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第五章 婚約志望者の秘密
20.初仕事 9 夜の下町
しおりを挟む月明かりだけが頼りの、下町の裏道。
頭を丸めた男が、肩を揺らしながら歩いていく。
俺は、それを屋根の上から見ていた。黒猫も一緒だ。頼むから鳴き声とか出さないでくれよ。
男は、歩く。下町の、更に南の方。
屋根を伝って後をつける。こっちは基本的に上からだから、見通しはいい。うん、いい調子だ。
段々と、道が狭くなってきた。本当に暗い。こいつは、本当にもとからこのあたりの住人なんだろうな。迷いなく歩いていく。
このあたりは下水道も満足に設置されていなくて、水場もトイレも基本的に共用の区域。木造の建物が多くなってきて、屋根の上じゃ足音が気になってきた。
仕方ない、降りるか。
適当な裏路地で、下に降りる。ちょっとクロに爪を立てられた。なんだよ。大人しくしろって。
首に、違和感が走る。
とっさに、後ろに跳ぶ。路地に出てしまうけどしょうがない。
今のは、刃物の気配だ。
「兄ちゃん、人んちの屋根の上で、何やってんだ?」
ぬっと現れたのは、傷だらけの男。眼帯をしていて、隠しきれない目元の傷が、片目を失っていることを物語っていた。
冒険者くずれか。油断ならない気配。体が大きく、普段から戦っているのが一目でわかる。この人、現役だ。片目がそんな状態で、何と戦っているのか。ちょっと聞きたくない。
「ごめん、ちょっと迷っちゃって。もう帰るよ」
ははっ、と、後ずさりする。
ここで騒がないで穏便に済まさないと。あの男に気取られたらやりにくくなる。
やりあっても、勝てるけど。よし、逃げよう!
じり、と、後ずさりすると、どんと背中が何かにぶつかった。
囲まれてたか。まずい。とりあえずクロを屋根上に放つ。
しょうがないか。死んだら元も子もないし。
ぐっと手に力を込める。後ろのやつを倒して逃げるのが一番簡単……
「俺の連れが、邪魔したな。今度何か奢るわ」
声が、降ってきた。
「なんだよ、ダルク、お前の連れか。連れ、なんだな?」
「ああ、そうだ。問題ない。こんなチビに何ができる?そう殺気立つなよ」
はぁ、と、片目の男がため息をつき、エール一樽だぞ、と言って去っていく。
一樽って多くないか。おい。
そっと後ろを振り返ると、そこには。
あの闇市にいた男。頭を丸めた、顔に傷のある、肩を揺らして歩く癖のある。
「よぉ、兄ちゃん。お使い、じゃ、ねえよな」
ダルク。
「いや、ニムルス君、か。何しにきた。俺に近づいても、アリスは戻ってこないぞ?」
わかってるよ。話は通じそうだな。
「保護しに来た。カーライルから狙われてるだろ」
ダルクの目が、ぎらりと光った。
まずい。身を引こうとした、その時。
「あー。詳しい話、聞かせてもらえるか?」
鼻と口を、なにかの布で覆われた。ものすごい力で押さえ込まれ、俺は息を吸ってしまった。
薬だってことはわかってんのに。
俺の視界は暗転した。
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