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第四章
フランソル、後悔する
しおりを挟む町の住民は、サルーンに集められていた。
「力を貸してください。追跡隊を募ります」
皆、顔を見合わせる。
「相手は、レクサス・レンジャーだろ?」
怖気づいたように、農夫の一人が言う。
「違う、ならず者だ」
フランソルの声が冷え冷えと響く。
彼は自分が許せなかった。助手なのに、彼女の近くに居なかったのだ。もぬけの殻の事務所と、集まってきた住民たちの証言を聞いて、頭が真っ白になった。
シェリフは攫われてしまった。
「でも、この町の者もいるかもしれない」
「同士討ちなんて嫌だ」
住民が及び腰になっている。フランソルは安っぽいシャンデリアを見上げ、笑う。
「彼女をただの飾りとして愛していたんですか、ブラックストーンの連中は。まるでブームタウンの粉飾正面玄関のように?」
う、と黙り込む。じっさい、頼りにしているのは保安官よりレクサス・レンジャーだった。中身など関係無く、ウエスタンショーのアイドルのように愛でていただけだ。
「頑張っているのは知っていたが、むしろ危険な目に合ってほしくなくてな──」
サルーンの店主がカウンターの中から代表して言う。けっきょく、ビーストや強盗が出た時はレンジャー頼りだった。
「彼女が事件現場や、夜の荒野のパトロールに行くのは、皆嫌だったんだ」
「徴税や裁判くらいならと──そういうのはレクサス・レンジャーはやらないから」
どこの自警団も、捕まえたら即罰を与えることが多い。その場で撃ち殺す、または死刑なんてザラだ。
「だけどもともとこの辺りのレクサス・レンジャーは、きちんと留置所に入れて裁判を受けさせていた。まあ、裁判所が無いから基本住民の多数決で刑を決めていたけど」
過激派が現れて変わった。だから保安官を欲していたのも事実なのだ。
それでも、自警団に対する恩は忘れていないだろう。
おそらく、家族をかばっている者もいる。このサルーンに居る住民にだって、メンバーが居るかもしれない。
「みんな、騙されてますよ」
「え?」
「レクサス州を騒がせている自警団の過激派は、南部連合国の工作員です」
その場がシーンと凍り付いた。
しばらくして、サルーンはざわつき出した。そんなはずはない、と口々に言う住民たち。
「保安官が選ばれるまでは、ずっとあいつらに助けられてたんだ」
「そうだそうだ、今はレクサス・レンジャーは評判が悪いけれど、本当にこの州のことを考えていた」
「ユスク砦の軍はビーストの多いオーデン郡内でいっぱいいっぱいだったし、自警団が無ければこの町は消滅していたかもしれない」
フランソルは彼らの訴えに呆れた。
「だから、最近の過激派ですって」
人だかりの背後の方に居た若者の何人かが、顔を見合わせる。
「あの……俺たちは、予備のメンバーだから──」
「おい」
一人が止める。しかし若者はきっぱり言う。
「そもそも正規の隊員の顔もよく分からないんだ。だけど、あんな残酷な刑や犯罪をするような隊員は、すくなくとも俺は知らない。俺の周りにはいない」
フランソルは、周囲を用心深く見渡した。
「レクサス・レンジャーの隊員になるには、リーダーが隊員を精査する。ではその隊員をリーダーに紹介するのは誰です?」
「各町に一人ずつ。五つの郡に十人ほどいる」
カウンターの前のバーに足をかけて、立ち飲みしていた男が言う。
「あなたは?」
振り返った肌は、自分より濃い赤い肌だった。引き締まったガタイに、笑い皺のできる整った笑顔。自分ほどではないが、なかなかいい男だ。
「この町で一番の大牧場主さ。名はポコツィン・カイカイ」
「いい名です」
「そりゃどうも」
ピリッとした雰囲気。先住民の中でも腕の立つ男なのだろう。
「マッチラ族ですね。本物の」
「大した力は受け継いで無いけどな」
「それで……貴方が、レクサス・レンジャーのリーダーと連絡を?」
「そうだ。だが、お互い顔は知らねぇ」
フランソルは強盗のように顔を隠していた男を思い出す。
「どうやって連絡を?」
「知りたいか?」
ニヤッと笑う。洒落た東部の坊ちゃんが焦っているのを見て、面白がっている。
「時間が無いんです」
間に合わない輪姦ヒロイン、マリアの孫娘なのだ。このままでは──。
ギラッとした目で睨みつけられて、ポコツィンはぞくぞくした。やはり、坊ちゃん面は飾りか。
「いいぜ、外に出な」
「教えてほしければオレとサシで撃ち合え、とか言うんじゃないでしょうね?」
十歩数えてズドンとかそんな悠長に西部劇をしている間に、マリエールがウエスティアンブーツのまま犯されてしまう。
「いや、そんなベタなことしない」
ポコツィンは笑うと、先に立ってスイングドアから外に出ていく。泥濘よけのために店の前に張り巡らされた、板張りの歩道に立った。
ぴゅーっと口笛を吹いた。飛んできたのは、ホワイトイーグルだ。
「伝書鳩のように、飼いならしてるんですか?」
「レクサス州は電信が無いからしょうがない」
「他の郡の連絡手段も?」
ホワイトイーグルがポコツィンのステットソンに止まる。爪が刺さり、痛そうにしながら答えた。
「俺はマッチラ族だからな。他の連絡員も先住民が多いが、知っての通り、概ねのろしと鏡だ」
「先住民が多い? だってレクサス州は、先住民嫌いが多いのでしょう? それに何で私に協力してくれるんですか? 貴方たちレンジャーのメンバーは、保安官など要らないと思っているのでしょう? 特に連邦政府からの保安官は」
ポコツィンは首を振る。
「なんで? 俺は投票したぜ。かわいこちゃんだったし、銃の腕も良かった。まあ、州知事から回された連邦保安官が仕切るのは面白くないがな。だがあんたは補助に徹してくれてる。だから、協力してやる」
「では、集めてください──」
「どれくらい?」
「州内のメンバー全てです」
あの爺い。何がゆっくり静養しろだ。これが目的だったのだろう。最初から。
「大がかりだな。ああ、あともうすぐ一名保安官補の補充がある」
「え?」
「だって、今まで二名だったろ? 看守になった爺さんの代わりがあんたで、死んだアーヴァインの代わりだ」
嫌な予感がする。まー、自分には関係無いが、またケツの割れた野郎──じゃない顎の割れた野郎と目の前でいちゃつくところを見せられるのか。
運命の女神は、フランソルをどこまで苦しめたがるのか。
「どうせ顎が割れてるんでしょうね」
「あ? ちょっと毛深いけど割れてねえよ。名前はまだ無いらしいから、アーヴァイン二号でいいって」
フランソルは戸惑う。名前はまだ無い? なにその吾輩は猫系。
「お、ちょうどパッチラ族の村からの馬車が来たぜ。あれが助手だ」
半裸の女たちが運んでくる大きな檻には、緑色の虎が入っていた。
荒野虎と、東の大陸の神獣が掛け合わされた新種である。
「助手が揃ったな」
ポコツィンは得意げだ。先住民の美女たちは、馬車から檻を降ろすとポコツィンを睨む。
「生後一か月デシよ、このハゲ。我々の狩りで使う子だったデシ」
「パッチラ族の女ども、美貌がどんどん廃れてきてるぞ」
「お前らマッチラもそうでゲスよ!」
異種間の交配によって身の毛のよだつ美しさと異能は失われたが、数が増えてきているパッチラ・マッチラ族。
「青虎──じゃねぇ、緑虎だったんですね。アーヴァインって」
フランソルが呟く。
「なんだ、知らなかったのか。荒野虎との繁殖は俺たちと違ってうまくいってるけどな。たまに凶暴なやつが生まれる。アーヴァインはとんでもない暴れ虎だった。老いた虎のくせに、隙あらば保安官を犯そうとしていたっけ」
腰をカクカクしていた神獣との混血を思い出して、ポコツィンは苦い顔をした。シェリフは気づいてないが、あれは本気でマリエールを雌扱いしていた気がする。
「たぶん、ネーミングが悪いんですよ」
「今度の緑虎はメスだから大丈夫だ」
ポコツィンの言葉に、ハハッと乾いた笑いを漏らすフランソル。
彼は脱力していた。
(ばかばかしい。一番あのケツ顎提督の呪縛に囚われていたのは、俺じゃないか)
それから意を決したように顔をあげる。
「では、僕もそろそろ、運命を気にするのはやめますよ。とりあえずそのホワイトイーグルを借ります」
「アーヴァイン二号は?」
「要りません!」
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