エッチするまで出られない屋敷

世界のボボブラ汁(エロル)

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消えてしまった……

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 凍り付いて動けなかった。

 何が起こったの? 私は、例の黒猫の仮装のまま窓辺に立っている。ロンT一枚だったはずなのに。

「ちょっと……なに? なんなの?」

 誰も居ない床の上。紙袋にまとめてグランドピアノの下に入れてあった、鎧兜やロングソードの一式すらない。

 しばらく沈黙して立ちすくんでいた私だけど、それから──半狂乱になっていた。

 絶叫しながらルジェクを探した。

 気が触れたように、大声で彼の名前を何度も呼んだ。

 今にも階段の上から「どうした? 何があった!?」とモッコリタイツ姿で現れるのを待った。

「ルジェク! ルジェク!?」

 どれだけ呼んでも、それでも現れない騎士の姿を探して、私はあの衣装箪笥に飛び込んだ。

 だけど、そこに通路はもう無かった。ただ背面の木の感触があるだけ。

「いやだ。いやだよ」

 最後にリビングで愛し合って、それから部屋が暑いことに気づいて──。

「なんで──」

 嘘でしょう? あれが最後なの? お別れなんて言ってないのに、こんな風に終わっちゃうの?

 やだ、やだやだやだやだ!

 屋敷内をひたすら徘徊する私。彷徨っては泣き、泣いてはまた彷徨う。

 どれくらい、そうしていただろう。認めたくないけど気づいてしまった。

 彼はもう、この洋館にはいない。

 ルジェクはここにはいないのだ、と。

 真っ白の頭で、棒立ちになっていた。

 もう太陽が沈む。時が動いているのだ。

 それなのに、私は一歩も動けなくなった。

 夢を見ていたのだろうか。

 衣装箪笥を背に、座り込む。

 室内はとっぷり暗くなり、いつの間にか道路の電柱の街灯が点いていた。

 ふと、さんざん二人が体を合わせたベッドの、マットレスの下に目がいった。

 窓からの街灯に照らされ、本が挟んであるのに気づいたのはその時だ。

 今まで衣装箪笥の前に座ることが無かったから、目に入らなかったのだろう。

 私はフラフラと立ち上がり、寝室の照明を点けた。なにげなく、その本を手に取る。

「『異世界の騎士とビッチな私~傷を舐めあっているうちに本気になりました♪』」

 脱力するような軽いタイトルを読んで、その下の作者名に目をやる。社長と同じ苗字だ。

「……社長のお姉さんの書いた本なの? なにこれ、ライトノベル? ロマンス小説?」

 私は、あらすじの書かれたページを見やる。

 どうやら、異世界転移物のファンタジー小説らしい。年齢のわりに、意外なジャンルを書いているのだなと、頭の隅で思った。

 あらすじは、現代の少女が洋館に閉じ込められ、異世界の騎士と会い、すったもんだの末にうっふんする話だ。

 私は思わず読みふけってしまった。

「話が……似てる」

 社長のお姉さんが18禁の官能小説を書いていたのもショックだが、あまりにも状況が似ていて呆然としてしまう。

 私は閉じ込められたショックで頭がおかしくなって、これを読んで妄想していたのだろうか。

 現実と空想の区別が、つかなくなっていたのだろうか。

 しかしその小説を読みながらも、すぐにルジェクが恋しくなってしまう私。

 泣きながらページをめくっていると、スマホが鳴った。

 ちょうどヒロインの瑠美が、箪笥の前にしゃがみこみ、本を見つけるところだった。

 え、ナニコレ今の状況と同じじゃんと、背筋を寒くしていた時だったから、その呼び出し音に心臓が口から飛び出すほど驚いて、悲鳴をあげてしまう。

「はいっ!」

 電話の相手は田沢さんだった。

「よう、オレオレ」
「壺なら間に合ってます」
「切るな、切るな、田沢だ! 間に合ってますじゃなくて、間に合ったの?」
「え?」

 私はぼんやりしていたあまり、何のことだか分からなかった。

「ヤリコンだよ!」
「女子会です!」

 私は時計を見た。腕時計も、スマホの時計ももちろん普通に動いていた。

「バイク飛ばしても、間に合いませんね。あの、実はあまり写真は撮れなかったです」

 妄想で忙しくてなんて言えなくて、つい嘘を言ってしまった。

「なんか、怖くて」
「ええ? なんだよ、ったく。ま、別にいいよ俺が明日行くから。ところで今度さ、A社の若手と合コンやる話になったんだ。三十一日空いてる?」
「ハロウィン当日じゃないですか、たぶん女子会の本番ですよ」
「お仲間の女子大生ちゃんに、話しておいてよ。それ合コンにしない? って」

 日常に戻っていく自分の周りを実感し、青い目の色々と大きな騎士の姿が浮かんだ。

 気づくと、ぶわっと涙があふれていた。

 妄想だった。

 すべて幻だったのだ。

 いや、もしかしたら、現実だったのかも??

 だけど一つだけ分かっていることがある

「ほんとうに、もう会えないんだ」

 私はそう呟き、ぐぐっとこみ上げてくる衝動をこらえきれなくなった。

 その場で顔を覆い、嗚咽していた。

 電話口から田沢さんの「おい、どうした? 吐いてるのか!?」という心配そうな声が響いていた。
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