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第二章:ジュディスの恋
9.兄と妹
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「随分と精力的なことだ。見合いだけしに来たわけじゃないのがムカつくな」
「お兄さま」
見下ろしていた窓の外では、エルドレットが元交換留学生たちとの交流と称した剣による手合わせが行われている。
見合い相手を勝手に入れ替えたり、強引に妹と婚約を発表させようと晩餐会を開くなどの策略を巡らせていたにも関わらず、あっさりと来訪初日にジュディスとの婚姻をアシェル王から取り付けたエルドレットは、翌日からは精力的にフリーゼグリーン王国内で活動することに決めたらしい。
いつの間に連絡を取り合ったのか、交換留学の間に交流のあった貴族家令息たちが早朝からエルドレットを訪ねて王城に集まってきて、何故か、お互いに身体が鈍っていないか確かめ合うことになったらしい。
「おーお。いま相手してる奴、この春に騎士になった伯爵家の三男だろ。強いって噂だったのになぁ。あれ絶対に手を抜かれてるよな、王子様に」
言われてよくよく見てみれば、果敢に向かってくる相手の剣をエルドレットはすべて軽々といなしていき、ついにはその手から弾き飛ばしてしまった。
審判役の手が、エルドレットに向かって挙げられている。
更に、休憩すら取らずに次の相手と礼を交わしている。
「うへぇ。体力お化けかよ。凄過ぎじゃないか、あの王子様」
いまだ意地の悪い言葉を使っているが、昨日までより少しだけヴァルタルの言葉から悪意が抜けていた。
それは、昨夜の晩餐会未満のあの場でのやり取りを見て、実際のコベット国の第一王子というものを見て己との差を感じたせいのかもしれないと、ジュディスは少しだけ、兄の変化を切なく感じた。
「午後には、我が国一番の馬牧場を見に行くらしい。乗馬が好きなんだとさ。頭が良くて運動神経もいいとか。どこまでも嫌味な王子様だ」
「今回のフリーゼグリーン王国への訪問は、表向きには友好国との交流を深めるためという事になっておりますから。いろいろとお会いすることになっているそうですよ」
「へー。さすが。隙がないな」
「お兄さまだって乗馬はお好きでしょう。未来の国王同士で交流を深めるためにもご一緒に視察へ伺っては如何ですか」
「俺が? 冗談はよせよ。なんでわざわざ横に並んで比較されなくちゃいけないんだ」
わざとらしく両手で自身を抱きしめる素振りをして、ぶるぶると身体を震わせてみせる。
コミカルな仕草に、ジュディスは笑みを浮かべた。
「お前、大丈夫なのか。あんな完璧王子様の嫁なんか務まるのかよ」
「頑張りますわ。頑張っても、足りないかもしれません。どのような困難が待ち受けているかもわかりません。それでも、ここでお母様とリリアーヌに腐されながら誰にも認められずに死んだように生きていくより、尊敬できるお相手から望まれて嫁する方が、ずっと良い人生だと思ったのです」
「……そうか。お前が決めたなら、いいのか。頑張り過ぎない程度に頑張って、精々コベットからフリーゼグリーンの益を引き出してくれ」
「残念でした。私は未来のコベットの王妃になるので。全力で、フリーゼグリーンからコベットの益を引き出してみせますわ」
「うわっ。国王夫婦揃って無駄に頭がいいとか最悪の取引相手だな、それ」
「その頃にはお兄さまがフリーゼグリーン王国の国王陛下ですね。よろしくお願いいたしますね」
兄妹の気安い会話。ふたりがこれほど腹を割って本音で会話を交わすのは、もしかしなくとも初めてのことである。
「ふん。生意気な妹だ。精々、完璧王子様の為に一生努力し続けるがいいさ」
「ありがとうございます」
話は終わりだとばかりに、片手を挙げてひらひらと振りながら兄ヴァルタルが去っていく。
その背中へカーテシーを贈りながら、ジュディスは昨夜のエルドレットとの会話を思い出していた。
***
昨夜、結局始まりもしなかった晩餐会の会場をふたりで抜け出した後、エルドレットの侍女たちがどこからか調達してきたワインとご馳走で、婚約が決まったお祝いをふたりだけで行なった。
続いた会話は、婚前契約書が必要かどうか、その内容はどうするかなどあまり色気のある話ではなかったが、だからこそジュディスも怒涛の婚約宣言によって受けた衝撃を冷ますことができた。
「フリーゼグリーン王国の王女と見合いをするために訪問したという噂が廻っては双方にとってよくないと思ったので滞在期間を一週間しか取らなかったのですが、いま思うと失敗でしたね」
フリーゼグリーン王国とコベット国間は、ぐるりと二国を跨ぐ遠路である。
立太子間違いなしの第一王子としては長い期間、国を留守にすることはできない。また、見合いが不成立となって何の成果もないまま手ぶらで帰るのもどちらの国にとっても外聞が悪いということで、今回はあくまで内々の顔合わせとし、双方が婚姻に合意をした場合は改めて正式訪問をして婚約を交わす予定であったそうだ。
「どうしても相性が合わず不成立になる可能性もない訳ではありませんから。婚約者のいない私がふたりも王女のいる友好国へ足を運んだ時点で、通過国から噂が出てしまうのは当然ですからね。内々にしておいた方が友好国としてお互いの為だと判断したのですが」
そこまでで言葉を切って苦笑するエルドレットへ、ジュディスは困り顔で謝罪した。
「ウチの者が、大変失礼いたしました。ご配慮を無にしてしまったことに改めて謝罪いたします」
実際にはジュディスは今回の計画に係わっていない。
リリアーヌが入れ替えを主張した際に居合わせはしていたが、きちんとコベット国側に連絡していると思っていた。
実際には、何の連絡もせず勝手に入れ替えた挙句、まったくの白紙状態で勝手にフリーゼグリーン王国内で婚約発表をしてしまおうと画策していたのだから、タチが悪い。コベット国側から友好条約の破棄を通告された上で戦争にはならなかったとしても賠償金の請求を受ける可能性だってあったのだ。
エルドレットが収めてくれて本当に良かったとジュディスは感謝した。
「謝罪をするべきは、王妃と妹姫ですよ。どうせあなたには何も知らされていなかったのでしょう?」
エルドレットの指摘に、今度はジュディスが苦笑いした。
ここで王妃と妹が画策したのです、などと主張する気にはなれなかった。
「初日で、あなたとの婚約を受けて貰えましたし、私としてはこの成果に十分満足しています。明日からは、少しコベット国の王子として友好国での交流をしてこようと思います」
「そうですか」
(ご一緒したいと願い出たら受けて下さるかしら。ううん、むしろ誘って下さらないかしら)
ジュディスは、始まりこそこんな形になってしまったが、帰る前までに少しでもフリーゼグリーン王国へいい印象を持って帰って欲しいと思っている。
(ううん、それだけじゃない)
少しでも傍で、一緒に過ごす時間が欲しかった。
ジュディスがこの国で、何を考え、どう育ってきたのかを知って欲しいとも、願う。
「それで、ひとつジュディス王女へ提案があるのですが──」
珍しく言い淀むエルドレットの頬がほんのり赤く色づいているのに気が付いて、ジュディスは、もしかして、と期待した。
***
「期待していた滞在中の視察へ連れて行って下さるというお言葉はなかったけれど……」
眼下で、連続勝利を収めている婚約者を、ジュディスは熱の籠った視線で見つめた。
「どうしましょう。どうすればいいのかしら」
「随分と精力的なことだ。見合いだけしに来たわけじゃないのがムカつくな」
「お兄さま」
見下ろしていた窓の外では、エルドレットが元交換留学生たちとの交流と称した剣による手合わせが行われている。
見合い相手を勝手に入れ替えたり、強引に妹と婚約を発表させようと晩餐会を開くなどの策略を巡らせていたにも関わらず、あっさりと来訪初日にジュディスとの婚姻をアシェル王から取り付けたエルドレットは、翌日からは精力的にフリーゼグリーン王国内で活動することに決めたらしい。
いつの間に連絡を取り合ったのか、交換留学の間に交流のあった貴族家令息たちが早朝からエルドレットを訪ねて王城に集まってきて、何故か、お互いに身体が鈍っていないか確かめ合うことになったらしい。
「おーお。いま相手してる奴、この春に騎士になった伯爵家の三男だろ。強いって噂だったのになぁ。あれ絶対に手を抜かれてるよな、王子様に」
言われてよくよく見てみれば、果敢に向かってくる相手の剣をエルドレットはすべて軽々といなしていき、ついにはその手から弾き飛ばしてしまった。
審判役の手が、エルドレットに向かって挙げられている。
更に、休憩すら取らずに次の相手と礼を交わしている。
「うへぇ。体力お化けかよ。凄過ぎじゃないか、あの王子様」
いまだ意地の悪い言葉を使っているが、昨日までより少しだけヴァルタルの言葉から悪意が抜けていた。
それは、昨夜の晩餐会未満のあの場でのやり取りを見て、実際のコベット国の第一王子というものを見て己との差を感じたせいのかもしれないと、ジュディスは少しだけ、兄の変化を切なく感じた。
「午後には、我が国一番の馬牧場を見に行くらしい。乗馬が好きなんだとさ。頭が良くて運動神経もいいとか。どこまでも嫌味な王子様だ」
「今回のフリーゼグリーン王国への訪問は、表向きには友好国との交流を深めるためという事になっておりますから。いろいろとお会いすることになっているそうですよ」
「へー。さすが。隙がないな」
「お兄さまだって乗馬はお好きでしょう。未来の国王同士で交流を深めるためにもご一緒に視察へ伺っては如何ですか」
「俺が? 冗談はよせよ。なんでわざわざ横に並んで比較されなくちゃいけないんだ」
わざとらしく両手で自身を抱きしめる素振りをして、ぶるぶると身体を震わせてみせる。
コミカルな仕草に、ジュディスは笑みを浮かべた。
「お前、大丈夫なのか。あんな完璧王子様の嫁なんか務まるのかよ」
「頑張りますわ。頑張っても、足りないかもしれません。どのような困難が待ち受けているかもわかりません。それでも、ここでお母様とリリアーヌに腐されながら誰にも認められずに死んだように生きていくより、尊敬できるお相手から望まれて嫁する方が、ずっと良い人生だと思ったのです」
「……そうか。お前が決めたなら、いいのか。頑張り過ぎない程度に頑張って、精々コベットからフリーゼグリーンの益を引き出してくれ」
「残念でした。私は未来のコベットの王妃になるので。全力で、フリーゼグリーンからコベットの益を引き出してみせますわ」
「うわっ。国王夫婦揃って無駄に頭がいいとか最悪の取引相手だな、それ」
「その頃にはお兄さまがフリーゼグリーン王国の国王陛下ですね。よろしくお願いいたしますね」
兄妹の気安い会話。ふたりがこれほど腹を割って本音で会話を交わすのは、もしかしなくとも初めてのことである。
「ふん。生意気な妹だ。精々、完璧王子様の為に一生努力し続けるがいいさ」
「ありがとうございます」
話は終わりだとばかりに、片手を挙げてひらひらと振りながら兄ヴァルタルが去っていく。
その背中へカーテシーを贈りながら、ジュディスは昨夜のエルドレットとの会話を思い出していた。
***
昨夜、結局始まりもしなかった晩餐会の会場をふたりで抜け出した後、エルドレットの侍女たちがどこからか調達してきたワインとご馳走で、婚約が決まったお祝いをふたりだけで行なった。
続いた会話は、婚前契約書が必要かどうか、その内容はどうするかなどあまり色気のある話ではなかったが、だからこそジュディスも怒涛の婚約宣言によって受けた衝撃を冷ますことができた。
「フリーゼグリーン王国の王女と見合いをするために訪問したという噂が廻っては双方にとってよくないと思ったので滞在期間を一週間しか取らなかったのですが、いま思うと失敗でしたね」
フリーゼグリーン王国とコベット国間は、ぐるりと二国を跨ぐ遠路である。
立太子間違いなしの第一王子としては長い期間、国を留守にすることはできない。また、見合いが不成立となって何の成果もないまま手ぶらで帰るのもどちらの国にとっても外聞が悪いということで、今回はあくまで内々の顔合わせとし、双方が婚姻に合意をした場合は改めて正式訪問をして婚約を交わす予定であったそうだ。
「どうしても相性が合わず不成立になる可能性もない訳ではありませんから。婚約者のいない私がふたりも王女のいる友好国へ足を運んだ時点で、通過国から噂が出てしまうのは当然ですからね。内々にしておいた方が友好国としてお互いの為だと判断したのですが」
そこまでで言葉を切って苦笑するエルドレットへ、ジュディスは困り顔で謝罪した。
「ウチの者が、大変失礼いたしました。ご配慮を無にしてしまったことに改めて謝罪いたします」
実際にはジュディスは今回の計画に係わっていない。
リリアーヌが入れ替えを主張した際に居合わせはしていたが、きちんとコベット国側に連絡していると思っていた。
実際には、何の連絡もせず勝手に入れ替えた挙句、まったくの白紙状態で勝手にフリーゼグリーン王国内で婚約発表をしてしまおうと画策していたのだから、タチが悪い。コベット国側から友好条約の破棄を通告された上で戦争にはならなかったとしても賠償金の請求を受ける可能性だってあったのだ。
エルドレットが収めてくれて本当に良かったとジュディスは感謝した。
「謝罪をするべきは、王妃と妹姫ですよ。どうせあなたには何も知らされていなかったのでしょう?」
エルドレットの指摘に、今度はジュディスが苦笑いした。
ここで王妃と妹が画策したのです、などと主張する気にはなれなかった。
「初日で、あなたとの婚約を受けて貰えましたし、私としてはこの成果に十分満足しています。明日からは、少しコベット国の王子として友好国での交流をしてこようと思います」
「そうですか」
(ご一緒したいと願い出たら受けて下さるかしら。ううん、むしろ誘って下さらないかしら)
ジュディスは、始まりこそこんな形になってしまったが、帰る前までに少しでもフリーゼグリーン王国へいい印象を持って帰って欲しいと思っている。
(ううん、それだけじゃない)
少しでも傍で、一緒に過ごす時間が欲しかった。
ジュディスがこの国で、何を考え、どう育ってきたのかを知って欲しいとも、願う。
「それで、ひとつジュディス王女へ提案があるのですが──」
珍しく言い淀むエルドレットの頬がほんのり赤く色づいているのに気が付いて、ジュディスは、もしかして、と期待した。
***
「期待していた滞在中の視察へ連れて行って下さるというお言葉はなかったけれど……」
眼下で、連続勝利を収めている婚約者を、ジュディスは熱の籠った視線で見つめた。
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