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第二部:伯爵と魔獣の森

事故現場は養魚場

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「さっきも言ったように、岩塩の採掘現場は寒い山奥にあって、近くの森には魔獣もかなりウロウロしてる。きつい場所だけど、破邪にはいい収入源だ。それに掘り出した塩の輸送が定期的にあるから、山の上でも行き帰りは馬車に便乗して楽ちんなモンさ」

「俺向きじゃあ無いかもしれないけど、やっぱり羨ましがる破邪も多いと思うがなあ?」

「まあ、じじいになって金を貯めて引退するまで、ずっとそれでやっていけるんなら文句も無いけどさ...」

「なんだか含みのある言い方だな? レビリス自身は、そうは思ってないってことか?」

「だから、このままでいいのか悩んでるのさ。さっきライノが言ったように、話を聞いてやってくる破邪もいる。ウェインスさんを悪く言うつもりは無いけどな? ただ、そのせいでフォーフェンの師匠筋って言うのはバラバラだ」

「ん? まさか師匠筋が違うって理由で諍いでもあるのか?」

「違う違う。そこは腐っても破邪だ。相手がどこの誰だろうと、破邪同士ならちゃんと協力し合うし連携もするさ。そうじゃなくて、違う師匠筋だから、破邪が弟子を取るときは、みんな個別になる。筋が増えれば弟子の数も増えるだろ?」

ああ、そうなるのか・・・

破邪同士が排他的ってことは無いけど、自分の師匠からの教えを引き継ぐって考え方が強いから、違う師匠筋で弟子を育てたりはしないよな。
それぞれ師匠筋の違う破邪が二十人いて弟子を取れば、七~八年後には破邪が四十人だ。

「つまり、余所で修行を済ませた連中が集まってきた上に、そいつらが別々に弟子を育ててれば一気に増えるってわけさ」

まあ、普通なら破邪になりたがるなんていう、奇特というか怖いもの知らずな奴がそんなに大勢いる訳が無いんだけどな・・・
フォーフェンの様子だと、軽い気持ちで破邪になろうって奴が出てもおかしくは無いのかもしれない。

「まだ岩塩の採掘場が出来て十年も経たない時だ...いまはいいけどさ、こんな街中で、これからも同じようなペースで破邪が増えていけば、あっという間に仕事が足りなくなるだろうね」

普通なら、破邪になるのはなかなか大変だ。
修行の途中で根を上げてしまう奴も多いし、長い修行を終えて印を貰っても、危険で不安定な仕事だ。
しかし、レビリスに向かって言いはしないが、あの山賊のおっさんたちを思い出すに、フォーフェンでなら印を貰うのも割と簡単そうではある。
もちろん、付いた師匠によってそこまでの苦労は違うだろうけど・・・

「でも岩塩の鉱床が他にもあるかもしれないなら、いずれ他にも採掘場が出来るだろうし、まだまだ広がる余地はあるんじゃ無いのか? まあ、いつかはレビリスの言うようになるかもしれないけど...」

「いや、リンスワルド家としては調査はしてるけど、今以上に採掘現場を増やすつもりは無いらしい」

「えっ、そりゃどうしてだ? 元は地面に埋まってるものだし、掛かる金は掘って運び出す資材と人件費くらいのもんだろう? 塩なんて内陸の方にはいくらでも売れるだろうし、掘れば掘るだけ儲かりそうだけどな」

「まあ、そう言ってる奴は多いな。特に商人たちは」
「やれば儲かることをできないってのは商人には腹立たしいだろうからな」
「又聞きの話になっちゃうけどさ。その理由が『細く長く』ってことらしいぜ?」
「なんだそれ?」

「毎年、決めた量以上の塩は掘らないんだとさ。いっぺんに掘り出すと、塩がいまより値下がりするかもしれないし、岩塩の鉱脈だっていつかは掘り尽くす。そりゃ、何十年も先のことだろうけどさ、その時にいきなり領地の収入が無くなったら大打撃ってことらしいな」

「ほー、そりゃまた、ずいぶん先を見てる話だなあ...」

キャプラ川に自費で橋を架けておきながら、通行料を取るよりも地域の発展を優先させて結果として大きな収益を生み出したことだけでも凄いけど、フォーフェンの街を無秩序にならない程度に自由に発展させたり、公領地との敷居を撤廃したことも含めて、リンスワルド伯爵家って言うのは、先祖代々、相当に先を読む力を持ってる家系だな。

「そういう訳で、俺に言わせればフォーフェンの破邪の未来は、そんなに明るいもんでも無い。かと言って、ここでぬるま湯みたいな仕事を続けてれば、余所の土地に行って通用する力は身につかない。でも、つい面倒だから遍歴に出ることも無く日々を過ごしてしまう...それが、いまのフォーフェンの破邪...って言うか、ぶっちゃけ俺の姿だな、これ!」

そう言ってレビリスは、ちょっと自虐的な笑みを浮かべた。

「大袈裟だよレビリス。ぬるま湯ったって採掘場周りの仕事じゃあ、実際に魔獣討伐だってやってんだろ? 魔獣の数が多いなら腕がなまったりするもんか」

「だといいんだけどさ...スマン、採掘場の説明のつもりが愚痴になっちゃったな...で、だ。事故現場の方だけどさ、二年前にフォーフェンの近くにリンスワルド家直営の養魚場が出来たんだ」

「養魚場って魚を育てる池のアレか?」
「ああそうだ。コイとかマスとかそう言うの」
「なんで岩塩の採掘場に養魚場が関係してくるんだい?」
「保存食」
「あ、塩漬けか!」

「そういうこと。塩漬けを作るのってさ、当然、塩を大量に使うだろ? 肉でも野菜でも魚でも、そこら辺は同じさ」

「確かにな。ふつう塩の値段が高い山奥じゃあ大量には作りにくい」

「それに採掘場のある山はキャプラ川の源流の一つなんだよ。養魚場が作られたのもその支流沿いで、そこにカワマスとパーチだったかな? それのでかい養魚池と、塩漬けの加工場を作ったのさ」

「へえ、でもおかの養魚場で、そんな大々的に塩漬けを作るほどの魚を育てられるもんなのか?」

「どうなんだろうね。そこは俺もよく分からないな。ただ、塩漬け加工場の方は、領内の農家から買い取った野菜でも肉でも、なんでも塩漬けに加工して売り出すって方針だってさ。塩だけじゃ無くて、塩を使った産物をリンスワルド領の名物にしよう、みたいな? そういう考えらしい」

「うーん、リンスワルド伯爵家のやることだから、相当先のことまで考えてるような気はするな...」

「安い塩と綺麗な水はすぐそこにある。後は漬けるものさえあればいいってことで養魚場なんだろうさ。それに破邪仲間が言ってたけど、フォーフェンの住人がどんどん増えていけば、キャプラ川の魚だっていつかは捕り尽くしてしまうだろうってな」

「無いとは言えないかな...実際、俺の住んでたエドヴァルの平野部じゃあ、鱒はほとんど街の市場にでてこなくなってたからなあ」

「エドヴァルはミルシュラントと違って古い国だもんな。大昔から沢山の人が住んでれば、近くの獣も魚も減って当然さ」

「そりゃ、まあな...」

「それでさ、その養魚場と塩漬け加工場が完成して、順調に稼働し始めた辺りで伯爵ご夫妻が視察っていうか見学って言うか、お二人揃って現地に赴いたんだけど、そこで事故が起きたのさ」

「事故、か」
「ああ、事故だよ。すっごく単純」
「魔獣に襲われた、なんて訳じゃなさそうだな」
「蜂さ」
「は?」

「養魚場の方へ行くために橋を通るんだけどさ、伯爵ご夫妻の馬車の隊列がその橋を渡ってる最中に、馬たちがスズメバチの群れに襲われて恐慌状態になっちまったんだ。狭い橋の上で馬が暴れ出して収拾が付かなくなり、とうとうご夫妻の乗ってた一番でかい馬車が横転して川に落ちた」

「おお、それは...」

「四頭立ての大きな馬車だったのが逆に災いしたんだろうね。橋の欄干を乗り越えて川にドンっと...幸い、馬車が丈夫だったのと椅子のクッションやなんやらのおかげでご夫妻はなんとか一命を取り留めたそうだけどね」

「ギリギリって感じだな...」

「そりゃもう領内はもう大騒ぎで、色々な行事も事業も全部ストップ。それ以来、伯爵様ご夫妻が公式の場に顔を出すことも無くなったし、実は二年経ってようやく今年から、色々な動きが戻り始めたってところさ」

「フォーフェンの街の活気に目を奪われてたからなあ、そんな酷い出来事がつい最近起きてたなんて想像もしなかったよ...」

「まあさ、誰かがスズメバチを操って事故を引き起こしたなんて、普通は考えるはず無いだろ? 俺だって、この前ライノと話すまで、そんなこと頭をよぎったことさえ無かったよ」

「そうだな...スズメバチを操るなんて想像しないよな...」

「だけど、実際にガルシリス辺境伯の城跡ではさ...誰かに操られてる魔物に操られた村長、か。ややこしいな...まあ、そいつが襲いかかってきた訳さ。ライノが言ってた暗殺話も信憑性が出てきたとは思うね」

「ただ、公式行事で伯爵ご夫妻の一行となれば、当然、お付きの魔道士とかもいたはずだよな? 変な魔法が使われた形跡があれば、そっちが気づいたんじゃ無いのかな?」

「どうかなー、ひょっとしたら無理だったかも?」

ずっと黙って聞いているだけだったパルミュナが、急に口を挟んできたのでビックリした。
「おっと、そりゃなんでだ?」
「だって方法は分かんないけど、あの部屋でもアイツはレビリスの魔法を封じてたでしょー?」

扉を閉めた瞬間にレビリスの光魔法が消えたことか。

「アタシとライノの魔法は精霊魔法だから影響を受けなかったけどさー、普通の人族の魔法使いなら、封じられてた可能性もあると思うなー」

「そうだな、それは確かにありうるよなあ」

「それにライノやパルミュナちゃんと違って、普通の魔道士なら戦闘力も防御力も、お互い人族の魔法使い同士でやり合うのが前提だもの。そもそもエルスカインみたいな桁外れの相手や魔獣は想定外だよ」

「うーん、言われてみればそれもそうか...」

なるほど。
これはやっぱり、調べてみる価値があるかもしれないな。
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