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第七部:古き者たちの都

振動と鼓動

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とにかくシンシアには魔道具の開発に取りかかって貰うことにする。
まずは『人のオーラをまとうゴーレム』で、次に『転移門の向こう側を覗き見る魔道具』だ。
マリタンはシンシアが自室に連れて行き、パルレアも構想を固める段階では手伝えるというので一緒にいるそうだ。

「なんか、俺たちにも手伝えることはあるか?」
「いらなーい。女の子だけの秘密だから、お兄ちゃん達は来なくていーでーす」
「パルレア言い方っ!」

そう言えば『女の子だけのうんちゃら』って、最初に気配隠しの魔道具をシンシアとパルミュナが造ってた時の台詞だよな。
うん、懐かしい。
いやいや、その前にマリタンは『女の子』なのか?
確かに声質や口ぶりは女性風のモノだけど、太古の魔導書には『性別』があるものなんだろうか?
それともマリタンを創造した魔法使いに何かの意図があって・・・単なる趣味なのかもしれないけど。

すぐに自室に上がろうとするシンシアを引き留め、銀の梟亭で仕入れてきた食事とデザートを取り出してテーブルに並べる。
だってシンシアはいったん取りかかると寝食を忘れて没頭する傾向があるから、その前にきちんと食事をさせておきたいからね。

作業中も部屋にパルレアが一緒にいてくれるなら少し安心なんだけど、俺も当面は『銀の梟亭』の自主配達人に徹するか・・・

アプレイスは草地で寝ると言って食事を取らずに外へ出た。
どうやら、この屋敷にいると魔力が常に補充されるから、人の姿でも大して食欲がわかないと言うか、腹が減らないらしい。
人の姿で食べる行為は完全に『趣味の世界』って事だから、有る意味では羨ましい。

実際にドラゴンと知己になって分かったことだけど、彼らは一般的なイメージと違って意外に静かな存在だ。
のんびり寝てるのが好き、とも言えるが・・・『暇つぶしに寝る』と豪語するだけあって、逆にヒマすぎて機嫌を悪くするって事も無いし、単調なことが続いても退屈せずに耐えられるというか集中力が続くというか、精神的な持久力は凄いモノがある。
まあそれぐらいじゃないと、『魔力の濃い土地にじっと何年も浸かってる』なんて出来ないんだろうけどね。

ちなみにアプレイス的には、ドラゴン姿でいるというのは『難しいことに頭を使わないよ』というスタンスでもあるので、この罠の扱いに関してはシンシアとパルレアに全面的にお任せするって事だろう。

++++++++++

翌週がほぼ過ぎる頃、シンシアが少しばかりやつれた顔をしてダイニングルームに現れた。

一緒にいるパルレアも少しゲンナリしている。
結局、今回はパルレアもシンシアにつきっきりで魔道具の改良に取り組んでいて、ほとんど俺の革袋に戻ってない。
この様子じゃあむべなるかなだな・・・

俺はとにかく二人に食事を摂らせるべく、いそいそと革袋から料理を出してテーブルに並べていく。
特に疲れている時は甘いものが大切だ。
肉と魚は控えめにして、二人が大好きな『銀の梟亭』謹製のデザートを多めに・・・

「調子はどうだいシンシア?」
「大筋では上手く行ってると思うのですけど、どうしても背後にある『ゴーレム臭さ』が隠しきれないんです」
「そーねー。あの匂いって、アプレースが言ってたみたいに根源的な要素って性質もあるから、小さくても目立つ波なのよねー」

『匂い』で『波』か。
そう言えば先週、『オーラ』がその人独特の匂いと波長だ、みたいな事を言ってたっけな・・・

「良く分からないけど、根っ子にある匂いが消せないみたいなことか?」
「そうなんです御兄様」
「俺は野暮なことしか言えないけど、あまり根を詰めるなよ? 日数制限のある内容じゃないんだから」
「ええ」
「先週、アプレイスは『獣に草の匂いを纏わせる』とか言ってたっけ? そりゃ獣の匂いは強いもんな!」

「ですけど、実は私は逆に『草に獣の匂いを纏わせる』感じかな?って予想していたんです。魔導ゴーレムは生命体では無いですし、生きているもの特有の波動なんてありません。ただの魔道具、機械です。活動的な存在では無いですし、覆い隠すか打ち消すのはそれほど難しくないだろうと...でも目立つんですよ」

「目立つって言うのは?」
「えぇっと...気が付くって言うか、大袈裟に言うと『かんに障る』って言うか...」
「ほう...」
「そうだ、ちょっとやって見せますね。少しばかり品の悪い行いですけど、お許しください御兄様」

「え?」

シンシアは手にしていたスプーンを、そっと皿に打ち付けた。
金属と陶器がぶつかり合った堅い音が響く。
そのままシンシアは力を加減して一定のリズムでスプーンを皿に当て続ける。
ダイニングルームの中には、小さく、しかしはっきりと、カチン、カチン、カチンと硬質な音が響き続けた。

「この状態で私たちが普通通りに会話をしていても不自由はありません、邪魔になるほどの音でも無ければ、何かを遮る訳でもないですから。でも、気にはなりますよね?」
「なるほどな...小さな音だけど聞き逃すって事は無いな。もし音のみなもとが何かを知らなかったら、食事そっちのけで原因を探ろうとするかも」

「ですよね。つまりゴーレムの元々のオーラが持っている『隠しきれない部分』って言うのは、こんな感じなんです」
「へぇー...」
「機械だから仕方ないんですけど、魔力を魔導機構に流し込んで動かしていく時に、その機械の固有振動数っていうか...特有のリズムで波動が伝わってきて、ソレがあまりにも規則正しいせいで隠せないんです」

「あぁ分かる分かる。こういう、一定のリズムの音とか振動って物凄く気になるよな!」
「そーなのよねー」
「パルレアもそうか?」
「自然の波長にはさー、音でも魔力波動でも規則的な響きって色々あるのよねー。でもソレって、まー大抵は『生き物由来じゃ無い』って証拠でもあるのよ。例外は心臓の鼓動くらい?」

「なるほど。だけど、そこはメダルにも組み込んである『精霊の気配を隠す仕掛け』でなんとかならないのかい?」

シンシアがメダルに組み込む魔導機構は、結界隠しから始まって、精霊の気配隠し、魔力の収集と蒸留、防護結界と不可視化、そして魔石駆動型転移門と来て、おまけに静音の結界まで組み込むに至っている。
鋳造型の魔法陣組み込み技術も併せて開発できたお陰で、メダル自体はそれほど極端に大型になってはいないけど、精霊魔法がネイティブに使える俺たち兄妹以外はみんな、何をするにもメダルが頼りだ。

でもアレを使えば、何とかなるんじゃないかな・・・?

「あれは気配を完全に遮断してしまうんです。仮に、ゴーレムにあのメダルを装着したとすれば、その場合は纏わせた『人のオーラ』もまとめて遮断してしまいますから元の木阿弥です」
「あー、そうなのか」
「だからゴーレムの波長から出てくる『一定のリズム』だけを隠さないと駄目なんですよ」

「なるほどなあ...そう言えば遍歴修行の途中で、師匠と一緒に乗合馬車に乗ってた時にな、出発してしばらくすると、なんか壊れかけたっぽい部品の音が床下から響いてきたんだよ。カツンッ、カツンッってさっきみたいな一定のペースでさ」

「きっと部品が車輪に当たってるとかですね? 速度が一定だと回転体は必ず一定のリズムになりますから、気になりますよね」

「まさにソレ。って言うか動かす機械って、魔法を使ってようと使っていまいと、基本が『回転するもの』の組み合わせで出来てるよな? 車輪と車軸しゃじくとか、歯車とか石臼ミルとか...それこそ水車小屋とかさ」

「あ、確かにそうですね!」

「でも逆に、車輪のある生き物って存在しないよな。あと歯車とか滑車とか...とにかく回る部品のある動物なんて見たこと無いよ」
「クビーっ!」
「よしパルレア、首を一方向に三回転ほど回して見せろ」
「ムリーっ!」
「私も聞いたことがないですね」
「なんでだろ?」
「はい?」
「なんで生き物には回る部品が無いんだろうな?」

「えぇーっと...恐らく...体液が届けられないからじゃ無いでしょうか?」
「体液?」
「はい、血液とか樹液とか。動物でも植物でも、生き物は基本的に身体の中に液体を循環させることで生きています。なので怪我をすると血が流れますし...でも車輪と車軸受けみたいな構造だったら、なんだか血液の受け渡しとか出来なさそうですよね?」

「おおっ、確かにな!」
「すみません、いま咄嗟に思いついただけで、ホントにそういう理由かどうかは分からないのですけど...」
「いやいやいや、俺にはシンシアの言う通りの理由だって思えるぞ」
「アタシもー!」
「なあ!」
「あ、有り難うございます。でも本当にただの思いつきです...」

シンシアがちょっと照れて赤くなる。
少し元気そうになってよかった。
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