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第八部:遺跡と遺産

迎賓館に戻って

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円卓の脇に浮かぶパルレアが、心底から呆れたという顔をする。

「なんてゆーかさー、フェリクスって、つくづくバカよねー!」
「私もそう思います」
「まあな...で、これはどうするシンシア? また例の中継装置でどうにかする気か?」

「いえ御兄様、ここは害意を弾く結界の中ですし、向こうからホムンクルスは出て来れないでしょう。船内に魔獣を送り込んでくる理由もありませんし、それよりもこちらからコレを送り込めるか試してみましょう」

そう言ってシンシアは小箱から銀ジョッキを取り出した。

「あれ? 銀ジョッキの改二号をもう一個作ってたのか!」
「はい。予備です」

そうだった。
シンシアは可能な限り予備を作る性格なんだよ。
むしろ時間と材料があったなら、予備を作っていないはずが無い。

「それをどうするんだ?」

「可能性は低いですけど、テーブルに仕込んである『橋を架ける転移門ブリッジゲート』が双方向で起動させられたら、ここに置いた銀ジョッキは橋の向こう側に『落ち込んで』行くでしょう。恐らく向こう側が出てこれずに戸惑っている間に、不可視化した銀ジョッキを送り込めます」

ポリノー村で、グリフォンが上がってくる前にスパインボアが落ち込んでいったのを思い出す。
あんな状態を人為的に作るってコトだな。

「送り込む時の不可視状態は大丈夫かな? 見つからない?」

「外部魔動装置の魔石から常時魔力を供給して、不可視状態を動かしっぱなしにしておきます。一ヶ月や二ヶ月なら途中で魔石を交換しなくても乗り切れますし、もし転移門が開いて落ち込み始めたら、魔力伝達の綱は自動的に切り離されます。その前に向こうのゲートが置かれている位置を把握できるでしょう」

なんか、写し絵の品質以外も色々と進化してるよなぁ、改二号・・・

早速、橋を架ける転移門ブリッジゲートの仕込まれた円卓に銀ジョッキを設置した後、俺たちがすぐに駆け付けられるように転移門を開いておく。
ただし、それはこの部屋で物理的なトラブルが起きた時のためで、銀ジョッキが無事に『吸い込まれた』後は、どこからでも本体を通じて『覗き窓』を操作できるのだから、俺たちがこの部屋に来る必要は無い。

「もし繋がった先が『ホムンクルス設備』だったとすれば、そこからもエルスカインの別の拠点に繋がってるはずだ。ウルベディヴィオラの時はヴィオデボラを追うこと優先したけど、いずれは調べるつもりだったし、今度は『この先の、先』がウルベディヴィオラからの行き先と同じ場所に繋がってる可能性もあるよな?」

「お兄ちゃん、いま舌かみそーだった!」
「ほっとけ」

「あいだに二つ以上の中継点を置く意味は無いように思いますね。色々と面倒なだけですし、単にウルベディビオラは徴税ゴーレムの工房として役目が大きかった気がしますから」
「だったらさー、ココの『先の先』がエルスカインの居場所だったりしてー!」
「無くはない」
「可能性としては有り得ると思いますよ御姉様。ただ、王宮のテーブルが繋がっている先と同じと言う可能性も高いですけど」

「そうだな。離宮の地下みたいなホムンクルス工房か、それともエルダンみたいな魔獣保管所か...そう言えばエルダンでも、ホムンクルスを造る魔道具は動いてたな」
「アレは、手下の魔法使いや魔道士を延命させるためのものだったように思います。傀儡を造るための設備はソブリンの離宮のように、それ専用として分けているんじゃ無いでしょうか?」

「確かにね...そうするとフェリクス王子の私室から直接ホムンクルス施設に繋がってる可能性は低いかもな。王になったら居室も異動する訳だし」
「ですね」
「王様になった後は、どこでも自由に出来るもんねー」

他の部屋も一応見て回ったけど、怪しいモノはなにも無し。
なにしろフェリクス王子がこの船を使ったのだって十年以上も前なんだから、もはや気配のカケラも残っていないよ。

バロー船長とペルラン隊長には、誰もこの部屋へ足を踏み入れさせないでおくようにお願いした。

客室周りは船の航行に無関係だから今回の補修計画の中には含まれていないらしく、工事期間中に船大工や職人が入ってくる必要は少ないはずだ。
そもそも変な意図を持ってるヤツだったら結界に阻まれて踏み込めないけど、ウッカリ事故とかのトラブルは防いでおきたいからね。

「じゃあ、他に気になることが無ければ、迎賓館に戻ろうか?」
「はい御兄様」
「アタシはシーフードーっ!」
「ああ、そうだったなパルレア。なら、いったん迎賓館でアプレイスに声を掛けてから街に出てみるか」

先ほどの話からして、スライとヴァレリアン卿たちは家族水入らず・・・って言うほど『和気藹々わきあいあい』かどうかは定かじゃ無いけど・・・ともかく双子の兄弟に会いに行ってるハズだ。

迎賓館に戻って馬車を降りた際に、さりげなくモンシーニ騎士団長に美味いシーフードを食べさせて貰える飯屋や宿は無いかと尋ねてみる。

こういう市井の話は、屋敷から滅多に出ない家令や執事といった人達よりも、意外と外の人間と触れ合う機会の多い騎士団の方が詳しかったりするのだ。
ただし、庶民を見下してふんぞり返っているような騎士団連中はダメだめだけどね・・・モンシーニ騎士団長の人柄から言うと大丈夫じゃないかな?

「は? 昼食でございますか勇者さま?」

「ええ、アーブルでは美味いシーフードが楽しめるという噂を聞きましてね。是非食べてみたいなと」
「アーブルは港町ですので、もちろんシーフードが自慢ではございますが...わざわざ街へお出にならなくても、すでにここで昼食の準備がなされているかと思われますが?」
「え、そうですか?」
「はい。皆様がご到着なさった際に、ここの料理長へも人数が伝えられておりますし、そろそろ家僕からお声掛けがある頃合いでは無いかと存じます」

「でしたらそれで。お気遣い有り難うございます」
「とんでもございません勇者さま!」

だったら、迎賓館で用意して貰ったモノを頂くべきだな。
もし昼食がシーフードじゃなかったら、あらかじめ誰かに話してから夕食を外に食べに行けばいいし、その場合はスライ達も一緒に行けるかも知れないからね・・・
などと考えていると、モンシーニ騎士団長が言葉を続けた。

「しかしその...大変失礼ながら、勇者さまは我々の想像とは随分違う御方でしたな」
「思ってたよりも若造でしたか?」

「まさか! そのようなことでは無く、もっとこう...超然とした方を想像しておりました。ひょっとすると我々とは一言も言葉を交わすことさえ無く過ごされるのではないか、などと...」
「えぇー?」
「かように温和で優しい御方であったとは予想外ですぞ。先鋒隊のペルラン殿が、すでに勇者さまに心酔している様子なのも頷けるというモノです」

「大袈裟ですよ」

「いえ、勇者さまは人族のことわりを超越した存在ですからな。言わば『超人』です。なのに、我らと気安く言葉を交わして下さり、街へ食事に出るなどと、積極的に市井の者達と触れ合おうとなされる。大精霊の力を授かり、ドラゴンを友とする御方というイメージとは随分と掛け離れていらっしゃいましょう」

「そんなもんですかね? 俺自身としては自分に出来ることをやってるだけなので実感が湧かないですけど」
「我々のような騎士としては、その謙虚さに心打たれるのです」
「うーん、褒められすぎるのも、チョットむず痒いです」
「これは失礼致しました。斯様かような話でお引き留めしてしまい、誠に申し訳ございません」

「そこはお気になさらず。それに人と話すのは好きですから、いつでも声を掛けて下さい」
「はっ、恐縮です!」

勇者の仕事については話せないことが多くても、誰かと駄弁るのは嫌いじゃないからね・・・

迎賓館の玄関をくぐってホールに入ると、大勢の使用人の方々が待ち構えていたけれど、特に預けるモノも落とす汚れも無いので、軽く挨拶だけして借りている部屋に続く廊下を歩き出す。

また三人になると、シンシアがクスっと笑って囁いた。

「さっきの騎士さんとの会話で、御兄様と初めて出会った時のことを思い出しちゃいました」
「ポリノー村の?」
「ええ、あの時の私は御兄様が勇者だと知らずに『破邪の問い掛け』をしましたよね。覚え立ての挨拶をどうしてもやってみたくて」

「や、そんなこともあったよなぁ!」

すでに『懐かしい』想い出だ。
あの時はシンシアのことを『エルフ族だから年齢不詳だし、ひょっとしたら俺より年上かも?』なんて考えたりもしたなぁ・・・

随分経ってから実年齢を聞いてビックラこいたけどさ。

「でも御兄様は、怒りも嗤いもせずに私の挨拶に付き合って下さいました。一目見た瞬間に優しそうな方だって思ったのですけど、本当にその通りで、とても嬉しかったことを覚えています」

「そっか。それは良かったよ」

「あの時に御兄様が勇者だと言うことを隠していたとかには関係なく、あれは御兄様の根っからの優しさでした。私はあの時、御兄様が勇者だと知る前に、もう出会ったばかりの御兄様のことを好きになってたんです」

おおぉ...急にそんなコト言われると照れくさいけど、嬉しいよシンシア!
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