俺のご主人様になれ!

秋山龍央

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第1話

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「おめでとう! キミは10年に一度の神通力当選キャンペーンに見事当たりました!
よって私が、キミの人生をもっとも彩るだろうと思われる神通力を付与いたします!」

もしも、もしもそんなことを夢の中で真っ白な福のひげをはやしたおじいさん――神様っぽい人に言われたら、みんなはどうするだろうか?
「夢の中とはいえ、タダでそんなものをくれるなんてあやしい…」とか「なにか善行をつんだわけでもないので、そんな偉大な力は自分にはふさわしくありません。謹んで辞退させて頂きます」って言えることのできた人間は、懸命だ。そういう人達は、そんな神通力とやらがなくても、きっと自分の力で人生楽しんでいけるはずだ。だからそんな夢のことは、目が覚めたらすっかり忘れてかまわない。

――で。

「夢の中なんだから、面白そうだしもらっておこう!」なんて、詳細をよく聞きもしないで簡単に頷くヤツ。
そいつは救いようのないバカだ。

つまり、おれの同類だ。

「ああああ……やっぱり夢じゃないぃ……」
「どうしたんだよ、一ノ瀬。どっか具合悪い?」

教室の机につっぷして呻くおれに、心配げに前の席の委員長が振り返ってくる。
今どき珍しい黒髪のクラスメイトは、線の細いシャープなラインの顔立ちの好青年だ。清潔感のある佇まいと、誰にでも気さくに話しかける人柄はクラスのみんなどころか、上級生のお姉さま方にも人気がある。

そんな人の好いクラスメイトの頭の上に浮かぶ数字――「89」という数字。

「……89回だと、週一くらいか」
「は? なんの話?」
「いや、なんでもないよ」

委員長に大丈夫だと告げると、委員長は訝しげにしつつも前に向き直った。そろそろ授業が始まる時間だしな。

……やっぱり、この数字はおれにしか見えていないらしい。
この数字が見えているのは委員長だけではない。他のクラスメイトの頭の上にも、それぞれ「79」とか「23」とか「108」とか「0」という数字が……「0」!?

0って、ゼロってことだよな!? 
ゼロ!?

慌ててもう一度、ゼロの数字が頭に浮かんでいるクラスメイト――教室の隅に座っているコーンロウヘアスタイルの鮫島くんーーを見る。
ゼ……ゼロなんだ……すげぇ意外だな。

逆に、このクラスで一番数字が多いのはっと……副委員長か。
黒縁メガネに三つ編みの素朴な女子生徒である、副委員長の飯島さんだ。このクラスだと彼女がダントツで「456」だった。
すげぇな。人は見かけによらないというか、なんというか。
あっ! 飯島さんが鮫島くんのところに行った。どうも、先週配った進路希望調査のプリントのことで話をしにいったようだ。鮫島くんはうるさそうにしており、周りのクラスメイトも心配げに飯島さんを見ているが……頭の上の数字の実態を知っていると、「鮫島くん、君に勝ち目はないぞ」と忠告してあげたくなるな……。

……さて。
おれが、おれだけに見えている、人間の頭の上に浮かんでいる数字――これは「その人間の今までのオナニーの回数」の数字なのである。

うん。おれも、自分の気が狂ってるんじゃないかと思ってるよ。
だが、残念ながらおれは正気なんだ。

先日、おれの夢に現れた神様モドキーーそいつがおれに授けた神通力。
そのすごいパワーによる奇跡で、おれは見事、「その人間のエロステータス」を知るスキルを身につけることができたのだ! 

……できたのだ、とかごまかしたけど、ごまかしきれねーよクソが!
神通力じゃなくてこれは呪いの類だろ、どう考えても!

なにが、「キミの人生をもっとも彩るだろうと思われる神通力を付与いたします」だよ、暗黒色で彩られてもどうしようもねぇよ! なんでエロステータス把握能力なのかって神様に聞いてみたら、「え? それが君の精神性で一番向いてるからだよ」って逆に不思議そうな顔で言われたよ!

「今まで神通力を……この場合は神通眼なのかな? 神通眼を与えた子だと、『答案用紙の答えが自動で見える目』とか『人の寿命が見える目』とか、『身体の不調子の部位がわかる目』とか『人の心が色で見える目』とかを授けてきたんだけど、キミはその中でも面白いねぇ。『他者のエロステータスがわかる目』かぁ、へぇ~……まだ若いのに、そんなにこじらせてて大丈夫なの?」

とか、逆に心配されたよ!

だが、不幸中の幸いだったのは、「あっ、あとこの神通力はオートで発動するんだけど、自分の回数は見れないようになってるからね!
それは皆、どの子も一緒だから」って言われたので、咄嗟に、見れないようにできるなら自分の近親者の回数も見れないようにしてくれと頼み、それが聞き入れてもらえたことだな……。自分の家族――姉ちゃんや両親、ばあちゃんのエロステータスや、自慰行為回数なんざ死んでも知りたくない。そんなものを見るぐらいなら窓から飛び降りたほうが百倍マシだ。

「……神通力ねぇ」

そして今朝――、目が覚めたおれは「やけにリアルな夢を見たな」とぼんやり考えつつ身支度をし、家を出たのだが……愕然としたのは、言うまでもない。
通学路ですれ違う人々、校庭で朝練の指導をしている教師、教室に入って挨拶をしたクラスメイト。すべての人々の頭の上に、数字が表示されているのである。

「返品きかねぇとか、マジくそだな……クーリングオフ制度とかないのかよ」

っていうか、なんでなの?
他のヤツらは『答案用紙の答えが自動で見える目』っていう超絶羨ましい神通力とか、『人の寿命が見える目』『人の心が色で見える目』なんていう、中二病らしくて超絶かっこよさげな神通力もらってんだろ?
なんでおれだけエロ方面なんだよ。

「…………」

……とりわけ最悪なのが。おれが見えている数字が、本当にそいつの自慰行為の回数なのかを証明する手立てがまったくないんだよなぁ……。
あの神様モドキいわく、おれがもっとレベルを上げれば自慰行為回数だけでなく、色んなエロステータスを見れるようになるらしいけど。でも、レベルアップなんてどうすればいいっちゅーねんって話だぜ。
まぁつまり、今の問題は、おれだけに見えている皆の頭の上の数字が「本物」なのか、それとも、おれの気が狂ってありもしない妄想が見えているだけなのかを、証明する手段がまったくないってことだ。
先程は、「自分の気が狂っているならどんなにいいか」と言ったが、もしかすると昨日の夢だってすべておれの妄想で、おれはとっくにもう正気を失っている可能性だってある。

おれに見えている数字が「本物」なんだと証明をするには……例えば、おれがある人間の数字を確認してから、そいつに別室に行ってもらい、時間をおいてから戻ってきてもらう。
で、数字が増えていたらそいつに「自慰行為をしたか」どうか聞いてみる。

それでそいつが自慰をしてたら、この目に見えているものが本物だと証明できるだろうが……それと引き換えにおれは社会的信用をすべて失うだろう。
明日から学校に行けなくなるのは明白である。

「――――お前ら、席につけよー」

そんなことを考えていたら、いつの間にか授業の時間になっていたらしい。数学教師の九澄先生が教室の引き戸を開けて入ってきていた。
数学教師の九澄直孝(クズミナオタカ)は、男女問わず人気のある先生だ。明るい茶髪に切れ長の瞳と、均等に筋肉のついた引き締まった体躯は男子生徒から見ても文句なしにカッコいいし、歯に衣着せぬ率直な物言いとノリの良さは女生徒に評判がいい。去年の学園祭の出し物では、何人かの教師たち合同でライブを行っていたが、そこでは数学教師とは思えないほどのドラムパフォーマンスを見せ、会場のボルテージをうなぎのぼりに上げていたのも記憶に新しい。

そんな九澄先生の頭上には「10086」という数字が表示されていた。

「はっ!!!???」

思わず大声を出してしまい、教室中の視線がおれに集中する。
慌てて「すみません、ちょっと窓の外にゴキブリがいて……」というと、一部の女子生徒がぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた。
そんな女子生徒に「静かにしろ、窓を開けなきゃ大丈夫だろ」と苦笑をしつつたしなめる九澄。そして「一ノ瀬も落ち着けよー。じゃ、とっとと授業を始めるぞ」とおれへも軽い注意をすると、対して気に留めた様子はなく、そのまま授業を開始したのだった。

……が、おれはもはや授業どころではなかった。

いや、だって10086って。イチマン超えだぜ?
九澄の年齢はたしか、25、6歳って聞いたことがあるから……毎日やってりゃそうなるかもしれないけど、いや、でも九澄が?

だって、アイツすげぇイケメンで、絶対に女が放っておかないタイプなのに。
オナニーとセックスの気持ちよさはまったく別腹、ってのはエロ雑誌の意見投稿コーナーで見たことがあるけど、でも、それにしたってっていう回数だ。九澄ぐらいのイケメンなら、絶対に彼女がいたはずだ。なら、九澄の年齢で自慰行為が10000超えってのは絶対にありえないと思う。

とすると……やはり、おれの目に見えている数字は、おれの妄想の産物なのか?
やはりおれはすぐに保健室、いやむしろ学校を早退して眼科か精神科へ向かった方がいいのか?

「じゃあ次は……っ、出席番号18番だと、酒田か。じゃあ、この問題やってみよう」

ん?

あれ、おかしいな……。九澄の頭の上の数字が「10087」に変わっている。
先程までは10086だったはずだ。ちょうど先程、九澄が生徒を指名した時――悪寒でも走ったのか、肩をぶるりと震わせて声を一瞬だけ詰まらせた時――数字が変わったのだ。

でも、そんなわけがない。
だって今は授業中の教室で、九澄は壇上に上がってるんだぞ? 自慰行為なんて、九澄はもちろんしていない。

……けれど、よく見れば先程よりも頬がほんのりと赤く色づいて、目元が少し潤んでいるような気もする。今はちょうど酒田くんが指名されて、酒田くんが黒板に板書をしているのでみんなの視線は酒田くんに集中し、誰も九澄の様子には気づいていないようだ。だが、九澄を注意深く見れば、九澄が深呼吸をして息を整えようとしている様子が見て取れた。

「よし、よくできたな酒田。じゃあ皆、この公式はだな……」

酒田くんに爽やかな笑顔を向けると、九澄が次の問題の公式を解説し始める。が、その内容はおれの頭にはさっぱり入ってこない。
九澄が教科書を読み上げる端正な横顔をじっと見つめ、観察する。


……これは、ひょっとすると、ひょっとするのか?
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