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第七章 |老舗酒蔵の次男、麹で覚醒する

老舗酒蔵の次男、麹で覚醒する 其ノ参

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小伝馬町の牢屋敷。周囲をぐるりと塀に囲まれたその場所は、外からは完全に遮断されている。日の光も届かず、風通しも悪い。糞尿の管理すら十分にされていないため、どんなに丈夫な人間だとしても、ひと月も経たずになにかしらの病にかかると言われていた。

なによりも厄介なのは、牢屋敷内の暴力だ。囚人による完全自治制というわけのわからない制度により、常に治安は最悪だった。

誰しもが避けて通る場所であり、真っ昼間であってもよほどの用事がない限り、近づく人はいない。陰鬱とした場所だが、いまはそれがありがたかった。

柳やから小伝馬まで約1里。全力で走り抜けてきた新之亟(しんのじょう)は、塀の影に隠れ、呼吸を整える。冷たい壁に耳を近づけると、中からぼそぼそと男たちの声が漏れ聞こえてきた。

「……これで一件落着ですね」

急いだかいあって、つるを収容した男たちが帰る前までに到着することができたようだ。新之亟は息をひそめる。

「それにしてもあの女、一体何をしでかしたんですか?」

「ああ、あれな」

キーキーと耳に触る声の男と、もう一人は……恐らく村岡だ。低くくぐもった笑い声が響く。

「ここだけの話と約束できるか?」

村岡がおかしそうに言う。

「そりゃあ、もちろん。村岡様にこの命を預けております故」

「ふふふ、そうだったな。実はな、あの女には罪を被ってもらった」

村岡の言葉に、新之亟は思わず声をあげそうになる。

「と言いますと?」

「黒船での宴に、酒を用意しろと言われたのは覚えているか?あの忌々しい船に乗った奴らは、土色の、ぶくぶくと泡立つ酒を用意しろと言ったんだ。」

「土色の、ぶくぶくとした酒……?」

「わけがわからんだろう?!あいつらは頭がおかしいんだよ。そんなありもしないものを要求し、我らを試そうとするその魂胆がまず気に入らない」

村岡の声がだんだんと怒りを帯びていくのがわかる。

「にも関わらず、お上は『その酒を用意せよ』と命を出したんだ。ありもしない酒を用意せよ、と!」

「それは無茶です。それは無理難題がすぎます!」

「だろう?だからその酒を、柳やに依頼した、ということにしたわけさ。宴に酒が用意されなかったのは、すべて柳やのせい、ってわけだ」

「なるほど!さすが村岡様ですね!」

二人の笑い声を聞きながら、新之亟はぎりぎりと唇を噛んだ。血の味がゆっくりと口の中に広がっていく。

「あの店はもとより気に食わなかったからな。ま、一石二鳥ってやつよ。本当は喜兵寿を逮捕できたら一番よかったんだがな。まあ妹でも構わんだろ」

「村岡様も悪ですねえ」

「まさか。下の町の風紀を守っただけだ。あんな傾奇者が集う店など、さっさとなくなってしまえばいい」

新之亟は殴りこみたい欲求を必死にこらえ、座敷牢を後にした。今自分が衝動的に動いたとしても、状況は悪化するだけだ。

状況は理解した。まずは仲間を集め、つるの無罪を証明するための策を練ろう。座敷牢はつらいだろうが、必ず助け出してやるからな……

しかしその翌日には、「つる打ち首に処す」と町中に張り紙がされていたのであった。
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