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9. クビにされた理由①〜5年前〜

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 ~~~トーマスと出会う2年前~~~


「ヒルデ大将軍、万歳!!」

「キール大将軍、万歳!!」


 民衆が王都の街道に集まり、歓声をあげている。歓声の矛先にいるのは数百名が連なる2つの隊列。

 1つは黒の布地に金の獅子の刺繍がされた戦旗を掲げる黒獅子団。彼らが着る黒色の軍服の胸ポケットにも金の獅子の刺繍が施されている。先頭を歩くのは黒獅子団を率いる大将軍キール・ハイム。公爵家の次男坊で銀色の髪の毛に、ルビーがはめ込まれたような紅い瞳。一つ一つのパーツ&配置も素晴らしいの一言に尽きる。身長も高く、しっかり筋肉がついているものの、なぜかくどすぎない。おまけに足もスラリと長く、男でさえもほれぼれするような男。……実際団には惚れている男が多数いた。いろいろな意味で……。

 もう1つの隊は平民から将軍にのし上がったヒルデ・ブルク率いる黒蝶団。こちらの戦旗には黒地の布に金色の蝶が刺繍されている。軍服も黒地の布に金色の蝶の刺繍が施されている。先頭にいるのはもちろん大将軍ヒルデ・ブルク。トーマスたちと出会う前よりもピチピチなヒルデである。男性よりも女性にモテる女。美しすぎる&強すぎる故、男性からは畏怖の対象となりがちな女。

 ちなみに両団とも黒色の軍服なのは団ごとに違う色の軍服をという意見もあるが、両軍団の将軍が血が目立たない黒がいいと譲らなかったので、どちらとも黒色となった。二人共なかなかの頑固者だった。

 頑固さはさておき……ヒルデもキールもまだ若かったが強く、何より美しい。美しさは正義。二人は民衆の間で人気者であった。


 ところで、なぜ彼らが大歓声をあげているのか……………一言で言えば、戦争に勝利したから。

 彼らがいる国の名はエルゼルク王国。

 エルゼルク王国は海に接しているものの5つの国と接している国だったが、どの国よりも国力が高かったので侵略されずに長い歴史を誇っていた。しかし、周りの5つの国の国王たちは飛び抜けて評判の良いエルゼルク王国を虎視眈々と狙っていた。そして、その中でも愚王と名高いゼラム王国の王が周りの国を丸め込み一致団結してエルゼルク王国に侵攻してきた。

 とはいうもののエルゼルク王国にはヒルデとキールという二人の天才がいた。もともと国力に差があったものの、この二人により更に軍の力が上がっていたエルゼルク王国の力の前にゼラム王国を除く4カ国はすぐに降伏した。

 残りの1カ国……煽動者であるゼラム王国との戦いだけは長引いていた。ゼラム王国の国王は横暴で、国内の賊も放置。自分の周りにはゴマをするような家臣のみで固めてやりたい放題。民衆からの反発もありそうなものだが、厄介なことに魔術の才があった為、気に入らないものは処刑や追放とする国王の恐怖政治により蜂起できず…という状況だった。

 エルゼルク王国からヒルデとキールが幾度か侵攻したものの、あと一歩というところまではいっても、罪なき民衆を盾にして戦う国王の戦略により王の首を取れないでいた。ヒルデが力任せに蹂躙してしまえばすぐに終わったであろう戦い。しかし、国というのは面子が大事なもの。強国が弱国を力任せに蹂躙するのは他の大国に対して非情な国という印象を与えかねない。それが他国から付け入られる隙となる。国力に差がありすぎることがむしろエルゼルク国の弱みとなってしまった。

 力任せにいきたい…しかし、できない。すぐに滅ぼせるだけの力はあるのに思うように振るえない。みながイライラしていたところにゼラム王国から王女2人が逃亡してきた。

 王女たちはゼラム王の実の娘でありながら、気に食わない王妃の娘ということで虐げられていた。父王に怯えながらもなんとか逃げ出し、エルゼルク軍を城内に手引きをするから国王もとい自分の父親の首をとって欲しいと涙ながらに訴えに来た。王女たちの手引きでヒルデとキールの手によってゼラム国王は捕縛、ゼラム王国の中心地で民衆の前で処刑された。

 他の4国は属国に成り下がったものの国として存続できたが、ゼラム王国だけは併合されて名を残すことは許されなかった。

 ゼラム王国との2年に及ぶ戦いはエルゼルク王国の勝利で幕を閉じ、軍は帰還及び勝利の報告を国王にしに行くところだった。


 民衆の声に応えるようにゆっくりと歩を進めてようやく王城に到着したヒルデとキールを待っていたのは、

「キール、ヒルデご苦労だった」

 大広間の玉座におわすはエルゼルク王国の国王リカルド・エルゼルクだ。金髪に碧眼のザ王様という風体の青年だ。キールと従兄弟という間柄で、これまたなかなかの美形である。あと大広間にはお付きのもの数人と大臣たちがずらりと並んでいる。

「「ただいま、帰還致しました。我が軍の勝利にございます」」

 内心でははやく帰りてー、メンドー……と思う心を隠しながら、恭しく頭を下げる二人。

「…………顔に出てるぞ」

 隠すことができていなかった二人。でも、何も聞いてませんというようにそのまま頭を下げ続けている。呆れた顔をしつつも王は二人に頭を上げるように促した。そして、ふてぶてしい態度の臣下たちの隣に跪いている礼儀正しい二人の女性に声をかけた。

「オハラ嬢、イバラ嬢もよくぞ参られた。そなたたちのお陰で戦をはやく終わらせることができた。礼を言う。ゼラム王国は滅びたが、そなたたちの貢献を忘れることはない。この王宮でゆっくり過ごすが良い。そなたたちの勇敢な行動をこれからも活かし、よりよい王国になるためにいろいろな意見を聞かせてほしいと思う」  

 ゼラム王国元王女の姉のオハラと妹のイバラはゆるやかにウェーブする淡い栗色の髪の毛とエメラルドグリーンの瞳を持つ。オハラは穏やかそうな美人さんで、イバラは儚げな庇護欲をそそるような可愛らしさを持っている。

「「光栄にございます、陛下」」

 うんうん、これこそが王に対する態度と心の中で頷いた後、再びふてぶてしい二人組みに視線を移す。

「キール、ヒルデ、お前たちもお二人のことは気にかけてやってくれ。亡国の出というだけでグダグダ言う狸や狐がたくさんいるからな……」

 ちらりと居並ぶ大臣たちに視線をやる王様。大臣たちは口角を上げるもの、下を向くもの、素知らぬ顔をしているもの様々だった。

「「承知いたしました(では帰ります)」」

「待て待て待て!ちょっと待て!!何帰ろうとしてる。今夜は戦勝会をするから参加するように」

 声に出していないのに……さすが王様、直属の上司。察しが良い。

「え~~~大臣とかもいるからやだわー。仲間内だけでやるからいいですよ(承知いたしました)」

「おいヒルデ、逆になってるぞ」



~~~~~

 将軍二人の態度に呆れた王様に、追い出されるように大広間から出た4人。

「オハラ様、イバラ様」

「「はい、ヒルデ将軍」」

「この度は誠にありがとうございました。お二人のご助力がなければ戦は長引き、更なる犠牲者が出ていたでしょう。ですが、ゼラム王国はお二人の祖国。辛くはございませんか?本日の戦勝会欠席なさっても構いませんが…」

「お気遣いありがとうございます」

 姉のオハラが答えた。

「辛い……ということはございませんが、なにやら複雑な心境ではございます。もとより父とは不仲で、妾の子を可愛がり王妃腹の私たちのことは使用人のような扱いをしておりました。これからまともに扱ってもらえると思うと、嬉しささえ感じる私は薄情でしょうか…。しかし、ゼラム王国という故郷がなくなったことは悲しいような…新しい地への不安といいますか…そのような気持ちがあるのは確かです。しかし、こちらの王宮でお世話になることができ……新しい居場所、家族が築けたら、と思います」

 チラッと皇帝がいる大広間の方に視線をやるオハラ。ほお……新しい家族の候補になかなか大物を狙うようだと感心するヒルデ。

「さようでございますか。薄情などとんでもない。人間とは自分が可愛いものでございます。当たり前の感情かと存じます。それに、ただ泣き暮らすだけよりよほどよろしいかと。あなた様にはしたたか…いえ、心に芯があられるようで安心いたしました」

「実の父親の首を差し出す娘が泣き暮らすとお思いですか?」

 ヒルデは答えず、笑みを深めた。いくら虐げられていても親を売れるものは数少ない。まして、国の存亡もかかっていたのだから。にも関わらず目の前の王女は成し遂げた。幽閉同然の生活の中でも牙を剥く機会を伺っていたのだろうと察する。


「あのっ…キール将軍!」

 ずっと黙っていたイバラが急に声をあげた。

「……なんだろうか?イバラ嬢」

「キール将軍は王宮に暮らしていると聞きました。どちらにお部屋はございますか?知っている方がいないので、何か相談したいことはキール将軍にお伺いしたいと思うのですが……」

「私でも構いませんが侍女たちがいるので、彼女たちに相談するのが良いと思います。または、こちらのヒルデの方が女性同士ということで話しやすいかと思いますのでヒルデに相談されるのがよろしいかと」

 イバラはなおも言い募ろうか迷ったようだが黙った。そしてヒルデによろしくお願い致します、と丁寧に笑みを添えて頭を下げた。上げた顔の瞳には疎ましいとでも言わんばかりの仄暗い影が見えたが……。
(あらあら……お二方ともなかなか欲深いようね……)

 何かをほしい、よりよい環境に身を置きたいと思うのは人間らしさのあらわれだとヒルデは思っている。自分が欲しい物を手にするために努力をする姿はむしろ好意的に映る。行き過ぎたり、誰かを陥れたり、傷つけたりすることは歓迎できないが、ここは王宮。多少の策略は当たり前。
(とりあえず、自分の周りが平和であればいい。……けれど……)

 無理だろうなー……イバラの自身を見る目に嫉妬の炎が燃えたぎっているのを見て察するヒルデだった。


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