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第一部:辺境伯の地
熊(魔獣)料理で宴会
しおりを挟む陽が傾いてきた中で、村人たちによってワイワイと宴会の準備が進められていく中、俺とパルミュナは、みんなからちょっと離れた場所に並んで座って、その光景をぼーっと眺めていた。
みんな楽しそうだな。
そうだよな・・・考えてみれば子供だけじゃなくて、大人にだって村に人が来るのは大きなイベントだ。
ましてや予定外の肉が大量に手に入って、いまからそれを囲んで村中みんなで宴会だとなれば、否応にもテンションが上がろうってもんだ。
やっぱり熊肉を自然な形で提供できて良かったな。
俺たちも、ちゃんとした料理を色々とご馳走になれそうだし。
パルミュナが一人の女性に視線を向けて言った。
「さっき、みんなが熊を捌いてる時にさー、あそこのお姉さんがそっと近づいてきてさー」
何が『お姉さん』だ。
あの綺麗なエルフの娘さん、間違いなくお前より数百歳は年下だろうが・・・
口には出さないけど。
「こっそりに私に『お兄様って結婚してらっしゃるの?』って聞いてきたのー。ライノのことをお婿さん候補リストに入れとこうって思ったのかなー。笑えるねー」
やかましいわ!
どうしてそれが『笑い』の対象なんだよ!
「そんで、お前はなんて答えたんだ?」
一応、こう言うのは口裏を合わせておかないとな。
「剣を振り回すタイプの男とはすぐに話が合うけど、女の魅力はまるで分かってないタイプだから独身だよーって言っといたー」
「お前! なんだその俺のことを分かった風な解説!」
「だって、さっきラキエルたちと話してるの楽しそうだったじゃないさー。ライノってアタシと話してるときは結構、仏頂面だったりするのに、さっきは大笑いしながら、すっごく楽しそうに話してたー」
もちろん頬っぺた膨らませた不機嫌アピールは欠かさない。
女の魅力はまるで分かってないって・・・こいつ、ひょっとしたら泉での全裸アピールを無視したのをいまだに根に持ってるのか?
アスワンの登場一発目のセリフもそうだけど、大精霊って意外と古いことにも執着してたりする感じがあるよなあ。
いや、ひょっとすると大精霊の感覚じゃあ、ライムール王国創建時代のことでも昔ってほどでもないのかな?
よくわからん。
そのまま宴の準備を眺めていると、忙しく立ち働く村人たちの中から、さっきラキエルとも話していた別の綺麗な娘さんがこっちに歩いてきた。
いやもう、エルフの里で『綺麗な』とか『格好いい』とか、ほぼ全員に当てはまるから形容しても意味がないな。
ちゃんと個性はあるのに、みんな、その人なりに美しい。
全員美形! 以上!
「初めましてクライスさん、私はミレアロと申します。その...ラキエルの婚約者ですの」
ああ、さっき村長とラキエルが、もうすぐお金が入り用だろうとか男の矜持が云々とかボソボソ言いあってたのはそういうことか。
結婚式がすぐ後に控えてるんだな。
「こんにちはミレアロさん。ライノ・クライスです。ライノと呼んでください」
「アタシはパルミュナ」
「はい。こんにちはパルミュナさん。それでその、是非ライノさんにお礼が言いたくて...ラキエルを助けてくださって、本当にありがとうございました!」
そういうが早いか、ミレアロさんは深ーく頭を垂れた。
「頭を上げて下さいミレアロさん。さっき、ラキエルや村長さんにも話しましたが、俺は自分達の身を守るために、あのウォーベアを討伐したんですから」
「それでも、ライノさんが夫の命の恩人であるということには変わりないと思います。いくら感謝してもしきれません!」
「いやあ...逆に、俺たちが通りかからなかったら、ラキエルもリンデルも谷川に飛び込んで無事に逃げ切れていたと思いますよ?」
「ラキエルは、まさに自分とリンデルが殺される直前だったと言ってました。そこにライノさんが刀を抜いて飛び込んできて、あっという間に倒してしまったと」
「ミレアロさん、ラキエルとリンデルはね、ウォーベアのかなり前を逃げられていたんです。彼らが尾根筋から山道に出てきた時、そのまま谷川に駆け降りれば十分に逃げる余裕はあったと思います。でも、あの二人はそうしなかった。なぜだか分かりますか?」
「いえ...」
「俺たちを見つけたからですよ。あそこで、自分達が谷川に駆け降りたら、何も知らずに、のんびり山道を歩いてきた俺とパルミュナは、間違いなく身代わりに魔獣の餌食になる。あの二人はそう考えて、咄嗟に谷に降りずに、山道を俺たちとは逆方向に走り出したんです。自分達が魔獣の囮になる覚悟でね」
「そんなっ...そんなことが...あったのですか...」
「ラキエルとリンデルは、素晴らしい心と勇気の持ち主です。それに頭もいい。咄嗟にそんな行動が取れるやつは、破邪の中にだってそうザラにはいませんよ。あなたの夫になる人は、英雄の資質を持つ男だと思いますね」
「あぁ...」
ミレアロさんは両手で口を抑え、真っ直ぐに俺の方を向いたまま、こぼれ落ちる涙を拭こうともせず、さめざめと泣いている。
いや、事実なんだけどね?
本音を言えば、俺よりもあの双子の方がよっぽど勇者に向いてると思うよ。
マジで。
「まあ、とにかく、うまく魔獣を倒すことができました。後はせっかくなので、みんなで美味しく頂きましょうってところです」
「はい...」
「ご結婚おめでとう、ミレアロさん」
「ありがとうございます...」
ボロボロと涙をこぼし続けるミレアロさんは、もう一度俺に向かって深く頭を下げると、みんなの方へと戻っていった。
あ、泣いてるミレアロさんを気遣ってラキエルが話しかけたぞ・・・
おおっ、ミレアロさんがラキエルに取り縋って号泣だ。
周りもちょっとビックリしてるな。
俺のせいかな?
まあいいや。
しかし、こんな綺麗な里の近くにウォーベアが出現したというのは大問題なんだよな。
ラキエルとリンデルは、俺たちがたまたま通り掛かって幸運だったと言うけれど、出来るだけ魔獣を討伐したいこちらとしては、逆に、あの双子がたまたまその場に居合わせたと言ってもいいくらいだ。
もしも今日、彼らが狩に出ておらず、俺たちがあのウォーベアと対峙することもなく通り過ぎていたらと考えると、ゾッとするよ。
いくら凶暴な魔獣は自分から人里に近づいてくることが少ないと言っても程度問題だからな。
それに、縄張りに入ってきた相手には容赦はない。
ラキエルみたいな狩人たちだけでなく、木樵や、山の幸を探しに入ったりする村人も多いはずだし、あのままだと、里の誰かがいつか間違いなく犠牲になっていただろうって気がする。
++++++++++
太陽が山の輪郭に姿を隠し始めた頃に、村人の一人が、準備ができたと俺たちを呼びにきてくれた。
連れられて広場に行くと、すでに広場をぐるっと取り囲む形で沢山の篝火が炊かれており、子供から大人まで、ざっと見たところ百人以上は集まっていた。
いや、熊肉は十分に足りると思うけどさ・・・
これって村長からなのか村の共有資産からの持ち出しなのかわからないけど、結構な出費じゃない?
大丈夫か?
田舎の人たちって、客を持て成すのが好きなんだよなあ・・・こっちとしては申し訳なくて、先方がハメを外しすぎていないように祈るばかりだ。
一通りの用意ができたらしく、すぐに村長が宴の始まりを宣言した。
俺とパルミュナのこともウォーベア討伐というか、熊肉提供の功労者として改めて紹介してくれたけど、すでに、村中みんなに今日の話は行き渡っていた様子だ。
ラキエルとリンデルが、俺とパルミュナにもエールらしき飲み物の入ったマグと、料理を盛りつけた皿を渡してくれる。
「最初に、この村の自慢料理を味わってもらおうと思ってね。見ての通り、ここは山の幸が豊富なんだ。いまは色々な山菜や薬草の新芽がどんどん伸びてる季節だから、それのいいところを味わうには最高のタイミングだよ」
「おっ、こいつは美味そうだなあ」
「だろう? アラリアっていう山菜の芽に麦の粉をまぶして、猪の脂で揚げてあるんだ。美味いぞ」
「揚げてあるのか、それはまた贅沢な料理だな」
「猪はよく獲れるからね。街で菜種なんかの油を買うと高いけど、ここは獣の脂なら自給できる。猪以外にも、冬場なら下の池に降りてくる鴨の脂なんかもよく使うよ」
「へえー、ところ変わればって奴だな...」
そう言いつつ、揚げた山菜を一つ摘んで口に入れてみる。
「おおっ、うまい! おいパルミュナ、これ食べてみなよ? すごい美味いぞ!」
まずはエールを飲んでいたパルミュナも俺の皿から一つ摘み上げる。
なぜ自分の皿から取らない?
「わー、おいしー!」
「だろ、だろっ!」
俺とパルミュナのリアクションに、ラキエルとリンデルも嬉しそうだ。いやでも、実際にすごく美味しいなこれは。
「実は、ここにくる途中でも、ちょっと山菜を茹でて食べたりしたけど、これはまた一段と美味いよ。ていうか街で食べる高級料理より断然美味しいぞ!」
柔らかな山菜の甘みと軽い苦味が合わさっているところに、猪の脂から出た肉のうまみが麦粉の衣にしっかりと吸収されている。そこにたっぷり振りかけられた塩の味がしっかりとついていて、本当に絶品だ。
いやこれだったら肉なしでもいくらでも食べられそう。
すごいな山菜。
というか、俺が知ってる山菜と違う!
応援ありがとうございます!
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