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11.テオフィルスの告白
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きゅぽん。
すこし湿った開栓音が夜の寝室に響く。
ほっそりとした指が瓶を傾け、中身を反対側のてのひらで受け止めようとする瞬間、それまでずっとベッドの上で顔を背けるようにして寝ていたテオフィルスが起き上がり、その両の腕を掴んだ。
「きゃっ」
「っ、すまない。だが、さすがにこれ以上は、私にさせてくれないだろうか」
「え。でも、わたくしを愛すことはできないのでは?」
「……それについても、謝罪しよう。後で。何度でも。だが今は、黙って?」
両の腕を握るテオフィルスの力は、実際の所それほど強くはなかった。
振りほどこうとすれば、イボンヌにもできない訳でもない、その程度の力でしかない。
だが、テオフィルスの方から重ねられた唇の感触に、イボンヌの頭の中で組み立てられていた手順とか、手管とか。そういった事前学習で立てていた予定がすべて吹き飛んだ。
先ほどイボンヌが試みた、かの国の官能小説にあるような、口腔内を蹂躙し尽くすような舌技があった訳ではない。
指で触れられただけで痺れるような快感が奔った訳でもない。
ただ、触れているだけ。なんなら少し震えてさえいるような、まるで少年少女が交わす触れ合うだけのくちづけだ。
使おうとした媚薬だって、まだ瓶の中にある。
それなのに。
「て、お……ふぃるすさま、すき」
「イボンヌ。私の、妻。私にも、あなたを愛させて貰ってもいいだろうか。拙いだろうし、上手にできるとも限らないが」
「えぇ。えぇ! 勿論ですわ。テオ。テオフィルス様」
「テオと。あなたには、そう呼んで欲しい」
「うれしい。すき、だいすきです。テオ。あいしてる」
じゃぽんっ。
感極まったイボンヌが、テオフィルスに甘えて圧し掛かった時、粘度のたかい水音が激しくした。
「ぷはっ。あはは。冷たいな、これは」
「あぁ、すみません。いやだ、どうしよう」
顔面に、潤滑液兼媚薬をぶちまけられたテオフィルスが笑った。
「いいさ。どうせ使うつもりだった。このままでいい」
憂いがすっかり払われたように、晴れやかに笑う憧れの人の顔が間近にあって、イボンヌの心臓が、きゅっと縮む。
「す、すごい破壊力だわ」
「どうした、愛しい人」
イボンヌが見つめる前で、テオフィルスがきゅっと、親指で自らの口元から媚薬を拭きとり、それをイボンヌの口元へを塗りこめる。
「え、あ」
テオフィルスの指が、濡れそぼっててらつく唇の上を往復する度に、イボンヌの身体に微細な震えが走る。
今夜だけですでに何度もくちづけを交わし、吐息となんなら唾液すら交換してはいたのだが、勝手に唇を弄り回し、髪を撫でてもまったく嫌がるそぶりのない存在。
テオフィルスの中でずっと閉じ込めてきた想いが花ひらいた。
「これは、嘗めるのは勿論だが、皮膚の薄い部分や粘膜から吸収しても、媚薬効果がでるそうだよ。私だけが使ったのでは、不公平だからね」
テオフィルスの瞳が欲望に濡れていた。
黒曜石のような瞳があやしい光を帯びて、イボンヌを見つめている。
それを、同じ熱量をもったイボンヌの碧玉石の瞳が見つめ返していた。
「本当の事をいえば、キミが私を見つめていたことは、ずっと知っていた。ただ、それは私のこの見目と地位からだけかと思っていたのだが。どうやら違ったようだね」
「っ。当たり前ですわ。わたくしの想いを、そんな軽薄なものと疑われていたなんて。悲しいです」
「すまない。だが、特に接点もないと思っていたし、キミの視線に気が付いた時には、すでに私には妻がいた。不貞をするつもりはなかったし、それを願うような女性とは距離を置いていたかったんだ。それが、意に染まぬ白い結婚であったとしてもね」
きゅぽん。
すこし湿った開栓音が夜の寝室に響く。
ほっそりとした指が瓶を傾け、中身を反対側のてのひらで受け止めようとする瞬間、それまでずっとベッドの上で顔を背けるようにして寝ていたテオフィルスが起き上がり、その両の腕を掴んだ。
「きゃっ」
「っ、すまない。だが、さすがにこれ以上は、私にさせてくれないだろうか」
「え。でも、わたくしを愛すことはできないのでは?」
「……それについても、謝罪しよう。後で。何度でも。だが今は、黙って?」
両の腕を握るテオフィルスの力は、実際の所それほど強くはなかった。
振りほどこうとすれば、イボンヌにもできない訳でもない、その程度の力でしかない。
だが、テオフィルスの方から重ねられた唇の感触に、イボンヌの頭の中で組み立てられていた手順とか、手管とか。そういった事前学習で立てていた予定がすべて吹き飛んだ。
先ほどイボンヌが試みた、かの国の官能小説にあるような、口腔内を蹂躙し尽くすような舌技があった訳ではない。
指で触れられただけで痺れるような快感が奔った訳でもない。
ただ、触れているだけ。なんなら少し震えてさえいるような、まるで少年少女が交わす触れ合うだけのくちづけだ。
使おうとした媚薬だって、まだ瓶の中にある。
それなのに。
「て、お……ふぃるすさま、すき」
「イボンヌ。私の、妻。私にも、あなたを愛させて貰ってもいいだろうか。拙いだろうし、上手にできるとも限らないが」
「えぇ。えぇ! 勿論ですわ。テオ。テオフィルス様」
「テオと。あなたには、そう呼んで欲しい」
「うれしい。すき、だいすきです。テオ。あいしてる」
じゃぽんっ。
感極まったイボンヌが、テオフィルスに甘えて圧し掛かった時、粘度のたかい水音が激しくした。
「ぷはっ。あはは。冷たいな、これは」
「あぁ、すみません。いやだ、どうしよう」
顔面に、潤滑液兼媚薬をぶちまけられたテオフィルスが笑った。
「いいさ。どうせ使うつもりだった。このままでいい」
憂いがすっかり払われたように、晴れやかに笑う憧れの人の顔が間近にあって、イボンヌの心臓が、きゅっと縮む。
「す、すごい破壊力だわ」
「どうした、愛しい人」
イボンヌが見つめる前で、テオフィルスがきゅっと、親指で自らの口元から媚薬を拭きとり、それをイボンヌの口元へを塗りこめる。
「え、あ」
テオフィルスの指が、濡れそぼっててらつく唇の上を往復する度に、イボンヌの身体に微細な震えが走る。
今夜だけですでに何度もくちづけを交わし、吐息となんなら唾液すら交換してはいたのだが、勝手に唇を弄り回し、髪を撫でてもまったく嫌がるそぶりのない存在。
テオフィルスの中でずっと閉じ込めてきた想いが花ひらいた。
「これは、嘗めるのは勿論だが、皮膚の薄い部分や粘膜から吸収しても、媚薬効果がでるそうだよ。私だけが使ったのでは、不公平だからね」
テオフィルスの瞳が欲望に濡れていた。
黒曜石のような瞳があやしい光を帯びて、イボンヌを見つめている。
それを、同じ熱量をもったイボンヌの碧玉石の瞳が見つめ返していた。
「本当の事をいえば、キミが私を見つめていたことは、ずっと知っていた。ただ、それは私のこの見目と地位からだけかと思っていたのだが。どうやら違ったようだね」
「っ。当たり前ですわ。わたくしの想いを、そんな軽薄なものと疑われていたなんて。悲しいです」
「すまない。だが、特に接点もないと思っていたし、キミの視線に気が付いた時には、すでに私には妻がいた。不貞をするつもりはなかったし、それを願うような女性とは距離を置いていたかったんだ。それが、意に染まぬ白い結婚であったとしてもね」
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