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第七章 |老舗酒蔵の次男、麹で覚醒する
老舗酒蔵の次男、麹で覚醒する 其ノ拾玖
しおりを挟む麦芽を使わないビール、果たしてそんなものが出来るのだろうか……
直は目を閉じ、ジャンプをし始めた。考え事をするときの直の癖だ。最初はゆっくりと、次第にリズムを刻むように早く飛んでいく。
麦芽と小麦で造るヴァイツェン、ライ麦を加えるライビール。大麦に何かをプラスして醸造するビアスタイルはたくさんある。直が直近醸造したビールも、実家の米を使った「山の宴」もライスエールだ。
頭に響く振動で、頭の中に散らばっていた情報がざばざばとふるいにかけられ、残ったピースがまとまっていく。
そうか。ここに二条大麦はなくとも米は十分にある。そして……
ぱちりと目を開けると、怪訝そうな顔でこちらを見ている喜兵寿と目があった。
そして目の前には日本酒造りのノウハウを持つ、酒蔵の息子だ。おまけに絶対的な舌を持っている。
「なあ喜兵寿。俺と一緒に『新しいビール』を考えてくれないか?」
「はあ?」
わけがわからない、といった様子の喜兵寿をよそに、直は自分の言葉に「そうだよ。そうだ」と何度も頷く。
「江戸で造るんだ。どうせなら、ここならではの『江戸ビール』を造っちまえばいいんだよ。令和のブルワーと江戸の杜氏のコラボレーションビールってやつ!」
目は光を取り戻し、声には興奮が混じる。
「ないものはない!麦芽がないなら、他のものでビールを造ればいいってわけだ」
一度腹が決まってしまえばわくわくした気持ちが湧いてくる。もとより好奇心旺盛で、未知への挑戦が好きなタイプなのだ。
「麦汁の代わりになる甘い汁を、日本酒の製法でつくってさ。それにホップいれたらビールっぽくならないかな?」
「おい、ちょっと待て!」
勝手に突っ走って行こうとする直を、喜兵寿は慌てて止める。
「つまりお前は、俺に日本酒をつくれといっているのか?」
「そうそう!日本酒技術使ったビール造れないかなと思ってさ」
わくわくとした表情の直とは裏腹に、喜兵寿の顔はどんどんと曇っていった。
「俺は……日本酒は造らない」
「は?なんでだよ」
「……日本酒は造らない」
「だからなんでだって聞いてんだよ。喜兵寿なら絶対できるだろ」
醸造の知識、経験もある。味覚だって確かだ。こんなにも頑なに断る理由がよくわからなかった。
「江戸ビール造るためには喜兵寿の力が必要なんだって」
しかし直の言葉を遮るように、喜兵寿はガラリと引き戸を開けた。
「すまん。ちょっと外に出てくる」
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