の方が辛かったですね」
「まったくな」
二人は事の成り行きを見定める。魔王を討った者には勇者の称号が貰え、未来永劫貴族となれる。
「さぁ……勇者は誰の手に」
「首を持ってくるのはいったい誰か」と考えるのだった。
*
「鉄塔つけ!!」
「壁についた!! 行くぞ!!」
がしゃん!! がんっ!!
鉄塔が壁につき、矢の雨が全て都市の中へと標的が移る。
鉄塔から伸びた橋の上に重装甲の歩兵が盾と剣を持って攻めてくる。
「よし!! 雪崩れ込!!」
ガシャン!!
先陣を切った男の首が吹き飛ぶ。風のように身を揺るがし、大きなツヴァイハインダーが盾の上から叩き潰す。鉄塔の上に居た兵が驚いた目を向ける。
「久しぶりの臭いだ」
「自分もこうやって。まーた君の虐殺を見る日がくるとは思いませんでした」
ランスロットは幅広の偽聖剣を抜く。誰かが指を差して叫ぶ。トキヤの鎧を指を差して。
「黒騎士!?」
「それにあれは!! 人間!?」
「構うな!! たった二人だ!! 畳み掛けろ!!」
そう言い、壁の上での死闘が始まった。
*
「女王さんよ、鉄塔に突っ込まないのか?」
オーク族長が鉄塔を制圧し、部下にそのまま降りて戦うように指示をしたあとに私の前へ戻ってくる。
「一緒に下に降りて戦おうや」
片手に血塗れの大斧を担いで私を誘いに来たのだ。「わーい」と言って行ってもいいが、そこは我慢して鉄塔3つにはそれぞれ、「近接戦闘が得意な兵を向かわせ、そのまま下に降りての戦闘を行わせろ」と命ずる。
「残念ですが……『私自身は弱い』と言うことを見せなければいけないのです」
弱いと思われないといけない。故に戦うことが出来ない。なるべく……戦わないようにする。
「そうかい、せっかく功を譲ってやろうと思ったのにな。鉄塔の中は大きな螺旋の階段になっている。そのまま、兵士を喰らうてやるから見とけ」
「わかった。任せるよ族長」
「おうさ!! 野郎共、全軍で行くぞ!!」
全軍と言っても数百程度。本当に添え物程度である。
「……ふぅ……状況は芳しくないけど」
初戦としてはまずまずである。一騎当千の猛者達がいる。
「……さぁ、じっくり攻めてくるならいいんですが………どうするでしょうね」
遠くの監視している将を見ながら……黒騎士や腕利きの騎士の姿を探した。多くの矢の中で全くそのような影を見ない。
「………黒騎士は首都かしらね?」
一騎当千の化け物はまだ見えない。見えないからこそ今日は……凌げるだろう。
*
矢の雨が止む、矢が転がっており歩き辛い中で私はピリッとした緊張感が切れるのがわかった。今日はこれでおしまいなのだろう。
「日も高いのに」
日が高い内に鉄塔からトロールとオーク、トキヤとランスロットが帰ってくる。敵兵が士気が低下して敗走したのだろうか口々に楽勝だったことを口走る。
「ネフィア……兵士の質は低い」
「そうですね。騎士が居ないため、あまりに手応えがなかったです」
私は眼下を見る。多くの屍が壁の前で山になっていた。少し……かわいそうな気もするがこれが戦争である。命の損耗戦。相手より先に殺すことだけを求め。殺せば英雄になれる野蛮な世界。
その世界に私は足を踏み入れた。
敵兵が壁から離れて行きその背中に向けて壁の上の兵たちは槍を投げつける。
槍が届かなくなった時には私は命令を下し、攻撃をやめさせ。負傷者を壁の下にある野戦診療所に集めよと指示する。
一通り指示を飛ばした後に皆が集まる。
「初戦凌いだが。うちらも結構被害が出た……じり貧だ」
「オデノナカマモナンニンカヤラレタ」
「……そう。もう先に英雄になったのが出たのね」
「英雄か……ククク。死ぬなぞ情けないと思ったが英雄と言うか」
「神話では勇敢な英雄はヴァルハラに行くと思います」
空を見上げる。高い日が今度は沈んでいく。トキヤが剣についた血を拭いながら声をかけてくれる。
「ネフィア。戦争を実感して何かあったか?」
「初めて見たけど……想像以上に大変ね」
「だろう。これが何日も何日も続いて行くんだ」
「そう………じゃぁ。私は診療所に行ってきます。ここは任せます」
私は壁から階段を降りていく。何も考えず……ただ淡々としながら。
*
診療所では回復魔法を使える者が一生懸命に傷を癒していた。
「女王陛下!?」
「女王陛下が!?」
「女王さま!!」
多くの人が私を見て声をかけてくれる。ベットの上の怪我人も私に対して身を乗り出してでも挨拶しようとする。
私は優しく声をかける。ナース服を着たラミアに声をかける。
「治療手伝います」
「女王陛下が!?」
「少しでも役に立てれると思うから」
矢は効かない者もいればやはり効く亜人もいるようで……至るところで呻き声が聞こえた。
「では………その……」
ラミアの口からは躊躇われるのか……部屋の奥へと向かう。
「……」
そこは……軽傷ではなく重症であり。中には助からないと思われる人も居た。
「女王陛下……」
「言わなくていい……そうね。家族と離れて戦ってる。だから……私が看取りましょう」
「……お願いします」
ラミアは悲しそうにお辞儀をし、負傷兵の治療を再開する。私は……一人一人、息も引き取っているだろう兵にも声をかけて回る。
治療よりも必要な事なのだろうと私は心に言い聞かせて。
*
辺りはすっかり暗くなった日、私は壁の上に来ていた。多くの兵を看取ったあとに……カンテラだけを持って歩く。鉄塔は解体されているため。兵士に頼んで梯子を下ろしてもらう。
「女王陛下……壁の外でなにを?」
「……少しね。今は魔法が唱えられるから」
「………」
蜥蜴と猫の亜人に見守られながら梯子を降りた。ブニッと冷たい遺体の上に降り立つ。
カンテラで照らす一面に人間の遺体が転がり。私はその中を歩く。
「ああ……ん……よし。声は出る」
喉の調子を確かめ。カンテラを置き私はその場に祈るように手を前に組む。
「死は平等であり始まりでもある。生まれ変わるなら英魔として私の元へ来ることを望みます」
翼を広げ、私は声ではない声を響かせてメロディーを作り想いを込める。
静かに真っ暗な夜空の下で数分だけ歌うのだった。
*
帝国兵は風に乗ってくる歌に驚く。
英魔兵は風に乗ってくる歌に驚く。
次の日、帝国兵の誰もがその夜。戦場に立つ天使を見たと言う噂になった。
英魔兵は姫様が敵味方関係なく。慈悲深い人と尊敬の念を持って持ち場についた。
2日目が始まり。騎士たちが動き出す。
見ていられないと。
§開戦二日目~殿~
夜営の大きな天幕の中で騎士が今日あった出来事を聞いた。メンバーは北東西の騎士団長と代理の南騎士団1番隊長が座る。重々しい空気の中で東騎士団長だけは酒を飲んでいた。嫌われているために黒騎士団長は帝国にお留守番である。
数で圧倒していた兵士が遁走、鉄塔を登った先で負け、鉄塔さえも破壊されたと兵士が言う。
予想外な負け方だと一同は思い。亜人の強さを認識した。
「黒騎士と白騎士の二名に大きな巨人と豚の亜人により遁走です」
東騎士団長が愚痴る。
「全く、情けない兵士どもだ」
傭兵も含む兵士だったがそれでも押し返され、指揮崩壊が起きてしまった。北騎士団長は腕を組んで考えを話す。もっぱら二人だけの会議のような物だ。
「あそこに4人の将がいると思います。それも指揮能力の高い者が」
「そうだろうな。明日はどう攻める?」
「籠城戦の蓄えがあるでしょう。しかし、攻撃は緩やかであり兵士の数もそう多くはない」
「鉄塔は壊されたがくっつける事を考えると……悪くはない」
「明日はにらみ合いにしましょう。他もいいですね? 次の攻勢は4方向から行きます。それも……塔を立ててのね」
皆が異議はない事を言う。
「では、会議は解散。塔を作成しましょう」
皆が気付いていた。槍が降ってくる数を見て……兵の数を。たった5000程度だけと。
*
「なーんもないな?」
「ないですね?」
「ありませんね」
「ナイノ」
「つまらんな」
トキヤ、ランスロット、私、トロール族長、オーク族長が双眼鏡で陣を見た。全く動きがなく首を傾げ私を双眼鏡で見る。
皆の目にはどう言うことだと聞いている目。トキヤは少しシワがと言いかけたのを私はアッパーで黙らせる。ワザとでも許さん。
「つぅ!?」
「私は全て知ってる訳じゃない」
「だが……予想は出来ないか? なんだろうな?」
「帝国が攻めてこないのは不思議ですね」
皆が不思議がる中で私はふと、砂埃が上がっているのを見る。
「兵が移動しています。陣地移動……」
わざわざ持ってきた作戦用のテーブルが近くに置いてある。そこに広げられた城の周辺地図を見た。敵を知るには敵の気持ちになってからだ。
もし、昨日の戦いを見て作戦を練るならどうするか。
「………兵の数を知られましたね」
「ネフィア?」
皆がテーブルを囲む。
「槍の投擲は連発出来ない故に投げる間隔があります。それを遠くから見ていたら大体の数が予想ができるでしょう」
前線の兵士からは見えないが。遠くからなら見える。
「他の壁の上を見られているとも思われますし……あの大規模な敵前の陣地変更は我々が打って出れない兵数なのを感じての行為でしょう。もし、出てくるならの陽動かもしれませんね」
皆が息を飲む。何が起きるかわかったのだ。
「一枚一枚兵を薄く展開しても……それを撃ち破る力は私たち無いのがバレますね」
「しかも女王さんよ………この広い壁を全て守れんぞ」
「知ってます。帝国は気付いた。一斉にかかれば……穴が空くことを」
的確な兵分散。国力があるために出来る敵前の大胆な陣地変換。熟練の戦争経験者の目は鋭い。
「攻撃準備はいつまでかけるか分かりませんが………次がこの都市最後ですね………」
私は目を閉じて溜め息を吐く。時間を稼げれないことが分かったのだ。兵が少なすぎた。
「負けか……初戦で崩れんかっただけマシだな」
「オデモソウオモウ」
「………それでも何人かは」
バシン!!
「ぐっ」
大きな大きな叩く音が響く。オーク族長が私の背中を叩いたのだ。少し噎せてケホケホする。
「な、なんですか……」
「胸を張れ、最初の日から暗い顔をしてなかっただろ。1日で滅入っては困る。これからなのだからな……」
「オデモ、オウエン」
「……そうですね。出来る事を考えましょう」
「それについてだが……親方と話し合った。ワシらだけ残る」
「!?」
私は驚いた顔で二人を見る。
「今から首都へ帰れ、女王!! 囲まれる前に脱出し、都市に残した若いオーク族をまとめよ!!」
「しかし!!」
「オデモ、ワカイセガレガイル……ジシンノワガコ」
「そうだ。殿は任せろ……お主はな……必要なのだ。ここで倒れてはいけない」
「……見殺しに」
「見殺し? バカいえ、我々だけで勝てる。そうだろ?」
「ソウダ」
二人がニヤニヤとして私の頭を交互に撫でた。
「若いのに背負わすのはあれだが。今からはあんたら新しい若いのが引っ張る時代になった。ワシらでは無理な方法でな……」
「………うぅ」
私は心底悔しい思いをする。無理なものは無理であり……己の非力を呪う。わかっていたことだ。自分の策だが……決意が揺らぐ。
「ネフィア、北門を開ける準備は終わってる……実はもうすでに聞いていたんだ」
トキヤが肩を叩く。
「兵は残りたいやつだけ残す。早く支度しろ女王さんよ。最初からわかってただろ? それ以上はワガママだ。来ただけで皆は喜んでるさ」
私は喚こうかと思ったがヤメて唸るだけにする。テコでも動かないだろう事は……わかっている。
「非力を許して」
「なーに。悪いのは今まで争ってた我々だ!! あーんな帝国を舐めてた我々の罪だ。背負わせてすまんな」
オーク族長は腹をかかえて笑う。豪快に、楽しそうに笑い続けるのだった。
*
日の高いうちにドレイクに跨がり北門まで向かった。トキヤにランスロットは門を出た先を走り偵察に出掛けている。私だけ、時間をズラしての出発だった。
理由は何故かわからなかったが……北門の向かう道を見たら一瞬で理解できる。
石畳に両翼1列。道に並んだ亜人達が直立不動で胸に当てる敬礼し。一部は旗を掲げ、胸を張っていた。長い列の中心を私はゆっくりと進んだ。
皆の期待と羨望の目線に笑顔で答える。陛下の旗を掲げなおし、持ちながら。
途中、オーク族長とトロール族長が現れ、列を崩して兵士が後ろに付き従い、静かな門出を見守る。
それは門の下まで続き。私は……門の下でドレイクを振り向き変え、後ろについてきていた英魔達を見る。清々しいまでに笑顔で私を見つめ……私は泣きそうなのを飲み込んだ。
女々しい事はいらない。皆が静かに私を見る。
「私以外に……去るものはいないのだな……」
「そうだ。皆は覚悟の上で残った者達だ。絶対に勝つためにな」
「オデタチハミライノタメニ」
私は旗を掲げながら叫んだ。大きく白い翼を広げて。
「諸君は英魔族の誇りであり!! 英雄だ!! 故に義務を果たさんことを私、女王が期待する!! 後で会おう。ヴァルハラの地で!!」
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
膨大な声量が都市に木霊する。私を応援する声や、勝利を望む声に、女神として敬う声。多くの仲間に……背中を押される。
「………ふふ。勇ましい。英雄たちに陽の祝福を」
何故か笑みがこぼれおち、翼をはためかせて羽根を舞わす。
不思議と一人一人に魔力の羽根が風に乗って届けられ手に乗り、光となって残る。負傷者も皆がその光景に驚き。光となった羽根を胸に抱く。
熱が覚めたかのよう静かになり。私は羽根を仕舞い。急いで門を出た。
背後から……門が閉ざされる音と共に振り向かずにドレイクで走り走り抜ける。
「……うぐっ……うぅぅ……」
我慢していた雫を……溢しながら。
*
「……イッタナ」
「ああ、これでいい。これでな………」
門を閉ざし、石で封をする。そして、兵たちは口々に女王陛下を称える声を出しながら四方に分散した。
「次に会うのはヴァルハラで」と言いながら。
「……でっ。おまえ……残って良かったのか? 今からでも……」
オーク族長は隠れているだろう妻に声をかけた。悪魔の女性は笑みを向ける。
「あなたが私を寝取り犯し、孕ませ、人生を歪ませた。その時に言っただろう……死ぬ瞬間を笑って蔑んでやると。踏みつけて惨めに呪いながら殺してやるとな」
「懐かしいな」
「そのチャンスが来たのよ……残る理由には十分よ」
大きな矛を振り回し。オーク族長の妻は笑顔を向ける。
「惨めな、慰め物の人生だったわ」
「すまんかったな~まぁもう、いつでも首はやる。最後にな」
「……感謝の言葉はないの?」
オーク族長は頭を掻く。女王陛下の顔を思い浮かべ、頷き。背を向けた。
「ありがとうな……」
「ふぅ。嫌な人生だったけど…………全く悪くなかったわ」
トロール族長は空気を読んでその場を後にし、オーク族長は鼻を掻いてなんとも言えない顔をするのだった。
*
「………」
「ネフィアこっちだ」
平原から森に入った所に護衛や偵察を行うトキヤとランスロットが見えた。ドレイクに二人は乗りこちらに手招きをする。途中、帝国の偵察兵が死んでいたのは彼らにやられたからだろう。
「お前だけか……」
「……うん」
「トキヤさん、ネフィアさん……いきましょう」
「ああ、ネフィア。悲しいのは分かるが、お前のすべき事は……」
「わかってる……わかってた……こうなるって事は……わかってた。覚悟した……でもさ……皆……どんな顔をして私を見てたと思う?」
私は怒られたかったのかもしれない。なんでそんな愚かなことをや、最初っから逃げればとか……色々と罵声とかを覚悟した。「死ね」と言ってるような物であり。それを伝えたような物だった。
「……笑顔だった。皆、私に対して笑顔で助かることに喜んでた……自分よりも私を……あんなにも多い人たちが」
「……」
「……」
二人は頭を掻く。
「帝国の兵よりも格好いい生きざまだな」
「全くです。あいつらに見せてやりたい程に」
「……」
「ネフィア。あいつらはお前に未来を託したんだ。悲しむのはあとにしよう」
「……うん」
私は涙を拭い。前を見る。押された背中は翼は熱を持つ。
「ネフィア、翼を仕舞え。目立つ」
「ごめん……では行こう!!」
力強く、行こうと叫んだ。私にはまだやることがある。そう、やることが。
英魔の勝利のために!!
§開戦12日目………そして数日後、最後の灯火
「塔の数が揃いました」
工兵が不眠不休で作った攻城塔の数が揃う報告が騎士団長の天幕に届けられる。東騎士団長は愚痴る。
「ずいぶん時間がかかったな」
兵士がビクビクしながら報告を続けた。
「魔物が多く……ワイバーンの騎兵もまだ調整不足でして……」
「まぁ東騎士団長どの……ゆっくりでいいではないですか? ワイバーンの騎兵も節約できる訳です。楽に要所を攻め落とせるでしょう……それにこんなにもラブレターが届いております」
北騎士団長は手紙を見せる。12枚の停戦要求が書かれた国書。それを簡易机に置く。
「ふん、やめてと言ってやめるバカはいない」
「ですね」
手紙をビリビリにし、鉄の吸い殻に入れて火を起こす。燃え上がる手紙を無視して話を続ける。
「西騎士団長」
「おう?」
「私は功はいりません。東騎士団長もですね」
「ああ、あんなのはいらんな」
「ほう……いいのか? 戴くぞ?」
「どうぞ」
「やる」
「では、先人の指揮は我々が行います。休んでいてください」
西騎士団長は自分が上がることは無いことを知り。諦めて言葉に従った。
しかし、あの都市を落とした場合はやはり名実を貰えると思うと美味しい部分もあり、なんとも嬉しい気持ちが勝つ。
南騎士団1番隊長はそれを見ながら……自分達の貪欲さに辟易し、仲のよい6番隊長を思い出す。彼と違い、この中は少し淀んでいる気がするのだった。
*
帝国の旗が翻り、攻撃旗が掲げられた。四方から歩兵が勢いよく突き進み。盾を構えて投げ槍を弾く。
「槍が少ない!! 敵は少数押し込め!!」
帝国兵たちは抵抗が何故か少ない壁を登る。帝国兵は喜びながら砦の壁から町へと降り、降りる先で亞人達が待っていた。狭い路地に何人もの亞人たち。
「敵だかかれ!!」
多くの声を揚げての突撃は……大きなトロールの盾に防がれ。叩き潰される。
「狭い路地では部が悪い他の場所から挟め!!」
「後ろからも来るぞ!!」
「な、に!?」
「ぐへっ!?」
狭い路地に挟み撃ちにされ潰される兵士。
路地裏の壁が壊れ突如オーク族が攻めてくる攻撃。
敷き詰められた石畳の上が血で濡れていく。
兵士たちは……街の中を逃げ惑うのだった。
*
「ガハハハ……街の中をうろちょろと走り回りおって」
壁から降りた兵士は大通りに出る。大通りは混戦となり。味方敵が入り乱れる。
しかし、少しずつ帝国兵は敗走を始めた。
亞人との力量差に負けていくのだ。
精強オーク族、獣族からたった1種族だけ抜け出し繁栄した種族は訳が違ったのだ。
「野郎共。人間を陣に担げ、仲間もな」
仲間は供養のために。敵は予備の食料のためだ。都市の食品はみな燃やした。
オークは雑食。味方も食ってでも生きる汚れた行為を行ってきた。
しかし、それを恥ずかしく思うことはなかった。
ネフィア女王陛下も口にした。そして、それは英雄を繋ぎ、内に仲間や同志と共にする行為。
「私の中に仲間の英雄血が巡っています。私の中で英雄は一緒に歩んでくださるでしょう」
誰もが何故か……そんな声が聞こえた気がするのだ。
忌むべき行為を咎めず。受け入れたのだ。
*
壁の上から西騎士団長は苦虫を潰したような顔をする。傭兵の弱さに嘆くのだ。
「兵がみな、逃げ惑っています!! 西騎士団長!!」
部下の一人が報告に上がる。
「……くっ。都市内戦は向こうが上か。仕方ない!! 門を一つでも抉じ開けよ」
「それが……門は砂や木、岩などの瓦礫で塞がっておりまして……すぐには」
「……退けさせろ」
「はい」
命令を聞いた騎士がそそくさと持ち場に戻る。そして、西騎士団長は中央を見た。
岩が積めあげられ、木などの杭が刺さり、如何にも防衛用に陣が作られていた。
「……そういうことか」
都市は広い、故に護るのを諦め……少数だけで護れる砦を都市の内側に作ったのだ。
外壁より低いが、低すぎる訳でもなく攻城搭も入らない都市内部。
多くの建物がまるで森の木々のように重なり狭い道。
「これは……亞人の浅い知恵でよく考えましたね」
「北騎士団長……」
「ちょっと様子を見に来たら……厄介極まりない。土地を知り、少数だけで戦闘が出来るように考えられています」
北騎士団長がゆっくりと分析をする。そして……一言言い放つ。
「傭兵に外壁から建物を崩させよ。そして金品は全部渡すように命令をお願いします」
「………すべてを燃やす気か?」
「もちろん。すべてを奪い燃やすつもりです。再利用が出来ないほどに。あまりあんな程度の兵で時間を潰したくはありませんから」
魔王らしきものは居ない事を知る。北に逃げられていることを知っている。馬の蹄から数人しか逃げておらずその一人なのが予想がつき、追いかけても尻尾は掴めないでいた。
北騎士団長は外壁を降りる。残っている将を誉めながらも……その将を消し去れる事に喜びを感じた。
「切り札の1枚……消し去れますね」
「忠誠心は高いだろう。しかし……魔王はただのお飾り。他をゆっくりと消せば連合都市のように弱体化する。そう、これが精鋭なら……今、増員出来た兵はこれだけ」と言う。そんなことを騎士団長たちは考えるのだった。
*
「オーク族長!! 火を放たれ、建物や扉を壊し始めました………」
「……」
「ここも時間の問題です」
「……壊れるのを待つつもりはない」
「っと言いますと?」
「今日は何もないな………明日全軍で出る。用意をしろ」
「……かしこまりました」
天幕の中でぶどう酒のコルクを抜くオーク族長はそれを一気に飲み干す。
「今ある食料を全部食っていい。残りは燃やせ」
「はい」
「最後の晩餐としようや」
オーク族長は無くした片腕を撫でる。そして、笑みを深めるのだった。
*
突貫工事で作った即席の傾いてる杜撰な攻城搭を残し、門を抉じ開けた帝国の傭兵は都市内部で暴れまわる。門から馬車を乗り入れて片っ端から金品を奪い。取り壊していく。
これでもかと金目の物を乗せ、城の外へと運び出した。
その結果……用意していた馬車一杯に積まれた物が列を成して帝国へ向かっていく。
先に勝利品の持ち帰りを行ったのだ。噂も流す。労せず儲かるため……人が集まるのだ。
騎士団達も用意した馬車に乗せ自国に持ち帰れと指示を飛ばす。
目の前の敵に目もくれず、ただただ欲に溺れた。
そして……それが何日も続き。相手が出ないことを知るや好き勝手に暴れた兵たちがゆっくりと牙を向ける。
「西騎士団長どの、傭兵がみな用意ができたのこと」
「そうか。たらふく肥やしてくれたお礼をせねばな!! 旗を掲げ魔法を撃ち込め!!」
騎士団は知る。相手に魔法使いは居ないことを。故に魔法を禁止する呪文をやめ攻勢に参加させた。
帝国旗が掲げられ岩や木で出来た壁が砕けて燃やされて行く。
抵抗もなく……崩れていく。
しかし、その中でゆっくりと燃え上がる門が開かれた。
中の天幕や住宅は燃え上がるなかで……武器を構えたオーク族長トロール族長がゆっくり前へ動き出す。
「敵が出てきます!!」
「応戦!! 槍兵前へ!!」
「グオオオオオオオオオオオオオ!!」
蛮族の王は叫びながら先頭を切り……皆が後に続く。
下された命令は1つ。
少しでも多く……帝国兵を道ずれにしろだった。
*
敵の中心で片腕の大剣を振り回すオーク族長デュナミスは時がゆっくりになるのを感じた。
多くの槍兵を槍ごと凪ぎ払い、魔法使いの猛攻をその身に受けながら……前へ前へと進む。
猪の亞人である彼は引くことを知らない。
いつだって、何度だってその力で全て切り払ってきた。
戦いながら過去を思い出していく。
色んな種族と土地の奪い合い、殺し合い、だまし合いをしてきた。時に囲まれたがオーク族だけでいくつもの苦難を乗り越えてきた。
他の亞人を食い殺しながら。恨みを買いながら。
ザシュッ!!
「ぐふっ………おおおおおおお!!」
「う、ぎゃあああああ!!」
槍が腹に刺さり、それを掴み兵ごと投げ飛ばす。刺さったままの槍をそのままにし前へ前へ……進んだ。気付けば周りに自分以外は居ないことに気が付く……ついてこれなかった訳ではない。
妻もみな………あのトロール族長さえ地に伏していたのだ。
「………ククク」
笑みが溢れる。これでいいのだと。
オーク族は嫌われの種族。それの代表者である。多くの者が死を望んだだろう。
多くの罪を重ねてきた。和解なぞ出来ぬ程に。多くの敵を作った。故に本来は……いつか全員に潰され消える運命の種族だっただろう。
「あと一匹……お前……行けよ」
「ま、まて……全員でやろう!!」
槍が全周囲から構えられる。魔法使いはすでに休むために消えている。
「くくく……まだ、まだ倒したりない」
そう、まだ陛下に恩を返せてない。
オーク族長デュナミスは……感謝していた。
全ての敵であるオーク族の未来を変える事が出来たことを……恨みを自分一人に向けて背負い死ぬことが出来ると。
「おおおおおおお!! ぐふっ!?」
槍が投げられる。それを振り払おうとした瞬間だった。手に槍が刺さり……動かせなくなったのだ。
そして……全身に槍が突き入れられ。血が石畳に染み込んでいく。
「やったぜ!! 俺が首級をもらう!!」
「あっ!! 抜けかげはよせ!!」
オーク族長は……痛みを感じず……眠気に襲われた。ゆっくりと目を閉じ。祈る。
1つ、族の繁栄を……2つ……英魔の勝利を……そして太陽の女神に感謝を。
冷たくなる体を感じながら。
……
…………
カーン……カーン………
眠気の中で鐘の音をオーク族長は聞いた。鐘は壊れた筈だ。
アーアーアー
眠気の中で聞いたことのない聖歌が聞こえた。ここにはそんなのはいない。
「………魔族は魔の物? いいえ……そんなことない」
ハッキリする意識の中で女王陛下の声が聞こえる。女王陛下はそんなことを言ったことはない。
「英魔……それは……英雄の輝ける力を持った種族なり」
手が、足が……動く。冷えた体に内から燃えるような熱さを感じた。
目開けると恐怖の表情をした帝国兵が見えた。体が軽く感じ、切り落とされ失った手が見えた。少し赤く燃え上がる手を見た瞬間にオーク族長は笑みを浮かべた。
周りには同じように立ち上がり剣を握り直す同志が見えた。
武器が炎を纏い、まるで誰かの武器のように燃え上がる。
女王陛下の力、英魔の力………そう我らにはまだ光が残っている事を。皆の耳には確かに聞こえる。
聖鐘の音が、聖歌の声が。
「………」
オーク族長の刺さった槍が抜け傷から火が溢れる。
炎の大剣をかざし……叫んだ。
「アアアアアアアアアアアアアアアア!!」
同調するように仲間とともに目の前の敵を凪ぎ払うのだった。身を焦がすほどの熱を持って。
*
「西騎士団長!?」
一人の傭兵の代表が現れる。血相を変えて先に帰ろうとしていた騎士団長は振り返った。
「なんだ?」
「……そ、それが。死んだ筈の敵がぞ、ゾンビに」
「ネクロマンサーだと!? 急遽魔法封じの大魔法を唱えさせろ!!」
「……………」
「どうした!? さっさとしろ」
「……申し訳ありません……それが全く効果がないのです」
西騎士団長は急いで前線へと仲間の騎士と共に向かう。そして、逃げ惑う傭兵や兵士を掻き分け……その姿を見た。
傷がつこうとそこが焦げ、そして塞がり。炎の武器や炎を一部纏い……繰り広げられる虐殺を。西騎士団長は騎士に命令を飛ばす……全軍に攻撃通知を。敵は生きていると。
「……化け物め!!」
騎士団長は舌打ちをしたのだった。
§最後の火
オーク族長は剣を振りながら己の最後を感じていた。
燃えるように内から沸く力は何を糧にしているかもわかっていた。
身を焦がすほどの熱さは長くは続かないことを。
だが、その熱があるかぎり敵を倒そうとする。親方の姿はない。
「……トロールの親方は何処だ……」
同じ仲間が炎を纏う武器で帝国兵を倒してく中を探す。
「………まだ寝ているか。トロール族長さんよ!!」
悪態をつきながらも。オーク族長は最後の時がやって来る。
グラッ!! ガシャン!!
唐突に体が重くなる。いや……軽くなる。
内の熱が引き……ゆっくりと冷えていく。
武器の炎が消え、オーク族長たちは倒れていく。
逃げ惑う帝国はチャンスと思い迫る。オーク族長たちを突き刺そうとした瞬間それが起こった。
*
己は……何処にいるのかわからない。暗い底、何もない場所で横に寝ていた。
死後の世界というのはわかる。多くの槍に刺されて倒れたのも理解している。
しかし……何故かゆっくりと暖かく感じた。まるで太陽に当てられてるような暖かさだった。
目を閉じていたのだろう事がわかる。眩しい光りが瞼の裏を焦がした。
何処か風に花の匂いもする。
「オデ……ナニガ?」
目をゆっくりと開けた瞬間に………言葉を失う。
風に金色の紙を女王旗と共に靡かせ、純白の白金鎧に身を包み、大きい白翼を伸ばし、緑に輝く聖なる剣を突き刺して仁王立ちするネフィアが居たのだ。
荘厳な鐘の音。女声の歌が聞こえる。
雲の隙間から太陽が覗かせて彼女を照らす。
陽に照らされなが真っ直ぐ目の前だけを見る女王の風格に……目を奪われそうになり……多くの視線を感じて女王の目線の先を見る。
見た瞬間、驚き声がでなくなった。英魔の軍団が一斉にこちらを見ていたのだ。
見たことのない数の英魔たちが多くの旗を掲げる。そして一人一人の亞人たちがひれ伏し、胸に手を当て……忠誠を誓う騎士のように祈り始める。
物音しない状況にトロール族長は目を女王に向ける。
彼女はゆっくりとトロール族長に向き直り……剣を持っていない右手を差し出す。
トロールは手を伸ばす。美しいその姫の手に触れた瞬間だった。
「いつまで寝ている。トロール族長!! 目覚めろ」
オーク族長の声が聞こえたのだった。
*
逃げ惑う帝国はチャンスと思い迫る。オーク族長たちを突き刺そうとした瞬間……帝国の兵士たちは動きが止まってしまう。
それは恐怖だったのか……それとも何かを察したのかはわからない。
ただ、ただ……兵士たちは動かない者たちを見ていた。
そう、ゆっくり小さな火の流れのような物がある一ヶ所に集まっているのだ。
連続で起こる不可解なこと。
火の流れが無くなった英魔の遺体は……ゆっくり白くなり崩れて砂となって風に流されていく。
ガシャン!!
一際大きい巨人……トロール族長が起き上がる。醜く太っていた体は引き締まり。身長と同じように近くに転げていたオーク族長の黒い大きい剣を掴んだ。
「オデ………オレハイッタイ………ああ。そうか……これが………あの方の……そして………皆の」
剣を地面に差し、跪きゆっくりと祈る………黒き剣に炎を纏わせた。
「……覚悟しろ。最後に立つは………我トロール族長トロールなるや……」
身を焦がすほどに炎が傷を癒す。立ち上がり剣を地面から抜き……振り回して構え治した。
「トロール族長……最後の灯火……参る」
トロール族長が跳躍する。帝国兵士たちは振り払われた剣の炎に飲まれた。トロール族長の足跡は燃え上がり………跡を残していく。赤く溶ける石が続く。
誰も武器を捨てて………逃げ惑うのが再開されたのだった。
*
帝国の天幕、騎士団長たちに初めての悲報が聞かされた。慌てて天幕に入ってきた西騎士団員が声を荒げて報告する。ちょうど6番隊長トラストが相席している時だった。
「ほ、報告します!! 帝国の……西騎士団長戦死」
天幕の下で……皆が驚いた表情をした。
「て、敵の死にものぐるいの抵抗に……戦死しました」
「いったい……どう言うことですか?」
事の顛末を話す。死んだ筈の兵が生き返ると言う嘘のような真実に……皆が死霊術を思い浮かべた。
しかし……それとは何か違うと生き残った騎士は言う。北騎士団長が質問する。
「西騎士団の被害は?」
「数十名ほど………」
「本体は私の北騎士団に合流。南騎士団1番隊長……行けますか?」
「俺が行きましょう」
北騎士団長の声を遮り。トラストは声を出した。
「魔物狩りなら………俺の方が得意だ」
「6番隊長……なら頼んだ」
1番隊長が命じ、6番隊長が天幕を後にした。
「………南騎士団の豪傑が相手です。火消しには十分ですね」
騎士団長たちは何があったかを……再度確認し合うのだった。
*
トラストは部下10人を連れて馬を走らせる。相手は一人と聞いていたためと。強者の匂いがしたからだった。
一人で千を相手に出来るなら。少数で腕の自信のあるものだけで向かうべきだとトラストは思う。
余波で無駄死にするために。
だからこそ……一騎討ちを行おうと考え戦場につく。
門から入った大通りに……一人の大きな大きな巨人が山となった死体の上で座り。傷からは血は何故か流れていなかった。焦げ臭い臭いが充満し、黒焦げた死体が転がる。
巨人が座れるほどに積み上がった死体にトラストは眉を歪ませた。他の帝国の兵士は違うところへ逃げたのだろう。たまたま……こっちに逃げてきた者は全て殺されたらしい。
「……来たか……新しい将が」
ユラリと大きな巨人が立ち上がり。トラストは………動けなかった。
油断したと言ってよかった。トラストの大きな武器は馬上では不向きであり、抜くのは遅くなる。故に目の前に大きな巨人が燃える剣を振り抜くのに間に合わない筈だった。
ザクザクザクザクザクッ!!
「トラスト隊長危ない!!」
「トラスト先輩!!」
「隊長!!」
つれてきた。兵士たちは騎士槍を持っていた。それを構え、トラストの前に出て飛翔した巨人に突き刺したのだ。トラストの鍛えた騎士の鋭い突きに巨人は串刺しになる。黒き剣が手から落ちた。
「……あと一歩……届かぬか……」
「喋られるのか……」
トラストは驚きながら巨人を見る。
「最後に名を聞こう名のある将よ……我はトロール族長トロール」
「トラスト・アフトクラトル。帝国南騎士」
串刺しにされたままトロール族長が声を出す。
「トラスト……帰って言え……この先進むなら覚悟しろと………」
トラストは目線を逸らさない。
「お前らが相手にする。我らの姫は………強い……それは……陽のごとく」
サラッ……
トロール族長の体がゆっくりと白い砂になり、風に流されていく。
「覚悟しろ………この先は……地獄ぞ」
サラ……
トロール族長が一瞬にして砂になる。トラストは……皆に「帰るぞ」と言い。今さっきの光景を目に焼き付けた。
「……胸騒ぎが収まらんな」
黒騎士だったトラストは今までの戦争より苛烈な物になることを勘で察する。そして……今の事を話そうと思い……帰還を上申する事にしたのだった。
*
「ん? 待って」
「どうしたネフィア? 早く行くぞ……都市インバスはあと少しだ」
「そうです。追っ手が来るかもしれません」
「………声が聞こえた気がした。皆の声が」
「ネフィア……振り向くな。前を見ろ」
「うん。何度も言わないで……でも私は振り向くよ」
「どうしてですか? ネフィアさん?」
「振り向いたら………いつも背中を見てくれてる人がいる気がする。そう……彼等は見ている」
「………そうだな」
「そうですね」
「行こう!! 彼等が稼いだ時間を無駄には出来ない………無駄にしてはならない!!」
ネフィアはドレイクに鞭を打った。真っ直ぐ前を向いて。
§占領する帝国騎士
「……無理ですか」
帝国騎士団は占領した都市に補給品を運び込み、無事な建物を借りて会議を行う。その場に呼ばれたトラストはため息を吐く。
トラストは正直に話をした。そして撤退を進言した結果は……棄却される。
「南騎士団の英雄様は腰抜けか?」
「ふぅ……引いてよいぞ」
「すまない。トラスト……引いてくれ」
北騎士団長と東騎士団長が呆れて話を聞いてくれず。トラストはそのまま挨拶することなくその場を後にした。
「……にしても厄介ですね。殺しても短時間だけでも生き返り戦う魔法は」
「対価はなんだろうな?」
「肉体が消える所を見ると……肉体を糧にしているのかもしれません。一応心に留めておきましょう。あの……南騎士団のトラスト殿がビビる程ですから」
北騎士団長と東騎士団長は彼の武勇等、高く評価していた。そう……南騎士団長は彼になると二人は予測していたのだ。
しかし、多くの理由でそれは無くなった。息子の白騎士団壊滅の引き金。南騎士団員だが黒騎士のスパイを明言。私設6番隊長の就任。そして、あまり上を目指す気のない事を胸を張って言い張る。トラストは今の状況が望むと言う変人だった。
帝国一の愛妻家の逸話は有名であり。忙しい仕事は帰りが遅くなり嫌がるし、南騎士団に忠誠ではなく。奥さんを姫として忠誠を近い。分かりやすく、黒騎士の時よりも武勇が上がり、黒騎士1番隊長を倒せるほどだ。故に御しにくい騎士であった。
「まぁ~彼は変わり者ですが。それがなければ……」
「逆にそれがあったからこそ……南騎士団を警戒せずに済んでいるだろう」
「そうですね……では、情報をまとめましょう」
戦闘の情報を集めた上層部は唸る。確かに被害は出たが騎士にはそんな大きな被害は出ていない。故にそこまで驚異とは思わないのだった。そして、決まる。進軍を。
「この大きい都市を足ががりに北へ向かいましょう……次は捨てられた者の街ですね」
北騎士団長は出発時期を定め、その日は会議は終わったのだった。
*
トントン
「トラスト入るぞ」
「どうぞ」
何処かの誰かの宿の寝室を借りた一室でトラストは手紙を書いていた。1番隊長はため息とともに昔から変わらない親友に対し安心感を得る。
変わらないと言うのは芯があると言うことだ。1番隊長シュテムはいつもそれに助けられる。
背中に居るだけで頼りになるのだ。
「また、奥さんに宛てる手紙か?」
「ああ。書かないのか?」
「そこまで豆に書けないぞ」
椅子を引っ張りシュテムはそれに座って唸る。
「……黒騎士からの応答は?」
「そんなすぐには返信はこない。援軍要請はした」
「はぁ……お前が1番隊長になれば良かったものを……」
「毎日言うな。そんなに嫌か?」
二人っきりのときは昔からの口調に戻る二人。
「目の前の騎士団長の腹の探り合いは胃が痛くなるよ」
「英傑二人だ。そうだろうな」
トラストは良かったと笑顔になる。あんな面倒ごとはしたくないなとシュテムに表情で表した。呆れるシュテムは頭を押さえる。
「……この先どうなる?」
「苦戦を強いられる。騎士団長たちはあんな数と言ったが……強い。数が増えたら勝ち目があるかわからない。しかも、相手に有利な土地だ」
「そうだろうな……しかし、魔王は停戦の手紙を送り続けてるぞ? 今日は2通だ」
一枚、国印された手紙を出し見せつける。もう誰も読まなくなったものだ。
「……妻が会っている」
「知っている」
「陛下も会っている」
「……知っている」
「あの陛下が『大絶賛した』と聞いていた」
シュテムは眉を歪める。
「本当に弱いのか? 俺は演技に見えるよ……」
「………現に敗走してる」
「そうだな」
トラストは唸る。勘が警鐘を鳴らし……彼を不安にさせた。
運が悪いのは彼はただの番隊長。本来騎士団長の席に呼ばれることはない人物。
そう……二人には決定権は持ち合わせていなかったのだった。
*
ネフィアは都市インバスについた。ついた瞬間……族長セレファと話をした。「お疲れ」と言うことで宿を借り、旅の汚れを流した。
トキヤに謝り先にベットに倒れると……すぐに気絶するように夢へと落ちた。
落ちた先だった。
オーク族長たちの最後の抵抗を夢見ることが出来たのだ。
勇敢な勇姿に胸が熱くなり……最後の力を使い果たして皆は風になる。
その姿を私は全て見ることが出来たのだ。
そして………二人の声が聞こえた。
「ばか息子を頼んだ」
「オデの子も頼んだ」
「オーク族長に……トロール族長……」
二人が肩を並べて私の頭を撫でる。トロール族長は太った姿ではない。引き締まった体だ。
「長く生きろよ。若いからな」
「そう、オデ達より長く生きろ」
「……しかし」
「死ぬ気でやるのはいいがな。会うのは当分先でいい」
「……先に生まれ変わってしまうかもしれません」
「なら、俺はもう一度魔族として生まれたい」
「同じく……頼みます」
私は二人を見た。誇り高い戦士が私にお願いしている。「英魔族に生まれてよかった、次も英魔族に」と。
「そうですね、また英魔族に生まれ変わる事が出来るように祈ってます。今度は平和な世であることを。ありがとう……そして……また会いましょうね。いつかどこかで」
ネフィアは頷く事しか出来ず。手を伸ばすこともしなかった。
ただ、ただ、二人の英雄に頭を下げるのだった。
*
次の日、起きた私は夢を思い出しながら。トキヤを見た。
「ネフィア起きたか? ほらハンカチ」
「……ありがとう」
私は泣いていたようだった。受け取ったハンカチで涙を拭う。
「ごめん……ありがとう」
「何の夢を見たんだい?」
優しく撫でるトキヤに夢の内容を話す。すると………
「そうか……」
ただ短く。納得する。深くは言わない。ただ認める。
「……親しい人が死ぬの……何度目でしょうか?」
「別れはある。だけど……それは俺らが生きているからだ」
「そうですね。悲しいのは……良いことなんでしょうね。惜しまれる生き方をしたいですね?」
「……そうだな。惜しまれる生き方をしたいな」
優しく頷き会い。私は立ち上がる。
「トキヤ……この後の予定は?」
「ネフィア。セレファ族長が会わしたい人がいると言っている」
「それは誰?」
「名をブラッド・クドルシュチル。銀色の髪を持つ狼女だよ。2つ名は銀髪鬼……」
「捕らえてた人よね」
「脱走したってさ」
「………それは会わせると言わない」
「そうだろうな。でも、会いに行くんだろ?」
「そう。全てを利用しないと勝てないからね……」
私は鎧を着る。勘だが相手は何か良からぬような気がするために。
「どんな人か聞いた?」
「人の形をした狂犬」
「理解した。首輪つけないとね」
これは非常に厄介そうだった。
§都市インバス。銀髪鬼と女王陛下
「女王陛下……申し訳ありません」
気持ちを切り変えて向かった教会の礼拝堂。その中心で吸血鬼のセレファは頭を下げた。牢屋に止めておいた銀髪鬼が逃げてしまい。結果、大騒ぎらしい。首都に戦力を割いたために残っているのごく少数。討伐にも行けないと言う。
「別に謝ることはないわ。結局、人狼側と教会側は和解してないのでしょう?」
「いえ、和解は済んでいますが……一部の勢力は反発しており。その先方があの銀髪鬼と言われる女性なのです」
「ブラッド・クドルシュチェル。名があるけれど………」
そう、珍しい。名前があるのは多いが家の名前がある者は魔国では変わっている。種族名が入るのが多いためだ。
「クドルシュチェル家と言うのが元帝国の貴族家であり……人狼となってしまい追放され。流れ着いた者達です。私とは違った元人間ですね」
「……でっ、そのクドルシュチェル家の本拠地は?」
「都市外れにあります。固い黒石の屋敷です。昔からタカ派で味方も殺すほどに残忍な家でした。まぁ暗殺稼業が得意な人種ですね」
「トキヤはしってる?」
「知らない。俺は暗殺が得意だが暗殺者だったことはないぞ? 一応黒騎士だった」
「そうだっけ?」
夜襲くそ得意なのに。こだわりがあるのだろ。
「まぁいいや……私が直接伺……」
「ネフィア危ない!!」
ヒョンヒョンヒョン!! カン!!
私の体を掴みトキヤが庇う。彼の鎧に金属音が教会に響いた。セレファは声をあげる。門の前に立っていた衛兵が大慌てで敵を探す。
「衛兵!! 逆賊です!!」
「どこだ!! どこに!!」
「ネフィア……大丈夫だな。離れろ……敵だ」
「もっと~抱きつくの~ん~」
「敵前!!」
「はっ!? トキヤの庇い行動に体が勝手に………ん?」
私はなんとなく離れてある場所に手甲を叩きつける。
スカッ
それは空振りをするが私は驚き乱れた呼吸音を聞いた。
「トキヤ……見えないね」
「……ネフィア。背後に居たみたいだが見えないな」
「トキヤ、わかる」
「まて……」
私は目を閉じるトキヤを守るように剣を抜く。
「見つけた!! そこだ!!」
「どこ!?」
私はトキヤに向かって聞くがトキヤはすでに走りだし、どこかの空間を掴んだ。あまりの速さに私は自分が追い付けてない事を知って、弱体化を感じた。
トキヤが片手で締め上げ……空いた手で体をまさぐるように調べる。空中をニギニギしているのは何処か不思議だった。
「えーと……人型。見た感じ……ん?」
「……ん?」
ぬらっと姿が現れる。男の人だった。人狼だろうか。耳がないが人ではないのはわかる。
「存在感を薄くしても気が付いたのは認めてやろう……しかし、姉御は気付かなかったな」
男が唸る。その瞬間……
シャン!!
「ん!?」
私はしゃがみ、背後からの凶刃をさけた。運よく避けられた鋭い剣の間合いから転がるように身を離す。頭の上を刃が通ったのだ。
ヌラッ
背後に振り替えって目を凝らす。セレファもそれを見て驚きの声をあげた。
「銀髪鬼!!」
綺麗な令嬢だった。銀色の髪に黒いドレスがよく似合い。脇に白鞘と言う木の鞘から鍔がない刀を抜いた姿が妖艶に映る。その刀はきっとドスと言うだろう。
「ほう、うちの首への急所をかわす事ができるのね~」
妖艶に笑みを溢して刀をしまう目の前の女性にセレファは呪文を打つ準備をする。私はそれを一睨みでやめさせた。
「ええ、眼力やねぇ~。しっかり威圧できる程に鋭い。ダイガクのお礼に参りにタマを取りに来たら………中々、いい傭兵を雇うとる」
「……女王陛下。お下がりください。銀髪鬼を殺さなかった私の落ち度です」
「せやな~私が生きてるのは甘いわなぁ~じゃが……簡単にタマを取らせんで」
私は少し微笑む……と言うか笑いを堪えた。トキヤはそのまま男を捻り、気絶させる。そして私の隣へ移動した。どうやら彼は囮だったようだ。
「ネフィア……なんで笑いを堪える?」
「トキヤ……だってさぁー」
私は彼女に背を向けて二人でコソコソ言い合う。
「どう見ても極道とか任侠とかのそれよ!? 面白すぎるわ」
「いや、確かにどこから見てもそうだが。笑えるか?」
「絶対、吠えてくるよ。あんたらとか、こう~なんか絡んでくる感じで」
「まぁ確かに……笑える展開かも……」
ああいうのは異世界だけかと思っていたのだ。
「あんたら!! 人の前でコソコソ陰口かい!! 女王陛下ちゅうもんはそんな奴なのかい!!」
「「ぷっ……」」
「なにわろてんねん!! 人、見て笑うなんてええ度胸やぁ!!」
見た目、令嬢の極道に私たちは緊張が解れた。
「悪かった。あまりに………その……あれだったから」
「仕方ないね」
「おんどりゃ~ちょっとクドルシュチェル家舐めとらんか? 舐めとったら痛い目あうで?」
「ふぅ……銀髪鬼。いいえ。クドルシュチェル家ご当主。ご存知でしょうが……紹介を。我が名はネフィア・ネロリリス」
「俺はトキヤ・ネロリリス……」
「なんや……おまえら………うちはブラッド・クドルシュチェルや仁義を切ってきやがった……なぁ」
トキヤと私は並び頷いて頭を下げた。
「吸血鬼セレファとの抗争。その怒り、私の顔を立てて収めてくれませんか?」
「……ほう」
目の前の銀髪鬼が眉を歪ませる。ドスを構えたまま。
「赤の他人がこいつの喧嘩買うちゅうことか?」
「いいえ。セレファは私の倅。ええで」
「……なら、『何してくれる』と言うんや」
「ケジメを見せたる」
剣を取り出し、小指に触れさせる。どういう事がわかった銀髪鬼が驚いた表情をした。セレファと衛兵が集まって叫ぶ。
「「「女王陛下!?」」」
「ネフィア……今度は指を失うか」
「この場を治めれるなら安い。私の指はええ値段するで」
「……まちな!!」
銀髪鬼が近付く。そして、笑顔になった。
「お前ら、我が家のシキタリよう知っとんな……堅気がワイらの真似事せんでええ~あんさんの生き指はこいつらには勿体無い……綺麗な指やさかい」
「どうも、許していただきありがとうございます」
「まぁ……興が冷めた。ええで~それよか、ちょっと我が家に来なはい。中々楽しそうな奴さんと見る。ちと話さんかい?」
「いいですね。まだ日が高いですが?」
「なんや、気にすることない。すーぐ暮れる」
銀髪鬼が倒れている男を叩いて起こした。
「姐さん!?」
「おわったで、帰るで。セレファ!!」
「………」
「ええ、胆力ある組長や……今回、その顔免じて帰ったるさかい。大人しゅうせいや」
「ふぅ……傘下は嫌か」
「せやな。何度も何度も聞いたけど自由にさせてもらうわ」
セレファもやれやれと言った感じで私を見た。
「くれぐれも首に……気を付けてください」
「ふん、安心して。『取れるなら取ってみろ』と言うわ」
勇ましく返事をし私は機嫌が治った銀髪鬼についていくのだった。
§都市インバスの孤高の銀狼
家に上がらせてもらい、執務室で珍しい酒を戴いた。小さな木枠のお酒だ。人狼からは姐さんと呼ばれて子は一人娘がいるらしい。予定ではあの気絶した男が婚約者であるようだ。
「ふぅ~島を荒らすセレファにお灸据えに行ったら。もっと上のもんに会えるとはおもわなんだ。どこで、私らのシキタリを?」
「どこと言いますと~夢魔で夢の中と言いましょう」
「同じく。付き添いだな」
嘘である。知識としてある日を境に手に入れたのだ。生で見るとは思わなかったが。
「ふむ。まぁ~驚いたが所詮、堅気……聞けば夜に太陽を産み出し都市を救ったのは聞いている。まぁ~それでお前の下に下る気はしない」
「そりゃ~そうでしょう。パッと出の私が『下につけ』と言われたら断ります。セレファももう少し考えて物を言えばよいものを……」
「ふん、奴が都市を手に入れているも同然のこの状況ならいい手段だが。私には効かなかったな。前から細々とぬらりくらりとやって来た私らにはな」
「………今の情勢は?」
「知っている。憎き帝国との戦争中やろ」
「話が早い……交渉したいのです」
「ええで、聞こう。思うとこあったんや」
銀髪鬼が笑みを深める。
「帝国の足止めをお願いしたい……決戦は都市イヴァリースで相手の将のタマを取る予定です」
「なにかの画を描いとるわけか」
「それには時間が足りない。急戦を帝国は行っておりそれを遅くらさせて兵を整えての攻勢に出ようと思うのです。数を減らす目的でもある」
「ほーん……それで我らにも声をかけるちゅうわけやな……ワイらは仁義を重んじる。その仁義を捧げられる相手ならええんやが~」
「交渉といいやした。別に私に忠誠を誓わなくていい。何か……交渉といきましょう」
銀髪鬼が目線を下げ、木枠に入った透明な酒を口に含んだ。トキヤは酒をいただきながらうなる。旨いのだろう。
「東の国の酒はうまい。うまい話なら聞きたいが………せやな………私からの提案でええか?」
「いいですよ。叶えられるならなんでも」
「我らを……祖国に返してくれ」
私はハッとして銀髪鬼の顔を見た。悲しんでいると言うより憤りが見えた。
「ワシらはな……元人間……それが突然に狼になった。そして……ここに捨てられた。いつしか捨てた帝国に復讐できる日が来るのをずっとずっと待っておった。あんたが倒した悪魔に魂を売って手を汚しながら見ていた。そう……私はクドルシュチェル家に復讐したいの……元旦那にな」
沸々と溢れる言葉に。彼女に過酷な人生を思い起こさせた。ここまで登ってくるのにどれだけの苦難を伴ったか……私は想像することしかできない。
「復讐できる機会を与えましょう。そうですね……帝国に住まわれるとはどうでしょうか?」
「騎士団に狩られるぞ?」
「簡単に狩られるおつもりで? 帝国に住めるようにします」
「ほう……」
「住めるようになった場合……あとは知りません。好きにしていただいてどうぞ。復讐でもなんでもやりなはれ」
「…………面白い。そんな事が出来ると? 騎士がいる」
「騎士は弱体化する。裏で繋がればもっと便利になる。そう思わせるのも手です。きっかけを用意いたします」
銀髪鬼がクククと笑う。
「ええで……子孫、全員でのつとめは終わり。放免祝いが出来ると言うわけやな。ええでええで」
「ありがとうございます。クドルシュチェル家の組長さん」
「中々、胆力もったやっちゃ……ええなぁ」
クドルシュチェル組長が立ち上がり。一本の酒瓶を持ってくる。それの封を切り。何処からか持ってきた赤い盃をテーブルに置いた。
「言わんでも分かるな。堅気やめてもらうで」
「この歳で姉妹になるとは思いませんでした」
「あんたの名前借りたいんや」
「姉妹です好きにつこうてください」
「……おおきに」
赤い盃に酒が注がれそれを私は啜る。そして、私も注ぎ返し。その盃を戴いた。
「よう分かっとるの~スムーズや」
「そりゃ~わかってます。色々とね」
「約束じゃけん……な?」
「全員祖国に返します。任せてください」
銀髪鬼と約束し、その日はそのクドルシュチェル家に泊まるのだった。風呂も入り、酒盛りをして、仲間の死を愚痴り慰められたあと。酔った勢いでトキヤに全身脱いでもらっての二人での筋肉や全身観賞会も行い。小さい娘も紹介してもらい。無事に何事もなく夜が明けたのだった。
次の日、トキヤに尻を10発叩かれたが……クドルシュチェルの令嬢は爆笑して指を差す。印象深かった。人前でやめてよと。
*
「あー」
「姐さんお水です」
「すまんな……いつつつ」
「いいえ。久しぶりに笑顔を見ましたよ」
「そかそか……後は頼むで娘と二人で帝国を物にするんや」
「……姐さん?」
「私はちと……歳を取りすぎてな。若いのに任せるわ」
「………わかりました」
「ちと、出るで……セレファに挨拶してくる」
「一人でですか?」
「せや、あやつと戦争するつもりやない……ただ。立場をわからせる」
*
ランスロットは首都イヴァリースに明るいうちについた。多くの種族が入り乱れて工事を行い。一部は徹底した体力錬成を行っていた。空は竜が飛び交い、商業も賑わう。
都市の外にも多くの家やテント、天幕が立ち。難民達が生活している。
ついた瞬間に借り宿で族長として君臨する嫁には会わず。先にセレファ族長の婦人に会いに来た。理由はひとつである。
セレファ族長の部隊指揮所に顔を出すと。お人形の女性が座っていた。明るい場所では人形でしか動けないと聞いているので今は休んでいるのだろう。
「すいません……ランスロットです」
「………」
人形が顔を上げる。
「お休みの所で申し訳ない……姉上」
「………」
すっ!!
「あっ、ごめんなさい。今、憑依します」
壁の中から丸い幽霊が現れて人形に入っていく。人形が立ち上がりお辞儀をした。
「えっと……お仕事してましたの。ごめんなさい」
「そうですか……忙しい中……すいません」
「あの……なんでしょうか?」
「……僕の事は覚えがないでしょうか? インフェ・アフトクラトルさん」
昔の名前を呼んだ。
「えーと確か……そう!! ランスロットちゃん!!」
「そうです。お姉さん」
「大きいですね。もう……大人です」
さわっ
優しく頬を触れる彼女に僕は悲しい気分になった。
「おじさんはやはり……あなたをお捨てになったのですね………」
「ええ……父様には捨てられました。でも、素敵な出会いがあり満足です」
「……」
僕は昔、何も分かってなかった時に彼女が床に伏せているところに出会っていた。呪いのような病気に苦しめられており。亡くなったと聞いていた。そのあと……同じ名前の娘も産まれ………その名前を継いで忘れられた存在になる。
「姉さん。良かったです……一緒に帝国から捨てられた同士、頑張りましょう」
「うん、そうだ!! リディアさんとのなりそめを聞きたいですし~」
「いいですね。お教えします」
「ふふ、ありがとう。ランスちゃん」
ランスロットは軽い返事に後悔した。何故ならこのあと帰してくれなくなったためにリディアに会うのが遅れたのだった。
*
フラッ……
教会でお祈りを捧げていた吸血鬼が気配を察知し背後を見た。
「お前は……銀髪鬼!!」
「セレファ族長……こんにちは」
衛兵が守っている中を事も無げに侵入した銀髪鬼。セレファ族長は護身用の紅いナイフを構えておく。
「今日は見えるぞ」
「あら、今日は手加減してるわよ」
人狼の隠れる能力を警戒しながらの会談。
「そうそう……セレファ族長。結局あなたの下には入らない。でも、私が上なら許す」
「上なら? はぁ……冗談は……!?」
銀髪鬼が動く。セレファ族長はその動きに合わせてナイフを出そうとした瞬間。銀髪鬼の姿が揺らぐ。ナイフが刺さったように見えるが幻影であり、セレファ族長は後ろを見た。
ガシッ!! ダンッ!!
「ぐっ!!」
「ククク」
銀髪鬼が頭を掴み、地面に叩きつける。セレファ族長は銀髪鬼を睨んだ。
「私は嫌いな物が二つある。一つは温い酒……そして、もう一つはお前みたいなのが、さも当然のように私を見下す事だ」
「……見下すか……確かに見下していましたね。昔から」
「ふふ、しかし……これで形勢は逆転。私は自由にさせて貰う」
「……交渉。下につけばある程度……頼めるか?」
「……どうした? 狼風情と昔は侮ったのに」
「女王陛下と仲良くしたのだろう……契りも交わしたと聞いた。なら……上はお前らでいいさ。族長になるか?」
「…………」
銀髪鬼が離れる。セレファ族長はゆっくり立ち上がった。
「……最初から。そう言うつもりだったのだろう銀髪鬼」
「……食えない男だ。せやな、お灸添えてから言おうかと思った。ふぅ……そう言う事だ。セレファ族長そう言う……つも!?」
銀髪鬼が手を捕まれ………今さっき地面に叩きつけた男がひれ伏し。手の甲にキスをした。
「なっ!? なっ!? お、お、お、おまえ」
「クドルシュチェル家の綺麗な令嬢。このセレファは家に使える事を約束しますよ」
バッ!!
「気色悪い!!」
慌てて手を離し、ムッとした顔をする。
「ブラッドさん。自分は首都に行きます。好きにここを使うといい」
「……はぁ。わかった。最後にちょい今夜付き合いな」
銀髪鬼は頭を掻きながら空いた手の手甲を眺めた。何十年ぶりに久しぶりにドキドキし、まだその感情が残っている事を喜んだ。
人の心は残っていると。ほくそ笑む。
§都市インバスの銀狼
黒石で出来た壁の上に私は座る。肩に長年愛用したドスをかけながら。名前のない名刀。何処からか渡って来た刀。何度も鞘は変わりながらも中身だけは変わらない。
「夜は冷え込みますよ……ブラッド姐さん」
「ん……そうか」
隣に……長く付き添った部下に咎められる。口に葉巻をくわえるとすぐに火の魔法を唱えてくれた。
「すぅ~………はぁ……」
葉巻を肺まで入れ、遠方に見えた行進する火を見る。松明の灯りが一直線に伸び。道路を通って歩いてくる。
「あなたの故郷は?」
「……連合国のアクアマリンでした」
「祖国へ帰りたいかい?」
「祖国は……あなたと共にいるここです」
部下の男は後ろで直立不動で待つ。
「故に共に戦いたいです」
「すぅ……はぁ……」
松明に照らされながら葉巻を吸いきり。火を握りつぶす。
「そうかい……嬉しゅうこと言ってくれて感謝しとる。だがな~あんさんには生きて貰うで」
「姐さん……」
「あんたには帝国内に人狼を忍ばせる任を与える。娘をよろしゅうな。あれは私より良くできた子になるさかい」
「……姐さん。俺は!!」
シャン!!
「あんた……私の言うこと。きけへん?」
ドスを振り抜き、部下の男に向ける。脅しのように無理矢理聞かせようと私は睨み付ける。
「姐さん!! 死ぬ気やろ!! なんでなんや!!」
「ちょうど復讐出来る機会が生まれたんや」
「復讐なんか忘れてください!!」
「忘れる事はでけへん。沸々と沸くもんや……それにな……多くの命を奪ってきたんやで……今さら悠々自適に暮らすつもりはない」
「せやかて!!……それは!!」
「せやな。己を護るためや…………だが。恨まれ過ぎたら結局……邪魔もんや。いいや。お前には正直に話そうかの」
私はよっこらせっと立ち上がる。男の顔は悲しみで満たされていた。
「もう、生きるのに疲れたんや……苦しんや。身が焦げるようにな……熱いん」
「姐さん……ぐぅ……ずず」
「男の癖に女々しいやっちゃな……」
「俺は姐さんの事を……」
「しっちょる」
「なっ!?」
驚いた顔を笑い飛ばしながら、手でこれぐらい小さかったなと表現した。
「小さかった時から見てきたんや。ええ男になったでホンマ。だから……抱かせたんやがな」
懐かしい夜のままごとを思い出す。
「あれはあんたの娘や。体を許したんはあまりに必死で笑えたからな」
「!?」
「知らんかったやろ~でもお前以外とは寝てないで~せやから……あとは頼むで」
私はドスを納め、肩を叩き壁を降りる。暗い夜道をスペクター等を無視し。のんびりと歩くのだった。
*
私はトキヤとセレファ族長と共に都市インバスを後にした。残ったのは出る気のない亜人達だけであり、夜の事をよく知っている物達だった。
銀髪鬼が時間稼ぎをすると約束し、逃げるように都市を後にする。
「銀髪鬼をどうやって……従えたんですか?」
セレファ族長がドレイクを横につけて聞いてくる。指向性の魔法カンテラで道を照らしながら歩き。私は夜空を見上げた。
「捨てられた元人間でした。恨みがあると言い……一つ約束しました」
「なんですか?」
「人間の帝国に帰りたいとね。故郷に人狼を送る約束をしました」
「………確かに私にはそこは交渉できない分野ですね」
セレファ族長が溜め息を吐く。
「銀髪鬼はまぁ……度しがたい所はあります。あれは元人間。捨てられた事を覚えており。その事を忘れられない人だった……ここが故郷とは思えなかったから。昔は大人しい令嬢だったのかもしれないわね」
「……ふぅ。外者には厳しい場所ですね。あの都市は」
「………ネフィア。急ぐぞ」
「うん」
銀髪鬼とは少ししか会わなかったが、少し鬼と呼ばれるほどに努力した結果なのだろう。
復讐のために。
私もいつか……あのように……目の前にアイツが現れば狂るうだろう。
復讐のために。
*
早朝、陣を展開し黒石の大きい壁を眺める。壁の上には兵士はおらず重々しい威圧した雰囲気の中、ワイバーンの騎兵が偵察を始めた。
非常に高価な騎兵だが、遠征に間に合い追い付いてきた。たった数百の騎兵は数千の兵士と同じぐらいに高価だった。
ワイバーンはよく飯を喰う。調教も長い。
それに……飛べるだけで使い方がわからず偵察を任せるぐらいだった。
ドラゴンを使えばそのまま壁に侵入し暴れて倒せただろう。
まぁ……ワイバーン兵にある奴を乗せればもっと有用に扱えるかもしれない。そう、隣に立つトラストのような奴が壁にでも乗り越えたら。変わるだろう。
「不気味ですね」
トラストが双眼鏡で砦を見た。両翼には険しい山々があり、自然な壁として立ちはだかる。山の上にも壁があり。自然の要塞と思える程に攻めあぐねそうだった。
過去、数年前にネフィアが倒すまでデーモン達が隆盛した時代。多くの種族が攻めなかった理由でもあった。目に見えた悪逆非道を知りながらもあり続けることが出来たのだ。
「……こんな都市とは知らなかったですね。一番隊長」
「本当にな。守り側が有利になるのは決まっていたが……トラスト。どうする?」
南騎士団1番隊長シュテムは双眼鏡を奪い。同じように眺めた。
「……ワイバーン兵士にやらせてみればいいのではないでしょうか?」
「やめとけ……期待以下だぞ。トラスト」
「!?」
「!?」
背後から鈍重な声が響いた。仮面をつけ、くぐもった声の男に二人は顔をひきつらせる。
トラストは申し訳なさに。シュテムは一番恐ろしい騎士団長を見る目で。
「なんだ? 二人とも私を見てそんな顔をするなんてな」
「「黒騎士団長!!」」
「間に合ったようだな……いや。この大軍の行進ではその程度か」
「魔物や、なれない土地の行進ではこの程度です。黒騎士団長さま」
「そうか、トラスト……苦戦してるようだな。途中、追ってきた時に貰ったぞ」
黒騎士団長はトラストの手紙を見せた。
「自分が思うより先に援軍に来てくれたんですね」
「たった、200程度だがな」
「……黒騎士団長。南騎士団長に変わりお礼を言います。ありがとうございます。トラストさんが200人もいるのは心強いです」
「……」
「黒騎士団長?」
頭を下げて。反応がないことにシュテムは疑問になり顔をあげると。腕を組んで悩んでいる姿の黒騎士団長がいた。
「トラスト……黒騎士団に転属せんか?」
「はっ? ボケました? 黒騎士団長?」
いきなりのスカウトにトラストが鼻で笑う。
「嫁を手に入れるために交渉した結果です。もう戻れません。そんな不義を嫁に見せれませんし、黒騎士より……普通の騎士の方が王子ぽいです。姫さまがいいと言えばいいですが。この前断られたでしょう。黒騎士団長」
「……はぁ。ぶれないな。トラスト」
「芯は変わらずです」
「200人はトラストの部隊に入れる。いいですか? 1番隊長」
「え、ええ……」
睨み合う二人に気圧されるシュテム。
「私の目は最近、ダメダメなんですよ。未来有望だと思ったのがそうでもなく。いや……一人は今は魔王の軍門に下り……王配として敏腕を振るっているか。トラストお前の息子と一緒にな」
「そりゃー僕が育てた王子は屈強でしょう。姫を見つけて剣を振るうなんて父親冥利ですよ」
「一般の黒騎士だったお前が……外に出してもいいと思っていたら……ここまでなると予想できんかった」
「そうかい、そうかい……200名はさぞ屈強な黒騎士でしょう」
「………得物は小さくなり。お前のような大きい得物を振るう奴は減ったよ」
「……………」
黒騎士団の能力低下を知らされて。トラストは眉をひそめる。
「なぜ?」
「……黒騎士の中に離脱者が出ている。そう愛国心が薄い」
「……死を恐れるようになったか」
おいてけぼりのシュテムは溜め息をはいた。トラストはやっぱり規格外なのだと再認識し己の立場を譲りたくなる。
「シュテム先輩。まーた溜め息ですか?」
「1番隊長。トラストみたいな部下を持つと大変だな」
「有能だから俺と変われといつも思うよ」
「有能なのは僕の奥さんですよ」
3人がクククと笑いながら。騎士団長会議で話すことをまとめるのだった。
§日報②
いとおしい姫、アメリアさんへ
商業都市での事を細かく報告するよ。
もちろん我が帝国が勝った。報は届き……きっと皆が喜んでいる事だろう。
しかし……それは欺瞞と思える。
何故ならたった数百、数千程度の兵に西騎士団長がやられたのだ。それに占拠した都市の食べ物全部毒入りで大変な目に会ったよ。
だから、この手紙とは別に。自分の軍報を君にだけ伝えるよ。きっと帝国には嘘しか届いてないだろう。嘘はいけないからね。
僕たちの秘密だよ。アメリア。
ああ~そうだ。
この商業都市は今は藻抜けの空だけどきっと、多くの種族がいたんだろうね。部屋に小さい肖像画が飾られていたよ。
相手も家族はいる事を思い出させてもらったよ。まぁ、手加減はしないけどね。
そうそう、この都市から東に行くと火山地があり温泉が沸くそうだ。旅のオススメと言うガイド本を拝借。一緒に贈ったよ。
あとそうだな……聖典、魔王の運命書、覇王譚、童話、実話録。色んな本を拾ってそれも贈った。
これすごいのは全部が似た内容なんだよ。でも、細部や解釈が違い。聖典なんか嘘っぱちのように魔王を上げて崇拝しててちょっとビックリしたよ。それより優しい運命書も凄いけどね。
だけど、それらを読みあさってわかったんだ。君も会ったことある魔王は……皆が望んだ英雄なのだろうと。
否定もバカにもされている本もあったけど最後は肯定してあったし、なにより……何処にでも肖像画があった。
きれいな女性なのは知っている。
故に……恐ろしい。
こんなにも支持されている者が弱いわけがないと。
死んでも……戦おうとするほどに強い支持もある。
すまない。珍しく弱気だ。
次回はもっと明るい話題を用意するよ。
愛してる。誰よりも……トラストより。
*
女王陛下が都市にオーク族長、トロール族長を残し撤退。両名と以下兵士は英雄となりました。
黒き精鋭の影の者が最後まで確認した結果……一度倒れた者が炎を纏い。立ち上がり戦い続けたようです。
その勇姿は誰にも見てもらえなかったのが悔やまれるほどに素晴らしかったとの報告でした。
最後に皆の力の残りを手にしたトロール族長は姿を変えての戦闘で相手の将を倒すことが出来たそうです。泣きながら報告を聞き、彼は一緒に戦えなかった事を悔やんでいました。
潜入した同志の報告ですと討たれたのは西騎士団長との事。
敵はそのまま都市インバスまで進んできます。
そして……敵の編成がわかりました。それについても別紙でご報告します。
女王陛下は都市インバスを出ました。銀髪鬼と言われる人狼と接触し、何やら約束を行ったそうです。銀髪鬼が殿をつとめるとの事でした。
以上、報告です。陽の加護がありますように。
*
陛下へご報告です。
都市インバスを占拠しました。しかし、すぐに放棄し北へ即進軍しました。
*
「陛下は?」
「もう……3日も目を醒まさない」
「もうそろそろですか……」
「はい、そうですね……医者も……もう……」
§上陸作戦前編~歴史が動くその日~
スキャラ族長はまた、夢に呼び出されたことを知る。空には天高く太陽が登り、白い空間にガゼボがちょこんと立っていた。ウネウネとそちらへ向かう瞬間にバラの花弁が舞い、幻想的な赤いバラ園が生まれ、彼女を驚かせる。
夢だからこそ魅せれる。バラ園の幻想郷にスキャラ族長は彼女の姿を見つける。
白い鎧を着たままで傍らに国旗を置いて……椅子に座っていた。あまりの絵になる横顔に息を飲む。
「こんばんわ……スキャラ族長」
「こんばんわです……ネフィア女王陛下」
ネフィアは立ち上がる。旗を持って……そしてそれをスキャラ族長に突き出した。
「期は満ちました……掲げる日が来ました」
スキャラ族長はその丸められた旗をつかみ受けとる。受けとる瞬間だった。
軽いと思っていた木の棒と布だけである筈だった。
「んぐぅ!?」
掴んだ瞬間に……スキャラ族長は何とか落とさないように力を込める。
ズシッとした重さに驚いた表情をネフィアに向けた。
「……すでに。多くの者が旗の下で英雄になりました。トロール族長、オーク族長に都市インバスに残った住人も皆」
スキャラ族長は冷や汗をかく。今、そんなことになっていたのかと。
「旗を掲げてください。スキャラ族長……頼みました」
「こ、こんな重い……違う!?」
スキャラ族長は……旗が軽くなるのがわかる。そして、その旗をそのまま掲げることが出来た。
太陽を象った旗が何処からか吹く風によって靡く。
「私は各員、己が義務を果たさんことを期待す」
ネフィアが真っ直ぐスキャラ族長を見る。スキャラ族長はその目に答え。片手で旗を掲げた。目の前に一瞬、都市インバスや商業都市で散った仲間の勇姿が瞳にちらついた。
そして、その勇姿にスキャラ族長は勇気を貰う。
「陽に誓います!! 我ら!! 義務を果たさんことを!!」
スキャラ族長は大きく叫んだ。
*
「義務を果たさんことを!!」
バッ!!
「…………あれ?」
ベットの上で私は手を上げながら叫んでいた。一緒の部屋で寝ていたスラリンが起きて来る。
「どうしました? スキャラちゃん……」
「スラリンお姉さま………その……」
夢の中を思いだし。慌てて立ち上がる。
「スラリン大隊長!! 女王陛下から指令です!!」
「!?……内容は!!」
スキャラ族長の雰囲気に真面目な顔をするスラリンは聞く。いかなる指令かと。
「己が義務を果たさんことを期待する」
スラリンはそれを聞いた瞬間に急いで部屋を出る。そして、数分後……早朝に一斉に起床ラッパが鳴り響き都市ホエールは水面へと浮上するのだった。
都市ホエールの背中に大きな国旗を掲揚し、皆がその意味を知ることになる。
開戦開始だと。
*
浮上し、海面に出た都市ホエール。空は曇っており、所々大きく時化ている。波が激しくホエールの体に打ち付ける。暴風が吹き荒れ、いい天気とは行かなかった。
しかし、旗の棒は折れる事なく。旗を掲げ続ける。
その中で、兵士達が集まり。並んだ、暴風は魔法によって防いでいる。
「大隊長!! 登壇!!」
「気をつけ!!」
ザッ!!
暇な時間に訓練していた結果一糸乱れぬ動きで直立不動の姿勢となる。スラリン大隊長が一つ高い台場へと向かい上がる。
そして、冷徹な美少女は叫んだ。
「全軍、上陸準備を行う!!」
「やっとか!!」
「待ちくたびれたぜ」
「静かに!!」
ざわつく隊員にスラリン大隊長が黙らせる。
「我々は陛下から大きな任を請け負おった。我等が勝つためには絶対に成功させなければいけない!!」
隊員たちが息を飲む。
「なぜなら!! 我々を信じ!! 戦い続けている者たちがいる!! 我々の成功を祈り!! 先に英霊となった者たちがいる!!」
隊員たちは胸に手を当てだす。
「オーク族長は時間を稼ぐために最後まで戦った!! トロール族長はなんと相手の将を討ち取り!! 我等の勝利のために身さえ捧げた!!」
スラリン大隊長の言葉は嵐に負けずに海原に響く。
「我々は彼ら英雄に何を見せられる!! 恥ずかしい事など見せられない!! 同じ英魔とし誇りをもって!! この作戦を彼らに捧げる鎮魂歌としようではないか!!」
隊員たちの目の奥に何かが灯る。
「行くぞ!! 英雄の後に続け!! 解散!!」
スラリン大隊長の号令と共に兵士達上陸作戦の準備をしだす。そして……
グオオオオオオオオォッン!!
ホエール・リヴァイアサンが吠え、空間を震わせたのだった。
*
曇の中、建てた個人用の仮設住宅で南騎士団長は聞いた。
オオオオオオオオオオオ!!
「なんだ?」
空間を震わせるような雄叫びが海から聞こえてきたのだ。
「………」
長年の間が囁く。身が引き締められる重圧が海から発せられたのだ。
「……来る!!」
南騎士団長は敵が海からやって来る事を隊員に告げるのだった。
*
この日、帝国と英魔国の歴史に初めての上陸作戦とそれを阻止する戦闘が始まる。
そして……その戦闘によって。
大陸に激震が走ることになるのは……誰も知らなかったのだった。
そう……ある英魔の女王以外は。
ノルマン上陸作戦の火蓋が切られる。
英魔の女王によって。
§ノルマン上陸作戦後編~女傑四天王の誕生~
スキャラ族長である私はある旗を掲げる。無地に太陽を現した簡素な旗だ。それを手に曇天の空を見る。鳴り響く豪雷の下でその時を待つ。
「スラリン姉さん見込みは?」
隣の蒼い美女に作戦の正否を聞く。
「やってみないとわかりませんわ。だけど……やるしかない。向こうも浜に簡素な城壁を組んでる。予想通り」
「女王陛下はそれも予見していた……いいえ。わざと流した。理由はなんでしょうね?」
そう、奇襲作戦なら作戦を相手にバラす必要はない。
「……スキャラ。それは終わったあとに考えましょう。とにかく今は……目の前の敵を粉砕するのみ」
「ええ……そうね」
ダッダッダッ!!
魚人の戦士が私たちの元へ駆け寄ってくる。そして、跪き頭を伏せた。
「全軍、指定位置着きました。氷山空母ハボクック全艦発艦許可を」
「……スキャラ族長。命令を」
「命令を出すのは任せます。私は……海兵隊に混じります」
「族長!? しかし!!」
「スキャラ族長……あなた……」
「陛下はどうされますか?」
スラリン姉さんと兵士は沈黙する。
「海兵隊指揮は私が取る!! スラリン大隊長……陽の導きがあらんことを。次に会うのは大陸で」
「ふぅ、陸で落ち合いましょう」
私はゆっくりと二人の前で去ろうとし……
クニュ
ベチン!!
足を絡ませてコケてしまった。
「……」
「……」
「……うっ」
私はそのまま立ち上がり二人を見る。
「あのね。スキャラ……決まってると思ったよ……でもね……コケてしまうのはないわ」
「………では先に向かっております」
「……」
穴があったら入りたいと思うのだった。カッコつけたのに。
*
私は大隊長の任を任された。他に誰も出来る人はいないと言われて……渋々だった。
しかし……訓練し、同志、部下と親しく、厳しくしていくうちに。予想よりも遥かに自分が皆の支えになるのがわかった。
故に導かないといけない。目立つ色として赤く塗ったパンジャンに乗り込んだ。
「大隊長!! 前へお願いします」
第1氷山空母ハボクックに乗り込む。用意がされている空母はダミーも含め50隻に及んだ。
それにパンジャンとともに乗り込む。すでに命令はしてあった。
[英魔の義務を果たせ]
「揺れるんで、氷で固定します」
ガッシュン!!
魔法が使える船員がパンジャンを乗せていく。
「スラリン族長と共に戦える事を光栄に思います」
「スラリン族長と同じ船か!! 帰ったら自慢しよ」
「スキャラ族長!! 帝国なんぞ蹴散らそう!!」
多くの士気の高い声に満足しながら……後方で大きな喚声が湧いた。船員が話を聞きパンロットに話を初めた。
どうやら海兵隊を率いるため、士気が上がったのだ。勇猛果敢に戦うほど士気は上がるだろう。
「スキャラ族長が前線率いるってよ!! 後ろから来るから……俺たち失敗はできねぇな!!」
「おいよ!!」
「海の女ってやつ見せてやるんだからな!!」
なお、スラリン含め。スライム族に雌雄は無い。女王陛下と一緒であることにスライム族は誇りに出来る。勘違いである。
「よし、行くぞ!! 全軍発艦!!」
ゴワン!!
船体が大きく揺れ、後方に大きなパンジャン音と海を掻き分ける音が体に響く。
私を乗せた空母ハボクックを先頭に三角形で編隊を組んで旗を掲げる。皆はその旗にお祈りをしながら浜を目指すのだった。
*
海からの魔物避けに作られた簡素な石壁を補強し、杭も差し込み、バリスタも設置した砦の上で騎士団員が叫ぶ。
「なんだあれは!?」
「氷の船か!!」
カン!! カン!! カン!!
曇天の空、鉄の鎧を着た傭兵や騎士たちが鐘を鳴らす。バリスタを構え、魔法使いが呪文詠唱を初めた。
多くの多くの兵士たちも手にボウガンや槍を構える。
「氷の船でやって来たぞ!! 射程に入ったら打て!!」
騎士団員が叫び。攻撃の準備が始まる。
「なんじゃ……あれは……」
壁の上に上がってきた南騎士団長は得体のしれない敵を見る。氷の船だが……暗く遠くて見えなかった。帝国兵に緊張が走った……遠く数十の氷の船が恐ろしい速度で海を走ってくるのだ。泳ぐではない走る。
そして……射程に入り。鉄の雨と火の魔法による石の雨が氷の船に降り注いだ。
*
ジャアアアアアアアアア!!
「身構えろ!! 射程に入った!! 攻撃が来る!!」
ドゴーン!!
空母ハボクックに魔法が当たり屋根が砕け散る。しかし……パンジャンは無傷だ。壊れた先から人魚が魔法で補修し猛攻を耐えていく。その攻撃濃度は……訓練よりも薄く。遥かに優しい物だった。
「ははは!! 実戦の方が優しいとはなんだ!!」
「訓練の方が大変だったぞ!!」
帝国の攻撃を嘲笑う隊員たち。ここが戦場とは思えぬほど余裕の声。しかし、掲げた旗は千切れ飛んでいる。
弱い訳じゃない。訓練相手が悪かっただけのことだ。
「もう少しで乗り上げる!! 耐衝撃!!」
ズサアアアアアアアアアアアアア!! ガダン!!
船隊が勢いよく乗り上げる。スライム達がパンジャンを吹かした。
ガガガガガガ!! ガッシャン!!
「開ける手間が省けたわ……全軍!! 突撃!!」
目の前の氷が砕け散り目の前が広がる。スライム達は大隊長の叫びと共に浜に乗り上げバリスタや魔法の雨の中を突き進む。
*
「攻撃が効かない!?」
「どうすれば!!」
「降りてきたところを狙え!!」
砦の上で怒声が轟く。曇天の空のしたで氷の船が浜に乗り上げた。そして……中から馬車の車輪が転がってくる。
南騎士団長や他の者たちはその得体のしれない物に攻撃する。赤い車輪を先頭に走り……意志があるのか攻撃を避けていく。そして………驚くことが起こった。
ドゴオオオオオオオオオオン!!
バリスタを直撃させた車輪が大きな大きな爆発をしたのだ。その威力は上級魔法を凌ぐより遥かに強大な威力だった。
そして皆がそれの恐ろしさを一瞬で理解する。南騎士団長は叫んだ。
「全部!! 近寄らせるな!!」
攻撃は苛烈を極める。
*
「へっ……あいつ。先にいっちまいやがった」
「なーにすぐいく」
「すまねぇ……俺はここまでのようだ」
ズガアアアアアアアアン!!
1機また1機と攻撃で壊される。しかし……予想よりも遥かに少ない数の被害だけで浜をパンジャンが進む。そして……とうとう……
ガン!!
残ったパンジャンと赤いパンジャンが一列に砦の壁にくっついた。スライムたちは叫ぶ。
「「「「死に腐れ!!」」」」
パンジャンが発火し、膨大な熱と光と激しい圧縮した空気押し出し。大気を揺るがす大きな爆発音を響かせる。
あまりの大きさに……耳がキーンとなるほどだった。生きるものたちは一瞬、何も聞こえなくなる。
大きな爆発と共に……砦の壁は大きく砕け。パンジャンにくっつかれた場所はすべて吹き飛び崩壊する。
*
「壁にくっついた!! にげろおおおおお!!」
ギャアアアアアアアアアアアア!!
兵士達の叫びと爆発音が重なり。石が吹き飛ぶのか見えた。南騎士団長や他の皆もその場を離れる。雷の音のように激しい轟音と共に石壁が吹き飛び多くの兵士の頭に降り注ぐ。
南騎士団長は騎士に砦を離れ、陣を構える事を命令したが見たことの無い物と破壊力に呆気にとられ、万の兵士が遁走を開始してしまう。南騎士団長はグッとこらえ。全軍撤退を指揮した。
そして………それを聞き。南騎士団5番隊長以下1000人の騎士が大きな音でビックリし暴れる馬を捨て反転する。
「……殿は勤めます」
南騎士団員の騎士が盾を持ち……南騎士団長はそれにすまぬと一言伝えて。撤退を行う。
いつしか……空は明るくなっていく。心とは違い。明るくなっていく。
*
ズサアアアアアアアアアアアアア!!
浜に空母ハボクック十数隻が乗り上げ。中にいた海兵隊と言われるスキャラ族長以下の槍を持った兵士が浜に上がった。曇天だった空は晴れて周りは明るい。まるで……栄光が降り注いでいるように。
「全軍突撃!!」
オオオオオオオオオオオオオオオオ!!
浜を走り、パンジャンドラムで開けられた道を進む。目の前に騎士が盾を持ち応戦の姿勢を見せていた。爆発の中を生き残ったスライム達と数千の海兵隊が騎士へ畳み掛ける。
スキャラ族長が槍を構え、騎士と合間見えた。
「我が名はスキャラ族長のスキャラ・オクトパス!!」
声を張り上げて名乗り、ビタンと足で相手の盾に攻撃を加えていく。
気づけば皆が騎士と乱戦となる。陸では弱い海族だったが。パンジャンの爆発に触発され我こそはと死をいとわず畳み掛ける。これに騎士はたまった物じゃないと後退しだすが……数に物を言わせ、そこを突き騎士をどんどん打ち倒していく。
スキャラ族長は……冷静になる。
「深い追いするな!! 残った砦を制圧し、陣を組め!! 浜を我が物とする」
逃げる騎士を追いかけるのをやめさせる。そして、盾をもたず持ってきた旗を持って砦を登る。曇天だった空が晴れ……気づけば太陽が顔を出した浜。
そして、砦の上に旗を差し……周りを見た。
抵抗する者は居らず。魚人達の顔が困惑しだす。太陽の光がスキャラ族長に注いだ。
「………勝った」
スキャラ族長は……大きく叫び。皆が槍を掲げたのだった。
*
後退した南騎士団は落ち着いた兵士を集め陣を整え逆襲を行おうとした。しかし……偵察によってそれが無意味になる。
残っていた砦を奪われ……浜に氷の柵など。防御陣を構えていた。残ったバリスタや、兵糧さえもを一瞬で爆発させられている。
その1手2手先に動く亜人に南騎士団の決定は………
滅びかけの都市まで撤退だった。この日から……数日後。帝国首都に報が届き大混乱となる。
自分達が攻められている立場を帝国貴族たちは恐怖したのだった。
§ノルマン上陸作戦後、旧魔術第2都市戦前
スキャラ族長は制圧した浜辺で喜んで宴会している人達を見た。隣には今回の功績者スラリン大隊長とともに壊れず残った壁の上から眺めていた。
「スラリン姉さん……あれは?」
「ああ、昨日の戦死者です」
「戦死者……戦死者!?」
スキャラ族長は驚いて聞き返す。戦死者が生きているように見えたからだった。
「生きてる?」
「いいえ……遺体ですよ。なんでしょうね……遺体なんです、もう……でも最後まで戦いたい一心で起き上がった彼らだったんですが。向こうは全く何もせず逃亡しましたね」
そう、訓練ではネフィア女王陛下がまとめ上げての大攻勢によって敗北を喫したが。今回は何もなく少ない犠牲でこの場所と先の滅んだと言われる都市の地を手に入れた。今は短い休暇のようなものである。
「……祖国は強かった。だけど帝国は弱かった。しかしそれでも死傷者はでる」
魚人たちが飲み食いし、肩を並べる。しかし、次第に一人ずつ倒れて砂となり海に帰っていく。
「……最後の時間。仲間と共に……私たちに死の先を女王陛下は生んで下さったようです」
「……」
宴会している人達が減っていく。ゆっくり……ゆっくりと。消えた仲間に我慢できず泣きだす人もいた。
「……スキャラ。サボってるように見えるかも知れないけど。目を瞑って」
「全部の指揮権委託してるんです。何も知りませんし……英霊となる彼らに私たちは咎めるなんて馬鹿なことは出来ませんよ。はい……ハンカチかして」
スキャラ族長も我慢できず。最後の彼らを見て……もらい泣きをするのだった。
*
スキャラ族長以下の海族は都市ホエールさんを浜辺でわざと座礁させて浜に物資を運び、予定として大攻勢をもう一度行い。首都まで目指す予定である。
滅んだ都市位置にまで進出し簡易な陣を設けて作戦会議しているその時だった。
スラリン大隊長はある一団が迫ってきていると聞き慌てての防衛線を張る。数は100。全て騎兵だと聞く。
「……スキャラ族長。偵察ですかね?」
「旗はどんな旗ですか?」
帝国の旗はドラゴンの旗。確認を取ると全く違い。紫の色に盾の紋章だったらしいと聞き「招き入れよ」と命令を下した。
そして……招き入れ。布の天幕の下で代表の騎士が兜を脱ぐ。
金髪が靡き、女王陛下のように気高く綺麗な女丈夫が姿を表した。ハイエルフの女性に二人は驚く。
スキャラ族長は衛兵を下げさせる。天幕の下、スキャラ族長とスラリン大隊長とその女性だけになった。
「マクシミリアン領を治める。マクシミリアン騎士団長エルミア・マクシミリアンです。先の戦い見事でした」
頭を下げる女性に二人は慌てて跪く。女王陛下のご友人であるために。
「す、す、す……」
「スキャラ落ち着きなさい。私はスラリン大隊長。指揮を任されております。こちらはスキャラ族長です。おもてなしせず申し訳ございません」
「なんで跪ついたの?」
「女王陛下のご友人とお聞きしております。同じ位を持つ者と思います」
「……ネフィアさんは元気ですか?」
スキャラ族長が深呼吸し答える。
「苦しい戦いの中で頑張っております」
答えたエルミアはしゃがんでニコニコと笑みを二人に向ける。
「顔を上げてください。そんなに高尚な人物でもないですよ。それにいちいちそんなの大変でしょうし。無礼講で行きましょう。はい立つ」
二人は慌てて立ち上がる。
「ああ……本当に彼女。魔王になったのね……あんな子だったのにここまで……」
エルミアはうんうんと頷き。二人は顔を見合わせる。
「スキャラ族長さん。ネフィアさんから私について何かを聞いてますか?」
「マクシミリアンに頼りなさいと……」
「ふふ。そう……安心しなさい。私は貴女たちの味方です。戦闘での共同は会ったばかりであり足並みを揃えるのは難しい……なので支援物資を贈ります」
「それは!? 本当ですか!?」
「内陸の補給を任せてください」
「お、おお!!」
スラリン大隊長は感激し。スキャラ族長は手を上げた。
「内陸の補給とかどうしようか悩んでたんです。海なら得意なんですが」
「そうなんです……いいタイミングでした」
「あら、そうなの。ふふ……良かった。では細かな事。作戦でも私を混ぜてください」
スキャラ族長は背後に大きな大きな支援者を手に入れるのだった。
*
支援を受けられると言うことで。マクシミリアン騎士団が驚く作戦に出る。
帝国兵が籠る旧魔術第2都市の目の前にマクシミリアン騎士団の陣地が作られたのだ。
「あいつら……敵に向けて防衛戦を仕掛けようとしているみたいです」
帝国は予想外な援軍に歓喜した。しかし……数日後。マクシミリアン騎士団が単独で突撃すると言う報告が上がり、共同戦線を断っての暴走が開始される。その結果、マクシミリアン領に「敗走した話」が出回った。
帝国兵はマクシミリアン騎士団の敗走に恐怖を抱き。南騎士団長はその蛮勇を止められなかった事を悔いた。しかし……全ては演技だった。
マクシミリアン騎士団は支援で都市前に勝手に陣地と補給物資を置きっぱなししたのだ。
帝国はそれを見逃していた。マクシミリアン騎士団が味方か敵かの判断はつかづ。距離をとっていたのも幸いし。スキャラ族長以下部隊はその陣を奪い(貰い)。都市攻略の足ががりとすることが出来たのだった。
「上手く行きすぎて怖い」
スキャラ族長はそう言い残す。そして……都市攻略戦が開始された。
§スライム隊の都市略奪攻略
「スラリン大隊長。本気!?」
都市の前に陣を展開し。帝国とにらみ合いをしている中で作戦会議用の天幕の中。スキャラ族長が叫ぶ。
部隊長も参加していたため皆が同じ意見だっ
た。
「この都市を丸ごといただきたい!? 無理よ!?」
「そうよ。あの都市をいただくの」
スラリン大隊長は笑顔でいい放つ。
「皆は……第2の陸にある都市を欲しくないか!!」
それに、すぐに答えたのはスキャラ族長。
「ほしい。だけど……奪うって……」
「パンジャンは確かに破壊は得意だが……破壊後の城壁再利用は難しくなってしまう。それを使わずどうする?」
「それは考えがある。それに私たちにはその城壁組むノウハウがないからとにかくほしい」
元々、海の中で移動して住んでいたため。城壁は無用の長物だった。魔国の都市は作って貰った都市。自分達はまだ作る事は出来ない。
「でも……あの都市よ」
そう、大きい都市だった。旧魔術第2の都市である。他の部隊長も難色を示す。
「……女王陛下はあの都市で邪竜を葬った生ける伝説の都市。欲しくない? 私なら手に入れられる作戦がある!!」
「「「スラリン大隊長の作戦で行きます」」」
「えっ!? 皆!?」
スキャラ族長が手のひらを返す部隊長たちに顔を向けて驚く。
「では、スキャラ族長。作戦立案いきます」
「……うーん。まぁ皆がいいって言うし。好きにしてください」
スキャラ族長は意見に流されたのだった。
*
ザーザー!!
天幕が風でしなるほどの雨が降る日、スキャラ族長の作戦が開始された。
「……準備はいいか?」
「おけ」
雨のなかで黒い鉄の筒にスライム達が仲間によって押し込まれる。先にグレセリンスライムの一匹が押し込まれ。鉄板を挟んでスライムが押し込まれたのだ。
パンジャンにくくりつけられた砲が移動する。
詰められた鉄の筒を都市の上方へ向けるようにパンジャンが起動を修正した。その後にパンジャンにくくりつけられた筒が爆発する。
ドゴーン!! びちゃびちゃ!!
勢いよくスライムが雨のなかでぶちまけられる。パンジャンは後方へ反動で吹き飛び。大きい大きい筒から煙があがり転がっていく……その中からぬるっと燃え尽きたスライムの女の子が這いずって出た。それを慌てて介抱し。雨で洗う。
「スライム筒移動砲。次弾準備!!」
壊れた砲は破棄し、新しい砲で最初から同じ事の手順を繰り返すのだった。
*
ベチョ……ベチョベチョ
「うっ……痛い……」
「うぐっ!?」
「……あおふ」
スライムの女の子(正確には両性)の痛がる声が雨で消される。
都市の上方を雨と共に落ちて都市に侵入した。
「す、スラリン大隊長は?」
「別のとこ落ちたみたい」
「うぅ……腰が」
「腰ないよね?」
スライム達が冗談をいいながら姿を戻す。女の子の服を着た姿だ。今のスライム族の流行りである。
「にゅぅ……胸ちっぱい」
「逆に重い」
「……個人差でちゃうね」
ヌルヌルと雨の中をゆっくり進みながら……作戦を実行を目指す。
空き家からスライム達は剣と盾を手にいれた。現地で装備を整えて……門まで向かう。そう……雨の中で奇襲をするために。
*
扉の前にパンジャンたちが陣取る。その背後に海人の兵士が槍を持って待機していた。
それが都市を囲んで3方向、3部隊に別れている。今回は指揮はなく。とにかく暴れることを命令され……今か今かと待っていた。
「……スキャラ族長。遅いですね」
侵入したスラリン大隊長以下の部隊が門を開ける段取りだ。もしバレてしまっても……門が開ければこっちの物である。
天は味方し深い雨を兵士に当てる。
「相手の士気が落ちやすい雨の日。私たちはそうでもないけど……どうだろう」
スキャラ族長は槍を2つ持って待つ。泥々の平地で……すると。遠くの都市の門が開いた。
「きた!?」
スキャラ族長が驚いた瞬間だった。パンジャンドラムが勢いよく泥を吹き飛ばしながら門まで突っ切る。それに合わせて兵士が我先にと門に殺到した。
見張りは……スライム達に倒され。スキャラ族長は難なく門を潜れ時の声をあげる。
そして……その日、北側の門から騎士団は帝国までに逃げ落ちることとなる。
スキャラ族長は足かがりの都市を犠牲なしで門を開け。少数の兵士の犠牲だけで手にいれたのだった。
多くの人に見送られながら都市ホエールは出港し潜航する。私は主人を残しての乗都だった。
ホエール様も久しぶりの外洋に不安を持っていた。
「同じリヴァイア種との戦闘はしたくない」と言い。ホエール様の背中の都市にも被害は出るし、動きもホエール様は都市を背負う分トロく、ホエール様自体にそこまでの強者ではない事が理由だった。
一般のリヴァイア種と変わらないのだ。
多くの不安とともに私たちは遠征する。しかし、不安とともに私たちは新しい力を持っていた。あとは自信がつくだけである。
ずっとホエール様に護られて来た。「今度は私たちが護れればいい」と思うのである。
*
航海から1週間。大変な事が起きた。外洋に出てから潜航途中でリヴァイア種が遠く前方にいるらしい。ホエール様が声を拾ったのだ。
接敵は1日から2日後。ホエール様は浮上し海面に都市を晒した。リヴァイア種の上を通って行く予定だ。
空は曇っており嵐を予見されたが我々には問題ない。
迂回も考えられたが……一刻でも現地に赴きたいとの事で却下される。
願わくば何もなければいいが。
*
魚影確認。上を取っているため。都市に直接攻撃は出来ないようにした状態でリヴァイアサンを確認できた。
運が良ければ……戦わずに済むと思われたが。現れたリヴァイア種は牙を持つ食肉種だと判明し都市中に警戒網が敷かれた。
緊急会議の結果は……交戦だった。
*
会議から1時間後、私たちは交戦準備にかかる前に集められた。弱々しく族長として不安視されていたスキャラ族長が英魔国旗と私らの族長旗を重ねて整列している所に現れる。勇ましく成長なされたスキャラ族長が話を始める。大広間に集められたスライムや魚人等々はカチコチに固まった。
スキャラ族長は威厳を手に入れた。まるで……あの女王陛下のように。
「今回、周知しているだろうが再度確認する。スラリン大隊長……説明を」
「はい、スキャラ族長」
スラリン大隊長様が現れ、スキャラ族長が後ろへ下がる。
「休ませろ。長い話になる」
「一同休め!!」
バッ!!
私たちは楽な姿勢に移った。最近、ダークエルフ式の統制方法が格好いいからと流行る。大隊長役職も同じ理由だ。
「では、お話をします。現在、肉食のリヴァイア種が確認されました。数時間後に接敵予定である。逃げられはしない」
皆がざわつく。昔から我々はおやつのように食べられ続けて来た恐怖が胸に上がってきた。
ドンッ!!
スラリン大隊長が大きくホエール様の背中を踏む。大きな音が広間に響いた。
「静かに!! 腰抜けども!! 殺る前からビビってどうする!! そこのお前!!」
「はい!!」
「お前は後方で女王陛下と接敵しただろう……覚えているか?」
「はい!! 恐ろしい程の剣筋であり、何も出来ず敗北しました!!」
「悔しくはないか!!」
「悔しいです!! 女王陛下にこんな惨めな姿を晒したことを!!」
「では!! 今の姿を見せれるか!!」
「否!!」
大きく海人が叫んだ。それにニヤリとしたスラリン大隊長は叫ぶ。
「お前ら全員腰抜けか!!」
「「「否!!」」」
「では!! リヴァイア種なぞ!! 我々の敵ではない!! 今から作戦を言う!! 耳をかっぽじって聞けクソども!!」
「「「了!!」」」
皆が叫ぶ。叫ぶと内から熱い物が込み上げていく。そう、私たちは闘志を燃やす。
「作戦を概要は殲滅!! スライム隊は水中用パンジャンドラムで相手に特攻をしかけよ!! 作戦は単純明快。敵を海底まで沈めてやれ!!」
「「「サー!!」」」
「全員解散!! とりかかれ!!」
一斉に私たちはバラバラになり、持ち場に向かった。一目散に何も考えずに私も動く。
私はお夫のように深く考えるのは苦手だ。だから簡単な方がいい。
敵を倒せとな。
*
接近まで数分と迫った中、持ち場についたまま指示を待つ。水中専用特攻パンジャンドラムに乗り込んだ私たちは両脇の魚人たちがいつでも押し出せる準備をしていた。目の前は赤い旗をおろした魚人が今か今かと命令を待っている。
「準備いい隊の点呼を行う。01から報告せよ」
スラリン大隊長の声がピットに響く。私はなんと栄光の01隊だ。
「00。こちら01、準備よし。続け」
「02、準備よし」
「03、準備よし」
「04、準備よし」
「05、準備よし」
「06、準備よし」
「07、準備よし」
「08、準備よし」
「09、準備よし」
「10、準備よし」
「ほう、全部行けるか……30機……よし。今からホエール様が潜航する。その瞬間発都!!」
「「「了!!」」」
スラリン大隊長が手をあげる。あれが降りた瞬間に目の前の赤旗は退けられるのだろう。私たちは前だけを見る。
「骨だけは拾うぜ」
「頼んだ。あとは任せろ。あとスライムに骨はない」
「そうか………なら、死ぬんじゃねぇよ」
「旦那がいる。彼の子を成すまでは死ねんよ」
今か今かと私たちは静かに待つ。その時が来るまで。
「ホエール様潜航開始」
目の前が慣れ親しんだ海中の青い空の景色に少しづつ染まっていく。綺麗なブルーの世界に私らはパンジャンドラムに魔力を注いだ。
「海中入りました!!」
バッ!!
「射出!! 我が海!!」
スラリン大隊長の手が下ろされ、目の前の赤い旗が上がった。その瞬間に勢いよく歯車を回し、両脇の取っ手をつかんでいる魚人が勢いよく押して外へと投げる。魔法の膜を突き破り、我らの海へと飛び出したのだった。
*
ゴオオオオオオオオ!!
都市ホエールはゆっくりと潮を吹き、大きく呼吸をしたあとにゆっくりと潜水する。潜水した瞬間だった。
都市から小魚のようなのが30匹、勢いよく左舷から泡を出し射出される。
30匹の小魚はそのまま右折して進む。大きな渦の音を巻きながら急速に速度が上がっていく。
「01を先頭に続け!!」
大きくスライムが叫び先頭のパンジャンドラムに1隊3機編成で三角形のまま十の隊が進んだ。
グォオオオオオン。
大きい大きい姿の鮫のような魔物が口を開ける。小魚を吸い込むように口を開けた途端だった。
グイッ!!
「全隊、下降せよ!!」
小魚のようなパンジャンがななめ45°下に向き、大きな巨体を避ける。そして猛攻が始まった。
「全隊逆宙返り!!」
ななめ45°から真下に向きを変えて、巻き込みように世界が逆さまになりながら反転させる。その勢いのままでリヴァイア種が泳ぐ時に生み出す乱流を掻き分け接近した。
「06から10まで!! 尾に食らい付け!!」
声が響くと同時に鮫リヴァイア種の尻尾にパンジャンドラムが突き刺さる。そして連続した爆発が起き、尾がズタズタに裂かれ、青い空が血に染まる。
リヴァイア種は苦痛に叫び、泳ぎが緩やかになった。隙が生まれる。
「腹の下へ!! 02から05まで突貫!! 01に続けぇぇぇ!!」
そのままお腹のしたで角度を変えて突き刺し、爆発した。
ズタズタに引き裂かれ、内部にもパンジャンドラムの破片が撒き散らされる。
「ふむ。ようやった……あとは喰らうてやる」
そのズタズタになった側面からホエールが大きな口を開け、噛みつきリヴァイア種を千切った。鮫のリヴァイア種はピクピクと暴れずにとうとう動かなくなりゆっくりと沈んで行く。一瞬で絶命し……魚人たちが回収のために都市から飛び出た。
「生存者回収に来た!! 01応答せよ!!」
「01から……生存者確認。01よし」
「02……死ぬほど痛い」
「03……同じく」
「04……死ぬはやく……」
各々が愚痴りながら順番に報告して、全員が生存していることが確認された。動けないスライムたちは魚人たちの網で捕らえ、ゆっくりと都市まで引っ張って貰う。
パンジャンドラム特攻作戦は成功に終わったのだった。
*
スラリン大隊長は都市の端で様子を見ていた。そのスラリンに魚人の隊員が近付く。
「スラリン大隊長。報告です!! リヴァイア種沈黙。ホエール殿が再度噛みついたままです。特攻隊員も全員が生存し、帰還しました」
「そう、療養させてあげて。死ぬほど痛いから。あとはリヴァイア種の解体し食料にします」
「はい!!」
隊員の魚人が去り。スラリン大隊長はスキャラ族長に報告しに向かう。
「……私たちは英魔となり。捕食者になった。新しい時代ね」
スラリン大隊長は勝てる喜びを知り、ヌチョヌチョと歩を進めるのだった。
§都市カタン、急報
私は一月もかけてリザード族長の都市カタンの砦門をドレイクに股がったままくぐった。勢いよく走り抜け、そのまま衛兵に止められる。場所は都市スパルタから北東に位置し、全く旅人なども寄らない小さな都市だ。
「止まれ!!」
二人の蜥蜴男が槍を向けた先でドレイクが止まり、荒い呼吸のまま首を垂らす。「今までよく走った」と言えよう。
「何者!!」
旅用に着ていたマントのフードを取る。旅でくすんだであろう金色の髪を見せつけた。プラチナの被り物が輝くだろうと思いつつ太陽を見上げる。
「じょ!? 女王陛下!?」
カランカラン
衛兵が槍を落とし跪く。私の威光はこんな遠い土地にも届いているようだ。全く誰のせいでこんなになったのか。
「不問。お主らは怪しい者を問いただしただけだ。気にすることはない。リザードは何処か!!」
「中央の族長中城でご御座います。ご案内します」
「いらん。場所は中央だな……このドレイクに水と休養を頼む。荷物はどこか宿屋でも置いといてくれ」
「は、はい」
私は降り、頑張ってくれたドレイクの頭を撫でてそのまま走り出す。人垣が出来ている中を、昔のように避け跳躍し屋根に上がる。一番高く大きい石の積まれた建物を見つけそこへ向けて走り出した。背中の両翼を見せつけながら。
「……あれ……!?」
「あれみろ!! あの羽根!!」
多くの人目につくように走り。跳躍し、真っ直ぐ前へと進み。最後の屋根から大きく大きくジャンプし、族長が居るだろう建物の前に降り立つ。
目に前には大きな扉に両脇の牛の亜人。厳つい門番が立っており大きな矛で仁王立ちしていた。私は羽根を閉じ、髪を靡かせる。旅でくすんでいると思ったが……なびく、色も悪くないと思う。
身嗜みとしては……臭いだけかもしれない。早く用件を済ませ風呂に入りたいところだ。
「通してもらおう」
「……例外で女王陛下をお通しすることは……」
ドンッ!!
「女王陛下!?」
「!? リザード族長!?」
「やぁリザード族長」
扉を蹴破り、現れたのは赤い蜥蜴の族長。リザードが現れる。その隣には猫耳のマスクをした女性がスッと現れては高速で私も後ろについた。軽装な血の臭いの染み付いた物。まるでトキヤのような人だと感じる。
「本物……ね。私の動きが見えてる」
「……」
方目だけだが何とか見れただけである。首筋にナイフを突きつけられた。恨みでも勝ったか。
「リンス。やめろ」
「……娘のこと……ありがとう」
「綺麗なドレスでしたでしょ?」
「……はい」
「すまん。女王陛下……影の物だった故に……」
「いい部下で強い女性です。素晴らしいと思いますしこうやって嫉妬する事もかわいいと思います」
「………」
「リンス。お前には殺れない。ナイフを下ろせ!!」
「でも……」
「下ろせ」
「……つ。この売女」
嫉妬深い女性は強い。私はよく知っている。だからか翼で押し出し、ナイフを退かせ、後ろを向いてニコッと笑い。
ガッ!!
ガンッ!!
素早く顔面を掴み地面に叩きつけた。遠慮なく、牛の亜人が驚き飛び上がる程に。
「ぐふっ!?」
「売女って言われるの嫌いなの。安くないわ」
「リンス!?」
勢いよく気絶したリンスと言う女性をリザードが持ち上げる。そしてぶん殴って起こした。
「ん!? 痛い……」
「敵うわけないだろ。バカ……すいません。こいつ……ちょっと……」
「いいわよ。でも……安心しなさい。あなたの旦那は取らないから」
「……信用できない」
「リンス!!」
「……ぷい」
可愛い人ではある。まぁ……影の者と言う境遇から思うに彼しか彼女にはいないのだろう。親身になる人なら尚更。私は恋ばなを聞きたいところを我慢する。
「……リザード、ずっと姫様スゴいしか言わない」
「リザード、女の子の前で他の女の子の話は厳禁よ。反省せよ」
「精進します……でっ用件は? 撤退準備はまだですが」
ここは緩衝地スパルタ国から北東な位置。帝国は必ずここを落とし、ここを拠点に商業都市ネフィアを落とす本腰を入れる筈。私は「何故ここへ来たか」と言うと……感じたのだ。
「勘が囁く……帝国はもうすぐ都市を出る」
「……予定では半年後では?」
「予定は未定よ……残念ね……もう終わり。陛下はもう長くない。半年まで持たない気がする」
「陛下とは……帝国の」
「そう。急報としても草を放った……それの手紙も来るだろうが早く撤収した方がいい」
「………少し時間をください」
「ああ、宿で待ってる。長旅で一人になりたいからな……」
私はそれだけを伝えその場を後にした。何処の宿にドレイクを置いているかを探さないといけないと思いつつ溜め息を吐いた。
リンスと言う女性がリザードに怒鳴られてるのを聞きながら……自分も怒鳴られてばっかりだった事を思いだし、時間の流れにすこし……さびしい気持ちになったのだった。
*
夜中、眠った瞬間に何処かわからないガゼボに呼び出される。光に満ちた花が散る。誰が呼んだかなんて決まっている。
「ネフィア」
俺は名前を呼ぶ。
「力を使うなと言っただろう?」
「言ってない聞いてない」
ガゼボに近付くと大人しく座る。翼を休めた姿のネフィアが居た。その隣に俺は座る。ネフィアはスッと近付き……肩に頭を乗せる。
「………」
「………エルミアに会った」
「そう……」
「エルミアはエルミアで戦うそうだ」
「………そうなんだ」
「………」
気の抜けた返事。いつものネフィアはそこにいる。
「ふぅ……仕事の話はよそうか」
「してていいよ……勝手に甘えるから」
「今日、何があった?」
「………なにも」
「何かなければここまでハッキリした夢にならない」
「……何があったと思う?」
「寂しくなったぐらいか?」
「半分」
「あと半分は?」
「……他の家族が羨ましくて」
「そうか……俺は~うーん。寂しいことはないな。別に満たされてる気もする」
「トキヤは私がいればいいもんね」
俺はもちろん頷く。
「今はそうでもないけどな」
「……そうでもない?」
「皆と一緒にいて……笑顔のお前……凛々しいお前が見れる今が好きだな」
「結局、私じゃん」
「ネフィア……お前もだろ?」
「………違うし」
「よし、夢から醒めよう」
「ごめん!! 見栄張った!! まだ居て!!」
「わかったわかった!! しがみつくな!! 引っ掻くな!! 猫か!!」
「にゃああああああん!!」
「渾身な鳴き声だな!?」
ネフィアが爪を立てて離すまいとする。あまりの力強さに驚きつつ。頭を撫でた。
「にゃああん」
「………」
英魔国全域に覇を手に入れた女王はまったく威厳もなく俺に甘えていく。まぁ一部族長はご存知だし。ー、これが本来の彼女だ。
「にゃー」
「そろそろ人語話そうな?」
「なになに?」
本当に昔のままのネフィアだ。なので世間話のふりした仕事の話をする。
「エルミアがさー王国再建したいんだって」
「王国再建? 出来んの?」
「お前、死都浄化出来ない?」
「浄化……あっ?」
ネフィアが離れたあと手を叩いた。
「なるほど!! 強制的に成仏させれば害はないね!! よく気が付いたねエルミア姉さん」
「俺が気が付いたから提案した」
「……もしかして懐柔した?」
「もちろん。快く掌をクルクルしたぞ」
全く快くとは行かなかったが結果は最良と言える。ネフィアの胃痛を和らげれればそれでいい。
「胃痛なんか感じないよ」
「……心読むなよ」
「いや……なんか。まぁ負担減らしてくれてるなーぐらいだった」
「……あーあー。顔に出てた?」
「もろ、ちょっち嬉しい」
「仕方ない。顔に出るんだ」
隠し事出来ないのは健在ですか、そうですか。
「エルミアが……マクシミリアンが味方ですか……思った以上にヤバイ展開ですね。大陸中でも大戦争まっしぐらじゃないですか~」
「帝国側が元気なうちにはいいんだろうなぁ~」
「まぁ~やるまでです。そろそろ元気出ました。ありがとう……あなた。いつまた逢える?」
「さぁ……今、帝国。出兵はまだだぞ」
「予想より遅い」
「編成が変わったからな」
「変わった?」
俺は笑顔で頷く。故に報告する。
「スキャラ族長の上陸作戦が先方に伝わった」
すでに戦争は始まっている。
*
私は起きたら薔薇の園、白の世界の中で横になっていた。赤い薔薇の園の中心に小屋のような白い支柱の大きいガゼボがあり、その真ん中にテーブルに座る人影に驚きを示した。
「こちらへ……スキャラ族長」
「女王陛下!?」
私はビクビクと体を震わせながら恐る恐るガゼボの中へと入った。何を言われるか、畏れながら。
§とある夢記憶
「女王陛下その……申し訳ありません!!」
「ん?」
私は夢の中で女王陛下にお呼ばれした。何か不敬を働いたに違いない。跪き頭を下げる。床に額をつけて許しを乞う。
「申し訳ありませんでした!!」
「………ごめん。不敬とかそんな事で呼んだわけじゃないわ。それに早く座って。この夢を維持するの大変なの。それもジリジリ脳ミソが溶けるぐらいに」
「は、はい!!」
慌てて席に座る。美しい金色の髪を靡かせる女王は私を見つめて笑み向けてくださった。
「かわいいお嬢さんと思っていたのですが。あなたは流石族長。素晴らしい成果でした」
「い、いえ……」
兵器案は女王様の案だった。それを実行したに過ぎないと述べようとした。しかし、手で制されて口を閉ざす。「そんなことよりも聞きたいことがある」と言う。
「今の現状は?」
「は、はい……都市ホエールは南下中です。まだ付くには時間を要します。大型なリヴァイア種との交戦もありますが問題なく進めております」
「それはよかった……海は大変ですものね」
「はい。しかし!! 私たちは捕食者となれました!! これも女王陛下の!!」
「ストップ!! ストップ!! 讚美はどうでもいいから!!」
「………す、すいません」
「自慢したのはわかるから。全て終わったら聞いてあげるから」
「はい……」
私は顔を伏せる。恥ずかしい。なんて失態を。
「ふぅ。実は帝国に上陸作戦が漏れたらしい」
「!?」
私は顔を上げた。
「もしかして……裏切り者が!!」
「いいえ、『予想通り』と言う」
「予想通り?」
「ええ、だって『流すように』と私が言ったから」
「な、なぜ!? それでは上陸作戦の失敗するかもしれませんよ!!」
「失敗? あなたは失敗すると思うの? 私は成功出来ると確信してるわよ」
「あっ……うぅ……ひぐ……」
言葉に窮する。女王陛下の絶大な信頼は胃が痛い。重たすぎる。からだが緊張し泣いてしまう。
「泣かないでよ」
「ずび、ずびまぜん」
「……まぁ作戦変更。上陸作戦の成否は問わない。目的は徹底的に兵士を殺せ」
「ばい?」
「ハンカチかみなさい」
「んんんんん!!」
私はハンカチで鼻をかんだ。
「それで……徹底的に兵士を殺せとは?」
「上陸作戦は一回で終わらせないの。攻めを何回に分けて行い。敵の戦力を削いで行く。何度も何度も……それで失敗してもいいわ。上陸出来なくても多くの敵を消せばね」
「………」
「どうしたの不服?」
私は顔に出ていたのかもしれない。少しだけ……泣いて吹っ切れたのだ。女王陛下の考えは読み取れなかったが「最低限これだけはしてね」と基準を言っている。
信用されているようでされていないようにも取れた。
「私の信頼する兵士に失敗はないです」
「あら……では。何処まで行けるの?」
「帝国の砦前まで!! 行ってやりますよ!!」
「出来るの?」
「やるんです!! 最低限の仕事はそれですね。じゃぁ………」
私は胸を張る。代表で宣言する。
「我々で帝国を落としても問題ないですね」
「………ふふふふふ!! はははははははははは!!」
女王陛下は頭を押さえながら大きく笑う。「愚かね」と道化を笑うように。女王は帝国を見ているのだろうからの笑いだった。しかし……私は引く気はない。
「いいわ、最低限以外は好きにして!! いい情報をあげるから!!」
「なんですか?」
「マクシミリアン騎士団は味方となった。同じ帝国を敵として剣を握る。動きはわからないけど……協力できるならしなさい」
女王陛下は地図を生み出し、場所を示すした。ここからがマクシミリアンの領地らしいのだ。
「マクシミリアン騎士団は族長のように強い。知り合いもいる。エルミアと言う名を尋ねなさい。彼女は私よりも上位者。不敬は許されない」
「…………わかりました」
そんな人が居るとは思えなかったが私は頷いた。泣き虫の私は何処かへと消え今は燃える闘志を押さえながら夢から醒めたのだった。
*
早朝、私、ネフィア・ネロリリスは頭が痛い。
「能力使いすぎた………」
トキヤを呼び、その後にリリスを呼んだ。夢を操る能力を持っているからこそ出来る芸当だが。それ相応に魔力も体力も失う。
「夢は繋がってる。過去未来現在と……でも……」
それを泳ぐのは並大抵の事ではなかった。自我を保ち、座標を決め、描き生み出すのは一苦労である。
「スキャラ族長は大丈夫かしら……リヴァイア種に勝ったから気が強くなってる気がするけども大丈夫よね………きっと」
私は立ち上がり、椅子に座る。想い描く盤面の通りになるかはわからないがどうにかそこまで持っていきたいと願う。
「時間を稼ぐ……とにかく」
時間が惜しいと思いつつ、鎧に着替えて宿を出た。向かうは昨日と同じ場所。リザード族長の居城に。
*
執務室に私は案内してもらう。護衛など居ないのを皆が不振がっていたが弱い護衛なんか要らない事が噂され、瞬く間に納得した表情でその説が広まった。
「女王陛下……昨日はすいません。あと、この者の出席を許していただきありがとうございます」
「…………ふん」
昨日の今日で嫌われているのは知っているが、その「愛してます」と言う行為が微笑ましくあり同席を私は許した。
「いいのいいの。愛の女神も許したでしょう。それよりも本題ね」
「はい」
「時間は少しあるけれどもここを捨て……北へ目指すのは進んでいる?」
「……少しイザコザはありましたがこの屈辱をいつか晴らさんという士気の元で纏まりました。また約束事を決めて味方を増やしました」
「では……移動を開始はいつから?」
「一応、民はゆっくりと旅をしております。老いた者も多く………中々進みが遅いですが」
「そうですか。そうでしょうね」
「間に合いますでしょうか?」
「間に合わない。だから商業都市で抑える事が必要よ」
「………そうですか」
リザード族長が溜め息を吐く。
「……『死ぬ覚悟を持て』と言うことですね」
「苦しいでしょうが……そう言うことです」
「…………無駄死に」
「無駄ではないわ。いいえ、無駄にはしない。死者を愚者か英雄にするのは生きてる私たちが決めるの。生きていればね」
「……」
「……」
二人が私を見ながら目を見開く。
「なぜ驚くの?」
「いえ……そういう考えがあるのですね」
「まぁ、私の考えだけだけどね。あなたにも居るでしょう。忘れられない人が」
私にはいる。彼にもいる。
「わかりました。商業都市に迅速に向かわせます。以上ですか女王陛下?」
「以上です」
「では……今度はこれを」
リザードが奥さんから手紙を貰い私に渡す。
「スパルタ国からの親書です女王陛下」
「……親書?」
「届いたのは昨日、届けに行こうとした時にですね。申し訳ないのは……封を切りました」
私はそれを受け取り中身を確認する。封を切っているために内容偽装などもされていても不思議ではないが。そんな臣下はいない事も知っているので内容を疑わず見た。
「スパルタ国は絶対帝国側かと思った」
「それを確認されてもよろしいのではないでしょうか?」
「………しょうがない。会いたくないけど……近いし会いに行ってあげましょう」
手紙を懐に入れた。内容は「話をしたい」との旨をかかれている私が送った宣戦手紙の返書だ。
「女王陛下……実はですね」
「なに?」
「すでに客人で迎えております」
私は嫌な予感しかせず。頭を抑えるのだった。
§思惑の交差
私はスパルタ国の王が来ているということで待つこと数分。何故か待合室の窓が割れた。
パリーン!!スタッ!!
「ガハハハハハ!! 久しいな王よ!!」
「……………普通に入ってきなさいよぉ。怒られるの私なんですよ?」
「どうしてだ?」
「……私が『指示した』て事になるんですねきっと……おかしいなぁおかしいなぁ~」
窓の外が騒がしい。まぁこんな入り方はバカしかしない。なので目の前の男はバカである。
そんなバカの名はメオニダス・スパルタと言う屈強な男で一度は戦った事がある。人間を辞め、超越した一人だ。
「聞いたぞ。『戦争する』てな」
「………まぁ」
戦争するしかないでしょうと心で愚痴る。
「それで? 用件は?」
「参加を表明!! だがな!! 『どっちにもついてやろうか』と悩んでいるんだ‼」
「どっちとも?」
「亜人の奴隷を解放してやろう。それを使い戦え。我らは帝国につく」
「帝国に? それをわざわざ教えるなんて優しいですね」
「優しくはない。負けた故に本来はそっちにつくべきだが………強いもんに与してもつまらん」
私はこの人が武人なのを理解する。あまりにも合理的ではない選択だが、それが「男でもある」と言う事も知っている。
「壁が高い方がいいと? 帝国の方が強いですよ?」
「俺は自分の勘と目を見て考える。お前と戦う方が面白いだけだ。だが、それも不義になる。故に亜人解放し、金品を持たせて送ってやる」
「………まぁ願ったり叶ったりでしょうね。屈強な兵士が増えるのは。だけどあなたとはなるべく戦いたくないわ」
「無茶苦茶強そうだもん」と弱音を飲み込む。
「ククク。いい表情だ。おれは強者と認めてくれている顔だ。なに、最初から手紙では『戦場で会おう』と書いていたくせに」
まぁ予定通りではある。人間は人間に与するのが普通なのだ。
「そうね。予定通り。人間は人間側につくもんよ」
「そうだろうな。まぁ~それだけだ」
「では、解放は感謝します。そして行き先は首都としてください」
「よかろう……では戦場でまた会おう」
ガッ!!
窓枠を飛び越え、またどこかへ行ってしまう。嵐のような男であり、魔物のように恐ろしい男だった。
「女王陛下……窓を壊されてますが暴れましたね? あーあとスパルタ王が走り去って見失いましたので少しお待ちください。暴れないでお待ちください」
王を見失い慌てて帰ってきたのだろうリザード族長は窓枠を私のせいにする。
「スパルタ王に会った。窓枠壊して入ってきたの」
「女王陛下ではないのですか? 王配からは『問題起きたら陛下が関わってる』と聞いてます」
「………わ、私に会いに来ただけだから」
「今度から呼ぶときは陛下はカゼボ、もしくは窓を開けなくてはいけませんね」
スパルタ王に私は悪態をつく。「くそやろう」と。
*
南騎士団、会議室。メンバーは1から6番隊長に騎士団長、黒騎士団長が座る。
会議はもちろん。編成変更だ。南方騎士団長の父上が話を始める。私は腕を組んで話を見守った。
「昨日……情報により南方での魔族の攻撃が予想される。滅んだ都市を拠点に帝国を海側から攻めるようだ。相手が先に動き出した」
「情報として魔王直筆の親書。魔族の動き、噂を考えるにこれは主攻と見る。兵は少ないが激しい戦闘が起こるだろう。上陸を阻止しなくてはならない」
会議は父上の命令でほぼ決まる。会議とは名ばかりで意見の出し合いなのだ。
「ワシは残ることを陛下から指示された」
もちろん陛下はいない。陛下の代理人の貴族からの指示だ。「自分たちの身を護れ」と言っている。
「3、4、5番隊を残し。その指揮をワシがとって守りに徹する。西騎士団も4、5番隊を残す。他残存する兵で迎え撃つ。ここまではいいな?」
「「「「はい」」」」
「ひとつ。なぜ3、4、5だけなんですか? トラスト……6は?」
3番隊長が異議を申し上げる。6番隊長は私だ。しかし、特別優遇されているように見えるのだろう。
「6番は遊撃兵としての補助部隊。型にはまらない運用が唯一出来る部隊であり、攻めの機転になるだろう」
「しかし……いや。1番隊長どう思う?」
「……6番は俺より強い。本来は1番隊長になる奴だ。だが……新部隊を作った手前だからな。6番を捨てられない」
「そんな事は知っている。防衛戦に回すべきだ」
「いや!! 攻撃だ!! おまえ、後輩が便利だからって回させようとするなよ!!」
「攻めも先にそう言って取ったんだろ‼」
とうとう、会議が6番隊を取り合う結果になる。私は頭を抱える。防衛戦なら妻と会えるが攻撃なら遠征だ。命を落とすかも知れず妻を悲しませるのは嫌だった。しかし、6番隊は私の私兵である。黒騎士もどきの。攻撃が得意な部隊だ。
「静かに!!」
父上が怒った。机を叩き黙らせる。
「ワシが残るから我慢しろ」
「……くっ……はい。お前とは同じ戦場に立ちたかった」
「自分もですよ。5番隊長」
同じ歳でよくして貰っている先輩だった。まぁ悲しい事に妻には遠征側に変わったことを伝えないといけないようだ。伝えないといけない事に心情は暗くなる。
「では、部隊編成は決まった。遠征組は1番隊長が指揮を取れ」
父上が何か色々と話をするが……全く耳に入らずに。愛する姫にどのように説明するかをずっと悩むのだった。
*
気が重い。遠征をするのはいつもそうだった。食事を取りながら私は味がわからず緊張していた。切り出し方をどうしようかと悩む。
「トラストさん? どうかされましたか?」
「……いや。なんでもない」
「なんでもないはずはないです。その顔は……いつも見ている顔ではないですね」
「い、いや。そんなことは………」
妻のアメリアが微笑む。
「何年一緒と思いですか? トラストさんのその私に隠し事している顔は見飽きましたよ?」
「……すまん……言い出しにくい事なんだ……」
「……………お義父上に『覚悟を決めろ』と怒られました。知ってますよ。遠征に行くことになったんですよね?」
「………………」
肯定の沈黙で目線を剃らす。父上が先に話をしてくれていたのは良かったが。それ以上に心苦しいことがあった。
「息子と剣を違える。そんな気がする」
「………」
ガタッ
アメリアは立ち上がった。そして、あの泣き続けた彼女は座っている私の後ろに来る。そして……後ろから抱き締められる。首筋に仄かな暖かさと花の匂いに。その一瞬だけ出会い、婚約した初々しい時代を思い起こさせた。
彼女は首に手を回している。それを上から優しく触れた。
「息子を斬るのを躊躇っているのはわかります。だから……放逐した」
「………君が悲しむ」
「はい……悲しいです。でも、それも先伸ばしだったのかもしれません」
「………」
「どんな結果になろうと……私は享受します。だって……トラストさんを愛してますから」
「アメリア……すまない。王子にはもうなれそうにない」
「いいえ。ずっと私の王子様でしたよ……トラストさん」
私の姫は悲しみを押さえて待つことしか出来ない事を知っている。故に「運命に委ねる」と言う。
「覚悟は出来たのか。出来てないのは私の方だったか……わかった。どんな結果でも……アメリア。愛しているよ。それは変わらない」
力強く、自分は立ち上がり。振り向いて妻を抱き締めた。どんな悲運でも……二人で乗り越えようと心に誓うのだった。
§帝国遠征開始、魔国防衛準備
帝国歴496年夏期北伐開始
予定年数は1、2年の大遠征予定とし、補給路を確保して進軍の大攻勢が実施される。
部隊は四方騎士団による。遠征が実施され、多くの帝国民に応援されての出発だった。
悪を滅ぼす聖戦と讃えるために多くの妄想の書がしたためられる。
その軍団は歴代で最大に膨れ、通る道は何重にも踏み固められ石になるほどの膨大な兵士が動く。
誰もその数を把握する前にすでに勝利をしたかのように話を始める。帝国の未来は明るいと上級貴族は笑顔で語った。
*
「ネフィア、帝国が今日、出発だろう」
パシッ!! シュッ!!
「そうだね。トキヤのもって帰ってきた情報なら!! ん!!」
パシッ!! シュッ!!
「到着予定まで時間があるな」
パシッ!!
「……多くの兵を用意しすぎですね。帝国は」
私は自分の名前の商業都市ネフィアに馬を走らせながら来る。リザード族長以下獣人の民も大移動を始め、思っていた以上に帝国が時間を要してくれたため。なんとかここまで移動する事が出来た。あとはここで1日でも多く耐えて時間を稼ぎ……ゆっくりゆっくりと都市イヴァリースに戦力を集める予定だ。
シュッ!! パシッ!!
「そこそこいい球だ。まぁ本当にそこそこだが」
トキヤがお手製のボールを握りながら構える。それを私に向けて投げて……私は手にはめたこれもお手製のグローブで球を捕球する。そう、私たちは都市郊外で作ったボールとグローブでキャッチボールをして、時間を潰していた。思った以上に時間が余っている。
「民の歩は遅い。老人も子供もいる。時間があればあるほどいいのだけれど!!」
シュヴァ!! バシン!!
「ああ、今のところお前の狙い通り。戦力は少し分散出来た。あとは……ここをどれだけ耐え、都市インバスでどれだけ将を殺し。都市イヴァリースで決戦迎えるかだな」
シュッ!! バシ!!
私は球を捕りながら頷く。今のところはいいと言える。まぁまだ戦ってはないが。
「今のところはいいね!!」
大きく振りかぶって投げる。力込めて。
シュバアアアアアアン!! バシン!!
トキヤは力を込めた球をそつなく素手で掴む。
「……まぁ本当に。どうなるかな~。それよりなんか楽しいなこれ」
シュッ!! バシ!!
「楽しいね。キャッチボオオオオオオルウウウウウウウ!!」
渾身の力を入れて投げ放った。
シュルルルルルルルルルルルルルルシュバアアアアアアアアン!! バシンッ!!
トキヤは難なく捕球する。
「……なんで楽しんだろうな……なんか。心の奥で懐かしさを感じるよ」
「ゼハァゼハァ………そう……」
「全く、余裕ですよ」といった顔で捕球され続け。私はムッとした。彼が投げ返した球を捕球して、力を溜める。その涼しい顔を歪ませるために。
「んんがしゃああああああああああ!!」
全力で投げつけ………勢い余ってトキヤのはるか上を飛んでいく。
「あああああ!! ネフィア力みすぎ!! 一個球が無くなったぞ!!」
「ゼハァ……ゼハァ……ごめん……ゼハァ……畜生。なんでトキヤは涼しい顔してるのよ」
「お前の球は回転が緩く面白味のない球だ」
「………じゃぁ、トキヤは面白味球を投げれるの?」
「まぁそこそこ。行くぞ」
「はーい」
私は頷きトキヤを見続ける。真面目な顔で地面を踏みしめて投げつけた。何も冗談言わず。キリッとした表情に私は惚れ直す。
「あぁ……トキヤ格好い………あっ!? 速い!?」
格好いい姿から放たれた球が途中から加速するような錯覚に陥り捕球をミス。腹部の下部に当たる。
「が!?」
鎧も着ず、一般の私服だった私はお腹に球を受けてしまい。しゃがんで痛みに耐える。地味な痛みに驚きながら顔をあげると。心配そうなトキヤの顔がすぐちかくにある。
「球が……の、ノビた……ちょっと痛い」
「何ボーっとしてたんだ? 大丈夫そうだな」
「ははは……格好いいと見とれてたら。思った以上だった」
「以外だろ? まぁこの球だからだろう。石ころはなーんも考えずに投げつけるし」
私は立ち上がりキャッチボールを続ける。壁の上から様子を伺っている人たちを尻目に遊びを続ける。
「トキヤって野球好きだよね」
「なんでだ?」
「だって、めっちゃ楽しそう」
「ああ~楽しいなぁ。思った以上に楽しい。懐かしい」
トキヤの懐かしいと言う発言に少し……私は悩んだ。そして考える。
「野球広める? トキヤがこんなに好きなら頑張って広報するよ」
「いや。別に……いいよ」
球を捕球し。首をかしげる。
「なんで? 『もし戦争に勝ったら広めるんだ』って言おうとしたのに」
「なんと言うか。まぁ~あれだ。どうせ流行らんし今で十分楽しいからな。それにキャッチボールぐらいが何処でもやってる」
「………トキヤ」
私は彼の魂に声をかけようと思っている。もしも、魂に刻まれているなら反応を示すだろう。
「黄色白色シマシマ。弱いよね」
「いきなりなんだ?」
捕球しながら首をかしげるトキヤ。
「青いチーム雑魚」
「?」
全く反応がない。トキヤが投げる構えをする。
「赤いチーム万年最下位争い~!!」
「あん?」
ビュルルル!! クイッ!! ゲシ!!
「ぐふっ!!」
「ネフィア!? すまん!! つい!!」
トキヤの球が落ち、腹部に直撃する。女の子で良かったほどに良くないところに当たる。男の人は悶絶する場所だ。昔ならオチンチン痛かっただろう。
「だ、大丈夫。お、女の子だから」
「ネフィア……なんか。すまん」
「いいよ……万年最下位は言いすぎた」
「……」
しゃがんでピクピクしながら……立ち上がる。スカートが少し汚れているのをはたきながら城壁をみる。観衆が集まっており私たちを見ていた。手を振ると振り返してくれる。
「……ネフィア。いいのか遊んでいて」
「遊んでいるほどに余裕を見せる方が皆の気が休まるんです。例えここで負けようとね……」
「南方騎士団長以外が全て来る」
「そう……全てね。ふぅ。あと100球ぐらいでやめましょう」
「おう。大丈夫か?」
「私は女よ。痛みに強いの」
私は顔を暗くする事が出来ない。皆に不安を生み出すために。だからこそ……トキヤと遊び、気をまぎらわせる。彼らを犠牲にする罪悪感を押し殺して。
*
午後、昼を取った後に過去の族長たちがおいていた監視館に身を寄せる。兵たちは市民が残した空室となった家々を勝手に借りて住み。残した物で飲み食いしている。
結局、腐らせるか捨てるかするので勿体ないためだ。最後は毒を入れる。金品も置いてあるが、くれてやるつもりだった。
執務室に座りながら。ああ、私自身がこんな所にと感慨深くなる。
男の仕事部屋に私は居ると。
トントンガチャ
「勝手に入るぞ」
「あら……どちら様……えっ?」
「おう……なんでここにいる?」
執務室に知り合いの人が現れた。ソファーに座っていたトキヤが立ち上がる。大きい体の片腕の大豚の亜人。オーク族長が挨拶に来る。トキヤが亜人の前にたちはだかる。
「ここにいて悪いか? ワシは戦が好きじゃから戦いたくての」
「だからと言って族長が来るべきではない。首都の増強が任務だろう」
「首都には帰ってきた我が倅がいる。老兵のみが来ているだけだ。なーにお前らも女王とその王配だろうが!!」
「……そうだが。一人でも多く首都に居てもらわんと」
「時間稼ぎは多い方がいい。ワシらの若いのが成長するのに時間が足らん。ワシはその時間を稼ぎに来たのだ。ぶつくさ文句を言うな」
オークがトキヤの頭を強く撫でる。トキヤはそれに抵抗せず受け入れた。
「わけぇの。老人の言うことは聞け」
「………」
「おめぇぐらいの息子が居るから安心せい」
「……わかった」
トキヤが退いた後、移動していた私はオーク族長を見上げる。そして、手を伸ばした。
「意志が固いのは確認できました。ようこそネフィアに。一緒に戦いましょう」
オーク族長はその手を掴みニヤっとする。
「ええ女だ。寝取りたいほどにな」
「ええ女だろう。俺の物だ」
「ククク。ああ、王配。お前は立派な男だな。しっかりと護る。取られんように」
私はトキヤが褒められて嬉しいので微笑んで頷く。
「ネフィア……お前が喜んでどうする」
「ガハハハハハハ。熱々やな!!」
オーク族長は片腕で私の頭も撫でるのだった。鬼気迫る人だったが柔らかいおじさんになった気がしたのだった。
§魔国防衛準備集まる同志
都市郊外でのトキヤとのキャッチボールの練習中。オーク族長も片手だけで参加し、大きい片手だけで捕球も投げることもするのを関心しながらの午前中だった。
「トキヤ。投げるの待って」
私は制止し、近付いてくる人に声をかけられた。
「……ナニシテル?」
トロール族長が顔を見せたのだ。何故彼がここに居るのはわからない訳ではない。きっとオーク族長と同じことを考えているに違いなかった。
「キャッチボールです。こうやってボール投げ合うんです。トキヤ!!」
「おう」
シュッパシ!!
投げた球を受け取り。トロール族長に渡す。
「オデモコドモノコロヤッタ」
「投げ合ったりするんですよね」
「ソウソウ。ソシテ木デウチカエシタリスル」
ピクッ!!
トキヤと私は耳を立てた。
「ほう、打ち返すか。トロールの旦那」
「ソウ。オークノオヤカタ」
「………よし。オーク親方。トロール旦那。そこいらの木を加工しようか。ネフィアは?」
「私も行く!!」
唐突にバットを作りが始まり。個人用を数本作ったのだった。
*
バット作りから次の日。打席に立つのはオーク族長。投げるはトキヤ。取るのはトロール族長。球の良し悪しは私になった。
唐突に野球が始まり驚く私たちを尻目にブンブンと振り回して元気よくフゴフゴ言うオーク族長。めっちゃ打ちそう。
「えーと………プレイボール」
「おっしゃ!! 来い!!」
「おう」
帝国が攻めて来ているのに私たちは何をしているのだろうと思うかも知れないなぁーと思いつつ。壁の上から見守る兵士の中で野球が始まった。
「じゃぁ~真ん中投げるから。打てよー」
「来い!!」
シュッ!! ガッキーン!!
真ん中にしっかりと投げたトキヤの球をオーク族長が大振りで打ち返し。壁の兵士に突き刺さった。兵士が倒れてあわててボールを拾う。私たちは頭を下げた。
「ファールボールにご注意くださいね」
「まず一人」
「いや、オーク族長。違うわよ競技」
そう言いながらも何回も同じ場所に打ち返す。あっこれめっちゃバッティングセンスあるわ………
「すご……」
「すごいな……オーク族長」
「ヤルナ」
「グヘヘ」
20球目で今度はトロール族長が打席に立つ。同じようにトキヤの真っ直ぐを打ち返し。壁を超える。オーク族長よりも飛んでいるようで大きい体は伊達じゃない事を証明した。
20球目で今度は私の番が来る。思えば球審はいらなかった。
「よーし!! 私もうつぞー」
バットを揺らしまくり。思った以上に軽いバットを強く握る。そして………
「あっ」
シュッゴボ!!
「げふ!?」
トキヤの球が頭に直撃する。暴投だ。
「ガハハハハハハ!!」
「クククク………」
「ね、ネフィアす……す……クククク」
「いったーい!! トキヤァアアアアアア!! 笑うなあああああ!!」
「ごめん……クククク!!」
私は頭を押さえながら怒りを露にする。コンチクショウ。
「悪かったって~」
「………今度はお願いね」
「おう」
トキヤが振りかぶって真っ直ぐを投げる。それを私は一本体の中心に杭があるようなイメージで軸足を回転。内に力を込め、バットの真芯にしっかりと捉える。そのまま勢いよくその瞬間に力を込めて、力の限り振り抜く。
カッキーン!! ボゴッ!!
「グヘッ!?」
球がトキヤの頭を捉える。
「お、おお………女王すげぇな」
「オソロシイ」
「………ハハハハハハハ!!」
「っつう」
私は腰に手をやり大きく笑う。ドヤァとした顔をトキヤに見せた。
「………ネフィア。やる気だな」
「かかってこい!!」
競技は違うが。私とトキヤは初めてだろう。徹底的に争う事になった。
*
カッキーン!!
「んん………残念。私の方が飛んでる」
「なんで。男の俺が女のお前に負けるんだよ。投げるの下手だけど。打撃はうめぇなぁ………」
「瞬発力よ」
野球するには人数が足りないので長打距離を競うことになった。やはりトロール族長が一番で次に私。オーク族長。トキヤとなる。遠投はトキヤが一番だった。
「オデ、オドロク。サスガオス」
「だな。女王、女の皮被ったトロール族じゃないか?」
「うちのネフィアがちと結構飛ばすのに引いてる」
「…………」
三者三様酷い言いぐさではある。夕暮れになり、私たちはバットと球を持って城の門を潜る。兵士が「おかえりなさいませ」と言い。門を閉めた。
「オデアセカイタ」
「いやぁーいい汗かいた」
「ネフィア……俺、やっぱ野球すきだわ」
「トキヤ……知ってた」
なお私も自信がついたのでそこそこ今は楽しい。
「明日もしよっか?」
「「「おう」」」
そこそこじゃない。楽しいわ。
そんなことを思いながら。酒場に行き、野球で今日あった事を族長たちと話すのだった。
*
スキャラ族長は困っていた。暇なのである。
「暇なのです。スラリン姉さま」
「暇ね」
航路は安全であり。リヴァイア種をも簡単に捻るようになった結果、都市ホエール内ではメリハリはなく、スキャラも特になにもすることもなく暇をもて余す。到着してもすぐに攻める訳でもないため。穏やかだ。
「……何か身に入るもの」
「……スキャラ。トランプあるわ」
「飽きました」
「なんとも……つまらない」と思うスキャラ。
「おい、外で野球やろうぜ」
「おっやる?」
「あっ俺も俺も」
部屋の外から兵士たちが何やら騒がしい。
「……まーたやってますね。スラリン姉さん」
「……まーたやってるね。スキャラ」
魚族の男たちが最近、野球なるものに夢中になっていた。夢で女王陛下が伝えた暇潰しだが都市ホエールで大流行になる。とにかく、四六時中暇はあれば遊んでいる。
「……スラリン姉さんは行かないのですか?」
「あんな野蛮な遊びお断りします」
「野蛮ですよね。球投げ合ったり。なんか棒を振ったり。女王陛下の意図が読めません」
「……女王陛下を知るのは英魔では王配だけでしょう」
「………そうですね。私たちの知では遠く及ばないのでしょう」
スキャラ族長はこのとき。予想だに出来ない。いつか自分が………野球に呑まれる事を知るよしもなかったのだった。
*
「グレデンデ様。今日。数週間の日報が届きました」
「ほう。貸せ………」
首都イヴァリースの訓練所を指導している中で伝令が書を持ってくる。グレデンデが秘密裏にネフィアにつけている監視者からの書だ。グレデンデは個人で楽しむためにつけており。それを歴史として残したいと思いで数人をつけていた。
「野球………」
「ボールを投げたり打ったりする遊びです」
「蛮族の遊びですね……オーク族とトロール族が好んでする遊びです。知ってますよ」
「それが……結構流行ってるらしいです」
「…………そんなに面白いのか?」
「我が姫様がのめり込むほど……兵士の中には姫様と戦い誇りにしている者もいます」
「…………」
グレデンデは考える。「蛮族の遊びとバカにしていた自分は間違いだったのでは?」と。
「……ルールは?」
「日報に細かくかかれたのがありました」
「………………日報ですよね?」
「日報です」
なんとも「仕事を放棄している」と怒るべきかも知れないがと思いつつ、グレデンデはその日報を読んだ。
「…………………………やってみましょうか?」
「姫様よろこびますね」
「全力でやりましょう」
そして、グレデンデはダークエルフの義弟を巻き込んで即落ちした。
§日誌
日誌・遠征1月目
スパルタ国に到着した。我々帝国はスパルタ国で再度、物資を馬車に積む。多くの金を使い補充した。
先発偵察騎兵によると亜人の都市は藻抜けの空だったと報告があり、先の商業都市に兵が集まっている様子。
激戦は商業都市についてからと判断する。
願わくば帝国の栄光があらんことを。
*
愛する。我が妻、アメリアへ。
今は都市スパルタだ。この手紙が届く頃には出発しているだろう。
都市スパルタは思った以上に勇敢な男が多い。コロシアムもある。
だが……少し私には少々むさ苦しい場所と言える。気温は砂漠であり暑く。鎧の上で肉が焼けるほどに熱される。
君を連れてここへは来れないほどに過酷だ。
しかし、魔法使いを雇えば涼しくすごす事ができるだろう。いつか……君が体調の許す限り、二人で訪れたい物だ。
今日は体調は優れるかい? 立ち上がれるかい?
不安ではあるが……元気でいてほしいと願うよ。
愛してる我が姫よ。トラストより。
*
女王観察日記~研究記録30日~
エルフ族長からの使命で監視を始めて1月。姫様の周りに多くの亜人が集まっている。
姫様は野球という遊びに色んな種族が声をかけて誘い。それに応えていた。
偏見を持たず。どんな種族ともわかり会える女王の姿に驚く。容赦ない死球にも驚く。誰も姫様にぶつけられても文句は言えないだろうからの戦法だ。容赦ない。
目の前に迫っている帝国の遠征部隊に……怖じけない姿に勇気づけられる。
勝てない戦でも。きっと……
*
「トキヤ……皆で何してるんだ?」
「ああ、ランスロット」
俺は壁の上で眼下を見ていた。同じように衛兵も眺めている。その中でランスロットに声をかられたのだ。
「野球っていう遊びだよ」
「……投げ合う遊びですね」
「そそ。ルールもあるけど。ああやってネフィアがしっかり教えたら。まーじめに覚えてるんだよ奴等は」
笑顔で初心者の衛兵にルールを教えていく。覚えている衛兵はすでに18人、何個も小隊で集まって遊んでいた。
「……面白そうですね」
「面白いよ。でっ……蜘蛛姫は?」
「馬のお嬢さんと一緒に首都へ。一応まとめないといけませんからね族長として」
「嫁が族長は大変だな」
「奥さまが女王な方が苦労するでしょう?」
「元から王の才能持っている奴ほど。楽でいいよ。勝手に……やるんだからさ」
「ですね……」
壁の石に座り俺は一言聞く。
「お前の父親。出てくるだろうな」
「南騎士団6番隊長ですから」
「……人はわからないけど。旧き黒騎士の一人だから。強いだろうな」
俺は親友の心情を聞き出そうとする。自分には家族はネフィアしかいない。だからこそ……「悩まないのか」と。
「父上は……優しい人で、そしてやはり黒騎士でした。あとは母上を愛しすぎて引いてましたが………今は気持ちがわかるので。複雑です」
「……」
ランスロットは笑みを向ける。苦笑いのようだが。
「確かに父上と剣を交えるかもしれません。僕はそれでもいいと思っています」
「家族でもか?」
「もちろん。父上は母上を姫と呼んで怒られてましたが。僕もリデァアを姫と呼んでます。そういうことです。トキヤと同じです」
「女のために捨てる事なんてないぞ」
「残念ですが。昔から教育で……騎士たるもの『姫を護ってこそ』と教えられて育ちましたから。だから。交える事は気にしませんよ」
「………昔のお前とは違うな」
「昔の事は言わないでください。恥ずかしいので」
ランスロットは顔を背ける。黒歴史と言いたいのだろう。
「………わかった。嫌なんだな」
「はい。憎たらしい顔をしてますね」
「もちろん。嫌ならやるまでよ」
ランスロットと壁の上で昔話をしだす。昔話をするほどに我々は長い時間を過ごした気がした。昔は帝国のために剣を握った仲がいつの間にか完全に裏切り者になっているなんて……面白いじゃないか。
*
帝国遠征から1月と1日
スパルタ国を出発。目指すは商業都市。
魔物の被害は無い。
懸案事項は無い。
そして……士気も高い。勝って貴族の仲間入りや上に階級になれるチャンス。
誰が多くの兵士の首を狩れるか。競争である。
多くの者が功を求める。
私も前線で戦えればよかったのだが………
§初戦
城門四方を岩で塞ぎネフィアは城壁の上で陛下にいただいた旗を丸めて持っている。
「……そろそろか」
森を抜け平地の奥から蠢く物を視認する。それがゆっくりと迫り、大地は黒く染まっているほどに多くの兵士の影が埋めつくした。人間の多さにネフィアは感服する。森から現れる瞬間はまるで虫のようだった。
ネフィアの周りには将と成れる実力者が肩を並べる。ランスロットが口を開き隣の親友に声をかけた。
「やはり帝国ですね。今回は本気でしょう」
「ああ……歴代屈指の兵数だな。なんぼいるんだろうな?」
「ざっと20万でしょうか? 5~6万程度の時が懐かしいですね」
「だな……敵にするとその規模は段違いだ」
亜人の衛兵たちの顔が強ばる。帝国の兵の装備の質は違えども軽装の帝国兵を含めて20万以上の大軍勢に皆が唾を飲み込む。
トロール族長やあのオーク族長さえ。笑みは浮かべない。
ネフィアはそれらを見渡す。そして……声をあげた。
「国旗を掲げよう」
響く声に混成の亜人兵士は旗を掲げる。
太陽を象った旗が風になびく。
「旗を見よ、我らの祖国は見ているぞ。義務を果たさんとする行為をな」
静かにネフィアが兵士に諭す。余裕のある声に兵士は皆、「何か考えがあるのでは?」と信じた。そしてネフィアはそれを知り心で謝り、死後はきっと「地獄に落ちるだろう」と思うのだった。
*
北騎士団長と東騎士団長は城壁から離れた位置に陣を敷く。馬上から双眼鏡で城を見た。
偵察隊からは城門は固く閉ざし、出入りがないと聞く。籠城をしているのを確認でき、二人の兵士に攻城命令を出し、魔法使いには対魔法陣の形成を命令した。
「金髪のあの女性が魔王ですね」
「なかなか別嬪じゃないか……人間と変わらんな」
「変わらないでしょうが噂では多くの男を落としたと聞いてます」
「婬魔だったか。女であり、それを使ってからのあの地位だろう。恐れることはないな」
「そうですね。しかし、聖剣に選ばれた人であることを覚えておいては損はないかと?」
「剣が人を選ぶなぞ馬鹿馬鹿しい。ソードマニアめ、そんな事はない」
「そうですか? 私は素晴らしいと思いますよ」
ザッザッ!!
一人の兵士が駆け足で騎士団長の元へやって来る。
「北騎士団長殿!! 伝令です!!」
「なんでしょうか?」
北騎士団長は優しく微笑む。
「向こうの見えます。魔王から話があると……陣に赴くと使者がお見栄です」
「使者が?」
「はい」
北騎士団長と東騎士団長は壁に目を向けた。金髪の魔王と目が合い……笑顔になる。
「わかりました。会いましょう……世界に一つの聖剣の持ち主と聞いてますから。持ち手が気になるんですよ」
「わかりました。ではお呼びします」
兵士が下がる。すると目の前の魔王は後ろへと下がり見えなくなる。
「さぁ……どんな奴か見てやろう」
*
合う場所は……陣と城の狭間だろうと二人は思い。先についておく、何人の従者を連れて待っていると奥からドレイクに乗った魔王が一人で見えた。
白い鎧に白い飾りの兜。金髪の姿は美しく、これが婬魔と言われれば疑う姿でもあり、納得できる姿でもあった。
美しい魔王だと東騎士団長は「殺すには勿体ない」と思い。北騎士団長は笑顔で「女が剣を持つのに相応しくない」と思う。西騎士団長はただただ美しいだけしか思わなかった。
「余の名はネフィア・ネロリリス。英魔王である。会談に顔を出していただきありがとうございます」
馬上から頭を下げるネフィアに皆が威厳なく下の者のようなヘコヘコした仕草に何処と無く弱さを感じた。にやっとした東騎士団長が笑顔になる。
「……全面降伏でも打診か?」
「いいえ……その……撤退していただければと言うご相談です。兵数でも……我々のが劣り……その………金品を渡します」
「降伏ではないが………『お金渡すから帰ってくれ』と言うのか?」
「はい……民が震えております」
騎士団長たちは顔を見合わせる。
「……そうか。しかし!! 我らも多くの犠牲をはらって来ている。陛下の命令だ。降伏するなら許そう」
「こ、降伏だけは!! 降伏だけは出来ません!! 奴隷に落ちたくはないです!!」
「…………ふん。下らん。期待外れだ。俺は行くぞ」
「私も……ちょっと幻滅しました」
「あっ!? お待ちを!!」
東騎士団長は振り向いて笑いを堪えた。北騎士団長はこんなのが選ばれた剣の持ち主なのかと憤る。ネフィアは声をかけ続けるが……話は聞いて貰えなかったのだった。
*
使者としてトキヤとランスロットは相手の陣を我が物顔で歩く。兵士たちは同じ人間として全く気にせずに過ごしていた。炊事をし、談笑をし、テントを張っているのを見て「いつもと変わらないな」と二人で言い合った。
「使者として来てみたが………案外杜撰なもんだな」
「そうですね。こうやって練り歩けますから」
今ごろはネフィアが会談に赴むいているだろうと思う。その内に帰った振りをしての潜入だった。
「……父上にあったらどうする?」
「……そのときはそのときです」
ランスロットとトキヤは相手の状況を目に焼き付ける。どういった編成か武器かを見る。
そして、二人は気が付く。恐ろしい事を思い付き……策を練ることにした。その瞬間だった。
運命とは皮肉でこんな広い陣地に出会ってしまう。
「ランスロット!?」
ランスロットは慌てて振り返る。同僚の騎士たちに手を振り、先に見回りをしていてくれと頼んでいる父親の姿が目に写った。「なんでもない」と言い……庇う姿も。
「………ランス。荒事は無しだぞ」
「わかってる」
「……ランスロットか」
「どうしてここに」とは言わない。シワの少ない若作りの父上にランスロットは距離を取る。
「……その仕草に緊張感。やはりお前はあちら側か」
「妻がいるので」
「……今回は見逃してやる。今、荒事を起こす気はない。戦場で会えるだろう」
「父上……すいません」
「謝るな」
「!?」
「お前は誰の子かよく知っている。私の子だ」
「………」
それだけを言い、父上は去る。突っ立ているランスロットの肩をトキヤが叩いた。
「行くぞ……運よく見逃してくれた。お前の父は強いから助かった」
「……ええ。行きましょう。何も話すことはないですね」
父上の背中にランスロットは覚悟を決める。自分の信じる道を進めと父上に言われたために。
*
トボトボと落ち込んで帰るような振りをしながら、都市に戻ってきた。門の中へ入り、族長などが顔を見せる。
「ドウダッタ?」
「女王さんよ……相手はどんなだ?」
「愚か者だった」
ネフィアは笑顔でそう返事をする。
「私が弱々しい姿を演じればすぐ弱い者を見る目をしたよ。傲りが見え……漬け込める隙を見た。後は1日1日……停戦依頼の書状を送り続けるだけでいいな」
「………オデ、ヨクワカラナイ」
「ワシも弱々しい姿なぞ見せて何故意味があるか知らん。しかし、傲りを生ませるのは良いことなのはわかるが……」
「フフフ、知らなくていいんです。今はまだです。今はね」
ネフィアは黒い笑みを浮かべる。それを見た二人は背筋が冷え、女王から魔物の臭いがして首を振る。一瞬見えた姿はなく首を傾げた。
「……ジョウオウ」
「女王さんよ……ちと黒く見えたぞ」
「そう? なら、いいんじゃないかしら? 私は悪魔になってみせる。あなたの方、民のためにね」
ネフィアの心は決まった。やるしかないと空を見上げ、明日は雨が降りそうだと思うのだった。
*
東騎士団長は包囲した都市を見た次の日。北騎士団長は旗を掲げた。
「攻撃をしろ」と言う旗が一斉に広がり。都市を囲んでいる兵士が叫ぶ。四方の一番兵が多い場所から順に攻めていく。まずは正面からだ。
騎士の仕事はない。歩兵の仕事の攻城戦に騎士は何もしない。ただただ眺め、門が空くのを眺めるだけである。
「愚かな魔王。弱い姿を敵に見せる娼婦よ……今宵の遠征は楽と見える」
空は快晴、雨は降っていない。いい日だった。
§開戦
オオオオオオオオオオオオオオオ!!
大地が揺れるような響き。重圧の下。四方を囲まれ、陣を組まれた中で歩兵が盾を構えて攻めてくる。青天の中での攻撃に私は声を出す。大きな都市であるこの商業都市でも……四方八方に私の命が下った。そして主攻は正面のみというのが分かり、正面に兵士を多く集めた。
四方を囲んでいるように見せての正面だけの攻撃はきっと都市が広いため。分散するよりも固めた方がいいとの判断だろう。私もそう考える。そして、薄くした所に攻め入ればいい。
「槍を投げよ!! 魔法はいらん!! 対魔により防がれるから‼ 無くなるまで投げ捨てよ!!」
衛兵、戦士、騎士達が助走をつけて槍を投げ放つ。何本も何本も投げ、青天に槍が降り注ぐ。中には柱のような太さの物も空に放たれる。知らぬ間に野球で鍛えた強肩を持つ亜人がドンドン投げ放った。
眼下の帝国兵士達がまだ遠い場所で大地に串刺しになっているのをネフィアは見る。
「耐久は低いのね」
「軽装の兵士だからな。ネフィア、後ろに下がれ……弓が飛んでくるぞ」
トキヤとランスロットが剣を担いでネフィアの前へ出る。大地に槍の雨が降り、相手も応戦とばかりに弓を構え放った。
「今日は雨が降るね」
矢の雨が都市に降り注ぐが狙いは甘く。壁の上の盾を持った兵士たちに防がれたり。亜人の皮膚には刺さらずに落ちたりとする。ネフィアそれを目に焼き付ける。亜人の兵士の強さを吟味する。
「一応、目に刺さるとダメだが……固いな俺ら……ランスも弾いてるし……」
「矢では死なないよね………どちらかと言うと都市の民に攻撃して、反乱とか、恐怖を植えるのが目的で……何もない都市に攻撃してもねぇ」
人払いを済ませているので思った以上に効果を生んでいないようだ。帝国の兵たちは数を減らしながらも……梯子を持って壁に真下までやって来る。もちろん、オーク族長やトロール族長以下の屈強な大男たちは壁下に槍を放ち、登って来ようとする者の顔や体を当てて落とす。
「ワラワラと多いな……」
「オデ、マニアワン」
ヒュー!! ドンッ!!
壁の一部に大きい石がぶつかる。遠くを見ると投石機が構えられ、何やら鉄塔のような車が3つも迫ってきた。石については当たれば流石に痛いのか亜人たちは避けていく。
「ネフィア……攻城塔だ。あれを近づけさせたら……危険だぞ。兵が雪崩れてくる」
「そっか~梯子では辛いよね」
正面からの理由はわかった。あの塔は3つしか用意できていないらしい。ひとつでもつけば……勝てると思われている。面白い。
「あの塔を壊せる兵器はない。それより、ドンドン槍を投げさせて兵士を怪我させてください」
指示を飛ばしながら、兵士に激を飛ばす。激しい攻防戦に私は……高鳴る胸を押さえる。熱い、熱い。
「ネフィア!! バリスタだ!!」
ビュウン!! ヒョイ!!
大きな大きな鎖つきの矢が私を狙った。ジャラジャラと鎖が目の前を過ぎる。相手は私が目立つために狙ったのだろう。鎖が壁に絡まり、それを登ってくるのも現れる。
「冴えてきた」
「あっぶないな。あれでも喰らえば壁から落ちてめちゃ痛いぞ」
「だからと言って壁から降りる気はない」
私は皆に聞こえる声で叫んだ。それを呼応するように壁で歓声があがる。
おおおおおおおお!!
何人かはバリスタに当たり落ちても、壁を上がってきた。死なない時点で私たちはやっぱり人とは違うんだなと思う。
「英魔族!! 胸を張れ!! 我々は人より強い!!」
士気をあげるために叫び続ける。どうにかして耐え続けなくてはいけないために。
*
「正面からだと、やはり堅い。城門も鉄の塊なのか全く攻撃が無く、攻城鎚が無視されている」
「しかし、鉄塔がつく………亜人の頭では投石機なぞ作れんかった故に防ぐ事は出来んだろう。そこから攻めれば落ちるぞ。裏から開けばそれでいい」
北騎士団長と東騎士団長は遠くから双眼鏡で眺めていた。兵士の隊長が前線を支えて頑張っているのを後ろで見学する。
ゆっくりと壁に向かって押される鉄塔が壁についた。二人は笑みを浮かべる。
「1日も持たぬか」
「連合国の方が辛かったですね」
「まったくな」
二人は事の成り行きを見定める。魔王を討った者には勇者の称号が貰え、未来永劫貴族となれる。
「さぁ……勇者は誰の手に」
「首を持ってくるのはいったい誰か」と考えるのだった。
*
「鉄塔つけ!!」
「壁についた!! 行くぞ!!」
がしゃん!! がんっ!!
鉄塔が壁につき、矢の雨が全て都市の中へと標的が移る。
鉄塔から伸びた橋の上に重装甲の歩兵が盾と剣を持って攻めてくる。
「よし!! 雪崩れ込!!」
ガシャン!!
先陣を切った男の首が吹き飛ぶ。風のように身を揺るがし、大きなツヴァイハインダーが盾の上から叩き潰す。鉄塔の上に居た兵が驚いた目を向ける。
「久しぶりの臭いだ」
「自分もこうやって。まーた君の虐殺を見る日がくるとは思いませんでした」
ランスロットは幅広の偽聖剣を抜く。誰かが指を差して叫ぶ。トキヤの鎧を指を差して。
「黒騎士!?」
「それにあれは!! 人間!?」
「構うな!! たった二人だ!! 畳み掛けろ!!」
そう言い、壁の上での死闘が始まった。
*
「女王さんよ、鉄塔に突っ込まないのか?」
オーク族長が鉄塔を制圧し、部下にそのまま降りて戦うように指示をしたあとに私の前へ戻ってくる。
「一緒に下に降りて戦おうや」
片手に血塗れの大斧を担いで私を誘いに来たのだ。「わーい」と言って行ってもいいが、そこは我慢して鉄塔3つにはそれぞれ、「近接戦闘が得意な兵を向かわせ、そのまま下に降りての戦闘を行わせろ」と命ずる。
「残念ですが……『私自身は弱い』と言うことを見せなければいけないのです」
弱いと思われないといけない。故に戦うことが出来ない。なるべく……戦わないようにする。
「そうかい、せっかく功を譲ってやろうと思ったのにな。鉄塔の中は大きな螺旋の階段になっている。そのまま、兵士を喰らうてやるから見とけ」
「わかった。任せるよ族長」
「おうさ!! 野郎共、全軍で行くぞ!!」
全軍と言っても数百程度。本当に添え物程度である。
「……ふぅ……状況は芳しくないけど」
初戦としてはまずまずである。一騎当千の猛者達がいる。
「……さぁ、じっくり攻めてくるならいいんですが………どうするでしょうね」
遠くの監視している将を見ながら……黒騎士や腕利きの騎士の姿を探した。多くの矢の中で全くそのような影を見ない。
「………黒騎士は首都かしらね?」
一騎当千の化け物はまだ見えない。見えないからこそ今日は……凌げるだろう。
*
矢の雨が止む、矢が転がっており歩き辛い中で私はピリッとした緊張感が切れるのがわかった。今日はこれでおしまいなのだろう。
「日も高いのに」
日が高い内に鉄塔からトロールとオーク、トキヤとランスロットが帰ってくる。敵兵が士気が低下して敗走したのだろうか口々に楽勝だったことを口走る。
「ネフィア……兵士の質は低い」
「そうですね。騎士が居ないため、あまりに手応えがなかったです」
私は眼下を見る。多くの屍が壁の前で山になっていた。少し……かわいそうな気もするがこれが戦争である。命の損耗戦。相手より先に殺すことだけを求め。殺せば英雄になれる野蛮な世界。
その世界に私は足を踏み入れた。
敵兵が壁から離れて行きその背中に向けて壁の上の兵たちは槍を投げつける。
槍が届かなくなった時には私は命令を下し、攻撃をやめさせ。負傷者を壁の下にある野戦診療所に集めよと指示する。
一通り指示を飛ばした後に皆が集まる。
「初戦凌いだが。うちらも結構被害が出た……じり貧だ」
「オデノナカマモナンニンカヤラレタ」
「……そう。もう先に英雄になったのが出たのね」
「英雄か……ククク。死ぬなぞ情けないと思ったが英雄と言うか」
「神話では勇敢な英雄はヴァルハラに行くと思います」
空を見上げる。高い日が今度は沈んでいく。トキヤが剣についた血を拭いながら声をかけてくれる。
「ネフィア。戦争を実感して何かあったか?」
「初めて見たけど……想像以上に大変ね」
「だろう。これが何日も何日も続いて行くんだ」
「そう………じゃぁ。私は診療所に行ってきます。ここは任せます」
私は壁から階段を降りていく。何も考えず……ただ淡々としながら。
*
診療所では回復魔法を使える者が一生懸命に傷を癒していた。
「女王陛下!?」
「女王陛下が!?」
「女王さま!!」
多くの人が私を見て声をかけてくれる。ベットの上の怪我人も私に対して身を乗り出してでも挨拶しようとする。
私は優しく声をかける。ナース服を着たラミアに声をかける。
「治療手伝います」
「女王陛下が!?」
「少しでも役に立てれると思うから」
矢は効かない者もいればやはり効く亜人もいるようで……至るところで呻き声が聞こえた。
「では………その……」
ラミアの口からは躊躇われるのか……部屋の奥へと向かう。
「……」
そこは……軽傷ではなく重症であり。中には助からないと思われる人も居た。
「女王陛下……」
「言わなくていい……そうね。家族と離れて戦ってる。だから……私が看取りましょう」
「……お願いします」
ラミアは悲しそうにお辞儀をし、負傷兵の治療を再開する。私は……一人一人、息も引き取っているだろう兵にも声をかけて回る。
治療よりも必要な事なのだろうと私は心に言い聞かせて。
*
辺りはすっかり暗くなった日、私は壁の上に来ていた。多くの兵を看取ったあとに……カンテラだけを持って歩く。鉄塔は解体されているため。兵士に頼んで梯子を下ろしてもらう。
「女王陛下……壁の外でなにを?」
「……少しね。今は魔法が唱えられるから」
「………」
蜥蜴と猫の亜人に見守られながら梯子を降りた。ブニッと冷たい遺体の上に降り立つ。
カンテラで照らす一面に人間の遺体が転がり。私はその中を歩く。
「ああ……ん……よし。声は出る」
喉の調子を確かめ。カンテラを置き私はその場に祈るように手を前に組む。
「死は平等であり始まりでもある。生まれ変わるなら英魔として私の元へ来ることを望みます」
翼を広げ、私は声ではない声を響かせてメロディーを作り想いを込める。
静かに真っ暗な夜空の下で数分だけ歌うのだった。
*
帝国兵は風に乗ってくる歌に驚く。
英魔兵は風に乗ってくる歌に驚く。
次の日、帝国兵の誰もがその夜。戦場に立つ天使を見たと言う噂になった。
英魔兵は姫様が敵味方関係なく。慈悲深い人と尊敬の念を持って持ち場についた。
2日目が始まり。騎士たちが動き出す。
見ていられないと。
§開戦二日目~殿~
夜営の大きな天幕の中で騎士が今日あった出来事を聞いた。メンバーは北東西の騎士団長と代理の南騎士団1番隊長が座る。重々しい空気の中で東騎士団長だけは酒を飲んでいた。嫌われているために黒騎士団長は帝国にお留守番である。
数で圧倒していた兵士が遁走、鉄塔を登った先で負け、鉄塔さえも破壊されたと兵士が言う。
予想外な負け方だと一同は思い。亜人の強さを認識した。
「黒騎士と白騎士の二名に大きな巨人と豚の亜人により遁走です」
東騎士団長が愚痴る。
「全く、情けない兵士どもだ」
傭兵も含む兵士だったがそれでも押し返され、指揮崩壊が起きてしまった。北騎士団長は腕を組んで考えを話す。もっぱら二人だけの会議のような物だ。
「あそこに4人の将がいると思います。それも指揮能力の高い者が」
「そうだろうな。明日はどう攻める?」
「籠城戦の蓄えがあるでしょう。しかし、攻撃は緩やかであり兵士の数もそう多くはない」
「鉄塔は壊されたがくっつける事を考えると……悪くはない」
「明日はにらみ合いにしましょう。他もいいですね? 次の攻勢は4方向から行きます。それも……塔を立ててのね」
皆が異議はない事を言う。
「では、会議は解散。塔を作成しましょう」
皆が気付いていた。槍が降ってくる数を見て……兵の数を。たった5000程度だけと。
*
「なーんもないな?」
「ないですね?」
「ありませんね」
「ナイノ」
「つまらんな」
トキヤ、ランスロット、私、トロール族長、オーク族長が双眼鏡で陣を見た。全く動きがなく首を傾げ私を双眼鏡で見る。
皆の目にはどう言うことだと聞いている目。トキヤは少しシワがと言いかけたのを私はアッパーで黙らせる。ワザとでも許さん。
「つぅ!?」
「私は全て知ってる訳じゃない」
「だが……予想は出来ないか? なんだろうな?」
「帝国が攻めてこないのは不思議ですね」
皆が不思議がる中で私はふと、砂埃が上がっているのを見る。
「兵が移動しています。陣地移動……」
わざわざ持ってきた作戦用のテーブルが近くに置いてある。そこに広げられた城の周辺地図を見た。敵を知るには敵の気持ちになってからだ。
もし、昨日の戦いを見て作戦を練るならどうするか。
「………兵の数を知られましたね」
「ネフィア?」
皆がテーブルを囲む。
「槍の投擲は連発出来ない故に投げる間隔があります。それを遠くから見ていたら大体の数が予想ができるでしょう」
前線の兵士からは見えないが。遠くからなら見える。
「他の壁の上を見られているとも思われますし……あの大規模な敵前の陣地変更は我々が打って出れない兵数なのを感じての行為でしょう。もし、出てくるならの陽動かもしれませんね」
皆が息を飲む。何が起きるかわかったのだ。
「一枚一枚兵を薄く展開しても……それを撃ち破る力は私たち無いのがバレますね」
「しかも女王さんよ………この広い壁を全て守れんぞ」
「知ってます。帝国は気付いた。一斉にかかれば……穴が空くことを」
的確な兵分散。国力があるために出来る敵前の大胆な陣地変換。熟練の戦争経験者の目は鋭い。
「攻撃準備はいつまでかけるか分かりませんが………次がこの都市最後ですね………」
私は目を閉じて溜め息を吐く。時間を稼げれないことが分かったのだ。兵が少なすぎた。
「負けか……初戦で崩れんかっただけマシだな」
「オデモソウオモウ」
「………それでも何人かは」
バシン!!
「ぐっ」
大きな大きな叩く音が響く。オーク族長が私の背中を叩いたのだ。少し噎せてケホケホする。
「な、なんですか……」
「胸を張れ、最初の日から暗い顔をしてなかっただろ。1日で滅入っては困る。これからなのだからな……」
「オデモ、オウエン」
「……そうですね。出来る事を考えましょう」
「それについてだが……親方と話し合った。ワシらだけ残る」
「!?」
私は驚いた顔で二人を見る。
「今から首都へ帰れ、女王!! 囲まれる前に脱出し、都市に残した若いオーク族をまとめよ!!」
「しかし!!」
「オデモ、ワカイセガレガイル……ジシンノワガコ」
「そうだ。殿は任せろ……お主はな……必要なのだ。ここで倒れてはいけない」
「……見殺しに」
「見殺し? バカいえ、我々だけで勝てる。そうだろ?」
「ソウダ」
二人がニヤニヤとして私の頭を交互に撫でた。
「若いのに背負わすのはあれだが。今からはあんたら新しい若いのが引っ張る時代になった。ワシらでは無理な方法でな……」
「………うぅ」
私は心底悔しい思いをする。無理なものは無理であり……己の非力を呪う。わかっていたことだ。自分の策だが……決意が揺らぐ。
「ネフィア、北門を開ける準備は終わってる……実はもうすでに聞いていたんだ」
トキヤが肩を叩く。
「兵は残りたいやつだけ残す。早く支度しろ女王さんよ。最初からわかってただろ? それ以上はワガママだ。来ただけで皆は喜んでるさ」
私は喚こうかと思ったがヤメて唸るだけにする。テコでも動かないだろう事は……わかっている。
「非力を許して」
「なーに。悪いのは今まで争ってた我々だ!! あーんな帝国を舐めてた我々の罪だ。背負わせてすまんな」
オーク族長は腹をかかえて笑う。豪快に、楽しそうに笑い続けるのだった。
*
日の高いうちにドレイクに跨がり北門まで向かった。トキヤにランスロットは門を出た先を走り偵察に出掛けている。私だけ、時間をズラしての出発だった。
理由は何故かわからなかったが……北門の向かう道を見たら一瞬で理解できる。
石畳に両翼1列。道に並んだ亜人達が直立不動で胸に当てる敬礼し。一部は旗を掲げ、胸を張っていた。長い列の中心を私はゆっくりと進んだ。
皆の期待と羨望の目線に笑顔で答える。陛下の旗を掲げなおし、持ちながら。
途中、オーク族長とトロール族長が現れ、列を崩して兵士が後ろに付き従い、静かな門出を見守る。
それは門の下まで続き。私は……門の下でドレイクを振り向き変え、後ろについてきていた英魔達を見る。清々しいまでに笑顔で私を見つめ……私は泣きそうなのを飲み込んだ。
女々しい事はいらない。皆が静かに私を見る。
「私以外に……去るものはいないのだな……」
「そうだ。皆は覚悟の上で残った者達だ。絶対に勝つためにな」
「オデタチハミライノタメニ」
私は旗を掲げながら叫んだ。大きく白い翼を広げて。
「諸君は英魔族の誇りであり!! 英雄だ!! 故に義務を果たさんことを私、女王が期待する!! 後で会おう。ヴァルハラの地で!!」
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
膨大な声量が都市に木霊する。私を応援する声や、勝利を望む声に、女神として敬う声。多くの仲間に……背中を押される。
「………ふふ。勇ましい。英雄たちに陽の祝福を」
何故か笑みがこぼれおち、翼をはためかせて羽根を舞わす。
不思議と一人一人に魔力の羽根が風に乗って届けられ手に乗り、光となって残る。負傷者も皆がその光景に驚き。光となった羽根を胸に抱く。
熱が覚めたかのよう静かになり。私は羽根を仕舞い。急いで門を出た。
背後から……門が閉ざされる音と共に振り向かずにドレイクで走り走り抜ける。
「……うぐっ……うぅぅ……」
我慢していた雫を……溢しながら。
*
「……イッタナ」
「ああ、これでいい。これでな………」
門を閉ざし、石で封をする。そして、兵たちは口々に女王陛下を称える声を出しながら四方に分散した。
「次に会うのはヴァルハラで」と言いながら。
「……でっ。おまえ……残って良かったのか? 今からでも……」
オーク族長は隠れているだろう妻に声をかけた。悪魔の女性は笑みを向ける。
「あなたが私を寝取り犯し、孕ませ、人生を歪ませた。その時に言っただろう……死ぬ瞬間を笑って蔑んでやると。踏みつけて惨めに呪いながら殺してやるとな」
「懐かしいな」
「そのチャンスが来たのよ……残る理由には十分よ」
大きな矛を振り回し。オーク族長の妻は笑顔を向ける。
「惨めな、慰め物の人生だったわ」
「すまんかったな~まぁもう、いつでも首はやる。最後にな」
「……感謝の言葉はないの?」
オーク族長は頭を掻く。女王陛下の顔を思い浮かべ、頷き。背を向けた。
「ありがとうな……」
「ふぅ。嫌な人生だったけど…………全く悪くなかったわ」
トロール族長は空気を読んでその場を後にし、オーク族長は鼻を掻いてなんとも言えない顔をするのだった。
*
「………」
「ネフィアこっちだ」
平原から森に入った所に護衛や偵察を行うトキヤとランスロットが見えた。ドレイクに二人は乗りこちらに手招きをする。途中、帝国の偵察兵が死んでいたのは彼らにやられたからだろう。
「お前だけか……」
「……うん」
「トキヤさん、ネフィアさん……いきましょう」
「ああ、ネフィア。悲しいのは分かるが、お前のすべき事は……」
「わかってる……わかってた……こうなるって事は……わかってた。覚悟した……でもさ……皆……どんな顔をして私を見てたと思う?」
私は怒られたかったのかもしれない。なんでそんな愚かなことをや、最初っから逃げればとか……色々と罵声とかを覚悟した。「死ね」と言ってるような物であり。それを伝えたような物だった。
「……笑顔だった。皆、私に対して笑顔で助かることに喜んでた……自分よりも私を……あんなにも多い人たちが」
「……」
「……」
二人は頭を掻く。
「帝国の兵よりも格好いい生きざまだな」
「全くです。あいつらに見せてやりたい程に」
「……」
「ネフィア。あいつらはお前に未来を託したんだ。悲しむのはあとにしよう」
「……うん」
私は涙を拭い。前を見る。押された背中は翼は熱を持つ。
「ネフィア、翼を仕舞え。目立つ」
「ごめん……では行こう!!」
力強く、行こうと叫んだ。私にはまだやることがある。そう、やることが。
英魔の勝利のために!!
§開戦12日目………そして数日後、最後の灯火
「塔の数が揃いました」
工兵が不眠不休で作った攻城塔の数が揃う報告が騎士団長の天幕に届けられる。東騎士団長は愚痴る。
「ずいぶん時間がかかったな」
兵士がビクビクしながら報告を続けた。
「魔物が多く……ワイバーンの騎兵もまだ調整不足でして……」
「まぁ東騎士団長どの……ゆっくりでいいではないですか? ワイバーンの騎兵も節約できる訳です。楽に要所を攻め落とせるでしょう……それにこんなにもラブレターが届いております」
北騎士団長は手紙を見せる。12枚の停戦要求が書かれた国書。それを簡易机に置く。
「ふん、やめてと言ってやめるバカはいない」
「ですね」
手紙をビリビリにし、鉄の吸い殻に入れて火を起こす。燃え上がる手紙を無視して話を続ける。
「西騎士団長」
「おう?」
「私は功はいりません。東騎士団長もですね」
「ああ、あんなのはいらんな」
「ほう……いいのか? 戴くぞ?」
「どうぞ」
「やる」
「では、先人の指揮は我々が行います。休んでいてください」
西騎士団長は自分が上がることは無いことを知り。諦めて言葉に従った。
しかし、あの都市を落とした場合はやはり名実を貰えると思うと美味しい部分もあり、なんとも嬉しい気持ちが勝つ。
南騎士団1番隊長はそれを見ながら……自分達の貪欲さに辟易し、仲のよい6番隊長を思い出す。彼と違い、この中は少し淀んでいる気がするのだった。
*
帝国の旗が翻り、攻撃旗が掲げられた。四方から歩兵が勢いよく突き進み。盾を構えて投げ槍を弾く。
「槍が少ない!! 敵は少数押し込め!!」
帝国兵たちは抵抗が何故か少ない壁を登る。帝国兵は喜びながら砦の壁から町へと降り、降りる先で亞人達が待っていた。狭い路地に何人もの亞人たち。
「敵だかかれ!!」
多くの声を揚げての突撃は……大きなトロールの盾に防がれ。叩き潰される。
「狭い路地では部が悪い他の場所から挟め!!」
「後ろからも来るぞ!!」
「な、に!?」
「ぐへっ!?」
狭い路地に挟み撃ちにされ潰される兵士。
路地裏の壁が壊れ突如オーク族が攻めてくる攻撃。
敷き詰められた石畳の上が血で濡れていく。
兵士たちは……街の中を逃げ惑うのだった。
*
「ガハハハ……街の中をうろちょろと走り回りおって」
壁から降りた兵士は大通りに出る。大通りは混戦となり。味方敵が入り乱れる。
しかし、少しずつ帝国兵は敗走を始めた。
亞人との力量差に負けていくのだ。
精強オーク族、獣族からたった1種族だけ抜け出し繁栄した種族は訳が違ったのだ。
「野郎共。人間を陣に担げ、仲間もな」
仲間は供養のために。敵は予備の食料のためだ。都市の食品はみな燃やした。
オークは雑食。味方も食ってでも生きる汚れた行為を行ってきた。
しかし、それを恥ずかしく思うことはなかった。
ネフィア女王陛下も口にした。そして、それは英雄を繋ぎ、内に仲間や同志と共にする行為。
「私の中に仲間の英雄血が巡っています。私の中で英雄は一緒に歩んでくださるでしょう」
誰もが何故か……そんな声が聞こえた気がするのだ。
忌むべき行為を咎めず。受け入れたのだ。
*
壁の上から西騎士団長は苦虫を潰したような顔をする。傭兵の弱さに嘆くのだ。
「兵がみな、逃げ惑っています!! 西騎士団長!!」
部下の一人が報告に上がる。
「……くっ。都市内戦は向こうが上か。仕方ない!! 門を一つでも抉じ開けよ」
「それが……門は砂や木、岩などの瓦礫で塞がっておりまして……すぐには」
「……退けさせろ」
「はい」
命令を聞いた騎士がそそくさと持ち場に戻る。そして、西騎士団長は中央を見た。
岩が積めあげられ、木などの杭が刺さり、如何にも防衛用に陣が作られていた。
「……そういうことか」
都市は広い、故に護るのを諦め……少数だけで護れる砦を都市の内側に作ったのだ。
外壁より低いが、低すぎる訳でもなく攻城搭も入らない都市内部。
多くの建物がまるで森の木々のように重なり狭い道。
「これは……亞人の浅い知恵でよく考えましたね」
「北騎士団長……」
「ちょっと様子を見に来たら……厄介極まりない。土地を知り、少数だけで戦闘が出来るように考えられています」
北騎士団長がゆっくりと分析をする。そして……一言言い放つ。
「傭兵に外壁から建物を崩させよ。そして金品は全部渡すように命令をお願いします」
「………すべてを燃やす気か?」
「もちろん。すべてを奪い燃やすつもりです。再利用が出来ないほどに。あまりあんな程度の兵で時間を潰したくはありませんから」
魔王らしきものは居ない事を知る。北に逃げられていることを知っている。馬の蹄から数人しか逃げておらずその一人なのが予想がつき、追いかけても尻尾は掴めないでいた。
北騎士団長は外壁を降りる。残っている将を誉めながらも……その将を消し去れる事に喜びを感じた。
「切り札の1枚……消し去れますね」
「忠誠心は高いだろう。しかし……魔王はただのお飾り。他をゆっくりと消せば連合都市のように弱体化する。そう、これが精鋭なら……今、増員出来た兵はこれだけ」と言う。そんなことを騎士団長たちは考えるのだった。
*
「オーク族長!! 火を放たれ、建物や扉を壊し始めました………」
「……」
「ここも時間の問題です」
「……壊れるのを待つつもりはない」
「っと言いますと?」
「今日は何もないな………明日全軍で出る。用意をしろ」
「……かしこまりました」
天幕の中でぶどう酒のコルクを抜くオーク族長はそれを一気に飲み干す。
「今ある食料を全部食っていい。残りは燃やせ」
「はい」
「最後の晩餐としようや」
オーク族長は無くした片腕を撫でる。そして、笑みを深めるのだった。
*
突貫工事で作った即席の傾いてる杜撰な攻城搭を残し、門を抉じ開けた帝国の傭兵は都市内部で暴れまわる。門から馬車を乗り入れて片っ端から金品を奪い。取り壊していく。
これでもかと金目の物を乗せ、城の外へと運び出した。
その結果……用意していた馬車一杯に積まれた物が列を成して帝国へ向かっていく。
先に勝利品の持ち帰りを行ったのだ。噂も流す。労せず儲かるため……人が集まるのだ。
騎士団達も用意した馬車に乗せ自国に持ち帰れと指示を飛ばす。
目の前の敵に目もくれず、ただただ欲に溺れた。
そして……それが何日も続き。相手が出ないことを知るや好き勝手に暴れた兵たちがゆっくりと牙を向ける。
「西騎士団長どの、傭兵がみな用意ができたのこと」
「そうか。たらふく肥やしてくれたお礼をせねばな!! 旗を掲げ魔法を撃ち込め!!」
騎士団は知る。相手に魔法使いは居ないことを。故に魔法を禁止する呪文をやめ攻勢に参加させた。
帝国旗が掲げられ岩や木で出来た壁が砕けて燃やされて行く。
抵抗もなく……崩れていく。
しかし、その中でゆっくりと燃え上がる門が開かれた。
中の天幕や住宅は燃え上がるなかで……武器を構えたオーク族長トロール族長がゆっくり前へ動き出す。
「敵が出てきます!!」
「応戦!! 槍兵前へ!!」
「グオオオオオオオオオオオオオ!!」
蛮族の王は叫びながら先頭を切り……皆が後に続く。
下された命令は1つ。
少しでも多く……帝国兵を道ずれにしろだった。
*
敵の中心で片腕の大剣を振り回すオーク族長デュナミスは時がゆっくりになるのを感じた。
多くの槍兵を槍ごと凪ぎ払い、魔法使いの猛攻をその身に受けながら……前へ前へと進む。
猪の亞人である彼は引くことを知らない。
いつだって、何度だってその力で全て切り払ってきた。
戦いながら過去を思い出していく。
色んな種族と土地の奪い合い、殺し合い、だまし合いをしてきた。時に囲まれたがオーク族だけでいくつもの苦難を乗り越えてきた。
他の亞人を食い殺しながら。恨みを買いながら。
ザシュッ!!
「ぐふっ………おおおおおおお!!」
「う、ぎゃあああああ!!」
槍が腹に刺さり、それを掴み兵ごと投げ飛ばす。刺さったままの槍をそのままにし前へ前へ……進んだ。気付けば周りに自分以外は居ないことに気が付く……ついてこれなかった訳ではない。
妻もみな………あのトロール族長さえ地に伏していたのだ。
「………ククク」
笑みが溢れる。これでいいのだと。
オーク族は嫌われの種族。それの代表者である。多くの者が死を望んだだろう。
多くの罪を重ねてきた。和解なぞ出来ぬ程に。多くの敵を作った。故に本来は……いつか全員に潰され消える運命の種族だっただろう。
「あと一匹……お前……行けよ」
「ま、まて……全員でやろう!!」
槍が全周囲から構えられる。魔法使いはすでに休むために消えている。
「くくく……まだ、まだ倒したりない」
そう、まだ陛下に恩を返せてない。
オーク族長デュナミスは……感謝していた。
全ての敵であるオーク族の未来を変える事が出来たことを……恨みを自分一人に向けて背負い死ぬことが出来ると。
「おおおおおおお!! ぐふっ!?」
槍が投げられる。それを振り払おうとした瞬間だった。手に槍が刺さり……動かせなくなったのだ。
そして……全身に槍が突き入れられ。血が石畳に染み込んでいく。
「やったぜ!! 俺が首級をもらう!!」
「あっ!! 抜けかげはよせ!!」
オーク族長は……痛みを感じず……眠気に襲われた。ゆっくりと目を閉じ。祈る。
1つ、族の繁栄を……2つ……英魔の勝利を……そして太陽の女神に感謝を。
冷たくなる体を感じながら。
……
…………
カーン……カーン………
眠気の中で鐘の音をオーク族長は聞いた。鐘は壊れた筈だ。
アーアーアー
眠気の中で聞いたことのない聖歌が聞こえた。ここにはそんなのはいない。
「………魔族は魔の物? いいえ……そんなことない」
ハッキリする意識の中で女王陛下の声が聞こえる。女王陛下はそんなことを言ったことはない。
「英魔……それは……英雄の輝ける力を持った種族なり」
手が、足が……動く。冷えた体に内から燃えるような熱さを感じた。
目開けると恐怖の表情をした帝国兵が見えた。体が軽く感じ、切り落とされ失った手が見えた。少し赤く燃え上がる手を見た瞬間にオーク族長は笑みを浮かべた。
周りには同じように立ち上がり剣を握り直す同志が見えた。
武器が炎を纏い、まるで誰かの武器のように燃え上がる。
女王陛下の力、英魔の力………そう我らにはまだ光が残っている事を。皆の耳には確かに聞こえる。
聖鐘の音が、聖歌の声が。
「………」
オーク族長の刺さった槍が抜け傷から火が溢れる。
炎の大剣をかざし……叫んだ。
「アアアアアアアアアアアアアアアア!!」
同調するように仲間とともに目の前の敵を凪ぎ払うのだった。身を焦がすほどの熱を持って。
*
「西騎士団長!?」
一人の傭兵の代表が現れる。血相を変えて先に帰ろうとしていた騎士団長は振り返った。
「なんだ?」
「……そ、それが。死んだ筈の敵がぞ、ゾンビに」
「ネクロマンサーだと!? 急遽魔法封じの大魔法を唱えさせろ!!」
「……………」
「どうした!? さっさとしろ」
「……申し訳ありません……それが全く効果がないのです」
西騎士団長は急いで前線へと仲間の騎士と共に向かう。そして、逃げ惑う傭兵や兵士を掻き分け……その姿を見た。
傷がつこうとそこが焦げ、そして塞がり。炎の武器や炎を一部纏い……繰り広げられる虐殺を。西騎士団長は騎士に命令を飛ばす……全軍に攻撃通知を。敵は生きていると。
「……化け物め!!」
騎士団長は舌打ちをしたのだった。
§最後の火
オーク族長は剣を振りながら己の最後を感じていた。
燃えるように内から沸く力は何を糧にしているかもわかっていた。
身を焦がすほどの熱さは長くは続かないことを。
だが、その熱があるかぎり敵を倒そうとする。親方の姿はない。
「……トロールの親方は何処だ……」
同じ仲間が炎を纏う武器で帝国兵を倒してく中を探す。
「………まだ寝ているか。トロール族長さんよ!!」
悪態をつきながらも。オーク族長は最後の時がやって来る。
グラッ!! ガシャン!!
唐突に体が重くなる。いや……軽くなる。
内の熱が引き……ゆっくりと冷えていく。
武器の炎が消え、オーク族長たちは倒れていく。
逃げ惑う帝国はチャンスと思い迫る。オーク族長たちを突き刺そうとした瞬間それが起こった。
*
己は……何処にいるのかわからない。暗い底、何もない場所で横に寝ていた。
死後の世界というのはわかる。多くの槍に刺されて倒れたのも理解している。
しかし……何故かゆっくりと暖かく感じた。まるで太陽に当てられてるような暖かさだった。
目を閉じていたのだろう事がわかる。眩しい光りが瞼の裏を焦がした。
何処か風に花の匂いもする。
「オデ……ナニガ?」
目をゆっくりと開けた瞬間に………言葉を失う。
風に金色の紙を女王旗と共に靡かせ、純白の白金鎧に身を包み、大きい白翼を伸ばし、緑に輝く聖なる剣を突き刺して仁王立ちするネフィアが居たのだ。
荘厳な鐘の音。女声の歌が聞こえる。
雲の隙間から太陽が覗かせて彼女を照らす。
陽に照らされなが真っ直ぐ目の前だけを見る女王の風格に……目を奪われそうになり……多くの視線を感じて女王の目線の先を見る。
見た瞬間、驚き声がでなくなった。英魔の軍団が一斉にこちらを見ていたのだ。
見たことのない数の英魔たちが多くの旗を掲げる。そして一人一人の亞人たちがひれ伏し、胸に手を当て……忠誠を誓う騎士のように祈り始める。
物音しない状況にトロール族長は目を女王に向ける。
彼女はゆっくりとトロール族長に向き直り……剣を持っていない右手を差し出す。
トロールは手を伸ばす。美しいその姫の手に触れた瞬間だった。
「いつまで寝ている。トロール族長!! 目覚めろ」
オーク族長の声が聞こえたのだった。
*
逃げ惑う帝国はチャンスと思い迫る。オーク族長たちを突き刺そうとした瞬間……帝国の兵士たちは動きが止まってしまう。
それは恐怖だったのか……それとも何かを察したのかはわからない。
ただ、ただ……兵士たちは動かない者たちを見ていた。
そう、ゆっくり小さな火の流れのような物がある一ヶ所に集まっているのだ。
連続で起こる不可解なこと。
火の流れが無くなった英魔の遺体は……ゆっくり白くなり崩れて砂となって風に流されていく。
ガシャン!!
一際大きい巨人……トロール族長が起き上がる。醜く太っていた体は引き締まり。身長と同じように近くに転げていたオーク族長の黒い大きい剣を掴んだ。
「オデ………オレハイッタイ………ああ。そうか……これが………あの方の……そして………皆の」
剣を地面に差し、跪きゆっくりと祈る………黒き剣に炎を纏わせた。
「……覚悟しろ。最後に立つは………我トロール族長トロールなるや……」
身を焦がすほどに炎が傷を癒す。立ち上がり剣を地面から抜き……振り回して構え治した。
「トロール族長……最後の灯火……参る」
トロール族長が跳躍する。帝国兵士たちは振り払われた剣の炎に飲まれた。トロール族長の足跡は燃え上がり………跡を残していく。赤く溶ける石が続く。
誰も武器を捨てて………逃げ惑うのが再開されたのだった。
*
帝国の天幕、騎士団長たちに初めての悲報が聞かされた。慌てて天幕に入ってきた西騎士団員が声を荒げて報告する。ちょうど6番隊長トラストが相席している時だった。
「ほ、報告します!! 帝国の……西騎士団長戦死」
天幕の下で……皆が驚いた表情をした。
「て、敵の死にものぐるいの抵抗に……戦死しました」
「いったい……どう言うことですか?」
事の顛末を話す。死んだ筈の兵が生き返ると言う嘘のような真実に……皆が死霊術を思い浮かべた。
しかし……それとは何か違うと生き残った騎士は言う。北騎士団長が質問する。
「西騎士団の被害は?」
「数十名ほど………」
「本体は私の北騎士団に合流。南騎士団1番隊長……行けますか?」
「俺が行きましょう」
北騎士団長の声を遮り。トラストは声を出した。
「魔物狩りなら………俺の方が得意だ」
「6番隊長……なら頼んだ」
1番隊長が命じ、6番隊長が天幕を後にした。
「………南騎士団の豪傑が相手です。火消しには十分ですね」
騎士団長たちは何があったかを……再度確認し合うのだった。
*
トラストは部下10人を連れて馬を走らせる。相手は一人と聞いていたためと。強者の匂いがしたからだった。
一人で千を相手に出来るなら。少数で腕の自信のあるものだけで向かうべきだとトラストは思う。
余波で無駄死にするために。
だからこそ……一騎討ちを行おうと考え戦場につく。
門から入った大通りに……一人の大きな大きな巨人が山となった死体の上で座り。傷からは血は何故か流れていなかった。焦げ臭い臭いが充満し、黒焦げた死体が転がる。
巨人が座れるほどに積み上がった死体にトラストは眉を歪ませた。他の帝国の兵士は違うところへ逃げたのだろう。たまたま……こっちに逃げてきた者は全て殺されたらしい。
「……来たか……新しい将が」
ユラリと大きな巨人が立ち上がり。トラストは………動けなかった。
油断したと言ってよかった。トラストの大きな武器は馬上では不向きであり、抜くのは遅くなる。故に目の前に大きな巨人が燃える剣を振り抜くのに間に合わない筈だった。
ザクザクザクザクザクッ!!
「トラスト隊長危ない!!」
「トラスト先輩!!」
「隊長!!」
つれてきた。兵士たちは騎士槍を持っていた。それを構え、トラストの前に出て飛翔した巨人に突き刺したのだ。トラストの鍛えた騎士の鋭い突きに巨人は串刺しになる。黒き剣が手から落ちた。
「……あと一歩……届かぬか……」
「喋られるのか……」
トラストは驚きながら巨人を見る。
「最後に名を聞こう名のある将よ……我はトロール族長トロール」
「トラスト・アフトクラトル。帝国南騎士」
串刺しにされたままトロール族長が声を出す。
「トラスト……帰って言え……この先進むなら覚悟しろと………」
トラストは目線を逸らさない。
「お前らが相手にする。我らの姫は………強い……それは……陽のごとく」
サラッ……
トロール族長の体がゆっくりと白い砂になり、風に流されていく。
「覚悟しろ………この先は……地獄ぞ」
サラ……
トロール族長が一瞬にして砂になる。トラストは……皆に「帰るぞ」と言い。今さっきの光景を目に焼き付けた。
「……胸騒ぎが収まらんな」
黒騎士だったトラストは今までの戦争より苛烈な物になることを勘で察する。そして……今の事を話そうと思い……帰還を上申する事にしたのだった。
*
「ん? 待って」
「どうしたネフィア? 早く行くぞ……都市インバスはあと少しだ」
「そうです。追っ手が来るかもしれません」
「………声が聞こえた気がした。皆の声が」
「ネフィア……振り向くな。前を見ろ」
「うん。何度も言わないで……でも私は振り向くよ」
「どうしてですか? ネフィアさん?」
「振り向いたら………いつも背中を見てくれてる人がいる気がする。そう……彼等は見ている」
「………そうだな」
「そうですね」
「行こう!! 彼等が稼いだ時間を無駄には出来ない………無駄にしてはならない!!」
ネフィアはドレイクに鞭を打った。真っ直ぐ前を向いて。
§占領する帝国騎士
「……無理ですか」
帝国騎士団は占領した都市に補給品を運び込み、無事な建物を借りて会議を行う。その場に呼ばれたトラストはため息を吐く。
トラストは正直に話をした。そして撤退を進言した結果は……棄却される。
「南騎士団の英雄様は腰抜けか?」
「ふぅ……引いてよいぞ」
「すまない。トラスト……引いてくれ」
北騎士団長と東騎士団長が呆れて話を聞いてくれず。トラストはそのまま挨拶することなくその場を後にした。
「……にしても厄介ですね。殺しても短時間だけでも生き返り戦う魔法は」
「対価はなんだろうな?」
「肉体が消える所を見ると……肉体を糧にしているのかもしれません。一応心に留めておきましょう。あの……南騎士団のトラスト殿がビビる程ですから」
北騎士団長と東騎士団長は彼の武勇等、高く評価していた。そう……南騎士団長は彼になると二人は予測していたのだ。
しかし、多くの理由でそれは無くなった。息子の白騎士団壊滅の引き金。南騎士団員だが黒騎士のスパイを明言。私設6番隊長の就任。そして、あまり上を目指す気のない事を胸を張って言い張る。トラストは今の状況が望むと言う変人だった。
帝国一の愛妻家の逸話は有名であり。忙しい仕事は帰りが遅くなり嫌がるし、南騎士団に忠誠ではなく。奥さんを姫として忠誠を近い。分かりやすく、黒騎士の時よりも武勇が上がり、黒騎士1番隊長を倒せるほどだ。故に御しにくい騎士であった。
「まぁ~彼は変わり者ですが。それがなければ……」
「逆にそれがあったからこそ……南騎士団を警戒せずに済んでいるだろう」
「そうですね……では、情報をまとめましょう」
戦闘の情報を集めた上層部は唸る。確かに被害は出たが騎士にはそんな大きな被害は出ていない。故にそこまで驚異とは思わないのだった。そして、決まる。進軍を。
「この大きい都市を足ががりに北へ向かいましょう……次は捨てられた者の街ですね」
北騎士団長は出発時期を定め、その日は会議は終わったのだった。
*
トントン
「トラスト入るぞ」
「どうぞ」
何処かの誰かの宿の寝室を借りた一室でトラストは手紙を書いていた。1番隊長はため息とともに昔から変わらない親友に対し安心感を得る。
変わらないと言うのは芯があると言うことだ。1番隊長シュテムはいつもそれに助けられる。
背中に居るだけで頼りになるのだ。
「また、奥さんに宛てる手紙か?」
「ああ。書かないのか?」
「そこまで豆に書けないぞ」
椅子を引っ張りシュテムはそれに座って唸る。
「……黒騎士からの応答は?」
「そんなすぐには返信はこない。援軍要請はした」
「はぁ……お前が1番隊長になれば良かったものを……」
「毎日言うな。そんなに嫌か?」
二人っきりのときは昔からの口調に戻る二人。
「目の前の騎士団長の腹の探り合いは胃が痛くなるよ」
「英傑二人だ。そうだろうな」
トラストは良かったと笑顔になる。あんな面倒ごとはしたくないなとシュテムに表情で表した。呆れるシュテムは頭を押さえる。
「……この先どうなる?」
「苦戦を強いられる。騎士団長たちはあんな数と言ったが……強い。数が増えたら勝ち目があるかわからない。しかも、相手に有利な土地だ」
「そうだろうな……しかし、魔王は停戦の手紙を送り続けてるぞ? 今日は2通だ」
一枚、国印された手紙を出し見せつける。もう誰も読まなくなったものだ。
「……妻が会っている」
「知っている」
「陛下も会っている」
「……知っている」
「あの陛下が『大絶賛した』と聞いていた」
シュテムは眉を歪める。
「本当に弱いのか? 俺は演技に見えるよ……」
「………現に敗走してる」
「そうだな」
トラストは唸る。勘が警鐘を鳴らし……彼を不安にさせた。
運が悪いのは彼はただの番隊長。本来騎士団長の席に呼ばれることはない人物。
そう……二人には決定権は持ち合わせていなかったのだった。
*
ネフィアは都市インバスについた。ついた瞬間……族長セレファと話をした。「お疲れ」と言うことで宿を借り、旅の汚れを流した。
トキヤに謝り先にベットに倒れると……すぐに気絶するように夢へと落ちた。
落ちた先だった。
オーク族長たちの最後の抵抗を夢見ることが出来たのだ。
勇敢な勇姿に胸が熱くなり……最後の力を使い果たして皆は風になる。
その姿を私は全て見ることが出来たのだ。
そして………二人の声が聞こえた。
「ばか息子を頼んだ」
「オデの子も頼んだ」
「オーク族長に……トロール族長……」
二人が肩を並べて私の頭を撫でる。トロール族長は太った姿ではない。引き締まった体だ。
「長く生きろよ。若いからな」
「そう、オデ達より長く生きろ」
「……しかし」
「死ぬ気でやるのはいいがな。会うのは当分先でいい」
「……先に生まれ変わってしまうかもしれません」
「なら、俺はもう一度魔族として生まれたい」
「同じく……頼みます」
私は二人を見た。誇り高い戦士が私にお願いしている。「英魔族に生まれてよかった、次も英魔族に」と。
「そうですね、また英魔族に生まれ変わる事が出来るように祈ってます。今度は平和な世であることを。ありがとう……そして……また会いましょうね。いつかどこかで」
ネフィアは頷く事しか出来ず。手を伸ばすこともしなかった。
ただ、ただ、二人の英雄に頭を下げるのだった。
*
次の日、起きた私は夢を思い出しながら。トキヤを見た。
「ネフィア起きたか? ほらハンカチ」
「……ありがとう」
私は泣いていたようだった。受け取ったハンカチで涙を拭う。
「ごめん……ありがとう」
「何の夢を見たんだい?」
優しく撫でるトキヤに夢の内容を話す。すると………
「そうか……」
ただ短く。納得する。深くは言わない。ただ認める。
「……親しい人が死ぬの……何度目でしょうか?」
「別れはある。だけど……それは俺らが生きているからだ」
「そうですね。悲しいのは……良いことなんでしょうね。惜しまれる生き方をしたいですね?」
「……そうだな。惜しまれる生き方をしたいな」
優しく頷き会い。私は立ち上がる。
「トキヤ……この後の予定は?」
「ネフィア。セレファ族長が会わしたい人がいると言っている」
「それは誰?」
「名をブラッド・クドルシュチル。銀色の髪を持つ狼女だよ。2つ名は銀髪鬼……」
「捕らえてた人よね」
「脱走したってさ」
「………それは会わせると言わない」
「そうだろうな。でも、会いに行くんだろ?」
「そう。全てを利用しないと勝てないからね……」
私は鎧を着る。勘だが相手は何か良からぬような気がするために。
「どんな人か聞いた?」
「人の形をした狂犬」
「理解した。首輪つけないとね」
これは非常に厄介そうだった。
§都市インバス。銀髪鬼と女王陛下
「女王陛下……申し訳ありません」
気持ちを切り変えて向かった教会の礼拝堂。その中心で吸血鬼のセレファは頭を下げた。牢屋に止めておいた銀髪鬼が逃げてしまい。結果、大騒ぎらしい。首都に戦力を割いたために残っているのごく少数。討伐にも行けないと言う。
「別に謝ることはないわ。結局、人狼側と教会側は和解してないのでしょう?」
「いえ、和解は済んでいますが……一部の勢力は反発しており。その先方があの銀髪鬼と言われる女性なのです」
「ブラッド・クドルシュチェル。名があるけれど………」
そう、珍しい。名前があるのは多いが家の名前がある者は魔国では変わっている。種族名が入るのが多いためだ。
「クドルシュチェル家と言うのが元帝国の貴族家であり……人狼となってしまい追放され。流れ着いた者達です。私とは違った元人間ですね」
「……でっ、そのクドルシュチェル家の本拠地は?」
「都市外れにあります。固い黒石の屋敷です。昔からタカ派で味方も殺すほどに残忍な家でした。まぁ暗殺稼業が得意な人種ですね」
「トキヤはしってる?」
「知らない。俺は暗殺が得意だが暗殺者だったことはないぞ? 一応黒騎士だった」
「そうだっけ?」
夜襲くそ得意なのに。こだわりがあるのだろ。
「まぁいいや……私が直接伺……」
「ネフィア危ない!!」
ヒョンヒョンヒョン!! カン!!
私の体を掴みトキヤが庇う。彼の鎧に金属音が教会に響いた。セレファは声をあげる。門の前に立っていた衛兵が大慌てで敵を探す。
「衛兵!! 逆賊です!!」
「どこだ!! どこに!!」
「ネフィア……大丈夫だな。離れろ……敵だ」
「もっと~抱きつくの~ん~」
「敵前!!」
「はっ!? トキヤの庇い行動に体が勝手に………ん?」
私はなんとなく離れてある場所に手甲を叩きつける。
スカッ
それは空振りをするが私は驚き乱れた呼吸音を聞いた。
「トキヤ……見えないね」
「……ネフィア。背後に居たみたいだが見えないな」
「トキヤ、わかる」
「まて……」
私は目を閉じるトキヤを守るように剣を抜く。
「見つけた!! そこだ!!」
「どこ!?」
私はトキヤに向かって聞くがトキヤはすでに走りだし、どこかの空間を掴んだ。あまりの速さに私は自分が追い付けてない事を知って、弱体化を感じた。
トキヤが片手で締め上げ……空いた手で体をまさぐるように調べる。空中をニギニギしているのは何処か不思議だった。
「えーと……人型。見た感じ……ん?」
「……ん?」
ぬらっと姿が現れる。男の人だった。人狼だろうか。耳がないが人ではないのはわかる。
「存在感を薄くしても気が付いたのは認めてやろう……しかし、姉御は気付かなかったな」
男が唸る。その瞬間……
シャン!!
「ん!?」
私はしゃがみ、背後からの凶刃をさけた。運よく避けられた鋭い剣の間合いから転がるように身を離す。頭の上を刃が通ったのだ。
ヌラッ
背後に振り替えって目を凝らす。セレファもそれを見て驚きの声をあげた。
「銀髪鬼!!」
綺麗な令嬢だった。銀色の髪に黒いドレスがよく似合い。脇に白鞘と言う木の鞘から鍔がない刀を抜いた姿が妖艶に映る。その刀はきっとドスと言うだろう。
「ほう、うちの首への急所をかわす事ができるのね~」
妖艶に笑みを溢して刀をしまう目の前の女性にセレファは呪文を打つ準備をする。私はそれを一睨みでやめさせた。
「ええ、眼力やねぇ~。しっかり威圧できる程に鋭い。ダイガクのお礼に参りにタマを取りに来たら………中々、いい傭兵を雇うとる」
「……女王陛下。お下がりください。銀髪鬼を殺さなかった私の落ち度です」
「せやな~私が生きてるのは甘いわなぁ~じゃが……簡単にタマを取らせんで」
私は少し微笑む……と言うか笑いを堪えた。トキヤはそのまま男を捻り、気絶させる。そして私の隣へ移動した。どうやら彼は囮だったようだ。
「ネフィア……なんで笑いを堪える?」
「トキヤ……だってさぁー」
私は彼女に背を向けて二人でコソコソ言い合う。
「どう見ても極道とか任侠とかのそれよ!? 面白すぎるわ」
「いや、確かにどこから見てもそうだが。笑えるか?」
「絶対、吠えてくるよ。あんたらとか、こう~なんか絡んでくる感じで」
「まぁ確かに……笑える展開かも……」
ああいうのは異世界だけかと思っていたのだ。
「あんたら!! 人の前でコソコソ陰口かい!! 女王陛下ちゅうもんはそんな奴なのかい!!」
「「ぷっ……」」
「なにわろてんねん!! 人、見て笑うなんてええ度胸やぁ!!」
見た目、令嬢の極道に私たちは緊張が解れた。
「悪かった。あまりに………その……あれだったから」
「仕方ないね」
「おんどりゃ~ちょっとクドルシュチェル家舐めとらんか? 舐めとったら痛い目あうで?」
「ふぅ……銀髪鬼。いいえ。クドルシュチェル家ご当主。ご存知でしょうが……紹介を。我が名はネフィア・ネロリリス」
「俺はトキヤ・ネロリリス……」
「なんや……おまえら………うちはブラッド・クドルシュチェルや仁義を切ってきやがった……なぁ」
トキヤと私は並び頷いて頭を下げた。
「吸血鬼セレファとの抗争。その怒り、私の顔を立てて収めてくれませんか?」
「……ほう」
目の前の銀髪鬼が眉を歪ませる。ドスを構えたまま。
「赤の他人がこいつの喧嘩買うちゅうことか?」
「いいえ。セレファは私の倅。ええで」
「……なら、『何してくれる』と言うんや」
「ケジメを見せたる」
剣を取り出し、小指に触れさせる。どういう事がわかった銀髪鬼が驚いた表情をした。セレファと衛兵が集まって叫ぶ。
「「「女王陛下!?」」」
「ネフィア……今度は指を失うか」
「この場を治めれるなら安い。私の指はええ値段するで」
「……まちな!!」
銀髪鬼が近付く。そして、笑顔になった。
「お前ら、我が家のシキタリよう知っとんな……堅気がワイらの真似事せんでええ~あんさんの生き指はこいつらには勿体無い……綺麗な指やさかい」
「どうも、許していただきありがとうございます」
「まぁ……興が冷めた。ええで~それよか、ちょっと我が家に来なはい。中々楽しそうな奴さんと見る。ちと話さんかい?」
「いいですね。まだ日が高いですが?」
「なんや、気にすることない。すーぐ暮れる」
銀髪鬼が倒れている男を叩いて起こした。
「姐さん!?」
「おわったで、帰るで。セレファ!!」
「………」
「ええ、胆力ある組長や……今回、その顔免じて帰ったるさかい。大人しゅうせいや」
「ふぅ……傘下は嫌か」
「せやな。何度も何度も聞いたけど自由にさせてもらうわ」
セレファもやれやれと言った感じで私を見た。
「くれぐれも首に……気を付けてください」
「ふん、安心して。『取れるなら取ってみろ』と言うわ」
勇ましく返事をし私は機嫌が治った銀髪鬼についていくのだった。
§都市インバスの孤高の銀狼
家に上がらせてもらい、執務室で珍しい酒を戴いた。小さな木枠のお酒だ。人狼からは姐さんと呼ばれて子は一人娘がいるらしい。予定ではあの気絶した男が婚約者であるようだ。
「ふぅ~島を荒らすセレファにお灸据えに行ったら。もっと上のもんに会えるとはおもわなんだ。どこで、私らのシキタリを?」
「どこと言いますと~夢魔で夢の中と言いましょう」
「同じく。付き添いだな」
嘘である。知識としてある日を境に手に入れたのだ。生で見るとは思わなかったが。
「ふむ。まぁ~驚いたが所詮、堅気……聞けば夜に太陽を産み出し都市を救ったのは聞いている。まぁ~それでお前の下に下る気はしない」
「そりゃ~そうでしょう。パッと出の私が『下につけ』と言われたら断ります。セレファももう少し考えて物を言えばよいものを……」
「ふん、奴が都市を手に入れているも同然のこの状況ならいい手段だが。私には効かなかったな。前から細々とぬらりくらりとやって来た私らにはな」
「………今の情勢は?」
「知っている。憎き帝国との戦争中やろ」
「話が早い……交渉したいのです」
「ええで、聞こう。思うとこあったんや」
銀髪鬼が笑みを深める。
「帝国の足止めをお願いしたい……決戦は都市イヴァリースで相手の将のタマを取る予定です」
「なにかの画を描いとるわけか」
「それには時間が足りない。急戦を帝国は行っておりそれを遅くらさせて兵を整えての攻勢に出ようと思うのです。数を減らす目的でもある」
「ほーん……それで我らにも声をかけるちゅうわけやな……ワイらは仁義を重んじる。その仁義を捧げられる相手ならええんやが~」
「交渉といいやした。別に私に忠誠を誓わなくていい。何か……交渉といきましょう」
銀髪鬼が目線を下げ、木枠に入った透明な酒を口に含んだ。トキヤは酒をいただきながらうなる。旨いのだろう。
「東の国の酒はうまい。うまい話なら聞きたいが………せやな………私からの提案でええか?」
「いいですよ。叶えられるならなんでも」
「我らを……祖国に返してくれ」
私はハッとして銀髪鬼の顔を見た。悲しんでいると言うより憤りが見えた。
「ワシらはな……元人間……それが突然に狼になった。そして……ここに捨てられた。いつしか捨てた帝国に復讐できる日が来るのをずっとずっと待っておった。あんたが倒した悪魔に魂を売って手を汚しながら見ていた。そう……私はクドルシュチェル家に復讐したいの……元旦那にな」
沸々と溢れる言葉に。彼女に過酷な人生を思い起こさせた。ここまで登ってくるのにどれだけの苦難を伴ったか……私は想像することしかできない。
「復讐できる機会を与えましょう。そうですね……帝国に住まわれるとはどうでしょうか?」
「騎士団に狩られるぞ?」
「簡単に狩られるおつもりで? 帝国に住めるようにします」
「ほう……」
「住めるようになった場合……あとは知りません。好きにしていただいてどうぞ。復讐でもなんでもやりなはれ」
「…………面白い。そんな事が出来ると? 騎士がいる」
「騎士は弱体化する。裏で繋がればもっと便利になる。そう思わせるのも手です。きっかけを用意いたします」
銀髪鬼がクククと笑う。
「ええで……子孫、全員でのつとめは終わり。放免祝いが出来ると言うわけやな。ええでええで」
「ありがとうございます。クドルシュチェル家の組長さん」
「中々、胆力もったやっちゃ……ええなぁ」
クドルシュチェル組長が立ち上がり。一本の酒瓶を持ってくる。それの封を切り。何処からか持ってきた赤い盃をテーブルに置いた。
「言わんでも分かるな。堅気やめてもらうで」
「この歳で姉妹になるとは思いませんでした」
「あんたの名前借りたいんや」
「姉妹です好きにつこうてください」
「……おおきに」
赤い盃に酒が注がれそれを私は啜る。そして、私も注ぎ返し。その盃を戴いた。
「よう分かっとるの~スムーズや」
「そりゃ~わかってます。色々とね」
「約束じゃけん……な?」
「全員祖国に返します。任せてください」
銀髪鬼と約束し、その日はそのクドルシュチェル家に泊まるのだった。風呂も入り、酒盛りをして、仲間の死を愚痴り慰められたあと。酔った勢いでトキヤに全身脱いでもらっての二人での筋肉や全身観賞会も行い。小さい娘も紹介してもらい。無事に何事もなく夜が明けたのだった。
次の日、トキヤに尻を10発叩かれたが……クドルシュチェルの令嬢は爆笑して指を差す。印象深かった。人前でやめてよと。
*
「あー」
「姐さんお水です」
「すまんな……いつつつ」
「いいえ。久しぶりに笑顔を見ましたよ」
「そかそか……後は頼むで娘と二人で帝国を物にするんや」
「……姐さん?」
「私はちと……歳を取りすぎてな。若いのに任せるわ」
「………わかりました」
「ちと、出るで……セレファに挨拶してくる」
「一人でですか?」
「せや、あやつと戦争するつもりやない……ただ。立場をわからせる」
*
ランスロットは首都イヴァリースに明るいうちについた。多くの種族が入り乱れて工事を行い。一部は徹底した体力錬成を行っていた。空は竜が飛び交い、商業も賑わう。
都市の外にも多くの家やテント、天幕が立ち。難民達が生活している。
ついた瞬間に借り宿で族長として君臨する嫁には会わず。先にセレファ族長の婦人に会いに来た。理由はひとつである。
セレファ族長の部隊指揮所に顔を出すと。お人形の女性が座っていた。明るい場所では人形でしか動けないと聞いているので今は休んでいるのだろう。
「すいません……ランスロットです」
「………」
人形が顔を上げる。
「お休みの所で申し訳ない……姉上」
「………」
すっ!!
「あっ、ごめんなさい。今、憑依します」
壁の中から丸い幽霊が現れて人形に入っていく。人形が立ち上がりお辞儀をした。
「えっと……お仕事してましたの。ごめんなさい」
「そうですか……忙しい中……すいません」
「あの……なんでしょうか?」
「……僕の事は覚えがないでしょうか? インフェ・アフトクラトルさん」
昔の名前を呼んだ。
「えーと確か……そう!! ランスロットちゃん!!」
「そうです。お姉さん」
「大きいですね。もう……大人です」
さわっ
優しく頬を触れる彼女に僕は悲しい気分になった。
「おじさんはやはり……あなたをお捨てになったのですね………」
「ええ……父様には捨てられました。でも、素敵な出会いがあり満足です」
「……」
僕は昔、何も分かってなかった時に彼女が床に伏せているところに出会っていた。呪いのような病気に苦しめられており。亡くなったと聞いていた。そのあと……同じ名前の娘も産まれ………その名前を継いで忘れられた存在になる。
「姉さん。良かったです……一緒に帝国から捨てられた同士、頑張りましょう」
「うん、そうだ!! リディアさんとのなりそめを聞きたいですし~」
「いいですね。お教えします」
「ふふ、ありがとう。ランスちゃん」
ランスロットは軽い返事に後悔した。何故ならこのあと帰してくれなくなったためにリディアに会うのが遅れたのだった。
*
フラッ……
教会でお祈りを捧げていた吸血鬼が気配を察知し背後を見た。
「お前は……銀髪鬼!!」
「セレファ族長……こんにちは」
衛兵が守っている中を事も無げに侵入した銀髪鬼。セレファ族長は護身用の紅いナイフを構えておく。
「今日は見えるぞ」
「あら、今日は手加減してるわよ」
人狼の隠れる能力を警戒しながらの会談。
「そうそう……セレファ族長。結局あなたの下には入らない。でも、私が上なら許す」
「上なら? はぁ……冗談は……!?」
銀髪鬼が動く。セレファ族長はその動きに合わせてナイフを出そうとした瞬間。銀髪鬼の姿が揺らぐ。ナイフが刺さったように見えるが幻影であり、セレファ族長は後ろを見た。
ガシッ!! ダンッ!!
「ぐっ!!」
「ククク」
銀髪鬼が頭を掴み、地面に叩きつける。セレファ族長は銀髪鬼を睨んだ。
「私は嫌いな物が二つある。一つは温い酒……そして、もう一つはお前みたいなのが、さも当然のように私を見下す事だ」
「……見下すか……確かに見下していましたね。昔から」
「ふふ、しかし……これで形勢は逆転。私は自由にさせて貰う」
「……交渉。下につけばある程度……頼めるか?」
「……どうした? 狼風情と昔は侮ったのに」
「女王陛下と仲良くしたのだろう……契りも交わしたと聞いた。なら……上はお前らでいいさ。族長になるか?」
「…………」
銀髪鬼が離れる。セレファ族長はゆっくり立ち上がった。
「……最初から。そう言うつもりだったのだろう銀髪鬼」
「……食えない男だ。せやな、お灸添えてから言おうかと思った。ふぅ……そう言う事だ。セレファ族長そう言う……つも!?」
銀髪鬼が手を捕まれ………今さっき地面に叩きつけた男がひれ伏し。手の甲にキスをした。
「なっ!? なっ!? お、お、お、おまえ」
「クドルシュチェル家の綺麗な令嬢。このセレファは家に使える事を約束しますよ」
バッ!!
「気色悪い!!」
慌てて手を離し、ムッとした顔をする。
「ブラッドさん。自分は首都に行きます。好きにここを使うといい」
「……はぁ。わかった。最後にちょい今夜付き合いな」
銀髪鬼は頭を掻きながら空いた手の手甲を眺めた。何十年ぶりに久しぶりにドキドキし、まだその感情が残っている事を喜んだ。
人の心は残っていると。ほくそ笑む。
§都市インバスの銀狼
黒石で出来た壁の上に私は座る。肩に長年愛用したドスをかけながら。名前のない名刀。何処からか渡って来た刀。何度も鞘は変わりながらも中身だけは変わらない。
「夜は冷え込みますよ……ブラッド姐さん」
「ん……そうか」
隣に……長く付き添った部下に咎められる。口に葉巻をくわえるとすぐに火の魔法を唱えてくれた。
「すぅ~………はぁ……」
葉巻を肺まで入れ、遠方に見えた行進する火を見る。松明の灯りが一直線に伸び。道路を通って歩いてくる。
「あなたの故郷は?」
「……連合国のアクアマリンでした」
「祖国へ帰りたいかい?」
「祖国は……あなたと共にいるここです」
部下の男は後ろで直立不動で待つ。
「故に共に戦いたいです」
「すぅ……はぁ……」
松明に照らされながら葉巻を吸いきり。火を握りつぶす。
「そうかい……嬉しゅうこと言ってくれて感謝しとる。だがな~あんさんには生きて貰うで」
「姐さん……」
「あんたには帝国内に人狼を忍ばせる任を与える。娘をよろしゅうな。あれは私より良くできた子になるさかい」
「……姐さん。俺は!!」
シャン!!
「あんた……私の言うこと。きけへん?」
ドスを振り抜き、部下の男に向ける。脅しのように無理矢理聞かせようと私は睨み付ける。
「姐さん!! 死ぬ気やろ!! なんでなんや!!」
「ちょうど復讐出来る機会が生まれたんや」
「復讐なんか忘れてください!!」
「忘れる事はでけへん。沸々と沸くもんや……それにな……多くの命を奪ってきたんやで……今さら悠々自適に暮らすつもりはない」
「せやかて!!……それは!!」
「せやな。己を護るためや…………だが。恨まれ過ぎたら結局……邪魔もんや。いいや。お前には正直に話そうかの」
私はよっこらせっと立ち上がる。男の顔は悲しみで満たされていた。
「もう、生きるのに疲れたんや……苦しんや。身が焦げるようにな……熱いん」
「姐さん……ぐぅ……ずず」
「男の癖に女々しいやっちゃな……」
「俺は姐さんの事を……」
「しっちょる」
「なっ!?」
驚いた顔を笑い飛ばしながら、手でこれぐらい小さかったなと表現した。
「小さかった時から見てきたんや。ええ男になったでホンマ。だから……抱かせたんやがな」
懐かしい夜のままごとを思い出す。
「あれはあんたの娘や。体を許したんはあまりに必死で笑えたからな」
「!?」
「知らんかったやろ~でもお前以外とは寝てないで~せやから……あとは頼むで」
私はドスを納め、肩を叩き壁を降りる。暗い夜道をスペクター等を無視し。のんびりと歩くのだった。
*
私はトキヤとセレファ族長と共に都市インバスを後にした。残ったのは出る気のない亜人達だけであり、夜の事をよく知っている物達だった。
銀髪鬼が時間稼ぎをすると約束し、逃げるように都市を後にする。
「銀髪鬼をどうやって……従えたんですか?」
セレファ族長がドレイクを横につけて聞いてくる。指向性の魔法カンテラで道を照らしながら歩き。私は夜空を見上げた。
「捨てられた元人間でした。恨みがあると言い……一つ約束しました」
「なんですか?」
「人間の帝国に帰りたいとね。故郷に人狼を送る約束をしました」
「………確かに私にはそこは交渉できない分野ですね」
セレファ族長が溜め息を吐く。
「銀髪鬼はまぁ……度しがたい所はあります。あれは元人間。捨てられた事を覚えており。その事を忘れられない人だった……ここが故郷とは思えなかったから。昔は大人しい令嬢だったのかもしれないわね」
「……ふぅ。外者には厳しい場所ですね。あの都市は」
「………ネフィア。急ぐぞ」
「うん」
銀髪鬼とは少ししか会わなかったが、少し鬼と呼ばれるほどに努力した結果なのだろう。
復讐のために。
私もいつか……あのように……目の前にアイツが現れば狂るうだろう。
復讐のために。
*
早朝、陣を展開し黒石の大きい壁を眺める。壁の上には兵士はおらず重々しい威圧した雰囲気の中、ワイバーンの騎兵が偵察を始めた。
非常に高価な騎兵だが、遠征に間に合い追い付いてきた。たった数百の騎兵は数千の兵士と同じぐらいに高価だった。
ワイバーンはよく飯を喰う。調教も長い。
それに……飛べるだけで使い方がわからず偵察を任せるぐらいだった。
ドラゴンを使えばそのまま壁に侵入し暴れて倒せただろう。
まぁ……ワイバーン兵にある奴を乗せればもっと有用に扱えるかもしれない。そう、隣に立つトラストのような奴が壁にでも乗り越えたら。変わるだろう。
「不気味ですね」
トラストが双眼鏡で砦を見た。両翼には険しい山々があり、自然な壁として立ちはだかる。山の上にも壁があり。自然の要塞と思える程に攻めあぐねそうだった。
過去、数年前にネフィアが倒すまでデーモン達が隆盛した時代。多くの種族が攻めなかった理由でもあった。目に見えた悪逆非道を知りながらもあり続けることが出来たのだ。
「……こんな都市とは知らなかったですね。一番隊長」
「本当にな。守り側が有利になるのは決まっていたが……トラスト。どうする?」
南騎士団1番隊長シュテムは双眼鏡を奪い。同じように眺めた。
「……ワイバーン兵士にやらせてみればいいのではないでしょうか?」
「やめとけ……期待以下だぞ。トラスト」
「!?」
「!?」
背後から鈍重な声が響いた。仮面をつけ、くぐもった声の男に二人は顔をひきつらせる。
トラストは申し訳なさに。シュテムは一番恐ろしい騎士団長を見る目で。
「なんだ? 二人とも私を見てそんな顔をするなんてな」
「「黒騎士団長!!」」
「間に合ったようだな……いや。この大軍の行進ではその程度か」
「魔物や、なれない土地の行進ではこの程度です。黒騎士団長さま」
「そうか、トラスト……苦戦してるようだな。途中、追ってきた時に貰ったぞ」
黒騎士団長はトラストの手紙を見せた。
「自分が思うより先に援軍に来てくれたんですね」
「たった、200程度だがな」
「……黒騎士団長。南騎士団長に変わりお礼を言います。ありがとうございます。トラストさんが200人もいるのは心強いです」
「……」
「黒騎士団長?」
頭を下げて。反応がないことにシュテムは疑問になり顔をあげると。腕を組んで悩んでいる姿の黒騎士団長がいた。
「トラスト……黒騎士団に転属せんか?」
「はっ? ボケました? 黒騎士団長?」
いきなりのスカウトにトラストが鼻で笑う。
「嫁を手に入れるために交渉した結果です。もう戻れません。そんな不義を嫁に見せれませんし、黒騎士より……普通の騎士の方が王子ぽいです。姫さまがいいと言えばいいですが。この前断られたでしょう。黒騎士団長」
「……はぁ。ぶれないな。トラスト」
「芯は変わらずです」
「200人はトラストの部隊に入れる。いいですか? 1番隊長」
「え、ええ……」
睨み合う二人に気圧されるシュテム。
「私の目は最近、ダメダメなんですよ。未来有望だと思ったのがそうでもなく。いや……一人は今は魔王の軍門に下り……王配として敏腕を振るっているか。トラストお前の息子と一緒にな」
「そりゃー僕が育てた王子は屈強でしょう。姫を見つけて剣を振るうなんて父親冥利ですよ」
「一般の黒騎士だったお前が……外に出してもいいと思っていたら……ここまでなると予想できんかった」
「そうかい、そうかい……200名はさぞ屈強な黒騎士でしょう」
「………得物は小さくなり。お前のような大きい得物を振るう奴は減ったよ」
「……………」
黒騎士団の能力低下を知らされて。トラストは眉をひそめる。
「なぜ?」
「……黒騎士の中に離脱者が出ている。そう愛国心が薄い」
「……死を恐れるようになったか」
おいてけぼりのシュテムは溜め息をはいた。トラストはやっぱり規格外なのだと再認識し己の立場を譲りたくなる。
「シュテム先輩。まーた溜め息ですか?」
「1番隊長。トラストみたいな部下を持つと大変だな」
「有能だから俺と変われといつも思うよ」
「有能なのは僕の奥さんですよ」
3人がクククと笑いながら。騎士団長会議で話すことをまとめるのだった。
§日報②
いとおしい姫、アメリアさんへ
商業都市での事を細かく報告するよ。
もちろん我が帝国が勝った。報は届き……きっと皆が喜んでいる事だろう。
しかし……それは欺瞞と思える。
何故ならたった数百、数千程度の兵に西騎士団長がやられたのだ。それに占拠した都市の食べ物全部毒入りで大変な目に会ったよ。
だから、この手紙とは別に。自分の軍報を君にだけ伝えるよ。きっと帝国には嘘しか届いてないだろう。嘘はいけないからね。
僕たちの秘密だよ。アメリア。
ああ~そうだ。
この商業都市は今は藻抜けの空だけどきっと、多くの種族がいたんだろうね。部屋に小さい肖像画が飾られていたよ。
相手も家族はいる事を思い出させてもらったよ。まぁ、手加減はしないけどね。
そうそう、この都市から東に行くと火山地があり温泉が沸くそうだ。旅のオススメと言うガイド本を拝借。一緒に贈ったよ。
あとそうだな……聖典、魔王の運命書、覇王譚、童話、実話録。色んな本を拾ってそれも贈った。
これすごいのは全部が似た内容なんだよ。でも、細部や解釈が違い。聖典なんか嘘っぱちのように魔王を上げて崇拝しててちょっとビックリしたよ。それより優しい運命書も凄いけどね。
だけど、それらを読みあさってわかったんだ。君も会ったことある魔王は……皆が望んだ英雄なのだろうと。
否定もバカにもされている本もあったけど最後は肯定してあったし、なにより……何処にでも肖像画があった。
きれいな女性なのは知っている。
故に……恐ろしい。
こんなにも支持されている者が弱いわけがないと。
死んでも……戦おうとするほどに強い支持もある。
すまない。珍しく弱気だ。
次回はもっと明るい話題を用意するよ。
愛してる。誰よりも……トラストより。
*
女王陛下が都市にオーク族長、トロール族長を残し撤退。両名と以下兵士は英雄となりました。
黒き精鋭の影の者が最後まで確認した結果……一度倒れた者が炎を纏い。立ち上がり戦い続けたようです。
その勇姿は誰にも見てもらえなかったのが悔やまれるほどに素晴らしかったとの報告でした。
最後に皆の力の残りを手にしたトロール族長は姿を変えての戦闘で相手の将を倒すことが出来たそうです。泣きながら報告を聞き、彼は一緒に戦えなかった事を悔やんでいました。
潜入した同志の報告ですと討たれたのは西騎士団長との事。
敵はそのまま都市インバスまで進んできます。
そして……敵の編成がわかりました。それについても別紙でご報告します。
女王陛下は都市インバスを出ました。銀髪鬼と言われる人狼と接触し、何やら約束を行ったそうです。銀髪鬼が殿をつとめるとの事でした。
以上、報告です。陽の加護がありますように。
*
陛下へご報告です。
都市インバスを占拠しました。しかし、すぐに放棄し北へ即進軍しました。
*
「陛下は?」
「もう……3日も目を醒まさない」
「もうそろそろですか……」
「はい、そうですね……医者も……もう……」
§上陸作戦前編~歴史が動くその日~
スキャラ族長はまた、夢に呼び出されたことを知る。空には天高く太陽が登り、白い空間にガゼボがちょこんと立っていた。ウネウネとそちらへ向かう瞬間にバラの花弁が舞い、幻想的な赤いバラ園が生まれ、彼女を驚かせる。
夢だからこそ魅せれる。バラ園の幻想郷にスキャラ族長は彼女の姿を見つける。
白い鎧を着たままで傍らに国旗を置いて……椅子に座っていた。あまりの絵になる横顔に息を飲む。
「こんばんわ……スキャラ族長」
「こんばんわです……ネフィア女王陛下」
ネフィアは立ち上がる。旗を持って……そしてそれをスキャラ族長に突き出した。
「期は満ちました……掲げる日が来ました」
スキャラ族長はその丸められた旗をつかみ受けとる。受けとる瞬間だった。
軽いと思っていた木の棒と布だけである筈だった。
「んぐぅ!?」
掴んだ瞬間に……スキャラ族長は何とか落とさないように力を込める。
ズシッとした重さに驚いた表情をネフィアに向けた。
「……すでに。多くの者が旗の下で英雄になりました。トロール族長、オーク族長に都市インバスに残った住人も皆」
スキャラ族長は冷や汗をかく。今、そんなことになっていたのかと。
「旗を掲げてください。スキャラ族長……頼みました」
「こ、こんな重い……違う!?」
スキャラ族長は……旗が軽くなるのがわかる。そして、その旗をそのまま掲げることが出来た。
太陽を象った旗が何処からか吹く風によって靡く。
「私は各員、己が義務を果たさんことを期待す」
ネフィアが真っ直ぐスキャラ族長を見る。スキャラ族長はその目に答え。片手で旗を掲げた。目の前に一瞬、都市インバスや商業都市で散った仲間の勇姿が瞳にちらついた。
そして、その勇姿にスキャラ族長は勇気を貰う。
「陽に誓います!! 我ら!! 義務を果たさんことを!!」
スキャラ族長は大きく叫んだ。
*
「義務を果たさんことを!!」
バッ!!
「…………あれ?」
ベットの上で私は手を上げながら叫んでいた。一緒の部屋で寝ていたスラリンが起きて来る。
「どうしました? スキャラちゃん……」
「スラリンお姉さま………その……」
夢の中を思いだし。慌てて立ち上がる。
「スラリン大隊長!! 女王陛下から指令です!!」
「!?……内容は!!」
スキャラ族長の雰囲気に真面目な顔をするスラリンは聞く。いかなる指令かと。
「己が義務を果たさんことを期待する」
スラリンはそれを聞いた瞬間に急いで部屋を出る。そして、数分後……早朝に一斉に起床ラッパが鳴り響き都市ホエールは水面へと浮上するのだった。
都市ホエールの背中に大きな国旗を掲揚し、皆がその意味を知ることになる。
開戦開始だと。
*
浮上し、海面に出た都市ホエール。空は曇っており、所々大きく時化ている。波が激しくホエールの体に打ち付ける。暴風が吹き荒れ、いい天気とは行かなかった。
しかし、旗の棒は折れる事なく。旗を掲げ続ける。
その中で、兵士達が集まり。並んだ、暴風は魔法によって防いでいる。
「大隊長!! 登壇!!」
「気をつけ!!」
ザッ!!
暇な時間に訓練していた結果一糸乱れぬ動きで直立不動の姿勢となる。スラリン大隊長が一つ高い台場へと向かい上がる。
そして、冷徹な美少女は叫んだ。
「全軍、上陸準備を行う!!」
「やっとか!!」
「待ちくたびれたぜ」
「静かに!!」
ざわつく隊員にスラリン大隊長が黙らせる。
「我々は陛下から大きな任を請け負おった。我等が勝つためには絶対に成功させなければいけない!!」
隊員たちが息を飲む。
「なぜなら!! 我々を信じ!! 戦い続けている者たちがいる!! 我々の成功を祈り!! 先に英霊となった者たちがいる!!」
隊員たちは胸に手を当てだす。
「オーク族長は時間を稼ぐために最後まで戦った!! トロール族長はなんと相手の将を討ち取り!! 我等の勝利のために身さえ捧げた!!」
スラリン大隊長の言葉は嵐に負けずに海原に響く。
「我々は彼ら英雄に何を見せられる!! 恥ずかしい事など見せられない!! 同じ英魔とし誇りをもって!! この作戦を彼らに捧げる鎮魂歌としようではないか!!」
隊員たちの目の奥に何かが灯る。
「行くぞ!! 英雄の後に続け!! 解散!!」
スラリン大隊長の号令と共に兵士達上陸作戦の準備をしだす。そして……
グオオオオオオオオォッン!!
ホエール・リヴァイアサンが吠え、空間を震わせたのだった。
*
曇の中、建てた個人用の仮設住宅で南騎士団長は聞いた。
オオオオオオオオオオオ!!
「なんだ?」
空間を震わせるような雄叫びが海から聞こえてきたのだ。
「………」
長年の間が囁く。身が引き締められる重圧が海から発せられたのだ。
「……来る!!」
南騎士団長は敵が海からやって来る事を隊員に告げるのだった。
*
この日、帝国と英魔国の歴史に初めての上陸作戦とそれを阻止する戦闘が始まる。
そして……その戦闘によって。
大陸に激震が走ることになるのは……誰も知らなかったのだった。
そう……ある英魔の女王以外は。
ノルマン上陸作戦の火蓋が切られる。
英魔の女王によって。
§ノルマン上陸作戦後編~女傑四天王の誕生~
スキャラ族長である私はある旗を掲げる。無地に太陽を現した簡素な旗だ。それを手に曇天の空を見る。鳴り響く豪雷の下でその時を待つ。
「スラリン姉さん見込みは?」
隣の蒼い美女に作戦の正否を聞く。
「やってみないとわかりませんわ。だけど……やるしかない。向こうも浜に簡素な城壁を組んでる。予想通り」
「女王陛下はそれも予見していた……いいえ。わざと流した。理由はなんでしょうね?」
そう、奇襲作戦なら作戦を相手にバラす必要はない。
「……スキャラ。それは終わったあとに考えましょう。とにかく今は……目の前の敵を粉砕するのみ」
「ええ……そうね」
ダッダッダッ!!
魚人の戦士が私たちの元へ駆け寄ってくる。そして、跪き頭を伏せた。
「全軍、指定位置着きました。氷山空母ハボクック全艦発艦許可を」
「……スキャラ族長。命令を」
「命令を出すのは任せます。私は……海兵隊に混じります」
「族長!? しかし!!」
「スキャラ族長……あなた……」
「陛下はどうされますか?」
スラリン姉さんと兵士は沈黙する。
「海兵隊指揮は私が取る!! スラリン大隊長……陽の導きがあらんことを。次に会うのは大陸で」
「ふぅ、陸で落ち合いましょう」
私はゆっくりと二人の前で去ろうとし……
クニュ
ベチン!!
足を絡ませてコケてしまった。
「……」
「……」
「……うっ」
私はそのまま立ち上がり二人を見る。
「あのね。スキャラ……決まってると思ったよ……でもね……コケてしまうのはないわ」
「………では先に向かっております」
「……」
穴があったら入りたいと思うのだった。カッコつけたのに。
*
私は大隊長の任を任された。他に誰も出来る人はいないと言われて……渋々だった。
しかし……訓練し、同志、部下と親しく、厳しくしていくうちに。予想よりも遥かに自分が皆の支えになるのがわかった。
故に導かないといけない。目立つ色として赤く塗ったパンジャンに乗り込んだ。
「大隊長!! 前へお願いします」
第1氷山空母ハボクックに乗り込む。用意がされている空母はダミーも含め50隻に及んだ。
それにパンジャンとともに乗り込む。すでに命令はしてあった。
[英魔の義務を果たせ]
「揺れるんで、氷で固定します」
ガッシュン!!
魔法が使える船員がパンジャンを乗せていく。
「スラリン族長と共に戦える事を光栄に思います」
「スラリン族長と同じ船か!! 帰ったら自慢しよ」
「スキャラ族長!! 帝国なんぞ蹴散らそう!!」
多くの士気の高い声に満足しながら……後方で大きな喚声が湧いた。船員が話を聞きパンロットに話を初めた。
どうやら海兵隊を率いるため、士気が上がったのだ。勇猛果敢に戦うほど士気は上がるだろう。
「スキャラ族長が前線率いるってよ!! 後ろから来るから……俺たち失敗はできねぇな!!」
「おいよ!!」
「海の女ってやつ見せてやるんだからな!!」
なお、スラリン含め。スライム族に雌雄は無い。女王陛下と一緒であることにスライム族は誇りに出来る。勘違いである。
「よし、行くぞ!! 全軍発艦!!」
ゴワン!!
船体が大きく揺れ、後方に大きなパンジャン音と海を掻き分ける音が体に響く。
私を乗せた空母ハボクックを先頭に三角形で編隊を組んで旗を掲げる。皆はその旗にお祈りをしながら浜を目指すのだった。
*
海からの魔物避けに作られた簡素な石壁を補強し、杭も差し込み、バリスタも設置した砦の上で騎士団員が叫ぶ。
「なんだあれは!?」
「氷の船か!!」
カン!! カン!! カン!!
曇天の空、鉄の鎧を着た傭兵や騎士たちが鐘を鳴らす。バリスタを構え、魔法使いが呪文詠唱を初めた。
多くの多くの兵士たちも手にボウガンや槍を構える。
「氷の船でやって来たぞ!! 射程に入ったら打て!!」
騎士団員が叫び。攻撃の準備が始まる。
「なんじゃ……あれは……」
壁の上に上がってきた南騎士団長は得体のしれない敵を見る。氷の船だが……暗く遠くて見えなかった。帝国兵に緊張が走った……遠く数十の氷の船が恐ろしい速度で海を走ってくるのだ。泳ぐではない走る。
そして……射程に入り。鉄の雨と火の魔法による石の雨が氷の船に降り注いだ。
*
ジャアアアアアアアアア!!
「身構えろ!! 射程に入った!! 攻撃が来る!!」
ドゴーン!!
空母ハボクックに魔法が当たり屋根が砕け散る。しかし……パンジャンは無傷だ。壊れた先から人魚が魔法で補修し猛攻を耐えていく。その攻撃濃度は……訓練よりも薄く。遥かに優しい物だった。
「ははは!! 実戦の方が優しいとはなんだ!!」
「訓練の方が大変だったぞ!!」
帝国の攻撃を嘲笑う隊員たち。ここが戦場とは思えぬほど余裕の声。しかし、掲げた旗は千切れ飛んでいる。
弱い訳じゃない。訓練相手が悪かっただけのことだ。
「もう少しで乗り上げる!! 耐衝撃!!」
ズサアアアアアアアアアアアアア!! ガダン!!
船隊が勢いよく乗り上げる。スライム達がパンジャンを吹かした。
ガガガガガガ!! ガッシャン!!
「開ける手間が省けたわ……全軍!! 突撃!!」
目の前の氷が砕け散り目の前が広がる。スライム達は大隊長の叫びと共に浜に乗り上げバリスタや魔法の雨の中を突き進む。
*
「攻撃が効かない!?」
「どうすれば!!」
「降りてきたところを狙え!!」
砦の上で怒声が轟く。曇天の空のしたで氷の船が浜に乗り上げた。そして……中から馬車の車輪が転がってくる。
南騎士団長や他の者たちはその得体のしれない物に攻撃する。赤い車輪を先頭に走り……意志があるのか攻撃を避けていく。そして………驚くことが起こった。
ドゴオオオオオオオオオオン!!
バリスタを直撃させた車輪が大きな大きな爆発をしたのだ。その威力は上級魔法を凌ぐより遥かに強大な威力だった。
そして皆がそれの恐ろしさを一瞬で理解する。南騎士団長は叫んだ。
「全部!! 近寄らせるな!!」
攻撃は苛烈を極める。
*
「へっ……あいつ。先にいっちまいやがった」
「なーにすぐいく」
「すまねぇ……俺はここまでのようだ」
ズガアアアアアアアアン!!
1機また1機と攻撃で壊される。しかし……予想よりも遥かに少ない数の被害だけで浜をパンジャンが進む。そして……とうとう……
ガン!!
残ったパンジャンと赤いパンジャンが一列に砦の壁にくっついた。スライムたちは叫ぶ。
「「「「死に腐れ!!」」」」
パンジャンが発火し、膨大な熱と光と激しい圧縮した空気押し出し。大気を揺るがす大きな爆発音を響かせる。
あまりの大きさに……耳がキーンとなるほどだった。生きるものたちは一瞬、何も聞こえなくなる。
大きな爆発と共に……砦の壁は大きく砕け。パンジャンにくっつかれた場所はすべて吹き飛び崩壊する。
*
「壁にくっついた!! にげろおおおおお!!」
ギャアアアアアアアアアアアア!!
兵士達の叫びと爆発音が重なり。石が吹き飛ぶのか見えた。南騎士団長や他の皆もその場を離れる。雷の音のように激しい轟音と共に石壁が吹き飛び多くの兵士の頭に降り注ぐ。
南騎士団長は騎士に砦を離れ、陣を構える事を命令したが見たことの無い物と破壊力に呆気にとられ、万の兵士が遁走を開始してしまう。南騎士団長はグッとこらえ。全軍撤退を指揮した。
そして………それを聞き。南騎士団5番隊長以下1000人の騎士が大きな音でビックリし暴れる馬を捨て反転する。
「……殿は勤めます」
南騎士団員の騎士が盾を持ち……南騎士団長はそれにすまぬと一言伝えて。撤退を行う。
いつしか……空は明るくなっていく。心とは違い。明るくなっていく。
*
ズサアアアアアアアアアアアアア!!
浜に空母ハボクック十数隻が乗り上げ。中にいた海兵隊と言われるスキャラ族長以下の槍を持った兵士が浜に上がった。曇天だった空は晴れて周りは明るい。まるで……栄光が降り注いでいるように。
「全軍突撃!!」
オオオオオオオオオオオオオオオオ!!
浜を走り、パンジャンドラムで開けられた道を進む。目の前に騎士が盾を持ち応戦の姿勢を見せていた。爆発の中を生き残ったスライム達と数千の海兵隊が騎士へ畳み掛ける。
スキャラ族長が槍を構え、騎士と合間見えた。
「我が名はスキャラ族長のスキャラ・オクトパス!!」
声を張り上げて名乗り、ビタンと足で相手の盾に攻撃を加えていく。
気づけば皆が騎士と乱戦となる。陸では弱い海族だったが。パンジャンの爆発に触発され我こそはと死をいとわず畳み掛ける。これに騎士はたまった物じゃないと後退しだすが……数に物を言わせ、そこを突き騎士をどんどん打ち倒していく。
スキャラ族長は……冷静になる。
「深い追いするな!! 残った砦を制圧し、陣を組め!! 浜を我が物とする」
逃げる騎士を追いかけるのをやめさせる。そして、盾をもたず持ってきた旗を持って砦を登る。曇天だった空が晴れ……気づけば太陽が顔を出した浜。
そして、砦の上に旗を差し……周りを見た。
抵抗する者は居らず。魚人達の顔が困惑しだす。太陽の光がスキャラ族長に注いだ。
「………勝った」
スキャラ族長は……大きく叫び。皆が槍を掲げたのだった。
*
後退した南騎士団は落ち着いた兵士を集め陣を整え逆襲を行おうとした。しかし……偵察によってそれが無意味になる。
残っていた砦を奪われ……浜に氷の柵など。防御陣を構えていた。残ったバリスタや、兵糧さえもを一瞬で爆発させられている。
その1手2手先に動く亜人に南騎士団の決定は………
滅びかけの都市まで撤退だった。この日から……数日後。帝国首都に報が届き大混乱となる。
自分達が攻められている立場を帝国貴族たちは恐怖したのだった。
§ノルマン上陸作戦後、旧魔術第2都市戦前
スキャラ族長は制圧した浜辺で喜んで宴会している人達を見た。隣には今回の功績者スラリン大隊長とともに壊れず残った壁の上から眺めていた。
「スラリン姉さん……あれは?」
「ああ、昨日の戦死者です」
「戦死者……戦死者!?」
スキャラ族長は驚いて聞き返す。戦死者が生きているように見えたからだった。
「生きてる?」
「いいえ……遺体ですよ。なんでしょうね……遺体なんです、もう……でも最後まで戦いたい一心で起き上がった彼らだったんですが。向こうは全く何もせず逃亡しましたね」
そう、訓練ではネフィア女王陛下がまとめ上げての大攻勢によって敗北を喫したが。今回は何もなく少ない犠牲でこの場所と先の滅んだと言われる都市の地を手に入れた。今は短い休暇のようなものである。
「……祖国は強かった。だけど帝国は弱かった。しかしそれでも死傷者はでる」
魚人たちが飲み食いし、肩を並べる。しかし、次第に一人ずつ倒れて砂となり海に帰っていく。
「……最後の時間。仲間と共に……私たちに死の先を女王陛下は生んで下さったようです」
「……」
宴会している人達が減っていく。ゆっくり……ゆっくりと。消えた仲間に我慢できず泣きだす人もいた。
「……スキャラ。サボってるように見えるかも知れないけど。目を瞑って」
「全部の指揮権委託してるんです。何も知りませんし……英霊となる彼らに私たちは咎めるなんて馬鹿なことは出来ませんよ。はい……ハンカチかして」
スキャラ族長も我慢できず。最後の彼らを見て……もらい泣きをするのだった。
*
スキャラ族長以下の海族は都市ホエールさんを浜辺でわざと座礁させて浜に物資を運び、予定として大攻勢をもう一度行い。首都まで目指す予定である。
滅んだ都市位置にまで進出し簡易な陣を設けて作戦会議しているその時だった。
スラリン大隊長はある一団が迫ってきていると聞き慌てての防衛線を張る。数は100。全て騎兵だと聞く。
「……スキャラ族長。偵察ですかね?」
「旗はどんな旗ですか?」
帝国の旗はドラゴンの旗。確認を取ると全く違い。紫の色に盾の紋章だったらしいと聞き「招き入れよ」と命令を下した。
そして……招き入れ。布の天幕の下で代表の騎士が兜を脱ぐ。
金髪が靡き、女王陛下のように気高く綺麗な女丈夫が姿を表した。ハイエルフの女性に二人は驚く。
スキャラ族長は衛兵を下げさせる。天幕の下、スキャラ族長とスラリン大隊長とその女性だけになった。
「マクシミリアン領を治める。マクシミリアン騎士団長エルミア・マクシミリアンです。先の戦い見事でした」
頭を下げる女性に二人は慌てて跪く。女王陛下のご友人であるために。
「す、す、す……」
「スキャラ落ち着きなさい。私はスラリン大隊長。指揮を任されております。こちらはスキャラ族長です。おもてなしせず申し訳ございません」
「なんで跪ついたの?」
「女王陛下のご友人とお聞きしております。同じ位を持つ者と思います」
「……ネフィアさんは元気ですか?」
スキャラ族長が深呼吸し答える。
「苦しい戦いの中で頑張っております」
答えたエルミアはしゃがんでニコニコと笑みを二人に向ける。
「顔を上げてください。そんなに高尚な人物でもないですよ。それにいちいちそんなの大変でしょうし。無礼講で行きましょう。はい立つ」
二人は慌てて立ち上がる。
「ああ……本当に彼女。魔王になったのね……あんな子だったのにここまで……」
エルミアはうんうんと頷き。二人は顔を見合わせる。
「スキャラ族長さん。ネフィアさんから私について何かを聞いてますか?」
「マクシミリアンに頼りなさいと……」
「ふふ。そう……安心しなさい。私は貴女たちの味方です。戦闘での共同は会ったばかりであり足並みを揃えるのは難しい……なので支援物資を贈ります」
「それは!? 本当ですか!?」
「内陸の補給を任せてください」
「お、おお!!」
スラリン大隊長は感激し。スキャラ族長は手を上げた。
「内陸の補給とかどうしようか悩んでたんです。海なら得意なんですが」
「そうなんです……いいタイミングでした」
「あら、そうなの。ふふ……良かった。では細かな事。作戦でも私を混ぜてください」
スキャラ族長は背後に大きな大きな支援者を手に入れるのだった。
*
支援を受けられると言うことで。マクシミリアン騎士団が驚く作戦に出る。
帝国兵が籠る旧魔術第2都市の目の前にマクシミリアン騎士団の陣地が作られたのだ。
「あいつら……敵に向けて防衛戦を仕掛けようとしているみたいです」
帝国は予想外な援軍に歓喜した。しかし……数日後。マクシミリアン騎士団が単独で突撃すると言う報告が上がり、共同戦線を断っての暴走が開始される。その結果、マクシミリアン領に「敗走した話」が出回った。
帝国兵はマクシミリアン騎士団の敗走に恐怖を抱き。南騎士団長はその蛮勇を止められなかった事を悔いた。しかし……全ては演技だった。
マクシミリアン騎士団は支援で都市前に勝手に陣地と補給物資を置きっぱなししたのだ。
帝国はそれを見逃していた。マクシミリアン騎士団が味方か敵かの判断はつかづ。距離をとっていたのも幸いし。スキャラ族長以下部隊はその陣を奪い(貰い)。都市攻略の足ががりとすることが出来たのだった。
「上手く行きすぎて怖い」
スキャラ族長はそう言い残す。そして……都市攻略戦が開始された。
§スライム隊の都市略奪攻略
「スラリン大隊長。本気!?」
都市の前に陣を展開し。帝国とにらみ合いをしている中で作戦会議用の天幕の中。スキャラ族長が叫ぶ。
部隊長も参加していたため皆が同じ意見だっ
た。
「この都市を丸ごといただきたい!? 無理よ!?」
「そうよ。あの都市をいただくの」
スラリン大隊長は笑顔でいい放つ。
「皆は……第2の陸にある都市を欲しくないか!!」
それに、すぐに答えたのはスキャラ族長。
「ほしい。だけど……奪うって……」
「パンジャンは確かに破壊は得意だが……破壊後の城壁再利用は難しくなってしまう。それを使わずどうする?」
「それは考えがある。それに私たちにはその城壁組むノウハウがないからとにかくほしい」
元々、海の中で移動して住んでいたため。城壁は無用の長物だった。魔国の都市は作って貰った都市。自分達はまだ作る事は出来ない。
「でも……あの都市よ」
そう、大きい都市だった。旧魔術第2の都市である。他の部隊長も難色を示す。
「……女王陛下はあの都市で邪竜を葬った生ける伝説の都市。欲しくない? 私なら手に入れられる作戦がある!!」
「「「スラリン大隊長の作戦で行きます」」」
「えっ!? 皆!?」
スキャラ族長が手のひらを返す部隊長たちに顔を向けて驚く。
「では、スキャラ族長。作戦立案いきます」
「……うーん。まぁ皆がいいって言うし。好きにしてください」
スキャラ族長は意見に流されたのだった。
*
ザーザー!!
天幕が風でしなるほどの雨が降る日、スキャラ族長の作戦が開始された。
「……準備はいいか?」
「おけ」
雨のなかで黒い鉄の筒にスライム達が仲間によって押し込まれる。先にグレセリンスライムの一匹が押し込まれ。鉄板を挟んでスライムが押し込まれたのだ。
パンジャンにくくりつけられた砲が移動する。
詰められた鉄の筒を都市の上方へ向けるようにパンジャンが起動を修正した。その後にパンジャンにくくりつけられた筒が爆発する。
ドゴーン!! びちゃびちゃ!!
勢いよくスライムが雨のなかでぶちまけられる。パンジャンは後方へ反動で吹き飛び。大きい大きい筒から煙があがり転がっていく……その中からぬるっと燃え尽きたスライムの女の子が這いずって出た。それを慌てて介抱し。雨で洗う。
「スライム筒移動砲。次弾準備!!」
壊れた砲は破棄し、新しい砲で最初から同じ事の手順を繰り返すのだった。
*
ベチョ……ベチョベチョ
「うっ……痛い……」
「うぐっ!?」
「……あおふ」
スライムの女の子(正確には両性)の痛がる声が雨で消される。
都市の上方を雨と共に落ちて都市に侵入した。
「す、スラリン大隊長は?」
「別のとこ落ちたみたい」
「うぅ……腰が」
「腰ないよね?」
スライム達が冗談をいいながら姿を戻す。女の子の服を着た姿だ。今のスライム族の流行りである。
「にゅぅ……胸ちっぱい」
「逆に重い」
「……個人差でちゃうね」
ヌルヌルと雨の中をゆっくり進みながら……作戦を実行を目指す。
空き家からスライム達は剣と盾を手にいれた。現地で装備を整えて……門まで向かう。そう……雨の中で奇襲をするために。
*
扉の前にパンジャンたちが陣取る。その背後に海人の兵士が槍を持って待機していた。
それが都市を囲んで3方向、3部隊に別れている。今回は指揮はなく。とにかく暴れることを命令され……今か今かと待っていた。
「……スキャラ族長。遅いですね」
侵入したスラリン大隊長以下の部隊が門を開ける段取りだ。もしバレてしまっても……門が開ければこっちの物である。
天は味方し深い雨を兵士に当てる。
「相手の士気が落ちやすい雨の日。私たちはそうでもないけど……どうだろう」
スキャラ族長は槍を2つ持って待つ。泥々の平地で……すると。遠くの都市の門が開いた。
「きた!?」
スキャラ族長が驚いた瞬間だった。パンジャンドラムが勢いよく泥を吹き飛ばしながら門まで突っ切る。それに合わせて兵士が我先にと門に殺到した。
見張りは……スライム達に倒され。スキャラ族長は難なく門を潜れ時の声をあげる。
そして……その日、北側の門から騎士団は帝国までに逃げ落ちることとなる。
スキャラ族長は足かがりの都市を犠牲なしで門を開け。少数の兵士の犠牲だけで手にいれたのだった。
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