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2.あの日の事
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ある日突然、この世界各地に無数のダンジョンが出来たのは今から18年前のことだった。
その日から、この世界には魔物が溢れるようになり、人々は武器を揃え戦うことを覚えた。
それでも最初の数年は、スライムやゴブリンといったこれといった武器を持たない一般人でも倒せるような低級魔獣ばかりだったのでそれほど大きな問題だとは思われていなかった。
それが年を追うごとに魔獣の種類は増え続け、段々と武器を持っている程度では倒せない、高位魔獣が現れるようになってきたのだ。
魔獣狩りの為に新たな騎士団が編成され、冒険者ギルドも対魔獣特別部署を作りだしたのもこの頃だ。
しかし、武器を持ち訓練を重ねようとも単なる人の身では無理があり過ぎた。
魔獣は年々その数を増やし、強さも増していったからだ。
小さな山村は捨てられ里山は寂れ廃れた。
住居や仕事を、家族を失い、その身を野盗に堕とす者も増えた。
国と言わず世界全体が荒廃していく中で、人々はその救いを神に求め、祈りを捧げた。一心不乱に。
そうしてある日、この国の大神官が啓示を受けたのだ。
大災害の日と呼ばれたダンジョンが発生したあの運命の日、その新月の夜に生まれた、銀の髪を持つ少女を探せ、と。
国中と言わず世界中から探しだされたその少女は、王都近郊の街でお針子をして暮らす少女だった。
何故、いきなり王宮に連れてこられたのかも判らないまま、王と謁見させられたイリスは両側を兵士たちに囲まれて、生きた心地がしなかった。
仕事中にいきなり連れてこられたので、指にはまだ刺繍用の指ぬきすら握り込んだままだ。
イリスは行商人をしていた両親を魔獣に殺されて途方に暮れていた所を、忙しく働く両親の邪魔をしないよう一人で時間を潰しつつ、売り物を増やせると覚えた刺繍の腕を買われて、10にも満たない歳から一人で街で生きていた。
幼い手ではそれほどの仕事量がこなせる訳はない。
それでもその丁寧で美しい刺繍は店では人気があり、イリスの手に金は入らなくとも高く売れる商品ではあった為、住み込みで雇って貰えたので寝る場所や食べる事には困らずに済んだ。
それでも、ぜいたくな暮らしができる訳でもなく、温かな親の庇護も失い、友人を作る暇すら与えられずに休みなく毎日刺繍を続けるだけの生活に潤いはなく、そこにあるのは悲しみと、母と父が生きていてくれたらという切ない思いばかりだった。
だから、王様だけではなく謁見室にいた大神官様から「魔獣を退けるため祈りを捧げよ」と言われた時、心からその想いを込めて祈ったのだ。
その時、彼女から発せられた純銀色の輝きは、王宮を突き抜け王都全体を包み込み、ついには不思議な結界と呼べるものとなったのだった。
これは今でも王都を包み込んでいる。
この結界内には、魔獣は一切入り込んでくることはできず、更に魔獣から受けた傷も毒をも消し去り、魔獣との戦いに疲れ切った人々の憂いを晴らしたのだ。
この日から国中を廻り、各地に結界を張り巡らせ、戦いに傷ついた人を癒していく日々が続いた。
ダンジョンが消えることは無かったし、魔獣は相変わらず結界の外には溢れていたけれど、結界に戻りさえできれば怪我も治るということもあって、人々は魔獣のいる暮らしを受け入れだした。
国内に結界を張り終えた後、請われるままに近隣諸国をも周り終わり、ようやく再びこの王都へと戻ってきたのがひと月前だ。
5年もの月日が掛かったけれど、聖女として仕事をやり終えたという満足感がイリスの中で強かった。
この国の貴族たちにも、その思いはあったのだろう。
聖女の仕事は終わったのだ、と。
イリスがこの国を離れていた年月も、一度張られた結界は消えなかったし、人々はこの少し不便な生活を受け入れていた。
だから、今、こうして帰国して、聖女として王侯貴族よりもある意味高位の存在として近隣諸国からすら畏怖され尊敬を受けるようになった平民の女が鼻につくようになった、のだと思う。
華やかな凱旋パレードに凱旋を祝う祝賀会も終わり、王宮の一角に与えられた部屋から毎日神殿へと向かい、神へと祈りを捧げる以外にすることのない生活をしていたイリスは、自分が持て余されていることを感じていたこともあり、お針子としての生活に戻るタイミングを探っていたのだが。
どうやら、思い切るのが遅かったらしい。
その日から、この世界には魔物が溢れるようになり、人々は武器を揃え戦うことを覚えた。
それでも最初の数年は、スライムやゴブリンといったこれといった武器を持たない一般人でも倒せるような低級魔獣ばかりだったのでそれほど大きな問題だとは思われていなかった。
それが年を追うごとに魔獣の種類は増え続け、段々と武器を持っている程度では倒せない、高位魔獣が現れるようになってきたのだ。
魔獣狩りの為に新たな騎士団が編成され、冒険者ギルドも対魔獣特別部署を作りだしたのもこの頃だ。
しかし、武器を持ち訓練を重ねようとも単なる人の身では無理があり過ぎた。
魔獣は年々その数を増やし、強さも増していったからだ。
小さな山村は捨てられ里山は寂れ廃れた。
住居や仕事を、家族を失い、その身を野盗に堕とす者も増えた。
国と言わず世界全体が荒廃していく中で、人々はその救いを神に求め、祈りを捧げた。一心不乱に。
そうしてある日、この国の大神官が啓示を受けたのだ。
大災害の日と呼ばれたダンジョンが発生したあの運命の日、その新月の夜に生まれた、銀の髪を持つ少女を探せ、と。
国中と言わず世界中から探しだされたその少女は、王都近郊の街でお針子をして暮らす少女だった。
何故、いきなり王宮に連れてこられたのかも判らないまま、王と謁見させられたイリスは両側を兵士たちに囲まれて、生きた心地がしなかった。
仕事中にいきなり連れてこられたので、指にはまだ刺繍用の指ぬきすら握り込んだままだ。
イリスは行商人をしていた両親を魔獣に殺されて途方に暮れていた所を、忙しく働く両親の邪魔をしないよう一人で時間を潰しつつ、売り物を増やせると覚えた刺繍の腕を買われて、10にも満たない歳から一人で街で生きていた。
幼い手ではそれほどの仕事量がこなせる訳はない。
それでもその丁寧で美しい刺繍は店では人気があり、イリスの手に金は入らなくとも高く売れる商品ではあった為、住み込みで雇って貰えたので寝る場所や食べる事には困らずに済んだ。
それでも、ぜいたくな暮らしができる訳でもなく、温かな親の庇護も失い、友人を作る暇すら与えられずに休みなく毎日刺繍を続けるだけの生活に潤いはなく、そこにあるのは悲しみと、母と父が生きていてくれたらという切ない思いばかりだった。
だから、王様だけではなく謁見室にいた大神官様から「魔獣を退けるため祈りを捧げよ」と言われた時、心からその想いを込めて祈ったのだ。
その時、彼女から発せられた純銀色の輝きは、王宮を突き抜け王都全体を包み込み、ついには不思議な結界と呼べるものとなったのだった。
これは今でも王都を包み込んでいる。
この結界内には、魔獣は一切入り込んでくることはできず、更に魔獣から受けた傷も毒をも消し去り、魔獣との戦いに疲れ切った人々の憂いを晴らしたのだ。
この日から国中を廻り、各地に結界を張り巡らせ、戦いに傷ついた人を癒していく日々が続いた。
ダンジョンが消えることは無かったし、魔獣は相変わらず結界の外には溢れていたけれど、結界に戻りさえできれば怪我も治るということもあって、人々は魔獣のいる暮らしを受け入れだした。
国内に結界を張り終えた後、請われるままに近隣諸国をも周り終わり、ようやく再びこの王都へと戻ってきたのがひと月前だ。
5年もの月日が掛かったけれど、聖女として仕事をやり終えたという満足感がイリスの中で強かった。
この国の貴族たちにも、その思いはあったのだろう。
聖女の仕事は終わったのだ、と。
イリスがこの国を離れていた年月も、一度張られた結界は消えなかったし、人々はこの少し不便な生活を受け入れていた。
だから、今、こうして帰国して、聖女として王侯貴族よりもある意味高位の存在として近隣諸国からすら畏怖され尊敬を受けるようになった平民の女が鼻につくようになった、のだと思う。
華やかな凱旋パレードに凱旋を祝う祝賀会も終わり、王宮の一角に与えられた部屋から毎日神殿へと向かい、神へと祈りを捧げる以外にすることのない生活をしていたイリスは、自分が持て余されていることを感じていたこともあり、お針子としての生活に戻るタイミングを探っていたのだが。
どうやら、思い切るのが遅かったらしい。
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