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それぞれの向かう道
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ハナは調書を取るために十日ほど拘留された。一旦自由になった彼女だったが罪歴持ちになった上に借金を背負う羽目になった。諦めきれない彼女はクリスを町中探すが見つからない。見捨てられたと漸く認めたハナは滂沱に涙を流して安アパートへ帰る。
彼女は領主であるロザーナへの賠償金を支払う為に昼夜問わず働くしか術がない。ハナは絶望はしたが「領民である彼女を貧困で死なせるのも寝覚めが悪い」とロザーナは特赦をかけて月々の返済額は最小限に留めた。
決して賠償金を減額されたわけではないが、ハナの家族は日々の暮らしに困窮することは免れた。
一方、クリスは店をクビにされて実家の男爵家を頼ったが煙たがれた。ロザーナを怒らせて婚約破棄され出戻ったのだから当然である。身の置き場がなく針の筵だったが寄生する他に生きる術がない。
婚姻相手が見つからないまま時が過ぎて、クリスは三十路前になっていた。さすがに童顔であっても見目は劣化していた。新しく当主となった長男はいつまでも燻ぶっている弟に出ていけと僅かな金子を持たせて追い出した。
「に、兄さん!俺に死ねというのか!あんまりだ」
「喧しい、時間は十分過ぎるほどあっただろうが、父上の助言も聞かず将来の為の勉学もしてなかった。お前の世話などする義理も義務もないのだ」
「そんな!待って、待ってよ!下男でもなんでもするからここに置いて!頼むよ後生だよ!」
だが、懇願は届かず彼は屋敷を追い出された。
学もなくコネ無しのクリスが辿り着いたのは産廃業社の下働きだった。体力のない彼は悲鳴を上げたが誰も助けやしない。次々と運ばれる廃棄物はどんどんと容赦なく積まれて山を高くする。
「うぅ、足腰が痛い。グスン……どうして貴族子息のボクがこんな目に……」
「ほらそこ!さっさとしねぇか!崩れてきてんだろうが!」
「は、はいぃ!ごめんなさい!」
クリスは涙を拭う暇も与えられず馬車馬のように働くのだ。
―更に数年後。
苦い過去をすっかり忘れたロザーナは新店立ち上げに奔走していて、物件の下見をしている。傍らには実直そうな青年が寄り添うように立っていた。あれから彼女は良き伴侶を得たようだ。
「ねえ、エド。ここの立地をどう思って?」
「そうだなぁ、商店街から離れていて静かだが人通りはまばらで収益は望めないな」
「あらそう、残念」
そんな実業家夫婦が歩く反対側の歩道に賑やかに買い物する家族の姿があった。
「ちゃんと荷物を持ってよね、へなちょこなんだから」
「わ、わかっているさ……あぁ!こらリゼとマイキ!車道の方は駄目だ危ないだろう!」
芋を大量に買い込んだらしく麻袋を担ぐ夫はちょろちょろと走り回る子供らを叱りつけていた。妻の方は腹が大きく「腰が痛い」と愚痴りながら先頭を歩いていた。
微笑ましいなとその家族を遠目で見るロザーナは、まだ子を成せてない。羨ましそうに見ている妻を「私達にも天使は来るよ」と夫のエドが微笑む。結婚してまだ数カ月、彼女らはこれからなのだ。
「そうね、焦っても仕方ない事だわ」気を取り直した彼女はフワリと微笑みを返す。
交差することのない二組の夫婦は別々の道を行く、かつて恋人と呼んでいた男が家族を作り街を闊歩していたとは気づきもせずに。
「ほらぁ、クリスったら!芋が飛び出そうよ」
「あ、ごめん。ハナ!」
完
彼女は領主であるロザーナへの賠償金を支払う為に昼夜問わず働くしか術がない。ハナは絶望はしたが「領民である彼女を貧困で死なせるのも寝覚めが悪い」とロザーナは特赦をかけて月々の返済額は最小限に留めた。
決して賠償金を減額されたわけではないが、ハナの家族は日々の暮らしに困窮することは免れた。
一方、クリスは店をクビにされて実家の男爵家を頼ったが煙たがれた。ロザーナを怒らせて婚約破棄され出戻ったのだから当然である。身の置き場がなく針の筵だったが寄生する他に生きる術がない。
婚姻相手が見つからないまま時が過ぎて、クリスは三十路前になっていた。さすがに童顔であっても見目は劣化していた。新しく当主となった長男はいつまでも燻ぶっている弟に出ていけと僅かな金子を持たせて追い出した。
「に、兄さん!俺に死ねというのか!あんまりだ」
「喧しい、時間は十分過ぎるほどあっただろうが、父上の助言も聞かず将来の為の勉学もしてなかった。お前の世話などする義理も義務もないのだ」
「そんな!待って、待ってよ!下男でもなんでもするからここに置いて!頼むよ後生だよ!」
だが、懇願は届かず彼は屋敷を追い出された。
学もなくコネ無しのクリスが辿り着いたのは産廃業社の下働きだった。体力のない彼は悲鳴を上げたが誰も助けやしない。次々と運ばれる廃棄物はどんどんと容赦なく積まれて山を高くする。
「うぅ、足腰が痛い。グスン……どうして貴族子息のボクがこんな目に……」
「ほらそこ!さっさとしねぇか!崩れてきてんだろうが!」
「は、はいぃ!ごめんなさい!」
クリスは涙を拭う暇も与えられず馬車馬のように働くのだ。
―更に数年後。
苦い過去をすっかり忘れたロザーナは新店立ち上げに奔走していて、物件の下見をしている。傍らには実直そうな青年が寄り添うように立っていた。あれから彼女は良き伴侶を得たようだ。
「ねえ、エド。ここの立地をどう思って?」
「そうだなぁ、商店街から離れていて静かだが人通りはまばらで収益は望めないな」
「あらそう、残念」
そんな実業家夫婦が歩く反対側の歩道に賑やかに買い物する家族の姿があった。
「ちゃんと荷物を持ってよね、へなちょこなんだから」
「わ、わかっているさ……あぁ!こらリゼとマイキ!車道の方は駄目だ危ないだろう!」
芋を大量に買い込んだらしく麻袋を担ぐ夫はちょろちょろと走り回る子供らを叱りつけていた。妻の方は腹が大きく「腰が痛い」と愚痴りながら先頭を歩いていた。
微笑ましいなとその家族を遠目で見るロザーナは、まだ子を成せてない。羨ましそうに見ている妻を「私達にも天使は来るよ」と夫のエドが微笑む。結婚してまだ数カ月、彼女らはこれからなのだ。
「そうね、焦っても仕方ない事だわ」気を取り直した彼女はフワリと微笑みを返す。
交差することのない二組の夫婦は別々の道を行く、かつて恋人と呼んでいた男が家族を作り街を闊歩していたとは気づきもせずに。
「ほらぁ、クリスったら!芋が飛び出そうよ」
「あ、ごめん。ハナ!」
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