公爵家の女たちは男運だけがない

たくみ

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62.最高の婚約者

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「で新しい婚約者との日々はどうなのよマーシャ姉様」

 昼食後マーシャを庭園に誘い出したリリベルが紅茶を淹れながらマーシャに尋ねる。

「ふふ、今までで一番楽しい時を過ごしているわ。一緒にお出かけして、食事して、結婚について話し合って……。ちゃんと約束の時間前には来てるし、最後まで一緒にいてくれるの!最高の婚約者だわ!」

「うん、それは普通のことだね」

「あらあらちょっと前までドタキャンばかりされていたあなたがそれを普通と言うの?」

「最高の婚約者ね!」

 仰る通り。むしろ自分の方が酷い扱いだったことを思い出すリリベル。

「でしょう?ところでリリベル……私のお腹が紅茶ではち切れそうだからいい加減にしてくれないかしら?」

 マーシャのお腹にはかれこれ十数杯の紅茶が収まっている。

「だってぇお姉様の舌って神の舌じゃん。お姉様が美味しいと感じたものは本当に美味しいもの。それぞれの茶葉の蒸らし時間とか温度とか研究して最高のものを淹れられるようにしたいんだもん」

「……今度は紅茶?」

「あんのクソババア。あら、紅茶を淹れるのは侍女のほうがお上手なのねとかほざきやがったのよ!?許すまじ!」

 ゴオと燃え上がる瞳には必ず見返してやると書いてある。

 というか侍女はお茶を淹れるのも仕事だ。仕えるべき主の為に研鑽するのは当たり前。それと張り合ってどうする。呆れるばかりのマーシャだった。

 とはいうものの――

 ちらりと手に持ったカップに淹れられた紅茶に視線を向ける。

 コクリと一口飲み込めば口に広がる芳醇な香りと味。どこに奉公に出ても重宝されるであろう腕前になっている。まあ彼女がどこかに奉公に出ることなどあり得ないのだが。

 我が妹ながら少しアドバイスしただけで全てを会得するとは――化け物じみている。

「……見事な味よ」

 お腹は膨れ上がり苦しいが美味しいものは美味しい。素直に褒める。

「本当に?」

「本当よ」

「本当に本当?」

「本当よ」

「本当に本当に本当?」

「……それ以上聞いたらこれ……ぶっ掛けるわよ」

 湯気が立ち上るカップを向けられ、慌てて片付けを始めるリリベルだった。



~~~~~~~~~~


 婚約から数日後、皇室御用達のアクセサリーショップにマーシャとルシアンはいた。

「これどうかしら?」

「あ、ああいいと思う」

 いいと思う。よく似合っている。だがなにぶんそのお値段には目を瞠る。

「あなたと婚約して初めてのパーティーだもの。気合をいれなければ。あなたも何か必要であれば遠慮なく言ってちょうだい」

「……とりあえずは家にあるもので大丈夫そうだ」
 
 男は女と違ってアクセサリーを身に着けなくて良いから素晴らしい。ほっとするルシアンの前にホカホカと湯気を立てる紅茶が置かれた。

 何やら微妙に顔を引き攣らせ、コーヒーに変えてくれるよう頼むマーシャに笑顔で応える女性店員。その目はボヤンとどこか虚ろげだ。

 部屋を出ていく際にもちらりとマーシャを見て感嘆のため息を吐いて出ていった。

「……君といると格の違いというものをつくづく思い知らされるよ」

「そうね。私はフライア公爵家の娘だもの」

 謙遜するでもなく肯定するマーシャにルシアンから苦い笑みが溢れる。

 だが本当に彼女といると思い知らされる。

 見た目も人望も経済力も権力も――婚約後、皇帝に呼ばれ昇進の話をされた。もともと皇帝に嫌われた家出身である故にそんなもの諦めていた。だが婚約した途端に昇進。近衛隊副長補佐などというものが作られ就任することになった。

 重要なポストというわけではないが、働き方次第ではもっと上にいけるだろう。あとは柔軟な思考があれば……。

「あと結婚式のドレスだけれど王都一の店に頼んだから。1カ月ほどで出来上がるそうよ」

「は?」

 あそこは3年待ちは当然。強いこだわりがあり一つのデザインをするのに数ヶ月かかることもあるという店。それでも何件も予約を抱えている人気店のはず。

「他の人たちを後回しにさせたのか!?」

 思わず出てしまった大声に慌てて口元に手をあて押さえる。マーシャの目が細まりじっと見つめられる。

「それが何?」

 なんの問題があるというのか。その目にははっきりとそう書いてある。

「いや、あの……」

 それはよろしくないこと。そうなのだが……

「ま、まあ急ぎだし仕方ないよな」

 これが権力というもので慣れなければならないのだ。それに彼女は無茶苦茶をするような人間ではない。きっと他の客は急ぎの者はいなかったのだ。うん。

「それにしてもデザインはすぐに出来上がるのかな?」

 とにかくこだわりが強く、イメージからぴーんと閃きがあるまで時間がかかると有名なデザイナーのはず。

「まあ」

 え?なんだその心外だと言わんばかりの目は。そんなにも変なことを言っただろうか。

「この私の美しさを目にしたデザイナーが筆を進ませられないなんてあるわけないじゃない。前から交流があって結婚が決まった時にあちらからこんなデザインはいかがですかって公爵邸に押しかけてきたのよ?」

「は!?」

 なんだそれは。

「私の意見も何もなしに決められたデザインだから思うところがあったのだけれど……無料でとまで言われたから見てみたら素晴らしい文句なしのデザインだったの。だからお金もしっかり払うことにしたわ」

 そうか。美しさとは何もせずとも勝手に人を動かすのだな。なんとも羨ましいことだ。遠い目をするルシアンに構うことなくマーシャは美しい笑みを彼に向けた。

「ああ、あなたのこともリサーチしてたみたいで服もデザインしてあったのよ。自分の作るドレスの横に立つ人の服がダサいのは無理らしいわ。強制するつもりはないけれど一度目を通してもらえるかしら?後日送るからそれで良いかお返事ちょうだいね。ちなみに私のドレスは内緒よ。本番までのお楽しみにしていてね」

「はい」


 彼に言えるのはそれだけだった。





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