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躍らされたルワン
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煌びやかな夜会会場へ足を踏み入れた下女ミルフィは、今すぐ帰りたいと泣きそうになった。
公爵の指示とはいえ平民の分際で貴族の催しに参加するなど恐れ多い。
もし身分が露見すれば不敬罪で斬られるかもしれないのだ。
「身分詐称……貴族侮辱罪……不敬罪……ああああ」
ミルフィの小さな泣き言は楽団の奏でる音楽にかき消されてしまう。
「さぁミル、侯爵へ挨拶にいこう!そして新な婚約者として紹介してあげる!」
「ええ!?」
とんでもない事を言いだしたルワンに取り乱すミルフィは声が裏返った。
両家の許可も得ず婚約者交換などあり得ない身勝手な暴挙だ、平民のミルフィでさえそれに気が付いている。
お待ちくださいと引き止めるがルワンは高揚した状態にあって聞く耳を持たない。
「心配性だなぁ、俺は公爵になる男だ。格下の侯爵など恐るるに足らん相手さ」
そういうことではないとミルフィは言い募るが耳を貸さず笑い飛ばすルワン。
この男と共に破滅にむかう運命なのかと彼女は青褪める。
時間稼ぎもままならずルワンはミルフィを抱き寄せてペリッド侯爵の前へ出て声をかけた。
「盛大な夜会ですな、ペリッド侯爵」
やや居丈高な口調でルワンは先に挨拶した。
「ほぉ、いつから貴殿は我より格上に昇進したのですかな?伯爵家の三男坊如きが……今時点で爵位もない貴殿は侯爵家当主の我に遠く及ばぬぞ」
地の底から轟くような侯爵の声は、まだ18歳のルワンを震いあがらせるに十分だった。
「あ……いえ……ですが私は未来の公爵に……」
威厳に満ちた初老の御仁は青二才のルワンを睨みつけた。
「ふん、威を借るだけの小僧っ子が生意気なことよ、婚姻が不成立になれば貴様は爵位なしの平民同然ぞ弁えよ」
「ぐ……」
痛い所を突かれたルワンは反論の余地がなく項垂れた。
「ところでオリヴィエ嬢の姿が見えないが?」
話題を変えられてルワンは些か威勢を取り戻して口を開いた。
「私の婚約者はこのミルフィに変わりました!オリヴィエなどと違って心優しく男を立てる淑女です!」
自慢の彼女だと胸を張ってただの下女を紹介する。
公爵家次女だと信じて疑わない彼はドヤ顔でミルフィを御前に出す。
「これが貴様の相手と?本気か?」
「当たり前です!愛のない結婚は望んでおりません!彼女こそが私の唯一です!」
それを聞いた侯爵は大声で笑った。
「なるほど……うむ、しかとその宣言を聞き届けたぞ。婚約と言わずすぐに婚姻を結んだらどうかね?私が見届け保証人になってやろう」
急な申し出に狼狽えるルワンを余所に侯爵は執事を呼ぶ。執事と文官らしい男が待っていたとばかりに進み出る。
文官が持参した文箱には婚姻届けが一枚鎮座していた。
簡易テーブルが設置されルワンの手にペンが握らされる。
「どうした、男に二言はあるまい?」
「え、ええもちろんですとも!我が愛は揺るぎません!」
高らかに宣言してルワンはサインを書き記した。
それからミルフィにペンが渡る、彼女は怯み背後を見たがいつの間にか人の壁が出来ていて逃げ道は絶たれていた。
突然にはじまった余興に賓客が集まっていたのだ。
「ひぃ!そ、そんなぁ!」
「どうしたんだミル、いまここで俺達は夫婦になれるのだぞ?」
早く早くと急かすルワンに抵抗するが、目の前にいる侯爵の威嚇に震えあがってサインをしてしまう。
文官は書類の不備をチェックして「確かに婚姻は成立いたしました」と答えて去って行った。
幸せに満ちた顔のルワンと、生気を失い表情が抜け落ちたミルフィは屯した人々から拍手で祝福されていた。
盛大に轟く拍手の音はしばし収まらなかった。
「では見事夫婦になった若き二人に祝杯を!」
侯爵の声に全員が盃を掲げた、詳細を知らぬ客達はただ酔いに任せ笑い合いダンスに興じた。
「ほら、俺達も踊ろう!」
ルワンは魂が抜けたようなミルフィを振り回し、踊りの輪に加わった。
当然踊れないミルフィはされるがまま動くしかなく、幾度もルワンの足を踏んでは恥を重ねていた。
茶番劇の舞台から下がったペリッド侯爵は、控室で寛いでいたロックベル親子に声をかける。
「これでよろしかったかな?」
「ええ、上々でございますよ、お手数をおかけして申し訳ない」
「いやいや、面白い舞台にあがれて楽しかったですぞハハハハッ」
ロックベル公爵は重そうな袋をササッと侯爵の懐へ忍ばせほくそ笑んだ。
「悪い方ですなぁ、して伯爵側は納得するのですかな?」
「なに、あちらの不義は確定した。再三婚約解消を訴えていた我が家をコケにして、オリヴィエを傷つけ虐げてきたのです文句は言わせませんよ。長年支援してきた我が家を侮ったのだ当然の報いを受けて貰うのみ、溜飲は下がっただろうオリヴィエ」
「ええ、クソブスと罵られた積年の恨みは晴れました、十分ですわ、しかし破棄どころか下女と婚姻させてしまうなんて乱暴では?」
「なに、法務大臣のペリッド殿に平民娘への愛を宣誓し婚姻したのだ。反論の余地はない」
公爵の指示とはいえ平民の分際で貴族の催しに参加するなど恐れ多い。
もし身分が露見すれば不敬罪で斬られるかもしれないのだ。
「身分詐称……貴族侮辱罪……不敬罪……ああああ」
ミルフィの小さな泣き言は楽団の奏でる音楽にかき消されてしまう。
「さぁミル、侯爵へ挨拶にいこう!そして新な婚約者として紹介してあげる!」
「ええ!?」
とんでもない事を言いだしたルワンに取り乱すミルフィは声が裏返った。
両家の許可も得ず婚約者交換などあり得ない身勝手な暴挙だ、平民のミルフィでさえそれに気が付いている。
お待ちくださいと引き止めるがルワンは高揚した状態にあって聞く耳を持たない。
「心配性だなぁ、俺は公爵になる男だ。格下の侯爵など恐るるに足らん相手さ」
そういうことではないとミルフィは言い募るが耳を貸さず笑い飛ばすルワン。
この男と共に破滅にむかう運命なのかと彼女は青褪める。
時間稼ぎもままならずルワンはミルフィを抱き寄せてペリッド侯爵の前へ出て声をかけた。
「盛大な夜会ですな、ペリッド侯爵」
やや居丈高な口調でルワンは先に挨拶した。
「ほぉ、いつから貴殿は我より格上に昇進したのですかな?伯爵家の三男坊如きが……今時点で爵位もない貴殿は侯爵家当主の我に遠く及ばぬぞ」
地の底から轟くような侯爵の声は、まだ18歳のルワンを震いあがらせるに十分だった。
「あ……いえ……ですが私は未来の公爵に……」
威厳に満ちた初老の御仁は青二才のルワンを睨みつけた。
「ふん、威を借るだけの小僧っ子が生意気なことよ、婚姻が不成立になれば貴様は爵位なしの平民同然ぞ弁えよ」
「ぐ……」
痛い所を突かれたルワンは反論の余地がなく項垂れた。
「ところでオリヴィエ嬢の姿が見えないが?」
話題を変えられてルワンは些か威勢を取り戻して口を開いた。
「私の婚約者はこのミルフィに変わりました!オリヴィエなどと違って心優しく男を立てる淑女です!」
自慢の彼女だと胸を張ってただの下女を紹介する。
公爵家次女だと信じて疑わない彼はドヤ顔でミルフィを御前に出す。
「これが貴様の相手と?本気か?」
「当たり前です!愛のない結婚は望んでおりません!彼女こそが私の唯一です!」
それを聞いた侯爵は大声で笑った。
「なるほど……うむ、しかとその宣言を聞き届けたぞ。婚約と言わずすぐに婚姻を結んだらどうかね?私が見届け保証人になってやろう」
急な申し出に狼狽えるルワンを余所に侯爵は執事を呼ぶ。執事と文官らしい男が待っていたとばかりに進み出る。
文官が持参した文箱には婚姻届けが一枚鎮座していた。
簡易テーブルが設置されルワンの手にペンが握らされる。
「どうした、男に二言はあるまい?」
「え、ええもちろんですとも!我が愛は揺るぎません!」
高らかに宣言してルワンはサインを書き記した。
それからミルフィにペンが渡る、彼女は怯み背後を見たがいつの間にか人の壁が出来ていて逃げ道は絶たれていた。
突然にはじまった余興に賓客が集まっていたのだ。
「ひぃ!そ、そんなぁ!」
「どうしたんだミル、いまここで俺達は夫婦になれるのだぞ?」
早く早くと急かすルワンに抵抗するが、目の前にいる侯爵の威嚇に震えあがってサインをしてしまう。
文官は書類の不備をチェックして「確かに婚姻は成立いたしました」と答えて去って行った。
幸せに満ちた顔のルワンと、生気を失い表情が抜け落ちたミルフィは屯した人々から拍手で祝福されていた。
盛大に轟く拍手の音はしばし収まらなかった。
「では見事夫婦になった若き二人に祝杯を!」
侯爵の声に全員が盃を掲げた、詳細を知らぬ客達はただ酔いに任せ笑い合いダンスに興じた。
「ほら、俺達も踊ろう!」
ルワンは魂が抜けたようなミルフィを振り回し、踊りの輪に加わった。
当然踊れないミルフィはされるがまま動くしかなく、幾度もルワンの足を踏んでは恥を重ねていた。
茶番劇の舞台から下がったペリッド侯爵は、控室で寛いでいたロックベル親子に声をかける。
「これでよろしかったかな?」
「ええ、上々でございますよ、お手数をおかけして申し訳ない」
「いやいや、面白い舞台にあがれて楽しかったですぞハハハハッ」
ロックベル公爵は重そうな袋をササッと侯爵の懐へ忍ばせほくそ笑んだ。
「悪い方ですなぁ、して伯爵側は納得するのですかな?」
「なに、あちらの不義は確定した。再三婚約解消を訴えていた我が家をコケにして、オリヴィエを傷つけ虐げてきたのです文句は言わせませんよ。長年支援してきた我が家を侮ったのだ当然の報いを受けて貰うのみ、溜飲は下がっただろうオリヴィエ」
「ええ、クソブスと罵られた積年の恨みは晴れました、十分ですわ、しかし破棄どころか下女と婚姻させてしまうなんて乱暴では?」
「なに、法務大臣のペリッド殿に平民娘への愛を宣誓し婚姻したのだ。反論の余地はない」
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