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第四章 ハンカチ屋の様子見
1.今日もハンカチを
しおりを挟むカイルのわんわん卒業腕ずもう大会から、もう三ヶ月くらい。
入学してから、もう一年経つんだなぁ。
長かったような、短かったような。
クラスでは、いつもの日常が戻ってきている。
相変わらずカイルはリーナと腕ずもうする。けど、ザムのところに行って話もするし、私に話しかけてくることも、ある。
ロザリーは、もうみんなの知っての通り。酒場で働く元気な子として認知されている。
お嬢様言葉は抜けないけど、中身はとても普通の女の子だって、みんなわかってる。
それに、リーナとおんなじくらい、なんでも知ってる。
だから、グループを組むときに、最初はリーナの顔色を伺ってたみんなも、今じゃ全然気にしないでロザリーに殺到している。
リーナも勉強はできるんだけど、一人でどんどん先に行っちゃうからなぁ。
私はちょっと、それを見るたびに心が痛い。入学してすぐ仲間はずれになっちゃったから、そうだよね、慣れちゃってるよね。
ごめん、リーナ。
見てるだけしか、できなくて。
今更言えない言葉を、呑み込む。
リーナはどうやって、はっきり謝らない様子見の人たちを許してきたんだろう。
様子見を。
私のお母さんは、ノーリス男爵家の侍女をしている。
私がいるから、毎日通いで昼間だけのお仕事にしてもらっている。本当は住み込みで貴族街にある従者用の離れに住まなきゃいけないんだ。ありがたいことだ。
と、いうことになっている。
実際は、やっぱりそっちにも部屋があって、お母さんは実はあまり平民の街に帰って来ない。
たまに帰って来る時には、いつもごめんね、と言いながら、そっと時間つぶしの端切れの布をたくさん置いていく。
やっぱり、自分だけ夜の宿直を代わってもらうのは、ちょっと無理らしい。
お金はたくさん頂いている。食べるものには困らない。うちにはお父さんがいないけれど、お金はある。だから、薪なんかの重いものは冒険者のひとに頼んで運んでもらっている。
生活には、困らない。
もう慣れたもので、今日もその人がやってきた。
こんこんこん、部屋の扉がノックされる。
「アリスちゃん、薪、持ってきたよ」
「はい、ダルクさん。今開けます」
扉を開けると、ヒゲをたくさん蓄えた、強そうなおじさんが薪を持って現れた。髪は深い緑色で、後ろで縛っている。
額に傷跡があるのが特徴だ。
「ここでいいかい?」
「はい。ありがとうございます」
ちょっとずつ、持ってくる薪の量が少なくなっている。
お母さんはいない。お父さんもいない。私は一人っ子だ。つまり、今、この部屋にはこの人と私だけだ。
言えない。
「ああ、疲れた。ねぇ、アリスちゃん。今日はごはんの残りもの、あるかな?」
椅子にどかっと座って、とんとんとテーブルを叩く。
いつものことだ。一度、ごはんを出したら、ずっとねだられるようになった。
今日もがつがつと、テーブルの上を散らかしながら食べている。
ごはんを食べ終えるまでの間、私は暖炉の前に座る。
無心で、布を、ハンカチに、する。
腰に隠したナイフに手を添えて。
今のところ、特に何もない。大丈夫。大丈夫だ。
ハンカチは、必要もないのにどんどん増えていく。
様子見は、私の得意技だ。
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