婚約破棄をしてくれた王太子殿下、ありがとうございました

hikari

文字の大きさ
4 / 8

3

しおりを挟む
行商人のウィルマに助けられ、ウィルマの家に泊まる運びとなった。ウィルマの家に着く頃には雪はやんでいた。しかし、相変わらず吐く息は白く濁る。手がかじかんできた。

「ありがとうございました」
アーデルヘイトは馬車を降り、ウィルマに一礼した。透き通るようなソプラノの声が辺りに響く。

「いえいえ。さあ、家に入るといい。妻と息子が待っている」

ウィルマの家はオルウェン邸の約半分位の広さがある。豪商なのだろうか? レンガづくりでシッカリしている建物だ。

「さあ、中に入って下さい」
アーデルヘイトは促されるままウィルマの家に入った。
「お邪魔します」

家の中には絵画がそこいらかしこに飾られている。この光景はオルウェン邸と大して変わらない。リビングに入ると、何とも広い。レンガづくりの暖炉があり、火がパチパチ音を立て、火の粉が四方八方に飛び散っている。上を見上げればオルウェン邸にあるような立派なシャンデリアがある。そして目の前には大きなテーブル。豪商人なのかはたもや貴族なのか? 立派な身分である事には変わりなさそうだ、とアーデルヘイトは思った。

リビングには奥さんと息子らしい人が待っていた。

リビングに入ると、ウィルマが帽子を脱いだ。紫色のベレー帽だった。

「サンディすまない。オルヴァート公爵ご令嬢のアーデルヘイト様を連れてきた」


「どうしてまた!」

奥さんは手を口に当てて何事かと言わんばかりに驚いていた。それもそのはずでしょう。貴族のご令嬢が一般家庭に泊まりに来るなど例が無い話なのだから。

ふわふわの肩まである桃色の髪、大きな目、水色の服に水色のロングスカートを履いた女性。彼女が奥さんのか、と思った。

「アーデルヘイト様が何でも家の人間と摩擦が生じて家を追われたらしいんだ」

と言って上着を脱ぎだした。上着もまた紫色だった。

「それは大変! しかし、そんな方を匿って大丈夫なのかしら?」

と言ってサンディが上着を受け取った。

「大丈夫だ」

とウィルマがどっしりとしたバリトンの声であっさりと切り替えした。

暗がりだったからあまり良く見えなかったけれど、ウィルマは白髪頭に白いひげを蓄えていた。

「あ、初めまして。オルヴァート公爵令嬢のアーデルヘイトです」

アーデルヘイトは一礼をし、挨拶をした。

「はい。私は妻のサンディです。そして、右にいるのが息子のマドリックです」

「マドリックです。宜しくお願いします」

とテノールの声で新緑を思わせる緑色の髪の青年が挨拶をした。


そう言うとサンディは厨房の中へと入っていった。

「食事はまだかね?」

とウィルマが聞いてきた。

「はい。実は食事も食べずに家を出てきました」

と言ってアーデルヘイトは下を向いた。

「大丈夫だ。食事は用意してあるから」

と言うと、エプロンをした若い茶髪の女性が厨房から出てきた。

「お帰りなさいませ、ご主人様」

「私、オルヴァート公爵令嬢のアーデルヘイトと申します」

アーデルヘイトは侍女と思われる女性に挨拶をした。

「私はエレン。この家に仕えている者です」

人を雇っているということはやはり豪商と見て良い。

そして、他の侍女が厨房から出てきた。

「話は聞きました。ご主人様、そしてアーデルヘイト様どうぞ食事を召し上がって下さいませ」

四人分の食事が用意された。

そして、ウィルマとサンディとマドリックは食卓を囲んだ。

「アーデルヘイト様。そこにお座りください」

サンディの隣に促された。サンディも手招きをしている。

「はい。ありがとうございます。失礼します」と言って一礼し、席についた。

3人の侍女が入れ代わり立ち代わり食事を運んでくる。どうやら今日の食事はパンにシチューのようだ。

そして、配膳が済んだようで、侍女たちは一礼し、厨房へと戻っていった。


そう言えばオルウェン家の食卓もいつもこんな感じだった。あの時はまだ家族仲良しだった。しかし、一度王太子に婚約破棄をされると、家を追われ、今こうして助けてくれた豪商と食事をとることになった。

今夜はこうしてオルウェン家はアーデルヘイトのいない夕食をしているのだろうと思うと、なんだかやるせない思いになってきた。

「ではいただきます」

食事に手を伸ばす。

「遠慮しなくて良いのよ。おなかすいているでしょ?」

と笑顔でサンディが話しかけてくれた。サンディの優しい言葉、笑顔に慰められた。

シチューがとても美味しい。オルウェン家でもシチューはよく出るが、なぜだかより一層美味しく感じられた。

「アーデルヘイト様、どうしてまたこんな事に?」

とマドリックが聞いてきた。

アーデルヘイトは一瞬心臓が強く脈動したような感覚を覚えた。

「それは家族と仲違いしたからです」

と口にシチューを運びながら言った。

「そうなんですか」

マドリックはパンをちぎって口に入れた。

「マドリック。あんまり人様の事を詮索するものではありません」

サンディが叱った。

「は~い。ごめんなさい」

「いえいえ」

悪気が無かったと言うことね、とアーデルヘイトはわかった。

「明日からどうするんだい?」

ウィルマが食べている手を止めて言った。

「どうしよう」と言って「私、聖女なんです。何かお役に立てそうでしょうか?」


「できる」首を2度縦に振り、ウィルマがそう言った。

「知り合いに診療所を営んでいる人がいる。そこで怪我人や病人の看病をするといい」

そう言ってコップに手を出し、飲み干した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄? 国外追放?…ええ、全部知ってました。地球の記憶で。でも、元婚約者(あなた)との恋の結末だけは、私の知らない物語でした。

aozora
恋愛
クライフォルト公爵家の令嬢エリアーナは、なぜか「地球」と呼ばれる星の記憶を持っていた。そこでは「婚約破棄モノ」の物語が流行しており、自らの婚約者である第一王子アリステアに大勢の前で婚約破棄を告げられた時も、エリアーナは「ああ、これか」と奇妙な冷静さで受け止めていた。しかし、彼女に下された罰は予想を遥かに超え、この世界での記憶、そして心の支えであった「地球」の恋人の思い出までも根こそぎ奪う「忘却の罰」だった……

婚約破棄された氷の令嬢 ~偽りの聖女を暴き、炎の公爵エクウスに溺愛される~

ふわふわ
恋愛
侯爵令嬢アイシス・ヴァレンティンは、王太子レグナムの婚約者として厳しい妃教育に耐えてきた。しかし、王宮パーティーで突然婚約破棄を宣告される。理由は、レグナムの幼馴染で「聖女」と称されるエマが「アイシスにいじめられた」という濡れ衣。実際はすべてエマの策略だった。 絶望の底で、アイシスは前世の記憶を思い出す――この世界は乙女ゲームで、自分は「悪役令嬢」として破滅する運命だった。覚醒した氷魔法の力と前世知識を武器に、辺境のフロスト領へ追放されたアイシスは、自立の道を選ぶ。そこで出会ったのは、冷徹で「炎の公爵」と恐れられるエクウス・ドラゴン。彼はアイシスの魔法に興味を持ち、政略結婚を提案するが、実は一目惚れで彼女を溺愛し始める。 アイシスは氷魔法で領地を繁栄させ、騎士ルークスと魔導師セナの忠誠を得ながら、逆ハーレム的な甘い日常を過ごす。一方、王都ではエマの偽聖女の力が暴かれ、レグナムは後悔の涙を流す。最終決戦で、アイシスとエクウスの「氷炎魔法」が王国軍を撃破。偽りの聖女は転落し、王国は変わる。 **氷の令嬢は、炎の公爵に溺愛され、運命を逆転させる**。 婚約破棄の屈辱から始まる、爽快ザマアと胸キュン溺愛の物語。

「誰もお前なんか愛さない」と笑われたけど、隣国の王が即プロポーズしてきました

ゆっこ
恋愛
「アンナ・リヴィエール、貴様との婚約は、今日をもって破棄する!」  王城の大広間に響いた声を、私は冷静に見つめていた。  誰よりも愛していた婚約者、レオンハルト王太子が、冷たい笑みを浮かべて私を断罪する。 「お前は地味で、つまらなくて、礼儀ばかりの女だ。華もない。……誰もお前なんか愛さないさ」  笑い声が響く。  取り巻きの令嬢たちが、まるで待っていたかのように口元を隠して嘲笑した。  胸が痛んだ。  けれど涙は出なかった。もう、心が乾いていたからだ。

婚約破棄されたら、国が滅びかけました

Nau
恋愛
「貴様には失望した!私は、シャルロッテ・グリースベルトと婚約破棄をする!そしてここにいる私の愛おしい、マリーネ・スルベリオと婚約をする!」 学園の卒業パーティーの日、婚約者の王子から突然婚約破棄された。目の前で繰り広げられている茶番に溜息を吐きつつ、無罪だと言うと王子の取り巻きで魔術師団の団長の次に実力があり天才と言われる男子生徒と騎士団長の息子にに攻撃されてしまう。絶体絶命の中、彼女を救ったのは…?

『龍の生け贄婚』令嬢、夫に溺愛されながら、自分を捨てた家族にざまぁします

卯月八花
恋愛
公爵令嬢ルディーナは、親戚に家を乗っ取られ虐げられていた。 ある日、妹に魔物を統べる龍の皇帝グラルシオから結婚が申し込まれる。 泣いて嫌がる妹の身代わりとして、ルディーナはグラルシオに嫁ぐことになるが――。 「だからお前なのだ、ルディーナ。俺はお前が欲しかった」 グラルシオは実はルディーナの曾祖父が書いたミステリー小説の熱狂的なファンであり、直系の子孫でありながら虐げられる彼女を救い出すために、結婚という名目で呼び寄せたのだ。 敬愛する作家のひ孫に眼を輝かせるグラルシオ。 二人は、強欲な親戚に奪われたフォーコン公爵家を取り戻すため、奇妙な共犯関係を結んで反撃を開始する。 これは不遇な令嬢が最強の龍皇帝に溺愛され、捨てた家族に復讐を果たす大逆転サクセスストーリーです。 (ハッピーエンド確約/ざまぁ要素あり/他サイト様にも掲載中) もし面白いと思っていただけましたら、お気に入り登録・いいねなどしていただけましたら、作者の大変なモチベーション向上になりますので、ぜひお願いします!

『二流』と言われて婚約破棄されたので、ざまぁしてやります!

志熊みゅう
恋愛
「どうして君は何をやらせても『二流』なんだ!」  皇太子レイモン殿下に、公衆の面前で婚約破棄された侯爵令嬢ソフィ。皇妃の命で地味な装いに徹し、妃教育にすべてを捧げた五年間は、あっさり否定された。それでも、ソフィはくじけない。婚約破棄をきっかけに、学生生活を楽しむと決めた彼女は、一気にイメチェン、大好きだったヴァイオリンを再開し、成績も急上昇!気づけばファンクラブまでできて、学生たちの注目の的に。  そして、音楽を通して親しくなった隣国の留学生・ジョルジュの正体は、なんと……?  『二流』と蔑まれた令嬢が、“恋”と“努力”で見返す爽快逆転ストーリー!

【完結】仕事を放棄した結果、私は幸せになれました。

キーノ
恋愛
 わたくしは乙女ゲームの悪役令嬢みたいですわ。悪役令嬢に転生したと言った方がラノベあるある的に良いでしょうか。  ですが、ゲーム内でヒロイン達が語られる用な悪事を働いたことなどありません。王子に嫉妬? そのような無駄な事に時間をかまけている時間はわたくしにはありませんでしたのに。  だってわたくし、週4回は王太子妃教育に王妃教育、週3回で王妃様とのお茶会。お茶会や教育が終わったら王太子妃の公務、王子殿下がサボっているお陰で回ってくる公務に、王子の管轄する領の嘆願書の整頓やら収益やら税の計算やらで、わたくし、ちっとも自由時間がありませんでしたのよ。  こんなに忙しい私が、最後は冤罪にて処刑ですって? 学園にすら通えて無いのに、すべてのルートで私は処刑されてしまうと解った今、わたくしは全ての仕事を放棄して、冤罪で処刑されるその時まで、推しと穏やかに過ごしますわ。 ※さくっと読める悪役令嬢モノです。 2月14~15日に全話、投稿完了。 感想、誤字、脱字など受け付けます。  沢山のエールにお気に入り登録、ありがとうございます。現在執筆中の新作の励みになります。初期作品のほうも見てもらえて感無量です! 恋愛23位にまで上げて頂き、感謝いたします。

婚約者が聖女様と結婚したいと言い出したので快く送り出してあげました。

はぐれメタボ
恋愛
聖女と結婚したいと言い出した婚約者を私は快く送り出す事にしました。

処理中です...