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第五章 婚約志望者の秘密

19.初仕事 8 報告と黒猫

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「怪しいやつが、いた」


それから一週間。念のために他の店にも行ってみて、確信した。おじいちゃんが出てきた店の、地下にいたあいつだ。

夕方、ディアスさんの店で親父に報告する。

「……闇市か。なるほど、下町でも馴染みの客しか来ないな。髪も全部剃っているなら色がわからん。ニムルス、なんでそいつが怪しいと思う」

……なんて言うかな。特徴が合ってるってだけじゃなくて。

「家出はよくねぇって言われたんだ。俺、何も言ってねえのに。なんで家出だと思ったんだ?新しい住民かもしんねぇのにさ」

親父とディアスさんが、眼を見張る。

「だから、カイルのことも俺のことも、学校で見たことあるんじゃねぇかなって思った」


ふっ、と笑って、ディアスさんがホーンラビットの肉を追加でくれる。
にやりと笑って、頭をがしがしと撫でられた。
手、おっきいな。もう、頭がぐしゃぐしゃだ。


「……あたりだな。ライルの家に迷惑はかけられねぇから、本人に直接話すのは俺がいく。お前はもう手を引け。よくやった」

え。なんで。まだ終わってねぇのに。

「王宮で保護しないとならんからな。大人がでていかないとまずいんだよ。お前が、いいから信用してついてこいって言われてもそいつ、来ないだろ?」


……そうだな。自分の小さな手を、見つめる。
悔しい。早く大きくなればいいのに。


「じゃあ、そいつの家を突き止めるまではやらせてくれ。今日、尾行してくる」

親父は眉間にシワを寄せた。ダメなのか?


「……くれぐれも気をつけろよ」

やった、お許しが出た!!ぐっとカウンターの下で拳を握りこむ。初仕事なんだ、できることはちゃんとやりたい。


「ねえ、この子、連れてって」

横から、声がした。振り向くと、緑の瞳と目が合う。
リーナ。聞いてたのか。……多分全部知ってるんだろうな。お守り、持たされたし。

リーナの腕には、真っ黒の黒猫が抱かれていた。


「クロっていうのよ。時々うちに来るの。頭がいいから、あなたが危ないことになったら私たちのところに帰ってくるわ。連れて行きなさい」


エリサさんが、カウンターの中から声をかけてくる。

猫と目が合った。紫色。珍しいな。
リーナの手を離れて、クロはカウンターの上に乗った。
俺の皿から、肉を一つ奪って食べ始める。報酬前払いなのか。そうなのか。

クロは、肉汁でべたべたになった顔を前脚で洗いながら、んなーお、と、呑気な鳴き声を上げた。

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