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秘密の取引

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「殿下、これは!ここに書かれた人物の身分を買い取るという意味で間違いないのでしょうか?」
「ああ、そうだ。悪い取引ではあるまい?疲弊した貴国を融資名目で割に合わぬ条約をアギレエ公国に迫られていると聞いている。私はそれを阻止するだけの力がある」
「う、確かに我が国はアギレエに借金がありまして……、そうですか知っておられたのか」
王は急に身体を脱力したように椅子の上で仰け反り高い天井を睨みつけた。そしてややあってから姿勢を戻すと皇太子と向き直る。

「この書面にサインしたら我が国は民たちは救われるのですな!信じて良いのですな!」
「ああ、多くの民が路頭に迷うなどという悲しい歴史は作らずに済むはずだ。任せて戴きたい」
その力強い言葉を聞いた王は男泣きして何度も礼の言葉を述べるのだった。



「主、先ほどの取引は一体なんですか?公式記録として書き取るなという命令も承服しかねます」
宴席の場で王と交わした密約らしきを見咎めたミリアムはかなり怒っていた。怒りのままに皇太子の後を付いてきた彼女は寝室にまで入ってしまったことに気がついていない。

「なんだ、異国は寂しくて添い寝でもしたいのか?お前は枕が変わると眠れないものな」
「んな!?そんなわけが」
皇太子に揶揄われるまで気が付かなかった彼女は顔を赤らめて「しまった」と狼狽する。
「どうする?私はかまわんぞ、拾ったばかりの頃は良く一緒に寝たものな」
彼は寝具に身を沈めると狼狽えているミリアムをニヤニヤと笑って眺めている。その手は「こちらへこい」と招き揶揄っていた。
「主!私はもう17歳です、子供扱いは止めてください!」
「チッ、つまらんヤツめ。たまには悪乗りに付き合え、ほらおいで?」
「主!」

ミリアムは熟れたトマトのように顔を染めて抗議する、いい加減押し問答が面倒になったガルディオは「子細は帰国してから話す」と言って彼女を部屋から追い出した。


「くっく、まったくムキになって、何がもう子供じゃないだ」
出会った頃の幼さを彼女の怒った顔にみつけた彼は懐かしそうに瞑ると瞼裏に思い出を見るのだった。



翌日、朝早くに帰国する事にしたサルベルドの一行は、ロマデ王とその家族に総出で見送りされて転移の旅に消えた。
「お父様、あの方に大恩ができてしまいましたね」ロマデの王女が手を組み感謝の意を表す。
「うむ、帝国の皇太子はなんと懐が大きいことか。余は生涯頭が上がらぬ」

***

帝国に戻ったミリアムは銀の鏡台の前に座り、それに映る得体の知れない女の顔と対峙しているところだ。
青銀のカツラを被り白粉を塗りたくって紅を引いたその顔は「誰だ」と問いただしたいと彼女は怒り、額に血管を浮かべる。
「帰国して早々に何ですかこれは?気色悪い」
「ミリー、そこは”これがワタシ!?”と頬を赤らめる場面だと思うぞ」
「そんなことほざくのは頭の緩い女にでも任せておけば良いと思います」

その返答を聞いたガルディオは腹を抱えて大笑いした、いまのミリアムの姿は何処から見ても美しい女性にょしょうである、普段の男勝りな片鱗はどこぞへ消滅していた。
「紅とはベタベタで気持ち悪いのですね、避けてきて正解です」
「そうか、では今後はもっと質の良いものを厳選して取り寄せよう私のミリー」
「はあ!?」

素っ頓狂な声を上げたミリアムに「シーッ」と口元に指を添えて窘める王太子は実に愉快そうだ。いつもどこか巫山戯ている彼ではあるが、それがいつもの万倍悪化させて狡猾さを綯交ぜにしている。
「キミは今日からロマデの王女ユーリアだ、肝に銘じろそのように振る舞え。主としての命令だ」
「命令……致し方ありません、我が真名は封印します。ですが理由をお聞かせ願いたい」
彼女の問に待ってましたとばかりに口を弧にする王太子は計画を吐露するのだった。


「なるほど……やっと理解しました、はぁ巫山戯た方とは思っていましたが」
ミリアムは、悪戯が成功して小躍りする少年のような主の顔を見上げて肩を竦ませる。
「興亡の危機に瀕した国の王女に仕立て上げるとは中々なアイディアだろう?謀反を起こしそうな輩を炙り出すための餌食になって貰うわけだが、異論は?」
「……主、なんて意地悪な質問なのでしょう。御身を護る盾となる命令を拒否できようがありません」
「ふ、良い答えだ。存分に働け」
「御意」

ロマデの王女に扮したミリアムはこうして偽婚約者に仕立て上げられたのだ。
「ところで主、カツラがとても痒いのですが、改善を求めます。披露宴の席でバリボリ掻き毟りたくなりそうです」
「……うむ、善処しよう」

こうして仮初の婚約者として化けたミリアムは、淑女教育を受ける苦難の日々を送る羽目に陥るのだった。



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