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第一章:アーリーンの恋 【第一部】無自覚な初恋
3.無自覚な初恋
しおりを挟む楽しそうに談笑する声が聞こえ、辺りを見回せば、薔薇に囲まれたガゼボがあることに気が付いた。
そうして聴こえてくる声の主は、だいすきな幼馴染みであるエルドレッドとヤミソン達のものだ。
──いつも優しいふたりならば、きっとアーリーンのこの新しいドレスも褒めてくれるに違いない。
そう思いついたアーリーンは、ガゼボへと近づいていった。
「そうか、バルロは婚約したんだ」
「はい。父の古い友人の娘さんだそうです」
知らない声が混ざっていることに気が付いて、アーリーンの足が止まる。
窺ってみれば、エルドレッドたち以外の令息も一緒にお茶をしていた。
会話もプライベートなもののようだし、さすがに初対面の令息たちがいる席に招待された訳でもないアーリーンが押し掛ける訳にはいきそうにない。
淑女教育が始まる前なら押し掛けていたかもしれないけれど、マナーの勉強を受けるようになって理想の淑女を目指そうとしている今のアーリーンは、今日は褒めて貰うことを諦めるしかないと思えるようになっていた。
しょんぼりして、来た道を戻ろうとする。
「実は、僕もそろそろ婚約相手を考えろって父上から言われているんだ」
戻ろうとしたところで聞こえてきた声に、足が止まる。
「婚約者。……エルドレッドにいさまに?」
最近遊びに来た伯母が、「アーリーンもそろそろ婚約者を用意しないとね」と言ったところ、父が「絶対に嫁になんか出さないし、余所の男となんか結婚させん!」と息まいてアーリーンを抱き上げ全力で頬ずりしてきた。
どうやら婚約というのは、将来結婚するという約束を交わすことなのだと、その時に知ったのだが。
結婚をする約束をするだけでも、その人を特別扱いして、他の人と遊んだりできなくなるらしい。
「つまり、だいすきなエルドレッドにいさまに、婚約者ができてしまうということは、もう一緒に遊んで貰えなくなるということ?」
アーリーンは自分で呟いた言葉に絶望した。
そうして、今更ながら声が聞こえなかったか不安になってしゃがみ込む。
それでも会話の続きが気になってしまい、その場から離れることはできなかった。
「エルドレッド様も立太子がお近いでしょうから当然ですね」
「身上書がたくさん届けられて辟易しているよ」
「いずれ劣らぬ美姫ばかりなんでしょうね。今度、肖像画見せて下さいよ」
「いや。嵩張るし、まずは能力で選びたいから届けて貰ってないよ」
「へぇ。王太子妃ならそんなもんですかね」
「僕、エルドレッド兄様の婚約者には、アーリーンがなるんだと思ってた」
「!?」
突然の、もうひとりの幼馴染みでエルドレッドの弟であるヤミソンの言葉に吃驚し過ぎて、心臓が嫌な音を立てて軋む。
アーリーンは叫び出しそうになる声を、両手で必死に押さえ込み耐えた。
「アーリーン嬢って、ペイター侯爵家のご令嬢でしたか?」
「まだ学園にも入学前のご令嬢ですよね。あぁ、たしかお母上のペイター侯爵夫人は、王妃陛下とご学友でしたね。その繋がりですか」
「うん。それで、王城へ遊びに来るといっつもエルドレッド兄様に貼りついてるの。兄様もまんざらじゃなさそうだし、可愛がってるからさ」
「エルドレッド様は令嬢たちには一律で冷たいんだと思ってましたが、そういう方がいらしたんですね」
「なるほどねぇ。そりゃ肖像画なんて必要ないですよね」
ヤミソンにいさまの説明をうけて周囲が囃し立てる声を聞いている内に、アーリーンの顔が熱くなっていく。
ヤミソンは実際にはアーリーンと同じ歳だが、「僕の方が誕生日が半年も早いから。僕のことも“にいさま”って呼んでね」と押し切られて以来アーリーンはヤミソンのこともにいさまと呼んでいる。それでも何故かそれが嫌ではない。むしろムズ痒いような嬉しいような不思議な気分で、にいさまと呼ぶ度に口元がムズムズした。
でもまさか、ヤミソンにいさまからそんな風に思われているとは思いもしなかった。
エルドレッドにいさまにとって、アーリーンが特別だと思っているなんて。
そして、アーリーンにとっても、エルドレッドにいさまが、特別だと思っていると思われていたなんて。
でも、確かに幼馴染みのふたりともだいすきだけれど、ふたりの内どちらへ駆け寄るかといえば、いつだって自然と、エルドレッドにいさまの手を取っていた。
やさしく笑いかけて貰えると、とても嬉しくなる。
もしかしたら、これが恋というものなのかしら。
そうして、もしかしてエルドレッドにいさまにとっても?
そんな風に考えたところだったから、続いて聞こえてきたエルドレッドが笑ったように口にした言葉に集中した。
「アーリーンは、……無理だよ」
「え?」
「王太子妃になるということは、未来の王妃になるということだ。無理だよ」
駄目押しのように告げられた言葉に、弾かれるようにしてアーリーンは元来た道を戻るように走り出す。
幸い、ガゼボからは木々に隠れて見えない角度だ。
勿論アーリーンにはそんなことを考える余裕はまったくなかったけれど。
ひたすら来た道を走って戻る。
ようやくあの鉄製の扉が見えてきたところで、安心してしまったのか、盛大に転んだ。
「痛い!」
涙で世界が滲んだ。
「痛いわ。痛いの。痛いのよ、おかあさまぁ!」
うわーんと声を上げて泣きだせば、慌てて遠くからアーリーンの名前を呼んで母が駆けつけてくれた。
「あらあら。私の可愛い娘はやんちゃね。温室から出ないという、かあさまとの約束まで破って」
「ご、ごめんなさい」
「チュールのドレスもやっぱりあなたには早かったわね」
「ごめんなさい」
「怪我はない? 私の可愛いやんちゃな娘に怪我がないかちゃんとよく見せてちょうだい」
「ごめ……ごめ……な、さい」
「怪我がなければいいの。あなたに何かあったら、とうさまもかあさまも心臓が破裂してしまうわ」
「ごめ……」
抱き上げてくれるかあさまの手は優しくて。いい匂いがする。
泣いているのは、胸の痛みじゃなくて、転んだせいだ。アーリーンは、それで押し通すことにした。
背中をさすられて甘やかされて。母の腕の中でいっぱい泣けば、胸の痛みも涙と一緒に流れていく気がした。
泣き止もうとしないアーリーンに困った母は、王妃に会議の中断を願い出ることにした。
「いいのよ。私も熱中しすぎてアーリーン嬢を構わな過ぎてしまって申し訳なかったわ。素敵なドレスだったのに。こんなことになって残念ね?」
頭を撫でて貰ったけれど、もうアーリーンには王妃に対して素直に憧れを表すこともできなかった。
よく似た人の言葉を、思い出してしまうから。
「ふぇっ、ふっ。も、もうしわけ……あり……ヒック」
手にしたハンカチはすでに涙でぐずぐずだったが、再び溢れていく涙を押さえるものは他にはない。濡れた感触が、自分の不出来さを表しているようで、アーリーンの涙は大きな粒になっていくばかりだ。
「ごめんなさいね。私ったら、嫌なことを思い出させてしまったかしら。また新しいドレスを作ったら、見せに来てちょうだいね」
もう完全にまた泣き出してしまったアーリーンの代わりに、母が頭を下げる。
それに王妃は寛大な許しを与えて、今日の会議は終わりとなった。
侍従に抱き上げられたままアーリーンは、馬車へと乗せられた。
その時、人混みの中にエルドレッドの顔があったような気がした。
その瞳が、やはりアーリーンは王太子である自分には相応しくないと言っているようで、顔を逸らした。
思い出すだけで悲しくて、転んでドレスを汚してしまったショックで泣いているのだと思われることを否定する事すらする気になれずに泣き続け、ついには夜になって発熱した。
翌朝になっても泣けてくるのでそのままベッドで暮らし、ようやく涙と発熱が落ち着いた朝、アーリーンは心に決めたのだ。
「まじめに、勉強しよう。マナーのレッスンも、サボらずにがんばる」
そうして、王妃のお茶会に呼ばれて転んでしまったあの日が、アーリーンが母に連れられて王宮に遊びに行った最後の日となった。
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