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第13話 新しいお客さんです
しおりを挟む「いらっしゃいませ」
私とユリクが挨拶すると、お客さんは少しだけ頭を下げた。
茶髪の癖っ毛で、年は三十後半くらいの男性だ。
ややガタイの良い身体をしていて、背が高く、家のドアもちょっと屈んで入っていた。
しかも、ちょっと目つきが悪い。
……普通に私たちを見ているんだろうけど、睨まれているように見えて仕方ない。
男性を席に促すと、パラパラとメニューを捲ったあとに私にオーダーした。
「コーヒーを一つ」
……。
またチョコスイーツじゃなくて飲み物かーい!!
私が眉間に皺を寄せて苦笑いしていると、ユリクが私の隣に立った。
「こちらのチョコレートで作ったお菓子もおすすめですよ。とても美味しいので、良かったらいかがですか?」
「……ふむ」
男性が顎に手をあてて考えこむ。
しばらく黙ったあとに、肩をすくめて首を振った。
「チョコレートのお菓子なんて、どうせ不味いに決まってる。あれはそのままが一番美味しいだろ。それに俺は利き手が使えない。美味しくないものを苦労して食いたくないんだ」
男性が自分の右腕を左腕でつつく。
利き手が使えないというのは、元々病気か何かで使えないのだろうか。
それとも怪我でもしたのかな?
利き手が使えないから食べ物を頼みたくないのは仕方がない。でも、それより……。
美味しくないって言ったわね?
その男性はさらに私を苛立たせるようなことを言ってきた。
「獣人とカフェ開くなんて、嬢ちゃんも物好きだな」
……イラッ。
ふつふつと怒りが湧きだってくる。その感情は私の身体を覆いつくし、気づけば口が勝手に動いていた。
「美味しくないかどうかは、食べてから決めてください!」
私の声に呆然とした男性に背中を向けて、キッチンへ向かう。
ふふ、というユリクの笑い声が背中越しに聞こえた。
調理場に器具を用意する。ボウル、型、ふるい、泡だて器……。
食材も用意して、調理のスタートだ。
卵を卵白と卵黄に分け、卵白は私の氷魔法で冷やす。
チョコレートを刻み、湯煎で溶かす。
固かったチョコがとろとろと溶けていくのがたまらない。
味見をしたいけど、お客様に提供するものだし、我慢だよね。
事前準備が整ったら、ココアパウダーに牛乳を少しずつ加え、混ぜていく。
ココアパウダーはこの国では牛乳に溶かして飲む飲み物として売られていて、料理に加えたりはしないと市場の人が言っていた。
でもココアは十分スイーツの材料として使える。
スイーツに使わないなんてもったいない。
卵黄に溶かしたチョコを加えて混ぜ、さらに油、先程牛乳を混ぜたココア、メル粉、ベーキングパウダーもその都度泡だて器で混ぜる。
別のボウルに魔法で冷やした卵白を入れ、ひたすら混ぜる。
砂糖を少しずつ加えて混ぜて混ぜて混ぜ、離したときに柔らかくツノが立つメレンゲを作る。
メレンゲをさっき混ぜた生地に三分の一加えてしっかり混ぜ、残りのメレンゲも加えたらゴムべらに持ち替えて混ぜていく。
そしたら生地を型に流し込み、菜箸でぐるっと回して生地を平らにする。
竹串を使いたかったのだが、持っていないから十分代用できる菜箸にした。
その生地を魔石オーブンで十分ほど焼く。
日本のオーブンでは三十分くらい焼かなくてはいけないが、魔石オーブンは魔石が持つ熱量を調整できる。
そのため、日本で焼くより早く焼けたり、遅く焼くことができるのだ。
その優れた利便性に気づいたのはカフェを始めて少し経った頃に、ユリクが教えてくれた。
魔石オーブンを使ったのはこの家に来てからだから、教えてくれて助かる。
そして、十分後。
フワフワのチョコレートシフォンケーキが完成した……!
逆さまにして私の魔法で冷ます。
シフォンケーキを切り分けて皿に乗せ、生クリームとベリーを添える。
ふわふわな生地だからすぐにフォークで切れるだろう。
利き手じゃなくても他のスイーツよりは簡単に食べられるはずだ。
ユリクが作ってくれたコーヒーも一緒にお客さんに持って行った。
「お待たせしました。コーヒーとチョコレートシフォンケーキです」
「……!」
男性が目を見開いてシフォンケーキを見つめていた。
「このケーキに、チョコレートが入っているのか……?」
「そうですよ」
私が笑って答える。
男性は左手でゆっくりフォークを持ち、シフォンケーキを切った。
……本当にこの人、利き手が使えないんだ。
フォークの握り方が不自然でぎこちなく、右手はびくとも動かない。
それを見て、今まですごく苦労してきたんだろうな、と私は胸が苦しくなった。
「すごい……簡単に切れる」
男性はぱくりとケーキを口に含んだ。
その瞬間、ぱあっと顔が明るくなる。
男性は幾分か咀嚼して飲み込んでから口を開いた。
「優しい味だ……そこまで甘くなく、口に含めばチョコレートの香りが広がってくる。生クリームとチョコレートの相性もこんなに合うとは知らなかった。それに普通のシフォンケーキも食べたことはあるが、こんなにふんわりしていない。君は、菓子を作るのが上手いんだな……」
男性は時々ケーキを食べながら、ゆっくり話し始めた。
「俺はハーブティの店を営んでる。俺の腕が動かなくなったのは、ハーブを採取しようと森の中に入ったら、毒を持った魔物に利き手を噛まれたからなんだ。そのまま麻痺して今まで一度も動かない。その麻痺毒を治すには王都に行かなくちゃならなくて、おまけに麻痺毒を治せる治癒魔法師は少ないから費用が高い。だから今も麻痺したま、ま……」
男性はそう言って右手を私に見せようとしたとき。
今まで一度も動かない。今そう言っていたのに、右手はすんなりと動いた。
「え……!?」
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