悪役令嬢はデブ専だった

嶋紀之/サークル「黒薔薇。」

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婚約者・シャルル王子

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 僕は正直、自分の婚約者が苦手だ。親同士が決めた、いわゆる政略結婚の相手のヴァネッサ嬢のことだ。
 気の強そうな紅色のツリ目も、雪原のような白銀の髪も、プロポーションの良い肉体も、きっと誰もが美少女だと認める美貌なのだけれど……その心根はあまりにも幼すぎる。
 しょせん政略結婚でしかないのに、僕に勝手に夢を見て恋人のような振る舞いを求めてくる。本当の僕を知ろうともしないで、勝手に、理想の王子様であることを押し付けてくる。美貌と家柄にあぐらをかいた、典型的なワガママ令嬢なのだと思っていた。

 だから、今日無理矢理セッティングされたお茶会も、本当は逃げ出したいくらいだったけど……僕はそれを許される立場じゃない。
 僕の人生は全て父上と母上と、それから国の重鎮たちにより決められていて、王となる僕に自由などない。ヴァネッサ嬢の家は最近力をつけ始めており、放置するよりも、王家に抱え込んだほうがメリットが多いのだと大人たちが判断した。だから僕はそれに従うまでだと――ワガママ令嬢の夢見がちな茶番に付き合ってやればいい、と、そう思っていたのだけれど。

「わたくし、シャルル様の婚約者には相応しくないと思うのです」
「……なんだって?」
「わたくしには秘密がございます。きっと多くの方は眉をひそめるような……けれど、わたくしからすれば絶対に譲れない、そういった信念があるのです。本日はそれをお伝えしたくて……もしも、シャルル様がわたくしを王家に相応しくないと思えば早々に切り捨てていただきたくて、こうして謁見をお願い申し上げましたの」

 いやにしおらしい態度で、彼女は切り出した。
 正直、このワガママ令嬢に『自分が王家に相応しいか否か』なんて考えるだけの理性があると知っただけでもとても驚いたし、ちょっとだけ見直した。元の評価が低すぎるだけ、とも言う。

「へえ、珍しいね。君がそんなに弱気だなんて。僕は君を嫌ったりしないさ。だから……話してごらん?」
「シャルル様……。その、わたくしは……」
 まあでも、しおらしい態度も僕の気を引くためかもしれないので、雑な王子様の芝居はそのままに問いかける。

 ヴァネッサ嬢はぎゅっと拳を握りしめ、一瞬、怯えたように視線を惑わせた後、意を決した様子で僕を見て口を開いた。
「わたくしは……体重3桁台の殿方でないと興奮できない筋金入りのデブ専なのですわ」
「……は?」
「わたくしっ、ふくよかな殿方にしか興味ありませんの……! ムチムチふわふわのおデブさんのお腹をこれでもかと揉みしだきたくてたまりませんし、デブ男子のデカケツに顔面騎乗されて窒息死するのが夢なんですの……!!」
「えっ? は? なんて??」
「でもっ、でも、それでも……!! 全然おっぱいもお腹もガリガリでヒョロ長い細マッチョ体型でも! シャルル様のことだけは! 本気でお慕いしていて……好きに、なってしまって……!!」

 ――今、このご令嬢はなんと言った?
 どう考えても令嬢の口から聞こえてはいけないような下品な言葉が聞こえた気がしたんだが。っていうかどさくさ紛れに僕貶された? ヒョロ長いって何?

 呆然としてしまう僕をよそに、勢いづいてヴァネッサ嬢は喋り続ける。
「わたくしは卑しい娘なのです……! シャルル様がムチムチぷよぷよのおデブさんになったらもっともっと魅力的なのになんて妄想してしまう不敬極まりない女なのです……!」
 待ってくれ僕のこともその性癖に巻き込むのか? 太ったほうがいいとか人生ではじめて言われたんだが??

「童顔のようでいて意外とセクシーな顔立ちですしデブショタの魅力とアダルトデブの魅力のいいとこ取りになってぜってえドエロいことになるとか考えてしまう女なのです!!」

 いや不敬。不敬極まりないわ。内容云々はさておき王族を目の前にして『ドエロいことになる』じゃないんだわ。妄想を垂れ流すな。

「どうか、わたくしが余計な希望を抱く前に、早々にお捨てになってくださいませ。……こんなややマイナー寄りの性癖で、シャルル様の婚約者は務まりませんわ……」
 しかも『ややマイナー寄り』って言った。自分の性癖に自信ありすぎだろ。いやふくよかな男が好きなのは別にそういう好みのヤツもいるよなって感じだけど『デカケツで窒息死したい』は紛うことなくマイナー性癖だ馬鹿野郎。

 ツッコミどころが多すぎて王子様演技を忘れそうになるんだが……いや落ち着け、平常心、平常心……。
「……ええと、あの、その。言いたいことは色々あるんだが……その。君は、太っている男が好きなのか?」
「……はい」
「僕は見ての通り君の好みとは真逆なんだが、それでも?」
「それでも、好きですわ……。でもせめてあと3……いえ40キロ……本音を言えば体重3桁台になるまで増量なさったらもっともっとセクシー&キュートになると思いますわ……」
「しおらしいようで図々しいなぁ!?」
「だ、だって本当のことですもの!! シャルル様に嘘はつけませんし性癖を偽るわけにもいきませんわ!!」
「君の性癖へのプライドはなんなんだ!?」

 思わず声を荒上げてツッコんでしまったが、ここまでデブに執着を見せる彼女が、彼女いわく『ヒョロ長い』僕を慕っているのはなんというか……不思議な気持ちだな。
 彼女の表情に嘘は見えない。本気でデブ男子に性的興奮を抱いているし、本気で、僕に恋慕を抱いているようだ。
 矛盾しているようだけど、恋心とはどんな理屈も捻じ曲げてしまう病だと噂に聞いた。

 てっきり、彼女も僕の容姿や王子としての地位を目当てに擦り寄ってきているだけだと思っていたけれど、僕は彼女の好みのタイプではないみたいだし……。恋に落ちたというのも本当なのかもしれない。

「……変態女とお思いになりまして?」
「いや……性癖は自由だと思うけどそれをこんな恥じらいもなく話すのはちょっと引いたかな……」
「恥らってますわよ!? やけくそなだけですわ!!」
「ええ……」

 滅茶苦茶な女だと思った。でも、ほんの少しだけ興味深いとも感じていた。彼女をありふれたワガママ令嬢だと決めつけ、その内面に向き合おうとしてこなかったことに、申し訳なさすら感じていた。
 僕は恋という感情を知らないから、彼女の思いに答えることはできない。けれど、令嬢らしくないと自覚していながら自分の信念を貫く彼女とならば、少なくとも上っ面だけの付き合いではなくて――本音を晒せる友人くらいにはなれるかもしれないと思ってしまったのだ。

 王子である僕を前にして、包み隠さない本心でぶつかってくる女性がいるなんて、思ってもみないことだったから。

「……君の気持ちはわかった。でも、僕らの婚約は大人たちが決めたことだ。僕や君の感情だけでどうこうできるものではないよ」
「え? シャルル様ご自身のことですのに……?」
「王とは国を統治するための機構だ。ましてや僕は、大人たちの権力闘争に使われるだけのお飾りだよ。婚姻相手どころか、世継ぎを作るタイミングさえ自分じゃ選べない」
「嘘ォ!? 王子様でしたら女なんて選り取り見取り、酒池肉林のハーレムでウハウハ、チ○ポの乾く暇もないみたいなアレではございませんの!?」
「さっきから不敬すぎないか君!? あとなんなんだその語彙は!! 酒場の飲んだくれたオッサンか!? 令嬢がどこで覚えたんだそんな言葉!?」
「あっ、えっと前世……じゃなくて書物で読みましてよ!!」
「なにを堂々と開き直ってるんだ!?」
 話せば話すほどにツッコミ所が増えていく彼女に、いつしか苦手意識が薄れてしまっていた。あまりにも令嬢らしからぬ態度に、毒気を抜かれてしまったのかもしれない。

 まあ、貴族らしからぬ幼さというか素直さはたしかにあるが、アホすぎて怒りや嫌悪の対象にもならないというか……。
 そもそも彼女はアホだが、一応、僕の王族としての立場を案じるだけの知性があり、自分の性癖を大っぴらにしては醜聞を招くだろうと判断できる程度には己を客観視できている。愚かではない、信用しても大丈夫なタイプのアホのようだ。

 思わず呆れ笑いを浮かべてしまった僕に、不思議そうな声で、ヴァネッサ嬢は尋ねる。
「……無礼を承知でお聞きいたしますわ。シャルル様は、その……、自由が欲しいとは思いませんの」
「まあ……思わなくはないけど。僕がこの責務を投げ出せば、弟たちが代わりになるだけだ。でも、アイツらには僕と違って夢や目標がある。生きたい人生がある。これは王家の長兄に生まれた僕の役目だし、投げ出してまでやりたいこともないし。僕がやるのが、一番ちょうどいいんだよ」
「そんな……」

 僕を哀れんでいる――いや、この顔は純粋に悲しんでいるのか。僕自身も諦めている、この身の不自由さを知って、まるで自分のことのように悲しんでいる。僕のことなんか全然タイプじゃないらしいのに、変な娘だな……。良いヤツっていうのはこういうのを言うんだろうか。アホだけど。

 なんとなく、彼女にしんみりした顔をさせるのは癪にさわった。だから、言う必要なんかない秘密を打ち明けてやろうかという気になった。
 それに、心の伴わない政略結婚の相手でも、これから長い付き合いになる人間相手に一方的に秘密を暴露させているってのは、僕の心のおさまりも悪い。
「そんな顔するなよ。べつに、僕だってまったく不自由ってわけでもないんだぜ? 君にだけ秘密を喋らせるのは不公平だから言うけど……、僕は、時々こっそり城を抜け出して街へ行ってる。そして、下町の居酒屋で荒くれた連中の喧騒に身を置いて、酒と飯を食うのが趣味なんだ。……王子様らしくないだろ?」

 だいたい、この秘密を知った人間はイヤそうな顔をする。王子らしくないから改めろとか、粗野な平民と付き合うのは良くないとか、そういった忠告をしてくるわけだ。
 さっきから振り回されてばかりだったし、少しは驚かせてやっただろうかとヴァネッサ嬢の顔を見れば、案の定、目をまん丸にして驚愕している。

「そんなの……、はじめて、知りましたわ」
「君が惚れた、王子様らしい僕っていうのは全部ハリボテの芝居だぜ。中身は空っぽで、自由を求めて不良ぶりたくてもツッパる理由もないから猿真似になる。ホントの僕はそういう男だ」
 だから僕に恋なんかしなくていい、君好みの愛人くらい用意してやる――と、そう続けようとしたのに。ヴァネッサ嬢は不意に微笑みを見せる。

「……でも、わたくしに向けてくださった優しさは、本物ですのね」
「え?」
「だって! 不敬極まりないわたくしとお喋りを続けてくださって、秘密まで教えてくださいましたわ。やっぱりわたくし、シャルル様は素敵な殿方だと思いますの。……あっ、もちろん、フラれてしまったからには、潔く諦めようと思いますけれど……!」
 あたふたと慌てる彼女を前に、なんだか、妙に嬉しいような気持ちになっていた。……いやいや、我ながらチョロすぎないか? いくら、素を見せても幻滅されなかったのが初めてだからって、なんでこんなに興味が湧いているんだ。

 気付けば僕の口は勝手に動いて、当初考えていたのと真逆の言葉を告げていた。
「……別に、諦める必要はないだろ。僕の気持ちはどうあれ、君と僕が婚約者なのは変わらないし。正直、今は君が婚約者で良かったかもとも思っている。恋愛感情はよくわからないけど……君となら、友人になれそうな気がしてるんだ」
 おかしい、僕はなんでこんなことを言ってるんだ。たかだか政略結婚の相手に、結婚したってどうせお互い仮面夫婦になることがわかりきっている相手に、なにを馬鹿正直に話しちまってるんだ。

 僕は彼女好みのデブでもないし、彼女が惚れたような理想の王子様でもない。妙な期待をさせるよりも、割り切らせて、新しい恋でもさせてやるべきだと思うのに――他の男に奪われたくない、なんて。なんで、そんなことを思ったんだろう。

「……お友達、ですか?」
「ああ。下町の居酒屋に出入りしてるなんて聞いて、呆れなかったのは君くらいだぜ」
「それのどこに呆れる要素がありますの? むしろ親近感がわきましたわ。完璧に見えたシャルル様にも、人間らしいところがあったのだな……なんて」

 向けられた微笑みには裏がなく、嘲りの意図も感じられない。いい意味で貴族らしくない素直さは好ましい。表面上だけ見ていれば幼く稚拙な、世間知らずの我儘娘のようにも見えるだろうが――話してみないとわからないこともあるものだな。

「……君は本当、優しいヤツだな」
「そう思うのは、きっと、シャルル様がお優しいからですわよ」
 ふわりと笑った表情に、目を奪われそうになる。……なるほど、たしかに美少女だ。しかも心根も清らで――いや『デカケツで窒息死』とかいう特殊性癖を堂々と語るのはちょっとどうかと思うけど――とにかく好感の持てる性格をしている。
 恋を知らない――きっとこれから知ることもなく生きていく僕でも、彼女となら、悪くない婚姻関係を築いていけるんじゃないかという予感があった。

 ヴァネッサ嬢とは、親から押し付けられただけの婚約者ではなくて、僕の意思で選んだ同盟者になりたい。そんなことを思ってしまったのは、多分、気の迷いだけではないはずだ。

「正直、君の気持ちに応えられるかどうかは、まだわからない。狡いことを言ってる自覚はある。でも……どうせ、僕らの意思ではどうにもならない婚約だ。これからの人生を共に歩む君と、親しくなれたら嬉しいとも思ってる。必要ならば、君の性癖にもできる限り寄り添うつもりだ。……だから、まずは友人から、はじめてほしい」

 こっ恥ずかしさを堪えて告げた、王子様としてではない、ありのままの僕としての告白に、ヴァネッサ嬢は目を輝かせて――。

「な……っ!? えっ!? マジですの!? シャルル様がムチふわマシュマロボディに肉体改造を……!? いけませんわいけませんわ! そんなの妄想だけでも刺激が強すぎますのに……うへへへへ……♡♡」

 あっ違うわこれ。目を輝かせるっていうかむしろ瞳が欲望に曇りまくってるやつだコレ。
 もうなんなんだよこの女!? 一瞬いい雰囲気になってたのにブチ壊しやがった……!! いや僕もなんでコレ相手にいい雰囲気出しちゃったんだろうなぁ!!

「……すまん、前言撤回だ。君のその反応を見てちょっと考えを改めたくなった」
「辛辣!! あっ、でも無理はなさらないでくださいまし。人から強要されての肥満化はわたくしド地雷ですので……! 他の誰のせいでもなく、自らの意思選択により生まれる贅肉こそ至高なのですわっ!!」
「わ、わかった。いや何言ってんだかよくわからないけどわかった……」

 マジで何言ってるんだコイツ。僕の話聞いてた? 告白したつもりだったんだけど性癖の部分しか耳に入ってなかったのか??

 この僕――自分で言うのもなんだが客観的に見て皆に憧れられる完璧な王子様を演じている僕が、ただ一人の好みに合わせて肉体改造するなんて。普通は思いつきもしない、君のことが特別気に入ったからこその提案だってのに――いやアホだからド直球で言わないと気づかないのか。それか、冗談だと思われてるのか……どっちもあり得るな……。

 もう少しストレートに告白し直そうかと考えていると、へらへらとした笑顔のままにヴァネッサ嬢が言う。
「……今のは冗談でしてよ。いやそりゃシャルル様がムチふわボディになられたら最高だとは思いますけど!! わたくし、シャルル様のお友達になって良いのですわよね……? でしたらますます、性癖の押し付けをするわけにはいきませんわ!!」
「そ、そうか……そういうものか……?」
「だってシャルル様がふくよかになられたらガチ恋してしまいますもの……!! せ、せっかくお友達として認めてくださったのに、そんな失礼なことできませんわ」

 はぁあ!? なんだコイツ、僕に惚れてるのか惚れてないのかどっちなんだ!?
 僕が好きなら好きで、素直に手に入れようとすればいいのに。何故、僕から離れようとする? 何を考えているんだ。やはり今の細い僕では不満なのか?

「……僕らは政略結婚の相手でもあるわけだろう? その……僕は色恋がわからない。だから……今すぐに恋人のような真似はできないが、君が望むなら、いずれはそういうこともしたいと思っている」
「無理はなさらないでくださいまし。わたくし、シャルル様とお友達になれただけでも十分すぎるくらいに嬉しいですわ!」

 思わずムッとした声を出してしまったが、ヴァネッサ嬢は、どこか遠くを見るような目をして微笑んでいた。

「たしかにわたくしたちは婚約者ですけれど……、でもどうか、貴方が恋を知ったときは……心から欲しいと思う女性が現れたときには。どうかわたくしのことは捨ておいて、ご自分の幸せを選んでくださいませ。わたくし、お友達として応援いたしますから」
「……なんだいそれ。まるで、僕が浮気男になる前提じゃないか」
「あら……わたくしたちはあくまで政略結婚なのでしょう? 無理はなさらないでくださいまし。……恋する気持ちは、止められるものではありませんもの」

 ――その言葉を聞いて、僕は思った。どういうつもりか知らないが、この勝手に告白してきて勝手に振られた気持ちになってる女のコのことを、絶対に僕にベタ惚れにさせてみたい、と。
 どんな理想のデブが現れようと揺らがないほど、僕に夢中になったところを見れたら……なんだか、とても気分よくなれるような気がしたのだ。

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