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第五章 婚約志望者の秘密
14. 初仕事 3 潜伏
しおりを挟む「親父、俺、しばらく家に帰らないから」
わかった、気をつけろよ、と言われ、がしがしと頭を撫でられる。
報告だけは怠るな、毎日うちに来なさい、とは、ディアスさん。
時間が惜しい。残りの肉を素早く食べようと、最後の1つに手をかけると、ぐいっとその手を引っ張られた。
緑色の瞳が、そこにあった。
ふわりと、ピンク色の髪の毛が肩に落ちる。
珍しい。髪、ちゃんとまとまってないじゃないか。どうしたんだ。
「……学校、来るよね?」
リーナは、串焼きを掴んだまま、微動だにしない。
ぐいぐいと引っ張ってみるけど、本当にびくともしなかった。
やっぱりすごい力だ。さすがだな。
「行くよ。サボったら目立つだろ」
「なら、いい」
そう言い残して、リーナはぼすっと軽く俺の胸のあたりを叩くと、仕事を始めた。
膝に落ちた小さな袋に気づいたのは、立ち上がろうとした時だ。傷薬と、緑色の魔石が入っていた。
リーナの家を出ると、俺はディアスさんに分けてもらったオーク肉の串焼きを麻袋に入れ、下町に向かった。
リーナの家から南側には店がない。正確には、看板を出しているところがない。
暗い路地を、月明かりを頼りに迷いなく歩く。
このあたりは、商業ギルドを通さないもぐりの飯屋や雑貨屋、肉屋、八百屋、薬屋なんかが、下町の人間にしかわからない場所でひっそりと営まれている。
見た目はただの民家だ。
明かりも少なく、夜には店は閉まる。
なんでひっそりやってるのか。市民権がなく、開業ができないもぐりの住民が営業しているからだ。
国としては長期旅行者扱いの、住民。
市民権は、とても高い。更に既に市民権持ちの人間の紹介が必要だ。
ちょっとひと旗あげようと他の街から王都に来た人間は、大抵ここで失敗する。
旅行者扱いでの王都の生活は辛い。
住居を買えず、ずっと家賃が先払いの狭い賃貸住宅の生活。信用がないから、安定した仕事もなかなか受けられない。
子供も学校にだって行けないんだ。
知り合いからの紹介が多い王都の就職状況において、つてもない、学校の卒業生でもない人間が身を立てるのはとても難しい。
住民登録がないから犯罪を犯しても特定しづらく、この地域の治安はかなり悪い。住民の連帯感は強いが、よそ者は歩いているだけで絡まれて、金品を巻き上げられることもままある。
しかし、例外はある。
俺は、その例外に向かって、暗い路地を迷いなく歩いていく。
こんこんこん。
俺は、ある扉の前に立っていた。
はーい、と声がして、がちゃっと勢いよく簡素な木の戸が開いた。
飛び込んで来たのは、明るい茶色のくるくるの巻き毛。
同じく茶色の大きな瞳、丸顔の馴染みのやつが、目を丸くしてこっちを見ている。
「ニムルス、どうしたんだよ」
「カイル、ごめん。しばらく泊めてくんない?親父とケンカしちゃってさ。ここに来ることは言ってるし、毎日肉買ってくるから。ほら」
すっと、ディアスさんが用意してくれたオーク肉の串焼きを差し出す。
カイルの後ろから、小さな男の子と女の子が走ってくる。匂いにつられて。
例外。それは、兵士になること。
給金が上がるし城の仕事だから信用もあり、市民権に手が届く。
その兵士の長男、カイルの喉が、ごくりと鳴った。
俺は知ってる。カイルは、この串焼きをずっと食べたがっていたんだ。店の開店前に仕事を終えるカイルには、これを食べる機会がない。
見開かれる、茶色いまっすぐな瞳。
俺は出来る限り、困ったような顔をしてにっこりと笑った。
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