112 / 170
第七章 |老舗酒蔵の次男、麹で覚醒する
老舗酒蔵の次男、麹で覚醒する 其ノ弐拾肆
しおりを挟むたらふく料理を食べ、あとはゆっくり酒でも飲むか。となったところで、幸民が口を開いた。
「それで?これからどうやってびいるを造るんだ?」
誰もが気になっていたものの、触れられずにいた話題。視線が一気に直と喜兵寿に集まる。
「ビール?そりゃあ造るに決まってんだろ。な、喜兵寿」
あっけらかんと話す直に苦笑しながら、喜兵寿は「ああ」と頷いた。
「……日本酒は造らない。でも日本酒造りの知識は喜んで提供する」
ここにいる人間で、過去のことを知っているのはつるだけだ。しかし全員が喜兵寿の事情をくみ取ったかのように優しく頷いた。
「いい目だな。嬉しくて仕方ない、という色をしている」
ふわりと目を細めた小西の言葉に、喜兵寿は慌てて後ろを振り返った。そうだ、この人は酒を飲んだ人間の感情だか、本心だったかがわかるのだった……!意味がないとはわかりつつも、見えないなにかを吹き飛ばそうと手で扇いでみる。
「別に隠すこともなかろう。酒は人の心を映し出す鏡。酒を愛する人間が造る酒は間違いなくうまい。それに」
小西は喜兵寿のお猪口へと酒を注いだ。
「日本酒造りであれば、ワシにもできることは多い。びいる造りに金しか出せんと思っていたが、技術も提供できるのは嬉しいことだ」
「おい!ワシのほうがもっといろいろできるからな!」
小西の言葉を遮るように、幸民が叫ぶ。
「知っての通り、化学に関してワシの右に出るものはいない!時代は化学だ。火打石なしで火をつける発明はお上にも絶賛されているからな。ワシさえいれば、びいる造りなんてたやすいもんだ」
「わたしもいるよ!」
どさくさに紛れ、夏が喜兵寿の腕にしがみつく。
「この麦はもう必要ないのかもしれないけど……出来ることならなんでもやるから。頼ってくれていいんだからね!」
わいわいと盛り上がる皆を見ながら、つるは「よかったね」と喜兵寿の肩を叩いた。
「わたしさ、ずっとお兄ちゃんの造ったお酒飲んでみたかったんだよね」
「だから、日本酒は造らないと言ってるだろう
眉根をひそめる喜兵寿を見て、つるはくすくすと笑う。
「はいはい。わかってるって。でも一部でも携われば、そこにその人から生まれた命が吹き込まれるわけでしょう。わたしはお兄ちゃんの“それ”を飲めることが嬉しいんだよ」
つるの言葉は、祖父や父がよく言っていたことだった。麹をつくるとき、もろみをつくるとき。どんな工程においても、酒は造り手から命を吹き込まれ続けている。それが交じり合い、新たな存在へと昇華することで、うまい酒になるのだと。
「……そうだな」
喜兵寿はお猪口の中身をぐっと飲みほした。
口ではなんと言おうと、本当は心の奥底では嬉しくて仕方なかった。「酒を造る」そう心を決めてから、指先は興奮で震え続けているのだ。
やるからには全力を尽くそう。喜兵寿は姿勢を正し、直に向き直った。
「直、教えてくれ。びいるを造るために俺は一体どうしたらいい?」
出発前に手助けしてくれる酒蔵の確保はできている。原料調達も問屋か、酒蔵にお願いすればすぐに手に入るだろう。頭の中で醸造の手はずを整理しながら喜兵寿は言った。
「えーーーー、だからそれがわかんないんだって」
「は?」
直の言葉が一瞬理解できず、「どういうことだ?」と聞き直した。
「だから。どうやってびいる造ったらいいのか、まだわかんないの!日本酒にヒントがありそうな気はするんだけどさあ。いまいちよくわかんないんだよね」
「は?いや、だって日本酒の技術が必要って……」
「そうそう!そんな気がするんだよね。だから日本酒技術をつかったビール、一緒に考えようぜ!よろしくな相棒!」
にっこり手を差し出した直を見て、喜兵寿はぐっと言葉を飲み込み、そのままそれを日本酒で流し込んだ。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
