128 / 170
第八章 | 守銭奴商人 vs 性悪同心
守銭奴商人 対 性悪同心 其ノ拾伍
しおりを挟む堺で小西が絶大なる力を持っているのは知っていた。しかし遠く離れた、この下の町でさえも小西はその影響力を強く持っているようだ。
「喜兵寿の言っていることはもっともだ。でもお前たちが家を空けていた数日間、わたしはつると一緒にいたから、直の言いたいこともよくわかる」
小西はふっと笑う。
「途中籠を手配し、幸民の家に戻ろう。ワシがつるを迎えにいくよ」
「しかし……!」
「なあに心配はいらないよ。口も堅けりゃあ、腕っぷしもいい籠屋だ。それに今は深夜。さすがにこんな時間に見張っているやつもいるまい」
そういうと、小西は「麹を頼むよ」と麹室を出ていった。
「まったく!お前は余計なことをしやがって」
ばたりと扉が閉まると、喜兵寿は直を睨みつける。
「喜兵寿はつるの気持ちがわかんねえのかよ。酒造りに対して、あいつがどんだけの想いを持っていたか知ってるだろ」
「知ってる!」
喜兵寿は声を荒げる。
「そんなこと誰よりも知っている!それでも、もうこれ以上あいつを危険に巻き込みたくはない」
つるが死んだと聞かされたあの時の……全身から血液が一気に抜けていくような、地面が音を立てて崩れていくようなあの感覚はもう二度と味わいたくはなかった。
自分のやろうとしたことのせいで、大事な人がいなくなる。それは自らが切りつけられるよりも遥に痛く、身体中のありとあらゆる箇所が引きちぎられるような苦しみだった。
「あいつには幸せになってほしいんだ。笑っていてほしいんだよ」
つるが元気で生きてくれさえすれば、他に何も望まない。几帳面で気の利くつるは、この先きっといい妻に、母親になるだろう。
「な~んだ。結局さ喜兵寿も同じ気持ちなんじゃん!」
直は「あはは」と笑うと、あっけらかんと言った。
「は?!」
「だってあいつの幸せって酒を造ることだろ?結婚なんかしたくないーーーーわたしは酒を造りたいんだーーーーって叫んでたもんな」
その言葉に喜兵寿は、はっと息を飲む。
「本当にやりたいことがあるのに、諦め続けて生きてきたわけだろう?それってめちゃくちゃしんどいよなあ。ビール造れない人生は、俺にとって死んでいるのと同じようなものなわけで、だから生きるためには死んじゃだめだけど、つるもやっぱり死んでいない状態を作ってやるべきだと思って……ってあれ?」
直は首をひねっていたが、「とにかく!」と叫んだ。
「生きるためには、つるもビールを造る必要があるだろってことなわけ!」
「……まったく、めちゃくちゃな理屈だな」
喜兵寿は深いため息をつくと、ガクリとうなだれる。
「……でも一理あるんだろうな」
つるのこれからを案ずるばかりに、知らぬ間に彼女の幸せを決めつけていたのかもしれない。
「ああ、煙管が吸いたい。もうひと踏ん張りして、ひと段落ついたら一服するぞ!」
喜兵寿はぐるぐると腕を回しながら言った。
「そうだな!その頃にはつるも合流できるだろうしな」
わくわくと作業に戻りながら、直はふと首を傾げた。
「そういえばこんな夜中にさ、籠とか頼めるのか?みんな寝てんじゃね?」
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
