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憑神家たる所以
しおりを挟む懇願され、どうしたものかとお茶をすすっていると、ズズッ……ズズッ……と音が響いた。
高そうな焼き物のお湯呑みを見つめる。
え? 私?
もう一度お湯呑みに口を付け、啜った。
……ズズ……ズズ……
言っておくけど、私がお茶をすする音じゃないわよ!
その証拠に、またズズッズズッと音が──外から……。
広縁の向こうに広がる庭園に、何かが動くのを見た。
見てしまった。ツツジや紅葉、ナナカマドの植栽と立石の間に──。
「──?」
横倒しになった巨大な木の幹が、引きずられるように動いているように見えた。
私はすぐに目を逸らした。見間違いか、幻に違いない。だって、その木肌の模様は有り得ないもの。
銀縁眼鏡を押し上げ、深呼吸して再び外を見た。
鱗──しかも巨木の半身は、庭の池の中に入っていく。私は思わず、隣に座る柳楽君の手を握っていた。
「……茜さん」
その手を見て、柳楽君が嬉しそうに言う。私はガタガタ震えながら首を横に振り、庭を指差した。
「なんか、いる」
ところがそれは、吸い込まれるように水面の中に消えていた。後には、錦鯉がビッチャンビッチャン跳ねるだけ……。
「…………」
「どうしました? 顔青いですけど」
「いや、やっぱり見間違いだと思う。あれはさすがに幻ね。遠近法無視した巨大な蛇が──」
ありえない。いくら周りが森だからって……。あんなデカい蛇、外国にだって存在しない。
「へー、すごい。うちの憑神本体です。降神の儀もしていないのに人前に出てくるの、珍しいですよ」
「人前に出てくるって何!?」
柳楽君は私の質問を無視して、真剣な顔で考え込む。
「茜さんの霊力に惹かれたんだね、きっと。あの爺ぃも、これなら説得できそう」
なんで落ち着いているの!? 古い映画で観たアナコンダよりよっほどデカかったのよ? 私が両腕で囲っても、回り切らないような胴体よ!?
「ほ、保健所呼ばなきゃ! いや、自衛隊!?」
「大丈夫、俺の彼女に挨拶しにきたんです」
か、彼女じゃない!
「あ、あとうちの憑神、この地域の龍蛇信仰とはまったく無関係なので──」
「社長」
にょこっと唐突に、顔が現れた。私は目の前の生首に悲鳴をあげる。
「右京さんっ」
狐の大きな耳をピコピコ動かすと、生首は言った。
「ざんねん、左京デース」
あ、ちょっと右京さんよりバカっぽい? でもそっくりよね。双子の神使かな? そもそも神使に──狐に双子とかあるのかな?
現実逃避中の私の前で、耳をペタンと寝かせた彼は、柳楽君に囁く。
「サヤ子さん、来ちゃいましたよ」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、バシンッと音を立てて廊下側の襖が開いた。
柳楽君は、うわぁ……と嫌そうに顔を曇らせる。
「蓮!」
飛び込んできたのは、正統派のミッション系お嬢様制服を着た、若い女の子だった。え、なに? 女子高生? 妹さん?
「会いたかった!」
ドンッと私を突き飛ばすと、そのJKは柳楽君にしがみついて、そしてぶっちゅうぅううううと濃厚なキスをかます。
「おい!」
柳楽君が思い切り彼女を引き離し、ひっくり返った私を助け起こした。
「お客さんに何するんだ! ごめんっ、茜さん大丈夫?」
JKは喚く。
「蓮が、なかなかここに帰ってこないからでしょ! どうしていつまでも私を東京に呼んでくれないの」
柳楽君は、うんざりしたように片耳に指を突っ込んだ。
「うるさいからだろ」
女子高生は私を睨みつけてきた。その目には、めらめらと嫉妬の炎が燃えている。
「誰よ、このババア」
ばばぁ……。私は笑顔の仮面を張りつけたまま、どうにか平静を保った。
「はじめまして、柳楽君とは知り合いレベルの、日下部と申します」
「親族の神事に、勝手に上がり込んでくるとか何? 蓮のストーカーなの? はんっ、なによその家庭教師みたいな眼鏡、だっさい女!」
鼻で笑われてしまった。イッラァァ! なぜここまで言われなきゃならないのよ。
「ご安心ください。そろそろお暇しようと思っておりましたので」
「あかねさーん!」
必死で引き留める柳楽君。
知らないっての! なんかこの子、執念感じて怖いんだから。
JKは私の前に立ち塞がった。
すらっとした八頭身に長い脚、身長はたぶん私より高い。
スーパーモデルみたい、最近の女子高生すごいわねっ。
「私は蓮の許嫁よ」
「ああ、そうですか。では」
旧家にありそうな設定ね。でも知らんがな、と言いたくなった。
こちらはおそらくあなたの許嫁に、東京での遊び相手として白羽の矢を立てられただけの、JKからしたら年増ですよ!
傷が塞がるならデートくらいいっかな、なんてずるいこともちょっぴり考えていた私に、神様が罰を与えたに違いない。
危うく刺されるところだったわ。
家族に紹介される謂れはないし、さ、早く逃げなければ。
そうよ、関わる必要なんてなかったのよ。だいたいね、どうして私、今長野にいるの!?
「茜さん、待って」
「いだだだだだ」
立ち上がったのはいいけど、痺れている方の私の脚首を掴んでくるのはなんなの?
バランスを崩したところを、柳楽君にがっしり抱き止められた。女子高生が咆える。
「ああああずるい! サヤ子も抱っこしてよ!」
柳楽君の額に青筋が浮き上がったその時、視線を感じた。
和室の入り口に、老人が立っていた。
いや、それだけなら別に驚かない。
でも──真っ白な行衣や白髪、白髭からびちょびちょ水を滴らせてるし、何より老人なのにムキムキ。
行衣の合わせ目から、立派すぎる胸筋が覗いてる。
私はまた幻でも見たのかと思った。
これはまごうことなき霊……いや、仙人? 神様? ていうか、こんなムキムキの老人ってアリなの!?
抱き合っている柳楽君と私を見て、仙人はそのまま固まっていた。
やがて彼の口からしゃがれた声がした。
「蓮。誰じゃ、その女人は?」
柳楽君が何か言おうとした時、彼の後ろからナイスなミドルのイケオジが顔を出し、彼の頭にバスタオルを被せた。
「父さん、ちゃんと拭いてから入ってくださいよ。廊下で滑りそうになったじゃないですか」
そう言うイケオジも髪が濡れていて、頭からタオルを被っている。
「あれ、蓮、到着が早いな。して、その女性は誰だい?」
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