手癖の悪い娘を見初めた婚約者「ソレうちの娘じゃないから！」

下女は夜会に参加する

ペリッド侯爵家の夜会の前日、ルワン・ミクソールから手紙が届いた。
乱暴に書きなぐった文章には「エスコートはできない」とだけ綴られていた。

「まぁどうしましょう……欠席をしようにも時間がないわ」
最悪仮病を使うしかないだろうかとオリヴィエは肩を落とす。

そこへ父ジャスティが手紙を奪い取り目を通す。
「身分を弁えぬ小僧だとは思っていたが、ここまで愚かであったか！」

ロックベル家には嫡男がいないために婿養子として選ばれ縁を結んだのだが、ルワンはオリヴィエの容姿が気に入らないと普段から態度が悪かった。
オリヴィエは決して不美人ではないが、ルワンの好みではない。
瓜実顔の美人より可愛く愛嬌ある容貌をルワンが強く求めこだわったのである。

「オリヴィエすまないな、家存続のためにと結んだ婚約だったが間違いだったようだ」
「いいえ、お父様。貴族ではよくあることですわ」

いくら政略結婚とはいえ、最低限の礼というものが必要だ、ルワンにはそれが備わっていない。
「学園での成績が良いからと中身が共わないなら要らん！婚約破棄だ」
「ええ？それでは遺恨が残るのでは？」

オリヴィエもルワンに嫌悪は抱いてはいるが伯爵側に逆恨みされても困ると考えた。
「だいじょうぶだ、毎回ルワン殿の悪態は伯爵の耳に届いている。我が家との繋がり欲しさに破棄を渋ってたいのはあちらなのだ、それにルワンの浮気も発覚しておる」

「まぁ！浮気ですって？」
寝耳に水のことにオリヴィエはショックを隠せない。

下女ミルフィ宛てに届いたドレスを公爵は取り出す。
屋敷内でどう接触したのかルワンはミルフィを公爵令嬢だと勘違いしたのだという。

「尻尾を掴んだ程度だがな、泳がせて決定的な証拠を掴んで破棄を迫るつもりだ」
悪い顔で微笑む父にオリヴィエは苦笑いで返す。

「承知いたしましたわ、お父様。我が家の名誉が関わる事です。完膚なきまでルワンを追い詰めましょう」

その尻尾とやらが我が家に仕える下級メイドと知ったオリヴィエは、貴族としての矜持を潰された怒りに震える。
しかし、ルワンに心がなくなっているオリヴィエは全て父に任せると肩を竦めた。


＊＊＊

夜会当日の夕刻。
何食わぬ顔で公爵邸へ現れたルワンは執事に向かって「ミルフィ嬢を迎えにきた」と大声でいった。
そのような令嬢はいないので執事は困り果てた。

早くしろとせっつくルワンに執事は公爵に伺いをたてる。
「はっはっは！やはり来たか愚か者め、ヤツが所望するのは下女のミルフィだ、かまわん連れていっていやれ」
ルワンを泳がせる計画を執事に伝える公爵、子細を聞き命令された執事はメイドの大部屋へ急いだ。


「ミルフィ！面会人がきている！早く仕度をして夜会へ向かへと公爵はおおせだ！」
それを聞いたミルフィは顔面蒼白で立ち上がる、あの日調子にのった悪行がバレたと怯える。

「も、申し訳ありません！令嬢ではないと弁解したのですが勘違いをされて」
「言い訳はどうでも良い、貴様の役割を伝える。うまく立ち回れ」

ルワンを誘惑して罠にかけろと厳命されたミルフィは狼狽える。
逆らえば平民の小娘などいつでも消されるのだから。成功すれば報酬も出ると聞かされ、前金で金貨３枚を渡されて心が揺らいだ。
それに普段からドレスを勝手に着ていたという後ろめたい気持ちもあったため、ミルフィは従う決意をする。


先日ルワンから届いたというドレスを押し付けられミルフィは急いで着替える。
見苦しくない程度に髪を調えると玄関ホールへ急いだ。

執事も侍女も彼女を冷たい視線で送る。
それを見咎めたルワンは「令嬢になんて無礼な！」とミルフィの身分を勘違いしたまま怒鳴った。

「る、ルワン様！私は気にしません、夜会へ急ぎましょう」
「あぁそうだったな、些か時間を押している。貴様ら帰ったら覚悟しろよ！」
従者達へ威嚇を忘れないバカなルワンは、オリヴィエを出し抜いてやったと上機嫌で馬車へ乗り込んだ。

一緒に乗り込んだミルフィは、着なれない豪奢なドレスと夜会での振る舞いをどうしようかと青くなるばかりだ。
「おや、緊張しているのかい？だいじょうぶさ、ぼくが付いている！」
「はぁ……ダンスはなるべく避けたいのですが」

淑女教育を受けていない哀れな令嬢と思っているルワンは、それもだいじょうぶだと慰めた。
「キミを謗るものがいようとボクが蹴散らし守ってあげるよ！」
ミルフィは相変わらず人の話を聞かない人だと顔を顰めるのだった。