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誰もいない夜
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あの恥ずかしい合コンから、一ヶ月ほど経った頃。
また、部屋の空気が変な感じになってきた。
九月に入っても暑さは引かない。
冷えすぎないようにエアコンは除湿にしてあるが、それでもじっとり汗ばむ不快な夜が続いている。
たぶん、そのせい……。
寝苦しくて何度も寝返りを打っていた私は、その夜、また金縛りに遭った。
小さい頃は、日常茶飯事だった。
浅い眠りのレム睡眠中に起こる睡眠麻痺。今ならそう分かるけど、当時は訳も分からなくて怖かった。
瞼を閉じているのに、変なものが見えたりしたから。
小学校に上がっても夜泣きやお漏らしがひどかった私は、両親をすっかり困らせて、小児科でよく相談されていた。
だってさ、見えるだけじゃないのよ?
誰かに圧し掛かられて、息をかけられているような──そんな気配がしていたんだもの。
夢にしてはリアルすぎた。それにその幻覚は、起きている時でも見えることがあったから……。
周りからは「また寝ぼけてるの?」と笑われたし、視力検査に連れていかれたっけ。
なんで他の皆には見えないのか分からず、毎日泣いていた。
消えない白昼夢。誰にも分かってもらえない孤独感や疎外感。あのままだったら、精神を病んでいたのかもしれない。
そんな日々が一変したのは、祖母と一緒に住むようになってからだ。
祖母は私を見て「いくせーかでんやね」と言った。それから、眼鏡をかけるよう勧めてきた。
ただし、度の入っていないものだ。
あの時は、何を言いたかったのか分からなかったけど「隔世遺伝」って言ったつもりだったのかな……。
その年齢の人には珍しく、三回くらい離婚していて「愛に生きた人」だったと、母から聞いた。
でも決して派手な感じではなく、和装が似合う上品な人だった。
「内緒のおまじないだよ」と、金縛りを解く呪文を教えてくれたから、祖母も金縛りにかかりやすい体質だったんだと思う。
不思議と、白昼夢も見なくなった。眼鏡が幻を見えにくくするって、祖母は知っていたんだ。
私が高校を卒業する頃、祖母は老衰で穏やかに亡くなった。
でもその後もずっと、祖母の気配は感じていた。
護られている安心感が、どこかにあった。
その気配が消えたのは、圭太に会った頃だ。
実は、圭太は私にとって初めての彼氏だった。
学生時代の友人たちに言わせると、私は人を寄せつけない孤高の雰囲気があるらしく、正直あまりモテなかった。
孤高の雰囲気ってなによ……ツンケンしてるってこと?
男子生徒の多くは遠巻きに私を見るだけで、決して話しかけようとはしなかったし、今の私が「鉄女」なんて言われるくらいだから、当時もどこか怖かったのかもしれない。
そんな私に、圭太はずけずけと──いや、かなりずうずうしく近づいてきた人だった。
友人たちに会わせたとき、ツーブロックのマンバンに腕の刺青、耳どころか唇や舌にまでピアスをしている無職の圭太を見て、みんな揃ってどん引いていたっけ。
でも、その人懐っこさはやがて、氷のバリアをぶち壊した「超人」と持ち上げられ、挙げ句「北風と太陽」なんて意味不明な例えまで飛び出した。
そんな彼氏ができて安心したのか、それとも元から祖母の気配なんて気のせいだったのか。
とにかくその辺りから、祖母から守られているという謎の自信が無くなり、思い出すことすら減っていった。
でも圭太がいなくなって、幼い頃の孤独感が再び戻ってきたのは確かだ。
──それに幻覚も。
今だってほら、瞼を閉じて寝ているのに、見える。
真っ黒な影が、ベッドに横になった私の体をまさぐっている。
いい大人だもん、夢だって今は分かるけど、だけど──。
なんだろう……無気力になって、身を任せてしまいたくなる。
圭太がいない。
もう抱いてくれない。
這い回る手や舌は、私の官能を呼び覚ます。
寂しさを夢で紛らわせたくなる。
その気配がどれほど禍々しくても。
そうして朝、泣きながら目が覚めるのだ。
重い頭、不快な身体のべたつきすら気にならないほど、孤独感にさいなまれて。
私は圭太が残していったシャツに包まり、ホッとして目を閉じた。
これがないとダメ。
部屋で一人の時は、たぶんこれがないと死んでしまう。
でもきっと、これがあるからダメな気がした。
だっていつまでも浮上できないから。
また、部屋の空気が変な感じになってきた。
九月に入っても暑さは引かない。
冷えすぎないようにエアコンは除湿にしてあるが、それでもじっとり汗ばむ不快な夜が続いている。
たぶん、そのせい……。
寝苦しくて何度も寝返りを打っていた私は、その夜、また金縛りに遭った。
小さい頃は、日常茶飯事だった。
浅い眠りのレム睡眠中に起こる睡眠麻痺。今ならそう分かるけど、当時は訳も分からなくて怖かった。
瞼を閉じているのに、変なものが見えたりしたから。
小学校に上がっても夜泣きやお漏らしがひどかった私は、両親をすっかり困らせて、小児科でよく相談されていた。
だってさ、見えるだけじゃないのよ?
誰かに圧し掛かられて、息をかけられているような──そんな気配がしていたんだもの。
夢にしてはリアルすぎた。それにその幻覚は、起きている時でも見えることがあったから……。
周りからは「また寝ぼけてるの?」と笑われたし、視力検査に連れていかれたっけ。
なんで他の皆には見えないのか分からず、毎日泣いていた。
消えない白昼夢。誰にも分かってもらえない孤独感や疎外感。あのままだったら、精神を病んでいたのかもしれない。
そんな日々が一変したのは、祖母と一緒に住むようになってからだ。
祖母は私を見て「いくせーかでんやね」と言った。それから、眼鏡をかけるよう勧めてきた。
ただし、度の入っていないものだ。
あの時は、何を言いたかったのか分からなかったけど「隔世遺伝」って言ったつもりだったのかな……。
その年齢の人には珍しく、三回くらい離婚していて「愛に生きた人」だったと、母から聞いた。
でも決して派手な感じではなく、和装が似合う上品な人だった。
「内緒のおまじないだよ」と、金縛りを解く呪文を教えてくれたから、祖母も金縛りにかかりやすい体質だったんだと思う。
不思議と、白昼夢も見なくなった。眼鏡が幻を見えにくくするって、祖母は知っていたんだ。
私が高校を卒業する頃、祖母は老衰で穏やかに亡くなった。
でもその後もずっと、祖母の気配は感じていた。
護られている安心感が、どこかにあった。
その気配が消えたのは、圭太に会った頃だ。
実は、圭太は私にとって初めての彼氏だった。
学生時代の友人たちに言わせると、私は人を寄せつけない孤高の雰囲気があるらしく、正直あまりモテなかった。
孤高の雰囲気ってなによ……ツンケンしてるってこと?
男子生徒の多くは遠巻きに私を見るだけで、決して話しかけようとはしなかったし、今の私が「鉄女」なんて言われるくらいだから、当時もどこか怖かったのかもしれない。
そんな私に、圭太はずけずけと──いや、かなりずうずうしく近づいてきた人だった。
友人たちに会わせたとき、ツーブロックのマンバンに腕の刺青、耳どころか唇や舌にまでピアスをしている無職の圭太を見て、みんな揃ってどん引いていたっけ。
でも、その人懐っこさはやがて、氷のバリアをぶち壊した「超人」と持ち上げられ、挙げ句「北風と太陽」なんて意味不明な例えまで飛び出した。
そんな彼氏ができて安心したのか、それとも元から祖母の気配なんて気のせいだったのか。
とにかくその辺りから、祖母から守られているという謎の自信が無くなり、思い出すことすら減っていった。
でも圭太がいなくなって、幼い頃の孤独感が再び戻ってきたのは確かだ。
──それに幻覚も。
今だってほら、瞼を閉じて寝ているのに、見える。
真っ黒な影が、ベッドに横になった私の体をまさぐっている。
いい大人だもん、夢だって今は分かるけど、だけど──。
なんだろう……無気力になって、身を任せてしまいたくなる。
圭太がいない。
もう抱いてくれない。
這い回る手や舌は、私の官能を呼び覚ます。
寂しさを夢で紛らわせたくなる。
その気配がどれほど禍々しくても。
そうして朝、泣きながら目が覚めるのだ。
重い頭、不快な身体のべたつきすら気にならないほど、孤独感にさいなまれて。
私は圭太が残していったシャツに包まり、ホッとして目を閉じた。
これがないとダメ。
部屋で一人の時は、たぶんこれがないと死んでしまう。
でもきっと、これがあるからダメな気がした。
だっていつまでも浮上できないから。
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