手癖の悪い娘を見初めた婚約者「ソレうちの娘じゃないから!」

音爽(ネソウ)

文字の大きさ
5 / 8

躍らされたルワン

しおりを挟む
煌びやかな夜会会場へ足を踏み入れた下女ミルフィは、今すぐ帰りたいと泣きそうになった。
公爵の指示とはいえ平民の分際で貴族の催しに参加するなど恐れ多い。
もし身分が露見すれば不敬罪で斬られるかもしれないのだ。


「身分詐称……貴族侮辱罪……不敬罪……ああああ」
ミルフィの小さな泣き言は楽団の奏でる音楽にかき消されてしまう。


「さぁミル、侯爵へ挨拶にいこう!そして新な婚約者として紹介してあげる!」
「ええ!?」
とんでもない事を言いだしたルワンに取り乱すミルフィは声が裏返った。
両家の許可も得ず婚約者交換などあり得ない身勝手な暴挙だ、平民のミルフィでさえそれに気が付いている。

お待ちくださいと引き止めるがルワンは高揚した状態にあって聞く耳を持たない。
「心配性だなぁ、俺は公爵になる男だ。格下の侯爵など恐るるに足らん相手さ」

そういうことではないとミルフィは言い募るが耳を貸さず笑い飛ばすルワン。
この男と共に破滅にむかう運命なのかと彼女は青褪める。


時間稼ぎもままならずルワンはミルフィを抱き寄せてペリッド侯爵の前へ出て声をかけた。
「盛大な夜会ですな、ペリッド侯爵」

やや居丈高な口調でルワンは先に挨拶した。
「ほぉ、いつから貴殿は我より格上に昇進したのですかな?伯爵家の三男坊如きが……今時点で爵位もない貴殿は侯爵家当主の我に遠く及ばぬぞ」

地の底から轟くような侯爵の声は、まだ18歳のルワンを震いあがらせるに十分だった。
「あ……いえ……ですが私は未来の公爵に……」

威厳に満ちた初老の御仁は青二才のルワンを睨みつけた。
「ふん、威を借るだけの小僧っ子が生意気なことよ、婚姻が不成立になれば貴様は爵位なしの平民同然ぞ弁えよ」
「ぐ……」

痛い所を突かれたルワンは反論の余地がなく項垂れた。
「ところでオリヴィエ嬢の姿が見えないが?」
話題を変えられてルワンは些か威勢を取り戻して口を開いた。

「私の婚約者はこのミルフィに変わりました!オリヴィエなどと違って心優しく男を立てる淑女です!」
自慢の彼女だと胸を張ってただの下女を紹介する。
公爵家次女だと信じて疑わない彼はドヤ顔でミルフィを御前に出す。

「これが貴様の相手と?本気か?」
「当たり前です!愛のない結婚は望んでおりません!彼女こそが私の唯一です!」

それを聞いた侯爵は大声で笑った。
「なるほど……うむ、しかとその宣言を聞き届けたぞ。婚約と言わずすぐに婚姻を結んだらどうかね?私が見届け保証人になってやろう」

急な申し出に狼狽えるルワンを余所に侯爵は執事を呼ぶ。執事と文官らしい男が待っていたとばかりに進み出る。
文官が持参した文箱には婚姻届けが一枚鎮座していた。

簡易テーブルが設置されルワンの手にペンが握らされる。
「どうした、男に二言はあるまい?」
「え、ええもちろんですとも!我が愛は揺るぎません!」

高らかに宣言してルワンはサインを書き記した。
それからミルフィにペンが渡る、彼女は怯み背後を見たがいつの間にか人の壁が出来ていて逃げ道は絶たれていた。
突然にはじまった余興に賓客が集まっていたのだ。

「ひぃ!そ、そんなぁ!」
「どうしたんだミル、いまここで俺達は夫婦になれるのだぞ?」

早く早くと急かすルワンに抵抗するが、目の前にいる侯爵の威嚇に震えあがってサインをしてしまう。
文官は書類の不備をチェックして「確かに婚姻は成立いたしました」と答えて去って行った。

幸せに満ちた顔のルワンと、生気を失い表情が抜け落ちたミルフィは屯した人々から拍手で祝福されていた。
盛大に轟く拍手の音はしばし収まらなかった。


「では見事夫婦になった若き二人に祝杯を!」
侯爵の声に全員が盃を掲げた、詳細を知らぬ客達はただ酔いに任せ笑い合いダンスに興じた。

「ほら、俺達も踊ろう!」
ルワンは魂が抜けたようなミルフィを振り回し、踊りの輪に加わった。
当然踊れないミルフィはされるがまま動くしかなく、幾度もルワンの足を踏んでは恥を重ねていた。



茶番劇の舞台から下がったペリッド侯爵は、控室で寛いでいたロックベル親子に声をかける。
「これでよろしかったかな?」
「ええ、上々でございますよ、お手数をおかけして申し訳ない」
「いやいや、面白い舞台にあがれて楽しかったですぞハハハハッ」

ロックベル公爵は重そうな袋をササッと侯爵の懐へ忍ばせほくそ笑んだ。
「悪い方ですなぁ、して伯爵側は納得するのですかな?」
「なに、あちらの不義は確定した。再三婚約解消を訴えていた我が家をコケにして、オリヴィエを傷つけ虐げてきたのです文句は言わせませんよ。長年支援してきた我が家を侮ったのだ当然の報いを受けて貰うのみ、溜飲は下がっただろうオリヴィエ」

「ええ、クソブスと罵られた積年の恨みは晴れました、十分ですわ、しかし破棄どころか下女と婚姻させてしまうなんて乱暴では?」

「なに、法務大臣のペリッド殿に平民娘への愛を宣誓し婚姻したのだ。反論の余地はない」




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたに婚約破棄されてから、幸運なことばかりです。本当に不思議ですね。

香木陽灯
恋愛
「今まではお前が一番美人だと思っていたけれど、もっと美人な女がいたんだ。だからお前はもういらない。婚約は破棄しておくから」 ヘンリー様にそう言われたのが、つい昨日のことのように思い出されます。別に思い出したくもないのですが、彼が我が家に押しかけてきたせいで思い出してしまいました。 婚約破棄されたのは半年も前ですのに、我が家に一体何の用があるのでしょうか。 「なんでお前なんかが……この数ヶ月の出来事は全て偶然なのか?どうしてお前ばかり良い目にあうんだ!」 「本当に不思議ですねー。あなたに婚約を破棄されてから、良いことばかり起きるんですの。ご存じの通り、我が領地は急激な発展を遂げ、私にも素敵な婚約話が来たのです。とてもありがたいですわ」 子爵令嬢のローラ・フィンレーは、第三王子のヘンリーに婚約を破棄されて以来、幸運なことばかり起きていた。 そして彼女が幸運になればなるほど、ヘンリーは追い詰められていくのだった。

悪役令嬢に相応しいエンディング

無色
恋愛
 月の光のように美しく気高い、公爵令嬢ルナティア=ミューラー。  ある日彼女は卒業パーティーで、王子アイベックに国外追放を告げられる。  さらには平民上がりの令嬢ナージャと婚約を宣言した。  ナージャはルナティアの悪い評判をアイベックに吹聴し、彼女を貶めたのだ。  だが彼らは愚かにも知らなかった。  ルナティアには、ミューラー家には、貴族の令嬢たちしか知らない裏の顔があるということを。  そして、待ち受けるエンディングを。

最難関の婚約破棄

灯倉日鈴(合歓鈴)
恋愛
婚約破棄を言い渡した伯爵令息の詰んでる未来。

婚約破棄で見限られたもの

志位斗 茂家波
恋愛
‥‥‥ミアス・フォン・レーラ侯爵令嬢は、パスタリアン王国の王子から婚約破棄を言い渡され、ありもしない冤罪を言われ、彼女は国外へ追放されてしまう。 すでにその国を見限っていた彼女は、これ幸いとばかりに別の国でやりたかったことを始めるのだが‥‥‥ よくある婚約破棄ざまぁもの?思い付きと勢いだけでなぜか出来上がってしまった。

だってわたくし、悪役令嬢だもの

歩芽川ゆい
恋愛
 ある日、グラティオーソ侯爵家のラピダメンテ令嬢は、部屋で仕事中にいきなり婚約者の伯爵令息とその腕にしがみつく男爵令嬢の来襲にあった。    そしていきなり婚約破棄を言い渡される。 「お前のような悪役令嬢との婚約を破棄する」と。

婚約破棄されたけど、今さら泣かれても遅いですわ?

ほーみ
恋愛
「リリアナ・アーデル。君との婚約は――今日をもって破棄する」  舞踏会の真ん中で、王太子エドガー殿下がそう宣言した瞬間、ざわりと会場中の空気が揺れた。  煌びやかなシャンデリアの下、無数の視線がわたくしに集まる。嘲笑、同情、好奇心。  どれも、わたくしがこれまで何度も浴びてきた視線だ。  けれど、今日は違う。  今日、ようやく――この茶番から解放される。 「理由をお聞かせいただけますか、殿下?」  わたくしは冷静に問い返す。胸の奥では、鼓動が少しだけ早まっていた。

殿下は私を追放して男爵家の庶子をお妃にするそうです……正気で言ってます?

重田いの
恋愛
ベアトリーチェは男爵庶子と結婚したいトンマーゾ殿下に婚約破棄されるが、当然、そんな暴挙を貴族社会が許すわけないのだった。 気軽に読める短編です。 流産描写があるので気をつけてください。

地味だからいらないと婚約者を捨てた友人。だけど私と付き合いだしてから素敵な男性になると今更返せと言ってきました。ええ、返すつもりはありません

亜綺羅もも
恋愛
エリーゼ・ルンフォルムにはカリーナ・エドレインという友人がいた。 そしてカリーナには、エリック・カーマインという婚約者がいた。 カリーナはエリックが地味で根暗なのが気に入らないらしく、愚痴をこぼす毎日。 そんなある日のこと、カリーナはセシル・ボルボックスという男性を連れて来て、エリックとの婚約を解消してしまう。 落ち込むエリックであったが、エリーゼの優しさに包まれ、そして彼女に好意を抱き素敵な男性に変身していく。 カリーナは変わったエリックを見て、よりを戻してあげるなどと言い出したのだが、エリックの答えはノーだった。

処理中です...